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<title>ジェームズのブログ</title>
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<title>モンスターと言われない方法⑨</title>
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<![CDATA[ 平成17年度までは、いじめの定義は「自分より弱い者に対して一方的に」と書かれていた。従って、いじめと判断するかどうかは双方の力関係や集団の中での位置づけなどを考慮する必要があった。また、一方的なものかどうかを考慮する必要もあった。いわゆる、クラスのボス的な存在の子供が「いじめられた」と言ってきても、それはいじめとして取り扱われることはなかったのである。しかし、今はそのような定義はない。集団の中での位置付けなどは関係ないのである。それでは、クラスの中で立場の弱い子供はどうすればよいのか？ボス的な子に反撃をすれば、いじめをした事になるのか？それでは、その子は救われないではないか。そのような状況を生じさせないために、学校も保護者も常に考えておかなくてはならないことがある。それは、いじめかどうかを判断することが大切なのではなく、「より良い人間関係を築く」ために課題解決に取り組むのである。学校や保護者は、どちらが悪いとか良いとかを決めるのではなく、お互いの関係をよりよいものにしていくために、どうすればよいかを関係者みんなが一緒に考えて取り組むべきである。被害者の側に立つというのは、必ずしも被害を訴える側が100%正しくて、加害者が0%という訳ではないのではないか。苦痛を感じている子供を救うために、その子の思いに寄り添って、その課題に早急に取り組み、被害者の精神的な苦痛を一刻も早く取り除いてあげることである。従って、被害者であろうと、場合によっては直さなくてはならない事や謝らなくてはならない事もあるかもしれない。ボス的な子供が「いじめを受けた」と言ってきた時には、その子の事を考えて、平素の人間関係の築き方も指導してあげるべきである。要するに、いじめかどうかの判断が難しくても、その子供の精神的な苦痛をどうすれば取り除けるのかを最優先に考えれば、誰であろうと直さなくてはならない事は直すべきだし、場合によっては100%対0%にならない事だってある。その事を理解しておかなければ、「いじめを訴えたのにうちの子も悪いと言われた」といった不満を抱く事にもなりかねないのである。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753973522.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jul 2022 06:51:39 +0900</pubDate>
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<title>モンスターと言われない方法⑧</title>
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<![CDATA[ 前回も書いたが、保護者から「我が子がいじめを受けた」と話があれば、通常何よりも優先してその課題に取り組まなくてはならない。被害者の立場に立って、子供を早急に救わなくてはならない。これは誰もが当然だと思う。しかし、現状で考えなくてはならないのは、最近の保護者の傾向として、我が子が精神的な苦痛を受けた場合のすべてを「いじめを受けた」と訴える状況にあることだ。これは、文部科学省のいじめの定義である「いじめとは、心理的、物理的攻撃を受けたことにより、精神的苦痛を感じているもの」とあるように、ある意味では当然の主訴である。しかし、その定義が書かれている箇所には、注意書として「けんか等を除く」ともあるのだ。これが難しい。けんかなのかいじめなのかを一体どうやって見分けるのだろうか。そもそも、私たちは、いじめとけんかの区別など出来るのだろうか？けんかをすれば、誰だって精神的苦痛を感じる。その時に、被害を訴えた側をすぐに「被害者」としてしまうと相手も精神的苦痛を感じていたらどうなるのか？当然、加害者とされた側も、「自分の子はいじめてなどしていない。相手にもこんな事をされた。」と反論が起こる。学校は、常に被害者の立場に立つので、加害者とされた保護者の不満が残り、摩擦や軋轢が生じる事になる。そして、その不満を抱えた保護者の怒りが、一見モンスターと映ってしまうことになるのである。学校にとっては、保護者から「いじめを訴えたのにいじめとして対応してくれない」と言われることは、絶対にあってはならないことである。だから、けんかであろうとなかろうと、「いじめを受けた」と訴えがあった時点で、けんかであろうとなかろうと「いじめ」なのである。被害を訴えた側に立たなくてはならないのである。平成17年までは「いじめ」の定義は違っていた。長くなるので、この事は次回で更に考えてみたい。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753967791.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jul 2022 05:58:44 +0900</pubDate>
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<title>モンスターと言われない方法⑦</title>
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<![CDATA[ 前回のブログに携帯を介したいじめの問題について述べた。最近は、子供が友だちから嫌な事をされたら「うちの子がいじめを受けた」と訴えられる保護者が多い。もちろん学校は、「いじめを受けた」との被害の訴えがあれは、全力でその解決に取り組むはずである。ただ、気をつけないといけないのは、保護者が日頃の我が子の学校での様子をほとんど知らずに、我が子の訴えだけを聞いていると、本質が見えない中でいじめだと訴えてしまう場合もあるということだ。もっと具体的に言えば、我が子がいつも学校で友だちに嫌なことばかりしておいて、自分の子が嫌な思いをした時だけ「いじめられた」と言うこともあるのだ。周りの子供や保護者は、「日頃好き放題しておいて、よく言えるものだ」と思っているかもしれないのである。保護者が自分の子供を守るということは、何か起きた時だけ訴えることではなく、日頃から我が子の様子をしっかり把握するという責任を果たさなければならない。訴えるのは、自分の責任を伴うという事を踏まえないと、思わぬ所でモンスターと言われかねない。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753936438.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2022 22:15:10 +0900</pubDate>
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<title>モンスターと言われない方法⑥</title>
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<![CDATA[ 最近は、子供の間で、携帯によるSNSを介したトラブルが激増している。生徒指導の問題の大半が携帯がらみと言ってもいいくらいだ。特に、保護者から「うちの子がSNSに悪口を書かれていじめられた。学校の友達関係が原因なので、学校で取り組んで欲しい。」との要望を受ける事が多い。確かに、学校の生徒の問題だけに保護者や子供から「いじめられた」と言われると、学校も取り組まないわけにはいかない。しかし、面と向かっては言わないが、学校の思いとして、「保護者が携帯を子供に持たせる以上、家庭でしっかり管理して欲しい。」という思いが内心強いのである。トラブルが起きたら、学校に取り組んで欲しいと言われても、匿名の場合などは対処のしようがない。携帯を子供に持たせる以上、トラブルが起きた時の対処も、保護者が学校任せではなく、自分たちで何とかするのが本来であるという事を理解した上で、「学校にも協力して欲しい。」と依頼されれば、きっとモンスターとして嫌々ながら対応される事はないだろう。保護者の責任として、携帯料金の支払いと中身の管理はセットであると理解して、子供に持たせてほしいと思うのはきっと大半の先生方の思いではないだろうか。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753932008.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2022 21:51:49 +0900</pubDate>
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<title>モンスターと言われない方法⑤</title>
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<![CDATA[ 夏休み前となり、これから多くの学校では3者懇談や個人懇談が行われる。この時期に担任が頭を抱える事の一つに、懇談時間の調整ということがある。保護者によっては、仕事の関係で夕方５時以降にしてほしいという要望がある。基本的に５時以降は時間外なので、ほとんどの学校でその時間帯に個人懇談を組んではならないことになっているはずである。しかし、仕事でどうしても行かれないと言われればなんとかしなくてはならない。しかし、一例を認めると、仕事を休んでいる保護者はたくさんいるので、みんな時間外を望まれる。そこで、悩んだ末に担任の裁量でどこか別の日などに調整されることになる。確かに仕事でどうしても難しいということはあるかもしれない。その場合は、代わりに勤務時間内で学校に行ける時間を担任に伝える方が良い。個人の都合だけを優先しようとすると、やはりモンスターと思われかねない。それから、時間が決まっているのだから遅れるのは当然良くないが、事前に連絡なく遅れたり来られなかったりするのは、当然ながらアウトである。いうまでもないことだが、そのようなケースも増えているのは残念である。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753332911.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jul 2022 08:53:53 +0900</pubDate>
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<title>モンスターと言われない方法④</title>
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<![CDATA[ 最近では、学校の対応に納得がいかない場合に、直接教育委員会に学校を指導するよう求められるケースも増えているようだ。学校からすれば、事前の話がなく突然教育委員会から指導を受けることになる。保護者が訴える問題自体は解決するかもしれないが、保護者と学校との信頼関係という点では課題が残る可能性が大きい。そもそも、保護者が学校に要望されるようなケースは、校長が教育委員会とも連携をとっているはずである。従って、後々の関係を考えた時には、教育委員会にも伝える旨を事前に学校にも伝えておいた方がモンスター扱いにならなくて済むと思うのだがどうだろう。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753328538.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jul 2022 08:20:33 +0900</pubDate>
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<title>「モンスターと言われない方法③」</title>
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<![CDATA[ 最近は校則に関する要望も多く見られる。特に多いのが、服装、頭髪や持ち物である。靴下や下着の色。スカートや髪の長さなど。何故そのように細かく規制されるのか。その理由を教えて欲しいと言うものだ。その理由を個々の先生が丁寧に細かく理解し説明できればよいが、多くの学校では生徒指導部が中心になって校則を検討しているため、中には十分に説明できない場合もある。先生に説明できないのに、何故そのような校則を定めているのかという主張である。まさにその通りである。この主張はもっともである。ただ、世の中のルールも何故そのような規則や法律があるのかと問われてすべてをすぐに答えられる人は限られている。説明できなくても、ルールはルールでありすぐに無くせば良いという事にはならない。今は様々な事をやめたり無くしたりする方へと動いている時代だが、校則の一つ一つにも意味が必ずある。その意味を確認してから廃止すべきかどうか検討するべきではないだろうか。やはり、「校則をなくして」という主張よりも、「校則の意義や内容をいま一度学校全体で検討して欲しい」と要望するのが妥当な方法ではないかと思うのだがどうだろう。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753209210.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jul 2022 13:35:35 +0900</pubDate>
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<title>「モンスターと言われない方法②」</title>
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<![CDATA[ これば保護者にも先生にもどちらにも言えることだが、教員の携帯にTelやメールは絶対にしないというのが、常識的な対応だろう。私が管理職の時には、保護者や子供には絶対に携帯番号を伝えないように職員に指導をしていた。あくまでも子供の指導は公務なので、その公務に関する事を私的な手段でやり取りするのは問題がある。かつて、私は緊急の時のために家庭の電話番号をクラスの保護者に伝えていたことがあった。すると、特定の保護者から夜遅くに連日電話がありその対応に苦慮したことがある。教員と言えども、プライバシーは大切にしたいものだ。要件は色々あると思うが、直接先生の個人の連絡先に連絡するのは、避けるに越した事はない。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753205021.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jul 2022 07:37:50 +0900</pubDate>
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<title>「モンスターと言われない方法①」</title>
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<![CDATA[ 今回からテーマを新たにして、モンスターペアレントと言われないための上手な学校とのつきあい方について考えてみたい。保護者にとっては正当な抗議をしているつもりでも、学校から見ればモンスターと思われかねない場合がある。そこで、学校にとっても保護者にとっても納得のいく申し入れ方について考えてみたい。そもそも、学校にとって保護者からの要望自体があまり歓迎されるものではないし、保護者にとっても言わなくて済むような内容ならわざわざ申し入れなどしないはずである。しかし、その申し入れのお陰で、双方の関係が更により良くなる方法はある。そこで、学校や保護者が具体的にどのような対応をしていけば良いか考えていきたいと思う。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12753153684.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jul 2022 07:01:35 +0900</pubDate>
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<title>先生を応援するページ67「一人担任制を変える」</title>
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<![CDATA[ 公立学校はこれまで学級担任は一人が位置付いてきたが、それではもう子供たちの多様な課題に対応しきれなくなってきている。二人で２学級を持つとか「バディ制」を取り、二人で協力し合う体制をとるべきだと思う。副担任ではだめだ。責任が無くなる。例えば、午前はA先生がHRで午後はB先生というふうに入れ替わる。教科は、小学校の場合得意な教科をお互いに担当して分担し合う。子供にとっても、2人の担任のうち、自分に合う先生に相談すると良い。選択の時代に先生を選択できないのは、時代に対応できていない。先生も、経験の浅い先生とベテランをペアにするなどして位置付けるとよい。お互いに刺激になる。一人の先生ですべて対応する時代は終わりにしたいものである。「担任は２人いる」が常識にならないものだろうか。
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<link>https://ameblo.jp/yosh17153/entry-12752400577.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jul 2022 15:09:00 +0900</pubDate>
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