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<title>Macabre</title>
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<description>「死」ということ。</description>
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<title>Case4　Over dose（過量服薬）</title>
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<![CDATA[ <p>原題：イキテルイミ（2007年02月25日08:14）</p><br><br><p>ＥＲ実習はプシコだらけだった。 </p><p><br>ＥＲはプシコでもっているという話も強ち、嘘ではないらしい。 </p><br><p>（胃洗浄1回で２０万とか言ってた。）</p><p><br>おかげで、ウ○コ＆プシコ祭りの楽しいけど、ハードな２週間だった。 <br></p><p><br>なんだか、皆同じような可哀想な顔をした人たちが過量服薬でぐったりして運ばれてくる。 </p><br><p>（ODで本当に死にたいならば、レンドルミンなら数千～１万錠飲まないと死ねない事実を</p><br><p>知っていたら、彼らはこんなことをするんだろうか。）</p><br><p><br>なんか共通してるんだよね。 </p><p><br>顔っていうか、雰囲気っていうか。 </p><p><br>あの独特の可哀相な感じ。 </p><p><br>なんなんだろね、あれ。 <br></p><br><p><br>20代の女の子。 </p><p><br>さっき切ったであろう右手首のリスカ痕はパックリ割れて、肉が見えて血が流れている。 </p><br><p>ザクロとはよく言ったものだ。</p><p><br>左にも、リスカ痕多数。 </p><p><br>そのうち３本は、傷に垂直に何本もの小さな線がついてる。 </p><p><br>まるで、漫画に出てくる傷のように、乱雑に縫われた不格好な傷痕。 </p><br><p><br><br>尿中薬物濃度を検査しにトイレに連れて行く。 </p><p><br>フラフラなので、抱えていく。 </p><p><br>酔っ払いほど臭くないけど、タチが悪い。 <br></p><p><br>「わたしはね～、おけしょうしたら、きれいなんですよ。ほんとうわ～。」 </p><p><br>「あ～、そうなんだ。はいはい。今日は化粧してこなかったんだね？」 </p><br><p>「まえのカレシもね、わたしのことが大好きで・・・・」</p><p><br><br>「あ。」</p><br><p>「おしっこ、でそう。」</p><br><p>「てか、でる。」 </p><p><br>「おいおいおい。ちっとまて、ちょっとまて！！トイレまで、あとちょっとだから、ガマンして！！」 <br></p><br><p>漏らされるのは困る。 <br><br><br><br>脇に抱えた女の子の体勢を支えなおした次の瞬間。 <br><br><br><br><br>「先生？わたしなんて、生きてる意味、あると思う？」 <br><br><br><br><br><br>え？ <br><br><br><br><br>あれ？ <br><br></p><p><br>なんだっけ？ <br></p><p><br><br>イキテルイミ？ <br><br><br></p><p>頭の中が一瞬、白黒反転した気がした。 <br><br></p><p>一言一句、全く同じ言葉を聞いたことがあるからだ。</p><br><p><br>すっかり忘れてた。</p><br><p>思い出した。 <br></p><p>真夜中の真っ暗なＨ病院の廊下の公衆電話から、彼女はそうやって俺に尋ねてきたんだった。 <br></p><p>「おめー、バカじゃね～の。」って、笑った気がする。 <br></p><p>「私、バカなの知ってんじゃん。」だって。 <br><br>そういや、あの子もリスカの血が止まらなくて数度、聖マの救急に運ばれたんだった。 <br><br></p><p>やっぱ、本当にバカだよ。 <br></p><br><p>死ぬ勇気があれば、何だってできるのに。 <br><br><br></p><p>もう２年経つんだ。 <br></p><br><p>早いな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosei0803/entry-10335202772.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Jun 2009 08:09:47 +0900</pubDate>
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<title>Case3 　Suicide completion（自殺既遂）</title>
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<![CDATA[ <div class="FANCYURL_EMBED" id="diary_body"><br><br>原題：死んだ女よりもっと哀れなのは（2006年10月05日07:08）</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">マリー・ローランサンによれば、</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">「死んだ女」よりもっと哀れなのは、</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">「忘れられた女」だそうだ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">なるほど。そうかもしれぬ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>「自死」というのは、卑怯な行為だ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">それが、いかなる死に方にせよ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">君の哀れな左手の深い傷の如く、見えない同じ傷を刻むがゆえ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>「どうせさー、私のことなんて忘れてるんだろうから・・・」<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">それが口癖だった卑屈で哀れな君は、最早「哀れ」ではない。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">俺は今まで、そんなこと、知らなかったよ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">君は知っていたんだ。<br></div><div class="FANCYURL_EMBED">バカだな。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">今頃気付いたよ。<br><br><br><br><br>俺は誰かを忘れてるかな。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/b5/85/j/o0650049010245237549.jpg"><img height="166" alt="Macabre" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/b5/85/j/t02200166_0650049010245237549.jpg" width="220" border="0"></a> </div>
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<pubDate>Wed, 20 May 2009 00:21:02 +0900</pubDate>
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<title>Case2　COPD（慢性閉塞性肺疾患）</title>
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<![CDATA[ <div class="FANCYURL_EMBED">原題：藤岡軍曹と竜岡門（2007年10月21日　05:23 ）</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">俺は亡くなった祖父のことをあんまり覚えていない。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">ただひとつ、痩せている祖父の膝の中の居心地が悪かったのは覚えている。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>祖父は自分が5歳のときに亡くなった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>家族が言うには、どこへ行くにも自分を連れて行って、ニコニコしながら、必ず膝の上に座らせていたそうだ。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>そんな俺が、いつも思い浮かぶ光景が１つだけあって、昔住んでたボロボロの葛飾の家の縁側だ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>その家の縁側で祖父が爪を切っていて、俺は隣で並んで、じいさんの飛ばす爪が描く放物線を眺めながら、なぜか足の指の間のゴミをほじっている（汚くてごめんなさい・・・）。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>淡い春の光の中で、横でじいちゃんが笑いながら、何か話しかけてるんだけど、もう思い出せない。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>なんだったんだろう？</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/ba/c5/j/o0120011410245219057.jpg"><img style="WIDTH: 146px; HEIGHT: 110px" height="110" alt="Macabre" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/ba/c5/j/t01200114_0120011410245219057.jpg" width="146" border="0"></a> <br><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/f6/7f/j/o0120010410245219056.jpg"><img style="WIDTH: 150px; HEIGHT: 106px" height="106" alt="Macabre" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/f6/7f/j/t01200104_0120010410245219056.jpg" width="150" border="0"></a> </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">藤岡　人喜は軍曹だった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>太平洋戦争のとき、満州に行った。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>小学校しか出ていないけど、軍曹になった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>満州では機関銃部隊の隊長だった。よく分からないけど、それって相当の出世らしい。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>うちのじいちゃんの仕事は、匍匐前進する仲間の後ろで一斉射撃の号令を出すことだった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>戦後ずっと、じいちゃんは悔やんでいた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>自分のかける号令のせいで、後ろから仲間を撃ち殺してしまったこと。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>修羅場の中での誤射だから、しょうがないんだろうけど、晩年まで心を痛めていたそうだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br><br>祖母が死んだ後、引越しのために葛飾のボロ家を整理していたら、今にも崩れ落ちそうなボロボロの大福帳が出てきた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>表紙には「藤岡軍曹満州備忘録」と毛筆の達筆で記してある。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>中を開いてみると、疎開していた見ず知らずの学童や親戚との手紙が几帳面にも、1枚1枚黒い紐で、ファイルされていた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>この70年モノのボロボロは、デリカシー皆無の母によって、祖母の日記と一緒に、一時、粗大ゴミの山に捨てられそうになったが、俺が間一髪止めた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>確かにどっから見ても、ゴミにしか見えない代物だったが、無口でいつも穏やかだけど、男気溢れていた祖父の魂が宿ってそうだったから。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>祖母が最高に幸せだった「1986年の日記」と祖父の「藤岡軍曹満州備忘録」の2点セットは今でも俺の宝物だ。 <br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>軍曹は、今ＴＶで流行ってる真っ黒の筋肉ムキムキ鬼軍曹とは違い、背がスラッと高く、ハンサムで身なりのキッチリした人で、死んだ後も皆に慕われるような人徳のある人だった。 <br><br>祖父は肺気腫（COPD：chronic obstructive pulmonary disease； 慢性閉塞性肺疾患）で死んだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>肺気腫とは、酸素交換ができなくなる病気で、実際に息を止めてやってみれば、その苦しさがわかるが、「息を吸えても、吐くことができない」という現在も治すことのできない地獄のような病気だ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>重症になれば、少し動くだけでも息が続かない。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>葛飾の家には、大きな酸素ボンベがいっぱいあった。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>最期は、父曰く、酸素交換率（SpO2のこと？）がほとんど０になってもずっと生きていたらしく、死んだときは不思議すぎて、各科の医者から病理解剖を依頼された。 <br><br>じいちゃんに、最後に会ったのは、亡くなる数日前だった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>幼馴染じみ＆初恋の相手（!?）由樹子ちゃん（この子ももやもや病で亡くなる）と病室にお見舞いに行った。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>ベッドの上でいつも通り、ニコニコしていたから、まさか死ぬなんて思ってなかった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>だから、そんなことより、じいちゃんに貰った100円で「カプリコ」を買うべきか、「ジューＣ」を買うべきかの方が、俺にとっては最優先事項であった。 <br><br>それから間もなく、祖父は死んだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>その時、「カプリコ」派の孫は小学校お受験のための塾の帰り道だった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>青戸駅の公衆電話で祖父の訃報を知った。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>「あ～。じいちゃん、死んだのか～。じゃ、明日の新聞に載るね！！」と大ハシャギした。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>載るわけない。載るわけないだろ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>アホだった。アホすぎた。ごめんね。おじいちゃん。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>その後、このアホ孫は、生まれて初めて経験するお葬式の際にテンションが上がり過ぎ、楽しい気分になるが、火葬場で「ガコーン！！」という大きな音とともに、窯から出てきたじいちゃんの骸骨を見て、恐怖の余り、号泣しながらチビルことになる。 <br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br><br>東大には、竜岡門という門がある。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>竜岡門だけは閉まらない。閉められない。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>なぜなら、この道は東大病院に続いている。救急車が入ってくるからだ。 <br><br>4年前、大学院から田舎の某大学医学部に移ったとき、研究室の俺の荷物を引き払うために、父が東大の竜岡門まで、車で迎えに来てくれた。 <br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">そこで、あることが判明した。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>40年前、父は仕事帰りに毎週、進行した末期COPDの祖父を治療のために、この東大病院の呼吸器内科の外来まで、車で送っていた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>祖父は毎回「俺はここで、いいんだ。おまえは疲れてるだろうから、早く帰れ。」と、この竜岡門のたもとで車を降りていたそうだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/01/33/j/o0090012010245219058.jpg"><img style="WIDTH: 111px; HEIGHT: 142px" height="142" alt="Macabre" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090902/00/yosei0803/01/33/j/t00900120_0090012010245219058.jpg" width="111" border="0"></a> <br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br></div><div class="FANCYURL_EMBED">しかし、実は、この竜岡門から病院入口までは、緩やかな坂道で数百メートル近くあるのだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>竜岡門から先に入ったことがなかった、いや、入ることをさせてもらえなかった父は、40年経った、この時、初めてその事実を知った。 <br><br>「親父、きっと、苦しかったんだろうに・・・」父が運転席でうつむきながら、言葉を詰まらせた。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>40年もの長い時間が経って、父と子が、お互いを思いやっていたことが分かった瞬間だった。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>自分で言うのも変だけど、俺はこのお家に流れる血のこういう優しい処が大好きだ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br><br>あれから、40年経った。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>縁側で真っ黒な足をほじくっていた軍曹の孫は、竜岡門のすぐ脇のボロボロの赤レンガの建物にいた。</div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>東大病院研修医採用試験の面接会場だ。 </div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>40年前にもあったであろう、この赤レンガの建物の前を、病院へ向かって、山高帽をかぶった老年の紳士が背筋を伸ばして歩いていく姿が目蓋の裏に浮かんだ。 <br><br></div><div class="FANCYURL_EMBED"><br>来年から、俺はここで働きます。 <br><br></div>
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<pubDate>Tue, 21 Apr 2009 09:00:28 +0900</pubDate>
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<title>Case1　AITL（血管免疫芽球性Ｔ細胞リンパ腫）</title>
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<![CDATA[ <p><br><br>原題：トシコばあちゃん（2007年08月02日20:05 ）</p><br><br><br><p>去年廻った総合内科の実習の担当患者さん。 <br><br>Malignant Lymphomaのトシ子ばあちゃん。 <br><br>厳密に言えば、「AITL（*下記注）」。 <br><br><br>『あんた、早くここの院長になってさ、私を助けとくれよ～。』 <br><br>『先生より、あんたの方がちゃんと説明してくれるよ。』 <br><br>『おまえさん、賢いから、この病気だって治せるよ。』 <br><br>『あたしも頑張るから、あんたも、しっかり頑張るんだよ。』 <br><br><br><br>「じゃね、また来るよ。」「ありがとね～！！」 <br>そやって、いっつも、ばあちゃんの手を握って、帰るんだ。 <br><br>ゴツゴツのトシ子ばあちゃんの手は、熱のせいなのか、すげー熱くって、「生きてる」って感じがした。 <br><br><br><br>正直、あと、もって半年くらいだと思ってた。 <br>だから、先月のテスト期間中もかなり心配だった。 <br>今年の４月に最後見たときは、ものすごい元気でプクプクに太っていて、血中の芽球（blast）も増えてなかったし、IL-2Rもよく抑えられてた。 <br><br>ひょっとして「このひと、治ったんじゃん？」っていう位、元気だった。 <br>でも、悪性リンパ腫は、油断ならない。 <br>再発したら、あっという間だから。 <br><br><br><br>いろんな話をしてくれた。 <br><br><br>某財閥系商社の大連支社長の裕福な家の娘だったトシ子ばあちゃんが終戦後、大連から、命からがら引き上げてくる話。 <br><br>近所のバカ犬の話。 <br><br>野菜嫌いの話。 <br><br>大学で柔道が強かった自慢の長男が若くして、自殺してしまう話。 <br><br>厚木のよく行く洋品屋さんの話。 <br><br>自分がどんだけ注射が嫌いかっていう話。 <br><br>スーパーは「OK」か「イトーヨーカドー」かっていう話。 <br><br>正月は退院できたけど、家でゴロゴロしてて、結局寝正月で終わったっていう話。 <br><br>最近、ニートのダメ次男（既に50歳超だけど）が自分のお見舞い・寝たきりの旦那の介護・家事を全部やってくれて、「『今』が生きてきて、一番幸せだ」っていう話。 <br></p><p>この病院の人たちはみんな自分を元気にさせようとしてくれてるから、頑張らなくちゃいけないっていう話。</p><p><br><br>40度近く熱発して辛い時でも、寝ているときでも、僕が来ると、 <br>起き上がって、感染防止のマスクを外して、「自慢の大声」で <br>ベッドサイドで、人生のいろんなことを教えてくれた気がする。 <br><br><br>病棟から連れ出した病院の下のコンビニで、不味い病院食のおかずに「ごはんですよ」か「大人のふりかけ」を買うか、 <br>二人で散々戦った。 <br>お会計のレジでお金を払いながら、トシ子ばあちゃんは、周りをキョロキョロ見回して、僕の白衣のポケットに、1000円札を２枚押し込んだ。 <br><br>デカイ声のトシ子ばあちゃんが小声で（十分デカイんだけど） <br>「おこづかいだよ。」 <br><br>その仕草がなんとも言えず、かわいかった。 <br><br><br>その日は、ちょうどトシ子ばあちゃんの77回目のお誕生日だった。 <br>だから、僕は3000円のお花を買ってあげた。 <br><br>なんかよくわかんないけど、黄色いお花のバスケット。 <br><br>明るすぎるトシ子ばあちゃんには、黄色が似合うと思ったんだ。 <br><br>夕飯中に花を持っていったら、トシ子ばあちゃんは、すごく嬉しかったみたいで、夕飯食べるのを放り出して、泣き始めた。 <br><br>病院の下品な白いドンブリ飯に、さっき買ったばかりの「ごはんですよ」がかかっていた。 <br><br><br><br><br>7月中旬、カルテを見たら、厚木S病院に転院していたので、試験終わった直後に、なんかよくわかんないけど、黄色い花のバスケットを買ってお見舞いに行った。 <br><br>でも、もういなかった。 <br><br>7月5日に退院している。 <br><br>死亡退院だった。 <br><br>最期の「ありがとね～！！」は、こっちの台詞だった。 <br><br><br><br><br>泣いた。 <br><br>と同時に、自分を情けなく思う。 <br><br>医者なんて、好き好んで「人の死」に、あえて突っ込んでいく職業だ。 <br><br>こんなことで悲しんでたら、これから先やっていけるわけがない。 <br><br>でも、正直、こんなに悲しいことが起こるなら、医者なんかになりたくないとも思う。 <br><br>でも、こうやって、強くなる。 <br><br>こういう思いは、必ず生かす。 <br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090830/01/yosei0803/e1/8f/j/o0465046710243249289.jpg"><img style="WIDTH: 167px; HEIGHT: 172px" height="172" alt="Macabre" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20090830/01/yosei0803/e1/8f/j/t02200221_0465046710243249289.jpg" width="167" border="0"></a> <br><br><br><br>***************************************************** <br><br>AITL(angioimmunoblastic T cell lymphoma)。 <br><br>悪性リンパ腫といえば、ほとんどがB細胞型なんだけど、これはT細胞が増殖する亜型。 <br><br>ちなみに、B細胞型は、B細胞マーカーであるCD20標的の分子標的薬（Rituximab；リツキシマブ）が効く。 <br><br>T細胞型は、当然CD20を発現してないから、この最新のお薬が効かない。つまり、予後最悪のagressive typeに分類される。 <br></p>
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<link>https://ameblo.jp/yosei0803/entry-10331494815.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Mar 2009 01:33:08 +0900</pubDate>
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<title>はじめに</title>
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<![CDATA[ <p>mixiが知り合いが多すぎて、書きづらくなってきたので。</p><br><p>ひっそりと引越しすることに決めました。</p><br><p>まずは、何年か前、医学生だった頃に書き溜めたことをこっそりとアップしていこうと思います。</p><br><br><br><p>専門用語が多くて、分かりづらいかもしれません。</p><br><p>内容は、たぶん軽くはないです。</p><br><p>ほぼステルベン日記になるかと思います。</p><br><p>それか、ハキダメ日記にするかもしれません。</p><br><p>背負うものが重すぎて、たまに潰れそうになるから。</p><br><p>日々忙しすぎて、忘れちゃいけないことをついウッカリと忘れそうになるから。<br><br></p><p>実際、いまでもあんまり思い出したくないこともあります。</p><br><p>医者になった現在、思っていないこともかなりあります。</p><br><br><br><p>それが前進なのか後退なのか、成長なのか退化なのか、正直僕にはよく分かりません。</p><br><br><p>だけど、その中には医者として、決して忘れちゃいけない初期衝動みたいなものがあるんだと思っています。</p><br><br><br><p>いろんなステルベンを見てきましたが、その中でいつも必ず思うこと。</p><p><br></p><p>『あなたが無為に過ごした今日は、昨日死んだ人間が生きていたいと強く願った明日である。』</p><br><br>
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<pubDate>Sat, 07 Feb 2009 04:25:40 +0900</pubDate>
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