<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>大連の設計・建築事情</title>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/yingaiyou1/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>中国の大連とかかわりを持って２４年、１億以上のお金を損したり大変なこともたくさんありました。何かの参考になれば。。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>赤字！再び大連へ</title>
<description>
<![CDATA[ とりあえず、急遽大連へ。<br><br>再び大連に来たのが2002年。<br><br>まずは、工場の建て直し。<br><br>事情を聞くと、売れない、日本側が安くしか買ってくれない、と。<br><br>そこで日本の取引先に聞くと、質が悪いから、安くしか買えない、と。<br><br>確認すると、始めた当初の状態になっているではないですか！<br><br>とりあえず出荷を3ヶ月ストップさせ、もう一度最初から。<br><br>その間、もう一度工程の見直しですよ。<br><br>なんとか元へ戻して再スタート。<br><br>日本企業にお願いし、商品を見てもらうことに。<br><br>ところがサーズが発生。<br><br>中国渡江が不可能に。<br><br>仕方ないのでサンプルを日本へ。<br>確認してもらうことに。<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11390733919.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Nov 2012 12:13:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>事業快調！軌道に！</title>
<description>
<![CDATA[ 事業初めて３年、完全に軌道に乗り私の仕事もあまり手がかからなくなったころ、中国側が中国側に経営を任してほしい、と言い出したのです。<br>日本側に問い合わせしたところ、もうそろそろいいんじゃないか、と。<br>もう、だいじょうぶだろう、と。<br><br>実際、利益が２年目から利益が出ていたのです。<br><br>今思うと、中国側もこれは利益が出る、かなり儲かる、と見たのでしょう。<br>従業員も１５０人を超えるようになってきていたのです。<br><br>そこで、中国側に任せることになり、私の大連生活も一旦、終止符を打ったわけです。<br>都合３年半、１９８９年から１９９２年までの３年間でした。<br><br>３年半の間は生活を省みることは無く、無我夢中でしたね。<br>ただ、根が楽天的なものですから、楽しくやっていましたね。<br><br>神経質な、細かい人では神経が持たないでしょう。<br>今でもそうですね。<br>３ヶ月で日本へ帰る方も多かったですよ。<br>見たらすぐわかります。<br>あ、この方はすぐに日本へ帰るだろうな、っていうのが。<br><br>しかし、１９９６年ごろから中国側から頻繁に連絡が入るようになり、会社が赤字になっているので帰ってきてほしい、という依頼が来るのです。<br>立て直してほしい、と。。。。。。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11389938641.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Nov 2012 16:24:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>次は商品劣化！</title>
<description>
<![CDATA[ やっと、不良品が少なくなったと思いきや、<br>またまた日本側からクレームがあり商品の質が悪くなったと。<br>質といっても原木は変わらないのですが、たとえば節が多いものを出荷したり、角を９０度に切らねばならないところが８７度だったり。。。。。<br><br>そんなこんなでやっと軌道に乗ってきました。<br>最盛期には安くて質がいいということもあり半年以上待ってもらっていました。<br><br>ところで中国国内でクレームが出ました！<br><br>銀行の事務所の床の工事業者からでした。<br>見に行くと床板が持ち上がっているわけです。<br>「お前のところの商品が悪い。」と。<br><br>ただ、私が見たところ、工事する過程で掃除業者が水を流してそのままにして帰ったため、木が水分を含んでしまい膨らんでしまったのでした。<br><br>とにかく、当時の中国の人は基本的なことを知らなかったわけです。<br>こちらでは今でも日本の建築・設計業者さんも苦しんでいるのですが、新しい機能の材料を持ってきても、とにかく基本的な部分（正しい使い方、処理方法）から教えていかねばならないのです。<br>指導というより教育ですね！<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11389932227.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Oct 2012 12:05:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>クレーム発生！</title>
<description>
<![CDATA[ 日本側に出荷をし始めたまではいいのですがクレーム発生！<br>その商品は日本側は火きっててもらえず<br>原因を追究したところ、検品して悪い商品をはずしていたのですが、なぜか入っていたのです。<br><br>まず、取引としては取引先からお金をもらった後、作り始めます。<br>つまり、先にお金が入るため、中国側がめちゃくちゃなことをしていたわけです。<br>自作自演、悪いものでも何でも日本へ送っていたのです。<br><br>われわれとしては中国側の副社長を解任。<br>もちろん、おおモメですよね。<br>ただ、こちらは強行にはずして別の副社長を立てたわけです。<br><br>これで不良品少なくなった。<br>でもまだ、不良品はなくならないんですね。<br><br>そこで１工程づつ検品し始めて、その検品員の給与を減額することによってやっと減りましたね。<br><br>ところが！<br>今度は商品が違ってきたのです！<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11389926290.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Oct 2012 15:34:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>事業進展①</title>
<description>
<![CDATA[ やっと日本に出荷できるようになるまでに２ヶ月かかりました。<br>とはいえ、今までの価格では出荷しても利益が出ないので、利益が出る構造にしなければならなかったのです。<br><br>そこで、製造過程で出る余った端板を農家に買ってもらったり。。。<br>ただ、冬は燃料に使うのでよく売れるのですが、夏はさっぱり。。。。余りの山。。。。<br>他にも、遠くの黒竜江省に山に原木を仕入れに行ってたのを、近くの山から仕入れしたり。<br>ただ、質が悪く使えず（ま、これは日本人相手だというので悪い商品をまわされていたようです。。。）<br><br>なんとか、質のいいもので安く仕入れする方法を考えたり。<br>とにかく油断もすきもあったもんじゃないのです。<br><br>やっとこさ、販売できる状態になり、日本側に出荷をするようになったんですね。<br>検品して日本に送るのですが日本側から不良品が多いというクレームがついたのです。<br>その量、出荷量の３割。。。。<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11389922559.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Oct 2012 15:23:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>事業スタート</title>
<description>
<![CDATA[ さて、いよいよ工場が稼動し始めました。<br>最初は板の並べ方、原木の乾燥の仕方から教えていかねばなりませんでした。<br><br>一枚一枚きちんと正確に並べて積まないとだめなんですね。<br>（専門用語で言うと中山というのですが。）<br>はじめは出来ない。<br>今までの中国のやり方でやってしまうので、ずれたり、傾いたり本当に適当なんですね。<br><br>まずは、なぜきちんと並べないといけないのか、ということの説明からしなければならないんですね。<br>小学生に諭すように。<br><br>また、板には真目と板目というのがあるのですが、まずは真目を取るように製材する。<br>次に割れないように乾燥させるなど。。。<br>とにかく一から教えましたが品質はほぼ、完璧なものが出来ました。<br><br>ただ、次の日にはその情報が別の中国系のフローリング会社に流れてるという。。。。<br><br>そのうち、別会社の連中が見学するようになって来ましたね。<br>最初はいいかと思っていたのですが、結果的にライバル会社を利することに。。。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11388381084.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Oct 2012 17:25:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>事業のきっかけ</title>
<description>
<![CDATA[ 最初のきっかけは兄貴（御年７０）が日中友好の技術協力会で大連にやってきたのが発端でした。（１９８７年）<br><br>そのときに中国側の貿易委員会の会長さん（中国人）に何かやらないかと持ちかけられたのです。<br>その当時は日本も景気がよく、よし、じゃあフローリングを作って日本に売り出そう、としたわけです。<br><br>それが間違いの始まり。。。。<br><br>有名造船会社を紹介してもらい（名前は出せないですね。危ないです。）５０％５０％の投資で合弁会社をつくったのです。<br>（日本側は資金と機械（日本製）計１億円、中国側は敷地と建物計１億円）<br><br>後から見るとすでにこの時点から嘘が発生していたのでした。<br><br>ま、それは後の話。<br><br>合弁会社が出来上がり、工場も完成し、私が赴任し副総経理として事業開始となったわけです。<br>（兄貴が総経理、ただ、董事長は中国人。。。。）<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11388368023.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Oct 2012 08:10:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>大連での仕事</title>
<description>
<![CDATA[ 当時の仕事はフローリングの建材を作る工場の管理でした。<br>どんなに教えても不良品の山。<br>徹底的に厳しくし、中国人の責任者も変え、なんとか出荷できる状態に。<br><br>材質はよかったのですが加工の段階で出る不良品率は２０％。<br>さらに、たちの悪いことに検品後のＡ級品に不良品を混ぜる輩も出る始末。<br><br>材料はよかったですよ。<br>吉林、ハルピンの奥のジャムスまで仕入れに行ってましたからね。<br>木の伐採時期は冬なんですね。<br>当時は冬は飛行機も無く、電車で２４，５時間かかりましたね。<br>とてもじゃないが耐えられる寒さでは無かったですね。<br>ホテルもぼろぼろ、電車も満員、林業局にはえらそうに言われ、大変な時代でした。<br><br>ただ、当時は日本人が少なく、駅の中でＶＩＰルームを使ったり、席の無いときには食堂車に座らせてもらったりしましたね。<br><br>ただ、性格的に楽しむことができるので苦とはまったく思わなかったですね。<br>むしろ、楽しんでいたかな。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11387382669.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Oct 2012 10:57:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>１９８８年の大連</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;"></span><span style="font-size: 12px;"></span><span style="font-size: 24px;"><span style="font-size: 18px;"></span></span>先日の続きですが、私が大連に始めて降り立ったのは１９８８年。<br>当時は車もほとんど走っておらず、信号も空港からホテルまでの約２０ｋｍの間に二つ三つぐらいしかないという状況でした。<br><br>当時の大連はホテルもほとんど無く、フラマと大連賓館、ラマダぐらいしか日本人がとまれるところは無い状態でした。<br><br>私はフラマに泊まっていたのですが、部屋の中で荷物を取られた（ブレスレットや時計など１００万円相当）こともありました。<br>犯人はわかりません。<br>おそらくはホテルの従業員か、自分の会社の従業員でしょうね。<br><br>なんで自分の会社の従業員がと思われるでしょうが、従業員の家は風呂も無いところに住んでいるので貸してあげていたんですね。。。。<br><br>当時のホテルの部屋には夜警察が調べに来たりしてましたね。<br>なにしろ、女の子がタバコの火を貸してくれと部屋に来たりしてましたからね。<br><br>当時の食事は朝は手作りのパン（おいしいパンが無かったのでホームベーカリーを持ってきて作ってましたね。）、昼は工場の食堂、夜はホテルの日本食、当時はそれぐらいしかなかったんですね。<br><br>これが当時の生活で、なにもすることが無い時代でした。<br>散歩ぐらいかな。<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11387357924.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Oct 2012 08:07:03 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>初めての大連</title>
<description>
<![CDATA[ 私が大連に始めて降り立ったのは１９８８年。<br><br>フローリング工場の管理責任者としてでした。<br>当時は日本人も少なく、悪戦苦闘の日々。<br><br>荷物を盗まれたり、会社を解散に近い状態にされて１億以上損したり。。。<br><br>いろいろなことがあった中国大連。<br><br>会社を作るのは簡単ではないのですが可能、やめるのは至難の技。<br><br>これから中国に進出しようとする企業、あるいは尖閣諸島以後、中国を離れようとする方などのために。。。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yingaiyou1/entry-11387393249.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Oct 2012 09:18:56 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
