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<title>よしみつのブログ</title>
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<description>自分にとって大きな出来事だった「夢がないことへのコンプレックスに向き合った話」を書き残したくてブログをスタートしました。完走できますように！</description>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 7</title>
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<![CDATA[ <p align="left"><b style="font-weight:bold;">■研究のおわりと夢の病理</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">そんなわけで、私は一旦の「自分らしさ」と思えるものを手に入れ、夢の正体も掴み、夢の効果も知ることができました。これらをなんとか超長文になってしまった論文にまとめて提出し、無事卒業資格を手に入れたです。先生からもお褒めの言葉をいただき、研究に協力してくれた周囲の方々からも面白かったと言ってもらいましたが、何よりこの研究を経たことによる一番の成果は、自分の心の変化でした。「夢がない」ことへの不安や葛藤は、おどろくほどに静まったのです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">アンチ夢人間だった状態から、「夢」と聞いてもよくも悪くも心が動くことのない、別の存在へ変わったような気分です。これは確かな変化でした。このブログを書いている現在でも、「夢」を聞かれることは、例えば「新聞」とか「心」とかの単語を聞いたような、ただそのものをそのまま感知・認識する、そんな感じです（かつて私を長く苦しめたものとして、ほろにがさはちょっとあるかもしれません）。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">研究、やりとげた。やってよかった。夢最高！みんなも夢を持とう！夢はあなたを幸せにしてくれるハズ！今あなたには夢、ありますか！？</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">…とか言いだしたり、自己啓発セミナーへの誘導が始まったりしませんのでご安心ください。ブログの終わりに、研究を通じて知った、夢が持つ病理についても公平に書いておこうと思います。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">夢自体には、行動の呼び水となり、成長や幸福をもたらす効果があることは以前書きました。ただ当然皆さんもご認識のように、夢が叶わなかったときには、辛さや喪失感をもたらしますし、あまりにもハードルが高すぎる夢は、日々に相当なプレッシャーを与え、心がつぶれてしまうこともあり得ます。また使命感や自己犠牲を伴う夢は、それを追うこと自体は美しく見えても、それにより何かを失う側面もあります。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">これらの夢がダメだと言っているわけでありません。人の夢にいいも悪いもないし、私にそれをジャッジする権限はありません。だけど、もし今「夢」と聞いて思い浮かぶものがあなたを苦しめているなら、殻ではなく黄身に意識を向け、自分は本当は何を欲しているのか、確かめることもできるということだけ、そっと提示させてください。もしかしたら同じルーツでも違う夢の持ち方もあるかもしれませんし、違う理想の要素から投影される、全く別の可能性があり得るかもしれません。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">言いたいのは、夢は良いものだが、リスクもある。各人の状況に合わせて付き合い方を判断すべき事柄であり、それがあなたを苦しめるなら無理して追う必要はない、ということです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">かつての私へ、そして同じような悩みを持つ人へ、あなたと夢の関係が、良い塩梅に落ち着くことを願っています。私はかつて夢＝職業名というフレームでしか考えられない人間でしたが、この研究を通じて夢の定義はもっと自由でいいのだと知りました。それを教えてくれた会社の先輩は、「俺にとっての夢は、今日焼き肉を食うことかな。こんな感じで俺、夢いつも100個ぐらいあんねん！」と言っていました（私にとっては目玉が飛び出るような衝撃でした）。夢ってある意味そんな軽さで捉えていいもの、らしいのです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">だけどやっぱり、自分がどこに向かえばいいか不安で、支えてくれる杖を探したいときは、自分が楽しく（もしくは苦ではなく）、人にもプラスをもたらせるアクションや社会との関わり方が何か、少し探ってみるとよいかもしれません。あなたの過去にそれは転がっているかもしれませんし、まったく分からないなら、少しずつ社会と関わることで見えてくるかもしれません。とにかく、今それが分からないからといってあなたに価値がないわけではないのです。焦る必要は皆無です。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">ちなみに私はその後転職し、「人を良い方向に向けて焚きつける」ことのギリ延長線上にある仕事に移りました。前の仕事よりも自分に合っている気がします。が、とはいえ上手くいかないことがあると「向いてないのかな～」とか思うし、ブルーなときは転職が頭をよぎることもあります。まぁもう年齢的には中堅なので、社会なんてそんなもんか～と柔軟にサラリーマンする日々です。ビバ適応力！</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left"><b style="font-weight:bold;">■ここまでお付き合いいただいた方へ、感謝。完走できましたのでこれでおわりです。</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">さて、私がこのブログで書きたかったことも、大体盛り込むことができました。あまりにも個人的な話で汎用性もない気がしますが、同じような悩みを持つ人に、何かお役に立つ部分があるととても嬉しいなと思います。年々記憶は薄れていくのですが、あの時感じていた苦しみは確かに重々しいもので、もがきにもがいていた私にこのような知識が少しでもあると、楽になる部分もあったのではないかと想像したりします。多分こんなやり方で研究する人もそうそういないと思うので、人類の歴史の超々々々片隅にでも残しておきたく、ブログという形で公開することにしました。ここまで読んでくださった方々、いかがでしたでしょうか？夢の考え方が変わるきっかけになれば嬉しいです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">最後に、今の私の夢を書いて終わりにします。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">夢、沢山あるのですが、とりあえず目下はジムを継続して二の腕の肉をなんとかすることです。</p><p align="left">あと夏用に買ったサンダルを履き慣らしたいな～！あとは健康、家内安全、友達と沢山遊ぶことですかね。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">それではまたどこかでお会いしましょう！</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">追伸：私はその手の専門家では全然ないですし、アドバイスができるかはわかりませんが、筆者と話してみたい方がいたらコメントください。あんまりまめでないので見落としあったらごめんなさい。宗教セミナー勧誘おことわり。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12965710630.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 14:48:58 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 6</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">■スフィンクスの問い</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">今回はこのブログでの一番の暗部、自分とじっとりねっとりがっつり向き合って地獄を見たお話です。最初にお断りを入れます。これはある女が付け焼刃で得た知識をもとに、アイデンティティを理論立てて自分なりに組み上げようとし、一応なんとか形にした話ですが、このやり方が万人に向いているとは全く思っていません。ここまで読んでいただいてお分かりの通り、私はいろいろこねくり回す人間ですし、卒業のかかった狂気のプレッシャー期間だからこそ実行できたことでもあります。あとなんというか運？たまたま？ともつかぬ要素もあります。それでも公開するのは、一ケースとして何等かお役に立つ部分があればという思いからです。非・こねくり派の皆様は、こんなやべぇ人間もいるんだ～と、レアなサンプルを観察する気持ちでお付き合いいただければ幸いです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">なお、ここからは当時書いた卒業論文を直貼りします。途中まで普通に書いていたんですが、思い出しのために論文を見返したらあまりにそちらが差し迫っていたので、そのままお届けしたくなり。文体変わりますがご容赦ください！</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">（～～）</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">先行研究を進めていくうちに、徐々に「夢の卵的構造」の仮説が出来上がっていった。また、「相互作用型の夢」を追うことで、持続的幸福度が上がる可能性も示されていった。これは、夢を追うことには意義があることを示す結果であり、その発見自体は、喜ばしいものであったが、次第に筆者は、暗澹たる気持ちに包まれていった。なぜなら、ポジティブな状態であるためのキーとなる「自分らしさ」や、「相互作用型の夢」の前に立ちはだかる、筆者自身の「アイデンティティ」が何であるかについて、全く見当がつかなかったからである。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">この時点で、自分の「得意なこと」については、いくつか思い当たるものがあった。しかしそれらを「自分らしさ」と仮置きしても、しっくりと来ることはなかった。そこで、自らの持つ価値観を洗い出し、重要と思われる価値観を起点として、アイデンティティの深掘りを進めることにした。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">作業を通じ、フックになる価値観として見出されたものは、「自分が正しいと思う信念を貫きたい」という価値観と、「ヒーロー的な役割を持ちたい」という価値観であった。それでもまだ、「自分らしさ」として、しっくりと感じられないため、更にヒーロー像の深掘りを行った。するとそれは、「命を救いたい(医者)」という像でもなく、「悪を懲らしめたい(警察)」という像でもなく、「恵まれない人々を助けたい(慈善団体)」という像でもないことが分かった。</p><p align="left">筆者がなりたいと感じるヒーロー像は、「人の心の中にある“さもしさ”(またはそれを生み出す仕組み)と戦い、人々の心を明るく、強くする」という、マインドへの影響力を持つ像であった。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">自分の持つヒーロー像を分解し、詳細を掴んだ瞬間は爽快であった。しかし次の瞬間、恐ろしさが押し寄せてきた。</p><p align="left">ぼんやりと想像していた頃のヒーロー像は、自分からはるか遠くにいる、「いつか成れるかもしれないもの」だった。しかし詳細を紐解いたことで、それは「今現在の自分でも成ることができる、現実的なヒーロー像」に変化した。つまり、今この瞬間からでも、ヒーローに成れる可能性が発生した。その気付きにより、それなりに頑張ってきたと思っていた自分が、紐解いたヒーロー像の役割を、今までろくに実行できていなかったことに、愕然としたのである。また、今さらながら、自身が生きている現実こそが、戦うべき場所であることに気付き、その険しさに慄いた。</p><p align="left">しかし、とにかく、翌週より、この2つの価値観を意識しつつ、現実の職務に当たってみることにした。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">1週間、価値観を重要視しながら仕事を続けた結果、見出されたものは、やりがいではなく、苦しみであった。なぜなら、信念を貫き、人のさもしさと真正面から向き合うという行為は、当然ながら周囲との軋轢を生むからである。部下ならまだしも、自分よりも立場の上の方々に対し、様々なアプローチを取りながら、価値観に反さない行動をとり、説得を試み続けることは、途方もない時間と労力が、必要なように思われた。その時間と労力のことを考えるだけで、気持ちが萎んでいった。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">こうして「自分らしく」生きてみた結果、見えてきたものは、やりがいを感じる前に自分が疲弊してしまうため、実行はできても、幸福にはなれないという、矛盾した未来であった。現実の壁の前に立ち止まり、自分の足場になるはずの価値観が崩れ落ちていくのを感じた筆者は、混乱し、絶望した。それは、「私は信念のために、永遠に痛みを感じながら進むしかないのか」「それともこれが真の自分らしさではないとしたら、そんなものが本当に存在するのか」「実は私という人間はからっぽなのではないか」「私は真の自分らしさが見つからないまま、永遠に幸福になれず生きていくしかないのか」という恐怖だった。</p><p align="left">筆者はこれらの絶望に、がっちりと絡めとられた。この時点が、研究の期間における、一連の変遷の、感情的などん底であった。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">その闇を十分に味わった後、「人のために、正しいと信ずるものを貫く」ことが、自らを幸せにしないのであれば、いっそのこと、もう一度、自分のワクワクすることや、楽しいと思うことに目を向けてみようかという、意識の転換が起こった。ワクワクすること、楽しいこと、好きなことは、就活中も、転職に悩む期間も、考えてきた事柄ではあったが、その時は的が定まらずにいた。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">ひとしきりの絶望の後、改めてそこに目を向けると、ヒーロー像を深掘りしたことが功を奏したのか、ふと「そういえば私は、人を良い方向に向けて、焚きつけるのが好きだったな」という記憶が降りてきた。それは例えば、ギターを買おうか迷っている人の背中を押すことだったり、相手との関係を悩む人に、自分の意見をしっかり伝えるように励ますことだったりする。この降りてきたイメージを、じっくりと眺めるうちに、それはしっくり感を伴って、筆者の中に定着した。「人を良い方向に向けて焚きつける」ことは、これまで整理してきた様々な価値観と相反することなく、自分も楽しみながら、人の役に立てる行為であるように思えた。その行為をしている自分の姿は、現在の自分の延長線上に描くことができ、過剰なプレッシャーを伴わず、想像することができた。この行為を考えるにつれ、「抜けきった」という感覚が強くなっていった。この感覚を持って、筆者のアイデンティティは、一旦形成されたと考えている。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">（～～）</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">はい、コピペはここまでです。</p><p align="left">いや～～～～、今読んでも生々しい記憶が蘇ります。「ちょっと大げさに書きすぎなんじゃないの？」と思われる方も多いかもですが、当時の私としてはうそ偽りなく絶望していました（私はしょっちゅう絶望するような人間ではないです、念のため）。</p><p align="left">ここまで大げさに見える反応になってしまったのは、この「信念を貫きたい」「ヒーローになりたい」という思いは、子どものころからずっと私と共にあった、いわば私が前に進むための杖みたいなものだったからです。ず～～っとず～～っと私を支えてきてくれたはずのものが、もう私を未来には連れて行ってくれない（というか、私が真にそれらを扱えない）と気付いた時の気持ちは、誇張ではなく打ちのめされるものでした。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left"><b style="font-weight:bold;">■サウナで見た光</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">そして、その後の心境の転換が起こった瞬間もよく覚えています。あれは日中は仕事、夜は論文のあまりに過酷な日々に頭が朦朧とし、回復のため向かったサウナでの出来事でした。</p><p align="left">朦朧としながらサウナに入り、水風呂につかり（この間も論文は決して頭から離れません）、へたりこんだベンチで、ふと過去のあるシーンが思い起こされたのです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">それは合コンで、初めて会った男の子が「おれギターやりたいんだよね」というので、「めっちゃいいじゃん！買っちゃおうよ！すぐ始めちゃおうよ！！」と焚きつけに焚きつけ、翌日「今日ギター買っちゃったｗ」と連絡をもらったという、別になんてことない一連の出来事でした。結局その人には二度と会うことはなかったのですが、「人を焚きつけて行動を起こさせた」ということになぜか私は不思議な充足感を覚えて、その嬉しさが妙に記憶に残っていたのです。</p><p align="left">そんな記憶が疲れとサウナで朦朧とした頭の中に、急にサンッと差し込んできました。その光を検知した脳みそはのろのろと反応を示し、記憶を手にとりじっと眺め始めました。そして次第に「あ、これいけるかも？win-winってこういうこと？？？？？」と頭が回転し出し、心臓が徐々に早くなっていきました。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">そのまま静かにベンチに座り、しかし頭はもう一度回転させつつ、新たなこの可能性をおっかなびっくり試し続けた後、「これかも…」と、心の中でピースがはまった感じがしたのです。それは静かな、でも自分にとっては感動的な出来事で、一人ベンチで動きもせず、そのまま涙がこぼれてきました（誰もいなくてよかった）。それは感動とか興奮とかっていうより、「私はからっぽじゃなかった…！」という安堵の涙だった気がします。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">こうして超なんやかんやの果てに、なんとか自己確立の夢を実現させたのです。研究と同時に自分に向き合い始めてから、約５カ月が経過していました。</p><p align="left">&nbsp;</p><p>（だんだんと収束に向かいつつ、もう少しだけ続くんじゃ）</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12965709753.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 14:39:50 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 5</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">■夢の構造を卵に例えてみた</b></p><p>&nbsp;</p><p>卵って、殻と白身と黄身でできてますよね。ここに卵が１つのったテーブル以外何もない部屋を用意し、そこにＡさんを入れます。この時Aさんは卵と少し距離をとって眺めている状態です。</p><p>&nbsp;</p><p>この卵の黄身は、じつはAさんが持つ「あらゆる理想」の要素でできているんですが、それは直接Aさんからは見えません。Aさんに見えるのはあくまで殻です。殻はスクリーンの役割を持っていて、そこには黄身にある理想を具体化した映像が映っています。例えば、黄身にある理想に「人から認められたい」という気持ちがあったとします。ただそれは直接的に殻には現れず、白身による解釈を通じて「サッカー選手になりたい」という投影が殻に映っています。Aさんは普段無邪気に「サッカー選手になりたいんだ！」と言っていますが、その実深いところでは、人から認められたい気持ちからその発想になり、それが卵に映っているということですね。</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/2a/c3/p/o0448030115780708413.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="301" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/2a/c3/p/o0448030115780708413.png" width="448"></a></p><p>&nbsp;</p><p>この時、サッカー選手として像に変換されたのは、たまたまAさんがその時サッカー少年団に所属しているからかもしれません。バスケ少年団にいたらバスケ選手を目指していたかもしれず、いずれにせよ、「理想」を実現するための「環境」と調整する「解釈」の役割を白身が行うことで、結果的に像の具体化に結びついています。</p><p>&nbsp;</p><p>そうやって、Ａさんが憧れを抱いたり、承認を欲したりして、理想（黄身）の中身が転じていくと、その都度解釈された像を殻に映していくのですが、Ａさんがアイデンティティ形成期に入り、理想が根本からゆらぐと、この黄身自体が揺れ動き、質を転じ始めます。</p><p>コアである黄身はぐちゃぐちゃになり、日々形を変えるので、投影される像もぼやけて不明瞭になるのです。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/63/c6/p/o0471041015780707979.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="192" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/63/c6/p/o0471041015780707979.png" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>アイデンティティがなんとなく固まり、Ａさんがこの段階を通り過ぎると、黄身はまた形を安定させます。ちなみにアイデンティティというのは何度も固まったり揺らいだりを繰り返すものらしいので、今後もその都度ぐちゃったり戻ったりを繰り返すことになります（そもそもアイデンティティの形成には社会で揉まれることが必要らしいので、学生のうちに理想が固まらないのも普通です。学生～若手社会人の皆さん、ご安心ください）。</p><p>こうしてＡさんに限らず、人は変化しつつ、常に殻への投影を試みる卵と生きていくことになります。これが私の考えた夢＝卵的構造モデルです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>やっと、やっと夢を誰もがよく知る物体の形に落とし込めたことで、脳みその完全フリーズは回避できました。おそらく違うもので例えてみても、しっくりくるものはあると思いますが、私には「そこから何が生まれるかはまだ未知である」という性質も含めて、卵に例えるのが良いように思えました。ふんわりとして形のつかめないものだった夢を仮でも可視化できたのです。やっと夢の目をみて、こんにちはを言えた気分でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、部屋の中の配置で例えた夢と人との関係について、唯一パターンが変わると考えているのが、夢の６種類のうちの最終形態である「存在価値追求の夢」です（自己が確立できており、そのうえで社会と自分がwin-winの状態をつねに追求し続けること自体が夢）。</p><p align="left">この状態では、「夢を追求する」こと自体が理想であり、それは追い求める限り常に叶っていることになるので、Aさんは卵を外から見つつ、卵内の黄身（理想）とも同化していることになります。まさに「夢中」で生きているということですね。図にするとこんな感じです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/53/1e/p/o0585043415780707980.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="434" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/53/1e/p/o0585043415780707980.png" width="585"></a></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">この状態の人は多分このブログにたどり着かない思うのですが、もしいたら日々どんな意識で生きているのかぜひコメントください。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left"><b style="font-weight:bold;">■研究の成果と明るい未来…？</b></p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">さて、ここまでめちゃくちゃ長くなってしまったんですが、一旦これまでの研究の歩みを簡単にまとめますね。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">私は夢がない苦しさと向き合うために、</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">・夢はどんな形をしているのか</p><p align="left">・夢を持つとどんないいことがあるのか</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">を知ろうとしてきました。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">どんないいことがあるのかについては、先行研究を通じ「夢が行動の呼び水となり、成長や幸福をもたらす可能性がある」ことを知りました。</p><p align="left">夢の形については、同じく先行研究を通じ、「６種類以上は分けられそうであること、またそれらを卵型のモデルで説明ができそうであること」が分かりました。特に６種のうちの一つの「自己確立の夢」は、アイデンティティが深く関わり、一時的に夢の具体像を掴みにくくなる特殊な状態であることを整理してきました。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">ここまではあくまで先行研究を通じた仮説づくりのフェーズのため、ここから８人の知り合いを対象に、夢についての個人インタビューを実行し、確からしさの検証を行いました。個人的にこのインタビューがめちゃくちゃ面白くて、新たな気づきも山ほどあったのですが、ここで挟むとあまりに果てしなさすぎるので本ブログは割愛することにします。一言だけ言うと、インタビューを通して私の夢の定義はめちゃくちゃ柔軟になりました。夢の定義について人と語り合うの、まじおススメです！</p><p align="left">ただその中で少なくとも私の立てた仮説に矛盾は出ず、結果として、卵仮説の確からしさをより深める結果になりました。こんな形で、一応私の論文は形になったのです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">そうして、無事に自分なりのモデルを作れた私は、当初立てた２つの疑問にも答えを見つけ、単位も無事取れそうで、卒業おめでとうハッピーハッピーいぇーーーーい！！！！！！！！</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">……とは全然なりませんでした！！！！！！！！！！！！！</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">だってそうですよね！！夢の構造や良い面を把握はしたものの、相変わらず私は理想が見えないことが不安で仕方なく、研究したことでその解消には至っていなかったのです。</p><p align="left">流石にここまで研究を重ねて、夢＝職業名でなくてもいいことや、理想が描けない状態もよくあることであることは理解したのですが、理解したことと不安に感じることは別です。そもそも私はこの不安を解消したくて入学したのですから、何も見つからないまま卒業するのでは本末転倒というものです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">実は研究を進めるうちに、「おや…？不安と向き合うにはどうやら別種のアプローチが必要そうだぞ…？」ということにはうすうす感づいていました。更にアイデンティティやポジティブ心理学、フロー理論など学ぶことで、どうやら「自分らしさ」が鍵になりそうなことも掴めていました。ただこの「自分らしさ」がやっかいで、２～３時間考えたぐらいでは全然しっぽも見えてこないような相手だったのです。ただどうやらこの問題と本格的に向き合わないと、不安を脱せないことは明らかでした。そうして論文執筆と並行して、自分らしさの棚卸を進めることになったのです。</p><p align="left">&nbsp;</p><p align="left">いよいよことの本質に切り込む形になったのですが、果たしてこの闇に終わりはあるのか…！？</p><p align="left">クライマックスじみてきましたが、続きは次回。</p>
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<pubDate>Sun, 10 May 2026 14:20:08 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 4</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">■今は砂塵となった記憶と記録</b></p><p>&nbsp;</p><p>前回はいくつか読み物をして、夢の形をぼんやり縁取っていました。</p><p>趣味的に調べていたら私はここで止めているところですが、高いお金を払った大学院、単位が取れないと水の泡です。一応ちゃんとした論文を書くので、お作法に則って先行研究をみっちりやらないといけません。ここから鬼のように文献・追加書籍と格闘する日々が始まりました。</p><p>&nbsp;</p><p>参考までに、論文を書くために参考にした先行研究を記しておきます。理論名であって書籍名ではないのですがあしからず…（コメントあったら覚えている限りで返信します）</p><p>&nbsp;</p><p>・フロイト・ユング「夢判断」</p><p>・ホール「プロティアン・キャリア」</p><p>・ヴィゴツキー「遊びの理論」</p><p>・ロジャース「理想自己概念」</p><p>・レズネフスキー「コーリング」</p><p>・マズロー「欲求階層論」</p><p>・クランボルツ「計画的偶発性理論」</p><p>・エリクソン「発達段階説」</p><p>・チクセントミハイ「フロー理論」</p><p>・セリグマン「ウェルビーイング理論」</p><p>・日本のキャリア教育の歴史いくつか</p><p>・行動遺伝学の書籍いくつか</p><p>&nbsp;</p><p>あの時は血走った目でこれらを読み漁り（なんたって猛スピードで書き進めないといけないので）、ある程度は自分の中に理論を取り込めていたと思っていましたが、あれから５年以上経ち、記憶はすべて砂となって吹き飛んでしまいました…が、これらを通して私なりに分かったことはしっかりメモしてありました（よかった～）。</p><p>&nbsp;</p><p>当時の私は最終的に、夢の代表的な種類を６つ定義しました。「自己完結型の夢（野球選手になりたいのやつ）」で４つ、「相互作用型の夢（野球選手になって社会とwin-winしたいのやつ）」で２つです。興味のある稀有な方向けに当時整理した画像を貼っておきますね。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/8e/7c/p/o0922060315780705726.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="405" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260510/14/yoshimitsu13/8e/7c/p/o0922060315780705726.png" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>図の中身を物語的にいうと、まず子供のころ無邪気に「プリンセスになりたい！」とか憧れる夢の段階があります。次に思春期になってくると、「人からモテてぇ」とか「強い自分になりたい…」とか承認系の夢がでてきます。次に社会と更に関わるようになると、「自分らしさを確立したい」という、少々ややこい状態の夢が出てきます。ここはアイデンティティの理論が絡んでくるので、後ほどまた説明しますね。ここまでが自己完結型の夢４つです。</p><p>&nbsp;</p><p>そこを通り過ぎると、「自分らしさを保ちつつ、社会にこんな価値を還元したい（野球で活躍しつつ皆を笑顔にしたいとか）」という価値夢に向かい、最後は「自分らしさと社会の価値を両立する状態を、永遠に追求したい」という果てない夢に行きつきます。この２つが相互作用型の夢です。</p><p>&nbsp;</p><p>上で書いたものは、あくまで「一般的には人生のこの辺で起きがち」という話で、個人個人に当てはめた場合に必ずこのプロセスを辿るわけではありません。全員最後まで行きつかないといけないわけではありませんし、先に進むほど偉いとかでもありません。あとあんまり平和な社会だと意識されませんが、「まずは腹いっぱいご飯が食べたい」とか「安全な寝床で寝たい」とか、マズローの欲求５段階説の下位にあたる夢も、状況次第で当然出てくると思われます。のであくまで素人が短時間で調べた中で作った、夢のプロセスのラフスケッチと思ってもらうぐらいがいいと思います。これを読んでいるあなたの夢の状態は今どこでしょう？</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみにこの研究をしていた当時、私の段階は「自己確立の夢」でした。「将来仕事において成し遂げたい明確な目標や、就きたい職種がないといけない（そんなことはないが、当時は天職ではないと不幸ぐらいに思っていた）のに、それがわかんない！どうそこにたどり着けばいいのかもわかんない！」という迷いがあった私は、つまり「私が納得して私らしくあれる状態になりたい」という夢を持っていたともいえます。</p><p>この特殊な夢の解像度を上げるにはエリクソンの「発達段階説」の説明が必要なのですが、長くなるのでそれは次回に回します。</p><p>&nbsp;</p><p>もう一つ先行研究を通じてわかった大事なことは、</p><p>&nbsp;</p><p>夢を追うことで人は成長したり、幸福度が上がったりするようだ</p><p>&nbsp;</p><p>ということです。これも実感のある人からすれば「そりゃそうじゃん」って話かもしれませんが、野球選手に憧れたから一生懸命部活を頑張れば、体力もコミュ力も付くし、成長を実感できれば更に嬉しいですよね。何かに夢中になっている時間が多いと、人生の充実度も上がります。当時の私は「夢は人を動かすための呼び水になるのだ」と解釈しました。この時点で、「夢アンチだったけど、まぁ冷静に見て良い効果もあるのか…うむぅ…」とまだまだ斜に構えた姿勢が直らない私です。</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだ研究は続きますが、続きは次回。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12965707319.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 14:12:18 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 3</title>
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<![CDATA[ <p>ずいぶん前回から時間が空いてしまいました…完走を諦めたわけではありません！</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">■研究の開始</b></p><p>&nbsp;</p><p>そもそも夢ってなんなのでしょう？夜見るものも夢、将来なりたい姿も夢。将来の夢にも、「幸せになりたい」というふわっとしたものもあれば「30歳までに公認会計士の資格を取りたい」という具体のものもある。「野球選手になりたい」という個人的なものから「差別のない世界を作りたい」という社会的なものもある。「プリン食べたい」というものから「老後は隠居したい」など、時間軸の違うものもある。私は面倒くさい人間なので、「人は夢を持てって言うけどさぁ、どんな夢を持てば正解なのさ？夢の定義ってなんなのさ？」としばしプリプリしていました。</p><p>そんな私が研究を始めるにあたり、知りたいことを２つにまとめ、先生に相談しました。</p><p>&nbsp;</p><p>・夢はどんな形をしているのか（夢の正体とは？）</p><p>・夢はどんな役割を持っているのか（持つとどんないいことがあるの？）</p><p>&nbsp;</p><p>先生はいくつか私に書籍を紹介してくれ、自分でも参考になるものも調べつつ、いよいよ研究がスタートしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">■先達の語る夢</b></p><p>&nbsp;</p><p>まず読んでみたのはイチロー選手の「夢作文」と本田選手の「夢作文」、マーティンルーサーキング牧師の「演説」です。</p><p>夢を叶えた偉大な選手が、小学校の時に描いた作文２つと、1963年に米公民権運動の中で行われた「I have a dream」のフレーズで有名な演説文ですね（書籍ではないやん）。面倒くさい性格の私はいろいろと理屈をこねくり回しながら解釈するのですが、詳細は割愛して、なんとなくわかったことは、</p><p>&nbsp;</p><p>夢にはどうやら、「自己完結型の夢」と、「相互作用型の夢」があるらしい。「相互作用型の夢」は「自己完結型の夢」の後に来るらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>ということです。</p><p>もう少し詳しく言うと、「野球選手になりたい！」で終わる夢と、「野球選手になったら、お世話になった人を試合に呼んで楽しんでもらい、応援してもらう」など、社会と自分がwin-winな形になる型の夢がありそう、という感じです。あ、この「～型の夢」というのは、今後出てくるものも含めて勝手に私が付けた言葉なのでご注意ください。</p><p>なんとなくですが、超一般人が持っている「芸能人になってモテたい！」とかのレベル感と、偉大で高尚な？人達が持つ自分の活動で社会に貢献するレベル感も、同じ夢というベクトルで語れることが分かりました。最初はただモテたい一心だったのが、演技を通じて落ち込んだ人を勇気づけたいなど変わっていくのはよく聞くストーリーですよね。どちらの段階にいてもまぁ別におかしくはないということです。ちょっとだけ夢の解像度が上がった気がしました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">■ゾウが語る夢</b></p><p>&nbsp;</p><p>次に目をつけたのはこれまた有名な「夢をかなえるゾウI（水野敬也）」です（今度はちゃんと書籍）。人生を変えたい主人公がゾウの姿の神様ガネーシャと出会い、いろいろ課題をこなしていくやつですね。</p><p>また私なりにコネコネこねくりまわして解釈した結果、以下の仮説を立てました。</p><p>&nbsp;</p><p>「自己完結型の夢」にも、いくつかの種類があるらしい。この本では３つほど分かった気がする。</p><p>&nbsp;</p><p><b>・原初の憧れの夢</b></p><p>　―幼いときの「プリンセスになりたい！」的純粋な憧れからくる夢</p><p>&nbsp;</p><p><b>・他者承認欲求の夢</b></p><p>　―人から認められたい気持ちに紐づく夢</p><p>&nbsp;</p><p><b>・自己承認欲求の夢</b></p><p>　―自分が認められる自分になりたい気持ちに紐づく夢</p><p>&nbsp;</p><p>…段々と夢の種類が分かってきましたね。少し類型化できると形が掴めそうな気がして安心しました。ただまだ全体像が見えた感じは全然なく、結局夢ってなんやねん？何種類あんねん？が深まるばかりです。その解明のため、この先鬼のような書籍との格闘に突き進むことになるのですが、今回は一旦ここで区切ります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12965707139.html</link>
<pubDate>Sun, 10 May 2026 14:10:11 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 2</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">■はじまり</b></p><p>&nbsp;</p><p>社会人7年目に、未来のあなたは働きながらビジネスについて学べる大学院に通うことにしました。結構な決断ですよね。でもあなたはそこに望みをかけたのです。大学院に行って、社会というものをもっと知って、色々な業種で働いている人に会えば、自分のやりたいことも見つかるかもしれないと。</p><p>&nbsp;</p><p>元々あなたは（つまり私は）内向きな性格で、特にやりたいこともないままたまたま縁のあった会社に就職しました。３年目には本当に仕事が辛くて、逃げるように辞表を出したこともありましたね（結局説得されて残りましたが）。その後も仕事に対する自分の向き合い方が定まらないまま、目の前のトラブルと格闘し続ける日々を送っていたのは、あなたもご承知の通りです。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな時、突如入ってきた中途採用の人から、ビジネススクールなるものの存在を教えてもらったのです。ずっと同じ会社に勤めてきたあなたには、その人が時折織り交ぜてくる「外の世界で使われていて、使えば正解に近づける様々な思考フレーム」がすごく新鮮で、魅力的なものに見えました。これらを使えるようになれば、日々のトラブルを少しでも減らせるかもしれない、そして何より、ここではないどこかにある、自分が本当にやりたいことに出会えるかもしれない…！そんな切実な思いを込めて、あなたは仕事後に通える学校を調べ始め、半年後には入学することになるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">■ビジネススクールでの日々（＋何かを選ぶ際の性質の話）</b></p><p>&nbsp;</p><p>ビジネススクールでの日々は、想像した通りに大変で、しかし想像した以上にその後の人生に影響を及ぼすものでした。通ったことに一ミリも後悔はありません。新たな出会いもあり、その後長く付き合う友人たちもできました。ただ、その話は今回の話の本筋とは関係ないのでここでは多くは語りません。大事なことは、卒業までの２年間のうち、１年が経過しても一向にやりたいことが分からなかったことです。</p><p>&nbsp;</p><p>未来のあなたもただ受け身で日々を過ごしていたわけではありません。これまで全く接点のなかった業種の人の仕事内容について質問しに行ったり（人見知りとしては奇跡！）、幅広い授業を受けて自分の得意不得意に関する理解を深めたりしました。ビジネススクールに通うことで、自分が目の前で直面している「シゴト」が、社会全体を捉えたときのほんの一部分であり、しかしその取り組みを通じて自分は社会と繋がっているのだと認識できるようになりました。それはまるでエレベーターで高く上り、一気に視界が開けるような感覚で、目の前の壁しか見えていなかった状態から、自分のいる大きな仕組みを上から眺められるように変わったのです。それは偉大な変化でした。それだけでも高いお金を払ったかいがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし世の中に沢山選択肢があることがより色濃くわかったとはいえ、そこから何を選ぶことが自分にとっての最適解なのか？ビジネススクールに通う多くの人や、ケースとして学ぶ社会の偉人たちが納得感を持って仕事をしているように、私もその状態に近づくにはどうすればいいのか？結局さっぱり見えてくる気配がありません。未来のあなたは再び困り果てていました。</p><p>&nbsp;</p><p>（ここからは蛇足）</p><p>今思えば、この困惑には私の気質が深く関係しているように思います。ずいぶん前に会社の研修で、人が何かを選ぶ時のパターンは大別すると４種あることを学んだのです。</p><p>&nbsp;</p><p>一つは「フィーリングで選ぶ」パターン。イェイ！これ最高だよ！いい感じだよ！と言われるとグッとくる人達です。</p><p>二つ目は「他の人と違うものを選ぶ」パターン。まだ誰も手にしていませんよ、あなただけの特別ですよ、という言葉に弱い人達です。</p><p>三つ目は「他の人と同じものを選ぶ」パターン。みなさんこれを選んでますよ、みんなと同じになれますよ、という言葉に安心感を持つ人達です。</p><p>四つ目が「比較して選ぶ」パターン。具体的にこの機能が他社と比べて〇％優れていて、この機能は××で…など、効果の説明で納得する人達です（どれが良い悪いではなく多様なパターンがあるよというお話です）。</p><p>&nbsp;</p><p>くっきり４種に分かれるのではなく、MIX型もあったような気がしますが（違っていたらすみません）…、とにかくここで言いたいのは、私は完全に四つ目の人種であるということです。とにかく比較しないと気が済まないのです。いいな！と直感的に思うことがあっても、必ず代案を探し、選ぶべき理由を様々な角度から自分に提示しないと購入できないタチなのです。ちょっとした買い物ですらそうなのですから、人生の選択ともなると途方に暮れてしまったのもある意味当然かもしれません。さっと選べる人がうらやましくなることもありますが、気質は変わらないのでうまく付き合っていくしかありませんね。</p><p>&nbsp;</p><p>話を戻しますが、もしかしたらこの気質のせい？で、他の人達にはそんなに高くないように見える壁も、当時の私には見果てるほどに大きなものに見えてしまったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">■卒業論文のテーマの選択</b></p><p>&nbsp;</p><p>困っていても、日々は矢のように過ぎていきます。私の通っていたビジネススクールでは、２年目になると自分の学びたい分野を決め、分野に合ったゼミに所属し、卒業論文を書く決まりがあります。いろいろと検討した結果、マネジメントを教えている教授のゼミに参加することにしました。私は数字よりも人間の心理に面白みを感じるたちでしたし、仕事上の葛藤と向き合うにもマネジメントの知識は大いに役立つと考えたからです。</p><p>&nbsp;</p><p>同期の仲間は卒業論文のテーマ出しに苦労していましたが、私は早々に決めていました。そう、ここまで頭を悩ませるならば、いっそ「夢がない／天職が見つからない」という焦りについて、正面切って研究してみようと思い立ったのです。どのような結果が出るかまったくわかりませんでしたが、ここに向き合わない限りは学校に通う決断をした意味がないと思いました。幸い教授は面白がってくれ、思考の足掛かりとなるような書籍をいくつか教えてくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>鬼が出るか蛇が出るか、覚悟を決めた当時の私は謎の高揚感に包まれていましたが、実際はここから自分の心の闇に沈んでいくような、地獄の研究期間がスタートしたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>この続きはまた次回お話します。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12889031416.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Mar 2025 16:22:41 +0900</pubDate>
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<title>夢がない苦しさにもがく私へ 1</title>
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<![CDATA[ <p>このブログは、かつての自分に向けたものであり、同じような境遇の人に届いてなんらか良い作用を及ぼすように、願いを込めて書くものである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b>◾️もがきを抜けて</b></p><p>&nbsp;</p><p>夢がないことがコンプレックスであった20代の私へ。30代半ばの私は、そのコンプレックスからはスッキリ解消されています。天職がみつからないことに悩むこともなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>どうしてそんな状態に変わったのか？それはもう少し未来の君が、天職を探すために働きながら大学院に行って、それでも見つからないので仕方がないから「夢とは何か？」を研究した結果です。</p><p>そう、そこまでしないと私はモヤモヤから抜け出せなかったのです。</p><p>かつての私へ、未来の私から、みっともなくもがきにもがいて掴んだことを伝えますね。少しでも君の苦しみが軽くなりますように。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、この物語の終わりは、君が求めていたものとは違うかも知れません。正直に言ってしまうと、未だに天職はみつからず、やりたいことを探す日々です。それでもあの焦燥感は今はありません。結論から言うと、私は夢の捉え方を変えてみたのです。こらから少しずつそれを書いていきますね。最後まで書き切りますように！</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yoshimitsu13/entry-12888685637.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Mar 2025 20:46:33 +0900</pubDate>
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