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<title>日本人はじめました</title>
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<description>日韓の歴史の事実を知って、たまげた！在日から日本人になりました！</description>
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<title>日本への懐古</title>
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<![CDATA[ 夏期学校のカリキュラムで、一般家庭に泊まる民泊というのがあった<br>事前アンケートで自分の家を上か中、チェックを入れる項目があった<br><br>当然私は中に入れたが、それはとりもなおさず<br>大金持ち？か、そうでないか、お世話になるご家庭の選別だった<br><br>中とはいえ、うちより遥かに裕福そうな家庭に案内された<br>その家の中学生の娘さんが、私を連行するかのようにがっちり腕を組み<br>歩きにくいことこの上なかったが、この国には腕を組む習慣があった<br><br>お父さんは少し日本語を話したが、仕事で出かけてしまい<br>かわりに、日本語が出来るというおじさんがやって来た<br><br>おじさんは<br>「日本語話すの久しぶりだ」と照れくさそうに話しはじめた<br>「田中絹代さん　お元気ですか？」と聞かれ<br>てっきり死んでいたものだと思い込んだ私が「亡くなったと思います」というと<br>とてもがっかりされていた<br><br>初老のおじさんと、１５歳の私の話しが盛り上がることはなかったものの<br><br>その後も幾度か目にした人達の<br>日本語話すのが懐かしい、うれしいという反応は<br>ずっと心に残っていた<br><br>
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<pubDate>Sat, 18 Jan 2014 16:04:35 +0900</pubDate>
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<title>夏期学校</title>
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<![CDATA[ 大学の寄宿舎だったか、在日の高校、大学総勢200名？（記憶が曖昧）<br>それぞれ班分けされて３週間寝食を共にする<br><br>普段は会うどころか、互いの存在すら知らない<br>同じバックボーンを持つ同世代は、瞬時に幼なじみのようになった<br><br>学校のカリキュラムは午前中は講義、午後は見学等で市内はおろか各地を廻る<br>名所旧跡は言うに及ばず、鉄工所から自動車工場まで様々だった<br><br>修学旅行の釜山で泊まったホテルで<br>私の名札を見て同姓のウエイターが<br>「私も○さん、あなたも○さん」と楽しげに食事の度言うのがおかしかった<br><br>また地方への移動中、土方をするアジュモニ（おばさん）達を見た<br>”よいとまけの唄”は当時知らなかったが<br>チマ（ロングスカート）姿で埃まみれで働くその姿に<br>仲間と一緒に貧しさと、家族への思い<br><br>日本でもその昔当たり前に見られた光景だった<br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 11 Jan 2014 21:32:37 +0900</pubDate>
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<title>祖国の土を踏む</title>
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<![CDATA[ １５歳の夏<br>めったに娘に指図しない父の命令？により、初めて祖国の土を踏む事になった<br><br>韓国政府による在日の学生のための、毎年開かれる夏期学校がそれだった<br>当時下関には親戚がいたので、私は単身下関に向かい数日後関釜フェリーで旅立った<br><br>釜山からはセマウル号に乗る予定だったが、特別に専用列車が用意された<br>学生専用なのは良かったが、それは昔のチョコレート色の電車で、冷房もなく<br>海風にさらされた髪は、走る電車の窓からの風でさらにばりばりに固まっていた<br><br>ソウルに着くと、パトカー先導の大型バスに乗り込む<br>信号もノンストップで国賓待遇だ<br><br>疲れのためか、古びたソウルの町並みにを見ても、あまり実感がわかなかった<br><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 10 Jan 2014 15:38:44 +0900</pubDate>
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<title>はじめに</title>
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<![CDATA[ 在日２.５世です<br><br>日本人じゃないのがちょっといい？なんて思ってた<br><br>ずっと日本の学校の教育を受け<br>１５歳で初めて韓国に行き、アイデンティティが芽生える<br>以来どっぷり在日づけの日々が続いたものの<br>転職と同時に在日社会を離れました<br><br>やがて日本人と結婚<br>帰化こそしたものの、心は在日のままだった<br><br>近年の異常な韓国の日本に対する反日感情とねつ造に<br>とうとうキレた<br><br>在日やめて、日本人になります<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yoitokonippon/entry-11746469107.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jan 2014 16:41:05 +0900</pubDate>
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<title>帰化面接</title>
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<![CDATA[ 担当者は年配の女性だった<br><br>私の場合既に日本人と結婚しているし<br>違反等もないので、すんなり降りるだろうとのこと<br><br>彼女は相談員歴が長いようで<br>日本人はどんなに外国で成功してあちらの永住権や市民権を得たとしても<br>最晩年には殆ど、日本に帰ってくるらしく<br>「日本人はやっぱり日本が一番なんですね」といっていた<br><br>他の席からは<br>涙ながらに訴える人の声も流れてきて<br><br>それぞれにドラマがあるんだなと思った<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yoitokonippon/entry-11745750365.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jan 2014 15:19:22 +0900</pubDate>
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<title>帰化準備</title>
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<![CDATA[ 在日が帰化する場合<br><br>行政書士に頼むことが普通だった<br>その費用は条件にもよるが、現在で１０～２０万円程度と言われている<br><br>１０年以上前、実際に聞いた話の中では５０万円払ったという人もいたし<br>さらにそれ以前に書類には、家の家電の数まで書き込まなきゃいけないんで<br>面倒なんでやめたという友人もいた<br><br>お金も手間も、帰化は大変なんだと思っていた<br><br>その後アルバイトをしていた会社で、日本名を名乗る中国人がいた<br>聞けば帰化したとのこと<br><br>”費用はどのくらいかかりました？”という私に<br>「自分でやったからお金はかからない、手続きは難しくない」<br>彼女はぶっきらぼうに答えた<br><br>”自分で出来るんだ”<br><br>面倒な点は本国の戸籍とそれを翻訳した書類<br>日本に留学経験を持つ親戚がいる私には<br>彼らにお願いするだけで、雑作もなかった<br><br>そして<br>帰化面接の日がやって来た<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yoitokonippon/entry-11744360967.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Jan 2014 14:47:25 +0900</pubDate>
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<title>帰化が許可された日</title>
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<![CDATA[ その日はあっさりと終わった<br>名前を呼ばれ書類を渡され、ざっと説明を受たような..<br><br>その書類を持って市町村に届ければ<br>それより私は日本人となる<br><br><br>アメリカ在住の友人の話では、帰化をした際<br>国に関する基礎知識的なテストがあって、アメリカ国家に忠誠を誓ったという<br><br>その宣誓とは、Oath of Allegiance （忠誠の誓い）といい<br><br>・アメリカ合衆国憲法への忠誠の誓い<br>・以前保持したすべての外国への忠誠の放棄の誓い<br>・国内外の敵からアメリカ合衆国憲法を守る誓い<br>・法律が定めた場合、兵役に従事する約束<br>・国家の大事の際、法律が定めた市民としての義務を果たす約束<br>　がある<br><br>他民族国家とはいえ申請をして、いよいよその国家の人となるその日に<br>こんな宣誓をしたら、アメリカ人になるんだって気持ち<br>盛り上がるんじゃないかと思った<br><br>日本にもあっていいわけだけど、何にもなかった<br><br><br>この時点では私は在日だったように思う<br>ただ国籍を書き換えた、そんな感じだった
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<link>https://ameblo.jp/yoitokonippon/entry-11744297125.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Jan 2014 13:15:51 +0900</pubDate>
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