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<title>思ったことを書いてみます。</title>
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<description>日々の生活で、思ったことを書いてみます。</description>
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<title>自己導尿</title>
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<![CDATA[ <p>自己導尿の練習のための入院💦自己導尿とは、尿が出ない時に、自分で尿道口にカテーテルを入れて、膀胱から直接排尿を促す処置です✨️</p><p>　痛さと怖さから、強い抵抗感がかりましたが、毎晩、毎朝、夜間病院へ走って導尿してもらうより、自分でできた方がいいよね😊と入院を決意しました✨️</p><p>　2歳半の娘の世話もあるので、夫と近くに住む私の母との連携プレーで協力をお願いしました✨️</p><p>　いざ、入院して処置を学ぶ際に、まず自分の尿道口を見たことがなかったので、場所の確認から始まりました😲そして、カテーテルを入れるのですが、１回目は少し入っても怖くてすぐに出してしまい、２回目は出血してしまい、そこで、潤滑ゼリーをつけると、今度は滑ってうまく入らず、やはりできないのでは？と気持ちが落ち込んでいました🥺</p><p>　翌朝、外来の助産師さんが気に掛けて来てくださり、改めて話しを聞いてくださいました✨️｢出来ない人じゃない、そんな不器用そうじゃないから出来るとは、思うけど気持ちがついていかなかったら、自己導尿ができるようになるための入院だから退院して、通う方に変更してもいいですよ✨️｣そんな言葉を掛けていただき、私のやる気スイッチが押されました🫡</p><p>　｢やります！やってみます！｣そして、改めて場所を確認すると、私が思っていたのは尿道口の上の点のようなところだったことが判明しました😵違ったんかい💦💦そりゃ入らないよ🤣しっかり場所を理解して、は再チャレンジ！入り口は入ることができました👏</p><p>けれど、奥に入れるのが怖い💦息を吐いて、痛みを散らして、｢まだですか？｣｢あの、、進んでないです💦｣なんと、息を吐いてカテーテルをい動かしているつもりだったのが、全然動いてなかったらしい🤣🤣そこで、助産師さんに手添えをしてもらい、最後のひと山(ここが一番痛い)を乗り越えると、尿がチョロチョロとカテーテルをつたって出てきました💕200mlもとれて、もう感動的でした🥰そして、抜く時も痛いので、強い息を吐く時に早めに抜くことがポイントともわかりました✨️</p><p>　しかし、ベッドに座ってしたため、まだ残尿感があり、トイレでも出なかったので、再度助産師さんに導尿してもらうと、あと500mlも出てきました💦</p><p>　｢自分で200しかとれなかったんだ😣｣と言うと、すかさず｢200もとれましたよ😊昨日までできなかったんですから｣と返してくださり、明るい方から見て言葉を掛けてくださったことが、嬉しくて涙が出ました🥺🥺</p><p>　それからも紆余曲折あり、1泊の予定が3泊になりましたが、｢焦らずいきましょうね🥰｣と励ましの言葉を掛けて下さり、助産師さんには本当に助けて支えて励ましていただきました💕ありがとうございました😌</p><p>　私の尿道口を一緒に見たり、尿を見て｢綺麗なお小水ですね｣と言って下さったりなど、嫌な顔ひとつせず、｢すごいお仕事ですね｣と伝えると、｢私はママと赤ちゃんが好きだから😊｣とお答えされていて、私は、その言葉に恍惚としてしまいました💕この助産師さんと練習できて良かったです💕</p><p>　普通に排尿できることのありがたさ、自分の尿道口など知らなかったけれど、身体を知る機会にもなったし、不安からたくさん検索したけれど、ど自己導尿をしている方がたくさんいることなど、この経験からたくさんの学びがありました✨️</p><p>　おかげさまで、自宅でもできると少し自信が持てるようになり、パワーアップしました🫡</p>
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<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 04:13:06 +0900</pubDate>
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<title>妊娠初期の尿閉</title>
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<![CDATA[ <p>　妊娠11週の朝、尿意があって起きて、トイレに座りますが、全く尿がでません。お腹はパンパンなのに、うんともすんとも出ないのです。焦りましたが、ひとまず朝の支度などをした後、もう一度トイレに行くと排尿できて、ホッとしました😌しかし、これは序章だったのです😵</p><p>　その日、かかりつけの産婦人科を受診したら、私の子宮が極端に後ろに傾いていて、この時期、大きくなってきた子宮に圧迫されて、一時的に出なくなる(尿閉)ことがあるとのこと、そして、膀胱炎の症状もありました💦</p><p>　それからは、夜中、朝と尿意があって、出にくくはありますが、なんとか出ていました☺️</p><p>　12週3日目の夜中も尿意があって、起きますが、頑張ってチョロチョロしか出ず、夜間にの病院に電話すると、出ているなら朝受診して下さいと言われ、ようやく朝になる頃には、お腹がパンパン過ぎて座るのも片方のお尻でしか座れず、そろりそろりとしか歩けない状態でした💦夫に付き添ってもらい、やっとのことで受診し、導尿をしてもらうとなんと１Lも溜まっていました💦終わると身体が軽くなりました🤭</p><p>　次の夜中も同様に、今回は１滴も出ず、夜間に受診することになり、娘を起こさないように夫にお願いして、1人で運転。1時過ぎに、導尿してもらいまたも１L溜まっていました😵</p><p>　また翌朝、受診する時にも、お腹に溜まり痛くてパンパンでした💦そこでも800ml🤣尿って、そんなに出るんだ🤔と驚きとともに、これからの不安も襲ってきます🥺すると、主治医から｢自己導尿｣をするために、練習のため入院を勧められました😲</p><p><br></p>
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<pubDate>Sun, 21 Jun 2026 03:38:11 +0900</pubDate>
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<title>つわりの日々</title>
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<![CDATA[ <p>妊娠の喜びも束の間、5週半ばからつわりが始まりました💦私は、よだれつわりと食べつわり、だるさ、眠気、吐き気が主でした。よだれが溢れ出てくるのですが、気持ち悪くて飲み込めないのです😵なので、カバーを着けたペットボトルに常に吐き出していました💦💦食べつわりは、食べてる時だけが良くて、空腹時はもっとも気持ち悪くて、食べた後も気持ち悪くなるとうなんとも難しい塩梅です。</p><p>とにかく横になってできるだけ過ごしました😵早く時が経たないかなとずっと願っていました🥺そんな時でも、2歳5ヶ月の第１子のお世話は続きます💦本当にハードモードだなと思いました🤣</p>
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<link>https://ameblo.jp/yonemoyonemo777/entry-12970192384.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 22:47:46 +0900</pubDate>
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<title>42歳✨️第2子妊娠</title>
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<![CDATA[ <p>大好きだった娘への授乳を卒乳して、4年前、第１子の時に凍結していた卵ちゃんをお迎えにクリニックへ行きました✨️</p><p>久しぶりのクリニックは雰囲気も先生も変わらず、温かい雰囲気のままで、私のお気に入りだった院長先生が選んだ本が置いてある文庫も健在で、嬉しかったです☺️</p><p>治療に入る際に、この卵ちゃんで最後にすることを伝えました✨️受精して２日目の卵ちゃんであることと42歳という年齢を考慮すると、確率は高くないけれど、一緒に頑張りましょうと言ってくださいました😊</p><p>それから、ホルモン補充療法が始まり、いよいよあ移植の日がやってきました。まず午前中に卵ちゃんがうまくか融解できたかの確認の電話をします。培養士さんからは、｢順調です｣とのお返事でした。私は、｢これまで長い間大切に保管をして下さって、ありがとうございました｣とお礼を伝えて、電話を切りました。それから、エコーで見やすくするために、膀胱にたくさん尿を溜めて挑みます。看護師さんから合格をもらい、先生が移植してくださいました。終わるとお腹に手を当てて、｢着床しますように💕｣と声を掛けてくださったことが嬉しかったです。</p><p>それから約2週間後、判定の日です。体調に変化もなかったので、夫と妊娠は難しかったのかもしれないね、だけど第１子を授かって元気に育っていることのお礼をしようと2人で受診しました。採血後、先生も驚いて｢妊娠しています！２日目の卵だから、どうかなと思っていたけれど、素晴らしいです！｣とのお言葉をいただき、夫婦で驚きと喜びいっぱいでした✨️</p>
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<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 22:39:14 +0900</pubDate>
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<title>続　言い聞かせ卒乳</title>
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<![CDATA[ <i><p>11月の3連休で卒乳するはずだったのですが、なんと4日目の夜におっぱいをあげてしまいました。</p><p>せっかく頑張った３日間が水の泡になってしまったこと、夫や実母、4日目の朝一にケアしてくださった助産師さんの顔が浮かんで、申し訳ない気持ちになりました。大泣きする我が子に耐えられなかったです。罪悪感とまだおっぱいが出ることへの安堵感など、複雑な気持ちでした。</p><p>翌日、授乳したことを白状すると驚かれましたが、助産師さんはい｢いいのよ～何回でもすれば、お試しだったのよ｣と明るく言ってくださって、心が軽くなりました。｢それに、お母さんの方がまだ未練があったでしょ｣とも言われ、図星でした。</p><p>そうして、また蜜月の授乳期が再開されました。しかし、第2子をお迎えに行く、年齢的なリミットが迫ることもあり本気で考え始めて、2月再度クリニックを訪れました。やはり、ホルモンを大量に投与するため、断乳してからの治療になること、今回の出産までの確率が15%ほどなので、ご縁があったらであること、43歳になると保険が使えないような話しなど、現実的で具体的なお話しを伺えました。ただ、｢授乳は1回切りだから、あと数ヶ月楽しんでね｣と温かい言葉もいただいて、勇気と希望をもらっての帰宅になりました。夫に報告して、3月ぐらいにしたいので、2月の連休に断乳をすることを話し合いました。今回は、毎日言い聞かせをすることは同じくですが、以前と変えたことがあり、日中の授乳を極力減らしてみました。観察すると、欲しがる時は、だいたい喉が乾いた時、お腹がすいた時、眠たい時、手持ち無沙汰な時などだったので、水やお菓子、ドライブ、公園、動画視聴などで紛らわせられました。この方法は、卒乳ギリギリまで満喫すると教えてもらったこととは違うやり方でしたが、執着を和らげるためや私との新たなコミュニケーションを作っていくためにはいい方法かなと思いました。そうしてもやはり、寝る前や夜中はどうしてもおっぱいでないと寝ません。そこで、前夜まで飲ませて、決行する日の朝に欲しがらなかったので、そのまま卒乳期間に入りました。私が仕事で午後から夜まで留守だったのですが、起きて帰りを待っていました。健気な姿に胸が熱くなりましたが、寝かしつけを夫に任せて、風呂に入り固くなった乳を絞り、絆創膏を貼り、アンパンマンを描き、私は別室で横になりました。泣きじゃくる声に胸が締め付けられましたが、夫に頑張ってもらいました。本当にありがとう！</p><p>1回目の卒乳失敗から次は失敗できないというプレッシャーもあったり、第2子の妊娠出産の時期に関しても私が選ぶという選択の重さもあったり、私なりにいろいろあったのです。娘がおっぱいさんにバイバイって明確にしていないことが気がかりだけれど、これで本当に良かったのかなんて、誰にも分からないと思います。ただ、私には選択できるという恵まれた環境にあるので、今はもう流れのままにいこう。</p><p>おっぱいさん、これまで本当にありがとうございました！おかげさまで娘はこんなに大きくなりました！次の第2子の時もよろしくお願いします！ひとまず、お疲れさまでした！2年2ヶ月がんばりました！はなまる💮</p></i>
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<link>https://ameblo.jp/yonemoyonemo777/entry-12957489700.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Feb 2026 07:05:12 +0900</pubDate>
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<title>言い聞かせ卒乳</title>
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<![CDATA[ <i><p>もうすぐ2歳になる娘と卒乳しました。</p><p>最初は全然うまくいかなかった授乳。憧れていた授乳が慣れるまでこんなにも痛いなんて初めて知りました。飲んでいるのかいないのか、分からずす不安な夜もありました。あまりにも痛いので、太ももを捻りながらこらえていたこともありました。胸が張るとまるで石がゴロゴロと詰まっているんじゃないかって言うほど、固くて痛かくて、母親の体はこんなにも変化するのかと感心したりしました。搾乳器を両胸につけている時は、牛みたいだなと笑えたり、チューブにつながれて牛はどんな気持ちなのかなと、想像したりしました。</p><p>おっぱいが出てるのか不安でミルクが多めになってきた生後6ヶ月になる頃、ある本に出会いました。｢あなたのおっぱいはもっと出ます。飲ませたら飲ませただけ作られます。｣と書いてあり、一念発起して、何度も飲ませるようにしたら、本当にたくさん出るようになりました。今でもあの時が転機だったと思います。けれど、胸が詰まって、白い点ができた時、刺すような痛みで病院へ行ったけど、事務的な対応に傷ついたこと、張ってカチカチな胸をつまんで押されて、本当に痛かったことも、今振り返ると頑張ったなと思います。産後ケアも勇気を出して、病院へ連絡したけれど、これも事務的対応に心が折れてしまいました。しばらくして、子育て支援センターで助産院のことを知り、乳房ケアに行きました。そこでのBSケアをされている助産師さんとの出会いが、私の子育てをさらに豊かにしてくれまた。そこでの乳房ケアは、全然痛くなく、目を閉じていたら娘に授乳しているようか感覚さえありました。助産師さんから、｢いいおっぱいだね。うーん、たくさん出て素晴らしいおっぱいだよ。｣と初めて褒めてもらえて、これまでの不安が安心に変わるとともに、涙が止まらなかったです。終わったら、ふわふわふかふかのおっぱいになって感激しました。</p><p>｢時間や量なんて気にしないで、飲みたい時に飲みたいだけ飲ませていいのよ。ミルクはな目に見えるから安心と思うでしょ。安心な反面、飲まなかった時は心配するよね。だけど、おっぱいはどれだけ飲んだか分からないけれど、そこがいいの。赤ちゃんだって、たくさん飲みたい時とちょっとでいい時とあるんだから。お母さんに心配を掛けないところもいいところなのよ。｣っと、赤ちゃんの通訳をしてくれたり、寄り添ってくれたりして、大泣きして、リフレッシュしたことを今でも鮮明に覚えています。</p><p>そして、テルミー温熱療法をしていただき、細胞レベルで身体が喜んでいることが分かりました。</p><p>それからも、セルフドリンクのように、起きてすぐ、朝食後、車内、帰宅後、お昼寝前と後、お風呂の中でも夜中も、ずっとずっとおっぱいをあげてきました。とてもとても幸せな時間でした。おっぱいはだんだん柔らかくなって伸びること、添い乳は始めは、床に近い胸になるように娘の左右に移動していたけれど、ある時肩の角度を変えると同じ方向でもできることに気づいて、画期的だと喜んだこと、娘は両胸出さないと納得せず、しかも小さい手で片方の乳を触るので、始めは気持ち悪かったけど、だんだん慣れたこと、などなど、本当に本当に楽しかったし、おもしろかったし、私が憧れていた授乳を経験させてもらえたことに、ありがとうございます。</p><p>さて、11月22日～の三連休に卒乳をすると決めてから、『おっぱいバイバイ』という絵本を読み聞かせのことと、助産師さんに教わった通りに毎日｢赤ちゃんほしい？神様におっぱいをお返しして、兄弟をもらおうね。だから、おっぱいバイバイを一緒にがんばろうね。｣と、言い聞かせてると、娘はいつも｢うん。｣と返事をしていました。これは、自分自身にも言い聞かせていたように思います。だって、寂しいから。ご飯も食べられるようになって、こんなに大きくなったんだね。それまでは、いつも通り、欲しがる時にあげていました。とうとう22日の朝になり、最後の授乳です。｢たくさん飲んでくれて、ありがとう。ママの子どもに生まれてきてくれて、ありがとう。｣もう、私の方が涙が止まらなかったです。授乳が終わり、両胸を出して、娘に｢おっぱいバイバイ｣と言うと、振り向いて｢バイバイ｣と手を振って言いました。</p><p>それから、洗面所でマラソンなどで乳首が擦れないようにという丸い絆創膏を張り、おっぱい全体にアンパンマンの顔を油性マジックで描きました。</p><p>ご午前中は公園に行き、帰宅後｢パイパイのむ。｣と言う娘に、｢おっぱいバイバイだったよ。｣とアンパンマンを描いた胸を見せると、驚きと悲しみと混ざったような表情をして、｢アンパンマンいた。｣と言いました。｢そうだね。赤ちゃんをもらうために、おっぱいバイバイしたんだもんね。ママと一緒にがんばろうね。｣と言うと｢うん｣と言って、お膝の上で抱きしめると娘は泣いていないのに、私は涙が止まらなかったです。それから、絵本を一緒に見て、ご飯を食べました。</p><p>泣いている私に｢いないいないばぁ｣をしてきて、笑わせようとする健気な娘にもっと泣けてきました。その日の夜、これまで添い乳でしか寝付いたことがなかったので、抱っこ抱っこと大泣きして、なかなか眠れませんでした。｢おっぱいバイバイを我慢してたんだよね。本当はたくさん泣きたかったよね。いいよ、たくさん泣いていいからね。ママがそばにいるからね。｣と伝え抱っこで一度寝ましたが、途中起きたときの添い乳がないことで、夜中起きて今度は一緒に遊ぶことになりました。明け方にやっと寝ました。この間も夫はずっと付き添ってくれて、本当に感謝しかありません。</p><p>私は、両胸の張りにあまり眠れず、朝一番にお風呂へ入り、搾乳をしました。湯船の中で、カチカチの胸をぎゅっと絞ると、煙のようにお乳が出てきました。｢これまで、娘を大きくしてくれて、ありがとうございました。私にも素敵な経験をさせてくれて、ありがとうございました。次の子どもの時もお願いします。｣と言いながら、これまでを向き合いました。固いお胸は、粘土のように押した形のまま固まっている感じで、上下左右からお絞り出すようにすると、少し楽になりました。</p><p>次の日23日は、夫が娘を連れ出してくれたおかげで、私は少し寝て買い物へ行けました。帰宅後、いつもは｢パイパイのむ。｣と言うのに、あれ以来、一度も言わない娘にわかっているのだなと感心します。向き合って抱っこをして、胸の前のファスナーに手を触れるけれど、下ろすことはせず、頭を胸につけてくるだけです。健気に頑張っている姿に胸が締め付けられるような思いです。</p><p>夜は、私の上にうつぶせで寝ました。朝、私の胸は昨日よりパンパンではありませんが、まだ痛いです。</p><p>あんなに好きだった｢おっぱいバイバイ｣の絵本はもう見向きもしない娘。娘にはもう過去のことなのだと思った時、私も前を向いていこうと思い、この気持ちを忘れないように初めてブログに書いてみました。</p><p>卒乳した娘は、以前よりご飯をよく食べるようになり、初めて夜中起きずに通して寝れました。なんだかたくましくみえます。こうして成長していく娘をみれる幸せに心からありがとうございます。</p></i>
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<link>https://ameblo.jp/yonemoyonemo777/entry-12947825695.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Nov 2025 06:18:49 +0900</pubDate>
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