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<title>たすけびと、かんしゃびと</title>
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<description>腎臓をわずらい、家族からの提供により、かつて腎移植をおこないました。苦しい治療を受けながらも、周囲の人々の優しさにあふれた日々への感謝を綴っていきたいと思っています。</description>
<language>ja</language>
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<title>はは あね つま  かんしゃびと「母との別れ」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今年に入り綴ってきた「</span><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span><span style="font-size: 19.600000381469727px;">」ですが、今回が最終回です。お読みくださっている皆様には、心から感謝をいたします。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今日は、母との別れ、そして、母を送る京都への旅について書きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">＊＊＊＊</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">母との別れ</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が結婚して、仲睦まじく３人で暮らしていましたが、私が36歳の時です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母が山の田んぼへ朝食の前に出かけ、坂道を登っている時、胸が苦しくなり、なんとか在所の一番近い家へ助けを求めてたどり着きました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その家から私の家へ連絡があり、妻が車で駆けつけ乗せて帰りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は留守にしていましたので、帰るのと同時でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母の青い顔を見て、これはただ事ではないと思い「救急車を呼ばねば」と電話しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すぐに救急車が来て、担架に乗せてもらい、私も側に乗り込み、救急隊員の方に「厚生連高岡病院へ通院しているから行ってほしい」とお願いしました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「分かりました。すぐに連絡して行きます」と言ってくださり、間もなく到着しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">すぐに診てくださり、主治医の先生が母を見るなり</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「これは心筋梗塞だ、すぐに入院しなければならない」と言われました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">病室へ急いで入室させてもらい、酸素吸入が始まりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">一応は落ち着きましたが安心はできません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">その後、心電図や画像検査など行われ、先生が「このような状態なら安静にして酸素吸入をし、点滴をしていれば回復するでしょう」と言われましたが、母は苦しんでいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">側に付いて居なければならないと思い、私と妻が二人で付き添っていました。姉たちにも連絡をするとみんな来てくれ、元気だった母の変わりように驚いていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">非常に蒸し暑い日が何日も続いており、当時の病室には冷房装置がなかったので、母も私たちも辛い温度と湿度でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">２日目になると私たち２人ともふらふらになりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">姉たちがそれを見て、「私たちが代わって付き添うから、あなたたちは家へ帰って休まれ」と言ってくれたので、一晩家へ帰り休みました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">次の朝、病院へ行きますと母の状態が前とあまり変わりなく感じましたが、昼過ぎあたりから今までよりも、苦しんでいるように思い、私は看護師さんに訴えました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「母は今までより辛いのではないでしょうか？」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「先生に聞いてみますから少し待ってください」と言われ、待ちました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">先生は間もなく来てくださり、難しい顔をされました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「調べてみます」と言われ、色々検査されました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「検査結果をお話しますので、こちらの部屋へ来てください」と呼ばれ、妻と二人で行きますと、先生は</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「心臓の状態が悪くなっています。難しいかもしれない」と、心電図と画像診断の結果を見せてくださいました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「本人が欲しいというものを、飲んでもらうなり、食べさせてあげてください」と言われました「少しだけですよ」と。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは先生の言葉に大変シヨックを受け、それでも気を取り直して病室へ戻り、母に「何か飲みたい…？」と言いますと、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「冷たいスイカを食べたい」と母は言いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">病院の前の青果店へ行き、スイカを買ってきて小さく切り、口に入れますと、なんとか食べてくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母は「おいしかった」と言いました。私達は言葉が出ません。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">次の日、母は治療や看護、介護の甲斐なく、安養浄土へ旅立ちました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">妻は母の側で泣き叫びベッドにすがりついて離れませんでした……。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私も辛く悲しい思いでいっぱいでした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">親戚の方が来てくださり、母といっしょに家へ帰りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母は家へ無言の帰宅をしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">次の日通夜を勤め、家は親戚、縁のあった方々、仕事の付き合いの方など、お参りの人が大勢来てくださり、感極まりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私はなんとか皆さんに、お参りを頂いたお礼の挨拶をして、通夜を終えました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">翌日葬儀がとり行われ、焼香が済み、花を手向け出棺となると、さすがに悲しさを堪えるのが限界でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">なんとか初七日の法要が済み、お寺さんが帰られ、しばらく親戚の方と話をして親戚の方が帰られますと、妻と二人だけになりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は堪えていた涙が溢れてきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">母は享年６７歳でした。大変な一生をおくったと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#0080ba;">本願寺へ納骨</span></span></p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#0080ba;">京都への旅</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">母の納骨を無事に済ませてからしばらく経った、11月の中旬。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">生前母が「私が浄土へ往ったら、京都の本山、西本願寺の大谷本廟へ分骨してほしい」と言っていたので、姉たちに相談しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">話がまとまって、お手次のお寺に手続きをお願いしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">参加する人数を考え、本山に隣接する門徒会館に宿泊を決めて、交通の手段など考えると、車２台は必要です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の家にはブルーバードと軽自動車がありますが、小さい車は高速道路を走るため使えません。兄弟の車も軽自動車ですから無理だと考え、悩んだ末、長姉、映子の長女に頼んでみようと思いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">当時、姪はファミリアに乗っていました、赤色の車です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は「私たち兄弟と一緒に、京都へ行ってもらえないか」と、車の事も頼みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「うん、いいよ。私の車も出して父、母と、一緒に朝子叔母さんも乗せていくよ」と言ってくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">乗っていく車の割り振りが決まりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　私は、妻と末姉、綾子夫婦を白のブルーバードに乗せての出発です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">もちろん大事な亡き母の分骨した遺骨を、ダッシュボードのボックスの中に、大事に乗せてあります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　出発の朝９時、私の家から白と赤色の車、２台連ねて発車です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">北陸自動車道を小矢部インターから上がり、米原ジャンクションまでは一本道。途中パーキングエリアで十分休憩と食事を摂りながら、２台の車は順調に名神自動車道路に入りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　しばらく走り、京都東インターまで進み、高速を下りました。山科を過ぎるとすぐに大谷本廟です。非常に分かりやすく、２台の車は順調に到着しました。姪は若くて経験が浅いのに、なんなく後を付いてきてくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　納骨堂は立派な構えになっており、上がり下りは全てエレベーターです。お手次のお寺が手続きをしてくださったので、納骨をつつがなく済ませる事ができました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">感謝し、有難い思いでいっぱいになりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母の安寧を念じて、子としての役目を果たせ、母の生前の願いを叶える事ができて安堵の気持がわきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　気持ちに余裕ができたのか、周りの紅葉がとても美しく目に飛び込みました。近くには東山が明るく輝き、その向こうには北山が続き、千年の都の向こうは西山の山並みが、遠く視界いっぱいに広がり、歴史の重さと、信仰の聖地としての神々しさが感じられ、心に深く伝わります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">心が和みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">皆、安堵の表情です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　一休みして、あと少しで浄土真宗本願寺派の本山です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大谷本廟を下りて五条通りを堀川通りの交差点まで進み、左に曲がればすぐに右手に本山が見えてきました。５時間あまりの余裕のある旅でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　門徒会館へ入り、受付を済ませ部屋に落ち着きました。２部屋を用意してありましたので、女性と男性に分かれて部屋に入りました。先ずは阿弥陀堂と御影堂でお参りを済ませ、今日の予定は終了です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　皆で車座になり相談しました。「明日、半日、時間に余裕があるから、嵐山へ行き渡月橋を渡たったりして、観光に行こう」と話が進みます。「車で行くのも危ないから、のんびり電車で行った方が良い」と決まりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　２日目の朝、朝のお勤めが済み、朝食をいただき休みをとって、出発です。嵐山方面行きの電車の駅まで、京都の街を８人で散策しながらのんびりと歩き、途中、壬生寺を拝観しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　目的の電車の駅に迷わず着き、ほどなく乗り込み走り出しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ガタン、ゴトンと懐かしい音を聞きながら、ゆったりとした気分になっていると、数個目の駅で、幼稚園の園児たちが、元気よく20人ほど乗ってきました。一度に車内がにぎやかになり、私たちは初めてですので目を丸くしていましたが、２駅で子供たちは一斉に降りていき、水が引いたように静かになりました。私たちは顔を見合わせ笑い合いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　嵐山へ着き、天竜寺を拝観。石廷が素晴らしく魅了しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ぐるりと回って、千坪はあると言う池、極楽を顕したといわれる庭園も素晴らしく感動しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　それから目当ての、渡月橋を渡り、雄大な紅葉を堪能し、とても満たされた気持になりました。皆も満足したようです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　みやげ物を買って、本願寺の門徒会館へ来た道を帰り、会館の前に駐車してある車に荷物を載せました。西本願寺門前の商店街を散策して食事を済ませて車に戻り、点検をして。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「もと来た道を帰ろう」と皆に言い、帰路に付きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　帰り道、ブルーバードとファミリアも小休憩をとりながら順調に走り、トラブルもなく我が家へ帰ることが出来ました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">車を出して運転してくれた姪に心からお礼を言い、運転の確かさに感心し感謝しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">母を送る京都への旅は、美しく、忘れられない思い出として、私たちの心深くに残りました。　　</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">＊＊＊＊</span></p><p><br>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">最後に、私のその後の生業となった農業について、里山の暮らしの変化について、少し触れさせていただきたいと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">農業の転換点</span></span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">昭和58年ころ、この時代は農業の大きな転換時だったのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">田植は田植え機になり、歩行型が出回り、私も、その型の一輪タイプを使っていました。しかし、どうも体形に合わないのか、上手く真っ直ぐには苗が植わりません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それで悩んでいた時に、農機具の販売店に五条の乗用型の１年だけ使った田植え機があるのを見つけ、店の方に相談しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">思ったより安いので、私は買う気になり商談がまとまりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">自分が見初めた機械ですので、田植が楽しくなり気合が入ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">苗を真っ直ぐに植えられるようになり、作業が五条型ですし、真っ直ぐに糸縄をピーンと引いたように植わり、どんどんはかどります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">刈り取りの方もバインダーの刈り取りから、あっと言う間に乗用型のコンバインに変わり、秋の刈り入れが桁違いに効率が上がりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">田んぼで刈り取り、麻袋に入れ、すぐにもみが乾燥機に入りますから、あれだけ母と苦労した稲架作りから、稲架がけがなくなり、革命的に進歩しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私も積極的に変化と進歩に付いて行きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">里山の暮らしでも、農業は段々脇役になり、農業の機械化が進み時間に余裕が出来ますので、働きに出る仕事が主力になっていきました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私も仕事に出るのが主になり、生活様式が大きく様変りしました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">一家に車が２台、３台が普通の時代となり車に感心が向きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">これも皆、先人のお蔭と感謝の日々を送っています。　　　(了)</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">＊＊＊＊</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「はは&nbsp;あね&nbsp;つま&nbsp;かんしゃびと」を書き終え、ここまでお読みくださった方々に、心から感謝申し上げます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　私は戦後まもなくこの世に生を受け、両親や姉の愛情を受け育ちました。成長期は現在とは違い、とても長閑な環境の中で、贅沢ではありませんが、のびのびとした幼年期を過ごしていたのだなと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">子供たちは何にも束縛される事はなく、在所の中を思う存分遊びまわっていたのが思い出され、多くの人に見守られていたのだと気付きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　少年期の一番の思い出は、お獅子の天狗をつとめたことです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">なかなか上達をしない私を、青年団はじめ大人の方が根気強く教えてくださいました。感謝しなければなりません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　先輩方の温かい見守りや教えは、今の時代では考えられないほどありました。先輩方の優しさを自分たちが十分引き継いでいないのでは、と考え反省の余地があると思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　私の家庭は母子家庭でしたので、姉たちはとても苦労をしたと思います。家族皆で私を育ててくれたと感じています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">皆の支えがあったからこそ、今日の自分があるのだと感謝の気持ちで心が溢れます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">そのうち、近況や別の思い出についても新たに投稿するかもしれません。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">その時はまた、ぜひお読みいただけたら幸いです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">山口芳久</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230306/17/yosyamag/38/44/j/o2618135815251885857.jpg"><img alt="" height="218" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230306/17/yosyamag/38/44/j/o2618135815251885857.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">現在もリハビリに通っている、さくら苑の壁飾りと、</span></b></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">家の裏に咲いた梅の花を撮りました。</span></b></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230306/17/yosyamag/ee/1e/j/o1344107215251885858.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="335" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230306/17/yosyamag/ee/1e/j/o1344107215251885858.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12788463115.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Mar 2023 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>はは あね つま  かんしゃびと 「母の頑張り 姉たちと私の結婚」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">暖かい日が増えてきました。いよいよ明日から３月ですね。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">どの国のどの方も平和で幸せに過ごして欲しいと思いながら。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今日は、母との思い出について書きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">母の頑張り</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">姉たちと私の結婚</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">母は３人の姉たちが二十歳を過ぎますと、婚期を逃さぬようにと結婚を積極的に勧め、年の順番に結婚していきました。家は段々寂しくなります。３番目の末姉が結婚式の朝、私に言いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「今日、私は家を出るけど、母ちゃんを大事にしてあげてね」としっかりした口調で言いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">年の若い私にも、嫁ぎゆく日の姉の気持ちが伝わり、胸にじんときました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">母は、父がいない分、大変な頑張りで毎日を過ごしていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">朝は暗いうちから飛び起き、畑や田んぼの仕事、山仕事など、２人分働いていました。家へ帰るのは暗くなって、だいぶ経ってからでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">特に田んぼの仕事は大変で、男手がなければ出来ない事もあります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">いちばん大変なのは、秋の稲の収穫の時、稲を掛けて干す、稲架（はさ）を組み立てる作業です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母は３人の男の方に早い時期から頼んでいました。３人の方々は快く来てくださり、１日に何枚もの稲架を組み上げてくださいました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">稲架を組むのはとても大変な作業です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">まず田んぼに昨年の稲架掛けの穴を探し、埋めてある稲藁を掘り出して、その穴に稲架木を立て藁で固定してから、横段の竹を縛り付けていくのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その後、横に倒れないように、斜めの支え棒を左右に縄で固定して仕上がりです。母の力ではとても出来ません。　　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が15歳になるまで、毎年３人のお方が稲架を組み立てに来てくださいました。感謝しています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が見て覚え、稲架を自分で組み立てられるようになった時、母は、それは大変喜んでくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が23歳の時、隣在所の幼馴染みだった妻に結婚を申し込みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">彼女は19歳でした。彼女の家族は「２人とも歳が若すぎる」と言われましたが、何度も粘り強く足を運び説得しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">何度目かに「そんなに望まれるなら結婚しても良いだろう」と言っていただき、結婚しました。母や姉たちは喜んでくれ、私たち夫婦も幸せを感じていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たち二人もいろんな仕事をするようになり、少しは母の負担も少なくなったようです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それでも母の頑張りは、ずっと続いていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">孫が７人、男の子４人と女の子３人が10年の間に生まれ、「ばあちゃん、おばあちゃん」と言って遊びに来てくれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母はいつも、にこにこと「来たか、よう来た」と言って喜んでいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">家の仕事を私や妻がするようになったので、母は「働きに出る」と言い、出て行きます。私が「そんなに頑張らなくてもいいのに」と言いますと、「これからは孫にやりたいから仕事に行く」と言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そんな、幸せな時が続きました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この十数年あまりが、私が知る母の一番幸せな時期だったと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">東京の叔母の家へ</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が30歳の頃でした、清々しい天気が続く秋でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">稲の刈り入れもはかどり無事に済んだ頃、私が</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「車で、東京の叔母さんの家へ、柿を積んで遊びに行こう」と、母と妻に発案しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「東京までこの車で行けるの？」と、母はとても喜んでくれ、勤めが休みの時に行く打ち合わせを東京の叔母夫婦としました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">連休の朝早く、助手席には妻、後ろの席に母を乗せて出発です。後ろのトランクにはたくさんの柿や野菜など満載していました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">順調に国道８号線から18号線を進みます。広い後ろの席で、母は安心しきった様子で横になっていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">小休憩や食事を摂りながら道のりは400キロ以上ありますから、先を急いで碓氷峠のカーブを下っていますと、後ろの右サスペンション辺りからバシッと異音がしました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私はすぐに気付き、トーションバーが折れたと思い、車を道の端に寄せ降りて見ますと、明らかに右後ろが下がっています。これは困ったと考えました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">当時は現在とは違い、ＪＡＦには入っておりませんし、そっと走って、国道沿いですからディーラーがあるはず、と慎重に運転しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらく走るとスバルのディーラーの看板が見え、飛び込みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">連休ですので修理工場は開いていませんでしたが、店の休日出勤の方が応対してくださり、事情を話すとすぐ理解してくださり、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「このスバル１０００は、リヤサスペンションはトーションバーが折れても車輪は外れない構造になっているから、そっと走るのは大丈夫ですよ」と言われました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">富山ナンバーの車で、見ればそんなに旅慣れた様子でもないようだし「どこまで行くのですか？」と心配そうに尋ねてくださり、私は「東京北区の東十条まで行きます」と応えました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すると店の方が「始めて行くのですか？」と聞かれ、「そうです初めてです」と応えますと、「この時間からは暗くなってくるし、無理ですね」と言われ、しばらく考えておられました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">はっと、気が付かれたように「行き先の電話番号知っていますか？」と言われたので、私は「紙に書いて持っています」と、メモを渡しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">店の方は電話を掛けてくださり、叔母の家には私と年の近いいとこがいますので、私たちの事情を伝えて、戸田橋まで迎えに来てもらえるよう話してくださいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは、親切なスバルのディーラーの方に篤くお礼を言い出発しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらく走りますと、戸田橋は思ったより近く、橋を渡り切った所で、私にそっくりないとこに会えました。初対面でしたがすぐに分かりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は「はじめまして。山口です」と挨拶をしますと、「岡里です。遠いところをよく来てくれましたね。家へ向かいましょう」と言ってくれました。いとこは「交通事情を考えてバイクで迎えに来た」と言い、「後を付いてくるように」としばらく走りますと、車を十分に停められるスペースがある家へ着きました。　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは胸をなでおろし、叔父と叔母、もう１人いとこの女の子の康子に挨拶をして、再会を喜び合いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">叔父と叔母は、いとこの女の子を連れて私の家へ来たことがありますので久しぶりです。話は弾みますが、叔母が「今日は疲れているから話は明日にしましょう」と言い、休みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私達３人は朝までぐっすりと眠りました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">叔父さんといとこはヘアアクセサリー等を製造していて、いつも在宅でした。私は碓氷峠でのトラブルを話し相談しました。いとこの昭夫は、スバルの車はⅠ商事が扱っているから、相談して修理を頼んであげると言ってくれ、お願いしました。すぐに車を取りに来てくださり、安堵しました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それから３日間、東京の名所などをいとこの運転するカローラで案内してもらい、皇居の二重橋や東京タワー、羽田空港など、あちらこちらを見物しました。母は初めてでしたのでとても感動して喜んでくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">当時でも東京の道は車が混んでいて、交差点を通過するのには二信号か三信号、待たねばなりませんでした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">いとこは「車で移動するのはいつもこんなものだ」と言い、「用事はなるべくバイクで済ませるようにしている」と平然としています。富山の私達の所もやがて同じようになりましたが。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">次の日、叔母が「十条銀座へ買い物に行くから一諸に行こう」と誘ってくれました。いそいそと私たち３人が付いて行きますと、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">商店街は食料品があふれるほどあり、叔母が「何か食べたいものある？」と言うので「寿司を食べたい」と言いますと「ここのお寿司はおいしいのよ」と言って買ってくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">そんな長閑な日が３日目になり、叔父やいとこの仕事を見せてもらっていると、「車が直りました。今から持って来ます」と連絡があり、間もなく車が戻って来ました。綺麗に仕上がっており、整備の方にお礼を言い支払いを済ませました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「長居をしていますので、明日朝早く、五時に出発したい」と言い、決まりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">次の日、朝早く起きますと、いとこは「バイクで戸田橋の近くまで案内するから、後を付いて来て」と言ってくれました。皆さんに「ありがとうございました。楽しかったです」と別れを告げ、見送ってもらいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">戸田橋まで送ってくれたいとこに、車の窓越しに篤くお礼と感謝を言って別れました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">アクセルを踏み、走りだします。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">思い出の橋を渡り東京を離れ、快調に碓氷峠を登り、途中休憩と食事を摂りながら楽しくドライブして進んでいきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母は後ろの席で、まかせきりで安心した様子でぐっすりと寝ておりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">帰り道は何のトラブルもなく無事に家に着くことが出来ましたので、家族で労い合い、安堵し休みました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">思い出深いこの旅は、リヤサスペンションの大きなトラブルがありましたが、事故等なく、その他は皆さんに助けてもらい、無事に終えることが出来ました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230227/14/yosyamag/5a/72/j/o2816211215248688564.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230227/14/yosyamag/5a/72/j/o2816211215248688564.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">自宅で育てている、通称・金のなる木がかわいい花を咲かせています。</span></b></p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12788458781.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Feb 2023 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>はは あね つま  かんしゃびと 「獅子舞の天狗に」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">今日は、私の地元の伝統の獅子舞のことについて書きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">皆さんの地域のお祭りはどんな雰囲気でしょうか？</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ぜひ読んで比べてみてください。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#0080ba;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">獅子舞の天狗に</span><span style="font-size:1.4em;">　</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　私の集落には伝統の獅子舞がありました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、私に、獅子舞の天狗をやらないかと青年団から誘いがありました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母も「やりなさい」と言うので、秋祭りの３週間前からの練習に行くようになりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">出かける時は良いのですが、終わって帰る時、暗い夜道を一人自転車で帰るのが怖くて悩みの種でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　獅子舞の天狗のことを通称で「棒使い」と呼びます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">通常、小学校２年生から始めて中学２年生まで、青年団の世話役が責任を持って世話をしてくださるのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ほとんどマンツーマンで教えて下さる方が決まっています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の担当は前山さんといって、とても優しい方でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">もちろんほかの方も知らぬ顔はしていません。時にはお囃子の人も総出で、１時間近く教えてくださることもありました。　</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">しかし、私はなかなか笛や太鼓に合わせて手足を動かすのが難しく、自分でも懸命に頑張りますが上達しません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「父親がいないから、昼間に家での練習が出来ない。だから時間がかかって上手くなれないのだ」と母は言いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">だけど私はやる気満々です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">夕方になると早く食事を済ませて、暗くなって太鼓の鳴るのをまだかまだかと、聞き耳をたてて待っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">雨の日は練習が休みなのです。そんな日は寂しく、つまらなくて滅入ってしまいます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　何があっても祭りの日は来ます。最後の練習の晩は、ひと通り練習をしたら、甘酒やジュースとお菓子が出るのです。天狗の子供たちは喜んでいただきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">あとは明後日の本番を待つだけです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　１日休んで、祭りの朝が来ました。私が天狗の衣装を取りに行ってきますと、３人の姉たちが家で待ち構えています。日ごろ「ぼんや、ぼんや」と呼ぶやんちゃ坊主がしおらしくしているので、顔にお白粉を塗って、口紅でこうべと、ほおに赤い丸を描き、赤い衣装を着せるのが面白いらしく、先を争うように着せてくれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">最後は、脚絆を着け、足袋を履きわらじも履いて仕上がりです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　いよいよ皆が集まる時間です。お獅子の宿の家の前で、笛、太鼓が鳴り響き、八幡宮からの合図を待ちます。皆の気分が段々盛り上がってきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">八幡宮からの合図がきますとお囃子が「道中太鼓」に変わり、それに合わせ剣を担いだ小天狗が先頭に繰り出し、しばらく歩くと、狭い集落ですからすぐに八幡宮に着きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">参道の鳥居をくぐった所まで進んで、一番若い小天狗が二人、向かい合ってお獅子の前で中腰になり、剣を空へ向けて構えて待ちます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「それ！」と獅子頭を持った人から合図の声がかかり「大門ゆさぶる」という舞いで始まりです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">少しずつ前後しながら拝殿の方へ進んでいき、頃合をみてお囃子の拍子が変わって早くなり、天狗は、剣をクルクル回して石段の前まで走り込み左右に分かれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">するとお獅子は階段を駆け上がり、拝殿で伏せた姿勢で、宮司さんのお払いを受け御幣を付けてもらいます。厳かな雰囲気が漂います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　しばらくするとまた笛、太鼓の調子が変わって早くなり、お獅子が頭から立ち上がりＵターンして舞い降りてきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そこでお囃子が「ヤッサカ」という勇ましい拍子になり、待ち受けていた大天狗と対峙して切込みから始まると、一度に境内は盛り上がり、最高潮になります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この時の感動は、今も鮮やかに甦ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　それが終わりますと、「小天狗の二足」という舞があります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">宮司さんより獅士方若連中に華が打たれ、それに応えて「中天狗の一足」、「ばえ返し」に続き、それから相当たくさん華が披露され、舞われると、最後は小天狗二人の「七五三」で終わり。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">帰りは小天狗が、お獅子の胴幕の中の人に肩車をしてもらい、境内が拍手と歓声で沸きます。「道中太鼓」で鳥居まで来て、八幡宮の奉納の獅子舞は終わります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　それからは、在所の中をぐるりと一日かけてのんびり楽しく回ります。天狗の子供たちと、お獅子に付いて回っている子供たちは、太鼓の台車を曳く役目です。梨や、ぶどう、ジュース、お菓子などたくさんもらって、食べたり飲んだり、大人ももちろんお酒を振舞われ、みな楽しい一日です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">在所を半分ほど回ると昼の時間になり、お獅子を預ける家へ舞い込み、玄関で当主に獅子を預けると昼休憩です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">めいめいが家へ帰り食事をし、１時間程度で再開します。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">新婚さんの家へ初めて舞いに行く時は、玄関へ舞い込みますと、そこを通り過ぎ奧の新婚さんの部屋まで入って、ひとしきり出てきません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大分時間が経ってからおもむろに出てきて、天狗の子供たちは驚いてあっけにとられてしまいます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">獅子殺し</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　集落を一巡すると、日が暮れて暗くなってきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">いよいよ、「獅子殺し」の始まりです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">獅子殺しの天狗役は大人の方々が舞われます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たち子供の天狗は、その時点で役目は終わり。その頃になると子供心にも安堵の気持でいっぱいです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">姉たちが着替えをもって来てくれるのが嬉しく、駆けよっていき、天狗の衣装は獅子殺しを舞う大人が鉢巻、たすき等、使いますから脱がねばなりません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">一日着ていた衣装を脱ぐと、大事な一日が終わったのだと思う気持が疲れに出るのか、姉たちに寄りかかるようにして、獅子殺しの始まるのをむしろの上に座って待ちます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　いよいよ獅子殺しの始まりです。期待でいっぱいで会場が静かになります。獅子殺しは、勇ましい「ヤッサカ」で始まり、途中で大天狗の目付きが変わります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">天狗の切り込みの時、鋭い気合と掛け声で獅子を刺し、それからお囃子の調子が変って、お獅子が座った姿勢で負傷した状態になります。獅子は頭を震わせ天狗の行く先を追い、胴のかやの中の人はかがんだ姿勢で手を小刻みに震わせ続ける。それを大天狗が、お獅子の回りを廻りながら胴のまん中を切ったり、しっぽを叩いたりさかんに攻撃を続け、とどめを刺す時を辛抱強く、間合いをはかるようにしています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ついに大天狗の決断の時がきました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">大天狗は、一度退いて日本刀を持って現れ、日本刀は体の陰に隠してお獅子には見せません。すり足で獅子の頭に近づき、鋭い気合と太鼓の大きい音とともに頭を切り付けつけます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">お獅子の頭は地面へ堕ち、大天狗は日本刀を頭上で振りかざしながら、お獅子の回りをぐるぐる何度も力を誇示するように回り、そして大天狗は1度さがります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今度は中天狗が出てきて、大天狗の真似をして観衆を笑わせます。おかめや、ひょっとこが登場し愛嬌を振りまきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらくしてまた大天狗が登場し、まだまだ攻撃をし頑張り続けてから、頃合をみて獅子の胴を切ったりしっぽを触ったりした後、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">とうとうお獅子の頭に腰掛けました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">するとその時、獅子の頭がブルブルと動いて大天狗はびっくりし、飛びのいてひっくり返りますが、胸をなで下ろします。その真に迫った演技に会場は最高潮に達します。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　そからもう一度、大天狗は立ち上がり、胴を切ったりしっぽをいじったりをくり返し、時間をかけてから再度お獅子の頭に座りますが、今度はもう動きません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大天狗は勝ち誇ったように頭上に日本刀振りかざし、お獅子の回りを回り続けます。そして獅子が動かないのを確かめてから、剣の柄で一気にしっぽから順々に胴膜の中の人の頭を軽く叩き、起すのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">お獅子は立ち上がり、それから「ヤッサカ」を舞って切り上げ、お獅子が大天狗の差し上げる剣を一度くわえて終了です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">拍手が沸き、安堵の気持が会場をつつみます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">最後は厳かな、お獅子のおかみ剃りです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">屈強な青年が、左手に獅子頭を持ち右手に日本刀を構え、囃子方のお神楽に合わせ獅子頭を小刻みに震わせながら、お獅子の顔を剃ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それが終わると介添えが刀を受け取り、舞い込みのお囃子に合わせ玄関に舞い込んで、祭りは終わるのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">小さい子供が「お獅子生きているよね…」と母親に言っています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すると、お母さんは「お獅子は生きているよ」と子供に言います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私も子供でしたが、この時のことが鮮明に記憶に残っています。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それから私は毎年天狗をつとめました。小天狗から、中天狗、大天狗と、皆さんの助けをいただきながら続けることが出来しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">感謝の気持でいっぱいです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230221/17/yosyamag/69/a0/j/o2816211215246087651.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230221/17/yosyamag/69/a0/j/o2816211215246087651.jpg" width="420"></a></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">お天気のいい朝、立山連峰からの出の瞬間です。</span></b></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230221/17/yosyamag/04/2c/j/o2816211215246087616.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230221/17/yosyamag/04/2c/j/o2816211215246087616.jpg" width="420"></a></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">友人から差し入れのイチゴ。美味しくいただきました。</span></b></p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12788441356.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Feb 2023 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>はは あね つま  かんしゃびと 「先輩たち」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">寒い日が続いていますが、それでも雪が少なくなり、春の足音が聞こえています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今日は、私が小学生のころの夏の思い出や、憧れた先輩たち、秋の遊びについて書きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">先輩たち</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　小学校の高学年や中学の先輩たちは、私たち後輩にとても優しくて、いろんな思い出があります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">特に、山岡さんは特別でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">僕が同級生の友達と二人で小学校まで出かけ遊んでいると、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「おまえたち来とったのか」と声を掛けてくれるのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「帰りは自転車に乗せてやるから乗っていけ」と優しく言ってくれ、僕たち二人を後ろの荷台に乗せてくれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">小学校から在所は１キロ以上あり、ずっと上り坂です。後ろに人を乗せていると、重たくて立ち漕ぎしなければ進みません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">何時も乗せてくれて、とても優しい先輩だと思いました。今も忘れません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　毎年７月25日から８月いっぱいは、子供たちの楽しい楽しい夏休みです。当然、水浴びや泳ぎを皆でします。それは男の子も女の子も同じ用水でですが、各在所ごとで泳ぐ場所が決まっています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">先輩たちは、自然に皆の監視役になります。僕達は安心し切って好きに泳いだり、走り回ります、先輩達はいつも優しく見守ってくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><h4><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#0080ba;">お盆の迎え火</span></span></h4><p><span style="font-size:1.4em;">　８月13日は、お盆の迎え火を焚く日です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">火を焚く材料は子供たちが集める習わしです。集める場所は、いつも泳ぐ場所と家の中間ほどにある小高い山です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">８月に入ると、昼、食事を済ませて泳ぎに行く時は、子供たちが燃やすための材料を集めなければ泳がせてもらえません。先輩たちは手分けして、道で待っている人がいて、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「山へ入って燃やすものを集めにゃあかん」と言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「材料を集めなければ、泳いではだめだ」と行かせてもらえません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">子供たちは皆、早く泳ぎたいものですから必死に集めます。集める場所まで持って行くと先輩が監視しています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">先輩は集めた材料を見て「よし」とか「まだ集めてこい」とか言います。「たりない」と言われた子は、また集めに行かねばなりません。暑くて早く泳ぎたいのに大変です。こんなことがお盆まで続きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">とうとう８月13日の夕方。暗くなるのを待って、迎え火を焚くのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">僕たち子供は「おしょうらい、おしょうらい」と言って、先輩がこしらえてくれた松明をまわします。先輩たちも大人も一緒です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この時の思い出はとても楽しく、懐かしく思い出されます。</span></p><p>&nbsp;</p><h4><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#0080ba;">先輩たちの遊び</span></span></h4><p><span style="font-size:1.4em;">ある日の事、杉林の中に一段と大きい、かやの木がありました。とても目立つ場所です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その木のとても高い所にカラスが巣を作っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それを先輩の山岡さんが、はしごも使わず、素手で上がって取りにいきました。すると、カラスがたくさん、空が暗くなるほど集まってきて、辺りは大変な騒ぎになっています。でも先輩は取るのを止めません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　それからこんな事もありました。先輩たちは雪が積もるとスキーを履き、六尺の棒を持ってうさぎ狩りをするのです。それは巧みで、僕たちはとても真似できませんでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　私より一回り年上の高生さんは、「君たちより先輩の人たちはもっとやることが大きかった。比べものにならなかった」と言われます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">高生先輩から聞いた話にこんなことがあります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　当時は、各農家で農耕用の牛や馬を飼っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山岡先輩が、うまやへ入り馬のシッポの毛を引き抜くのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">当然、馬は怒って暴れて、先輩の腕に噛みつくのです。さすがの先輩も馬が噛みついたまま離さないのですから、いくら豪気でも「かぁちゃーん！」と叫んだと聞きました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しかし、それだけの目に遭ってもさほど懲りた様子は見せないのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山岡先輩は大変な怪力の持ち主で、60キロの米俵を２つ同時に持ち上げたと聞きました。すごいと周りの人には一目置かれていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">先輩たちは遊びもいたずらもスケールが大きいなぁと思っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちには到底真似できません。でも、先輩たちは皆、僕たちに優しかったです。叱られた事はありませんでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h4><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">秋の川のめぐみと山の幸</span></span></h4><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">９月に入り、しばらくすると立春から二百十日(にひゃくとおか)になります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その日は特別の日で、国の一級河川、小矢部川から取水して何十もの在所を潅漑している用水の水が止められるのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは「水が切れる」と言い、心待ちにしています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">いつも１メートル近く深さがある用水の水が、10センチ程度の浅い水位になります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">当時は今と違い、用水の側面と底は三方コンクリートではなく、側面と川底は素掘りでした。川底には藻が生えていて、水が引いた時には、魚たちがそれはたくさん姿を現すのです。アユ、ウグイ、フナ、他にも名前の分からない魚が、いつもとは比べものにならない程いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">この日は下流の在所からたくさんの人がタモとバケツを持って、水の浅い用水を遡って来ます。用水の中が道のようになるのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">地元の人達も黙っていません。タモとバケツをもって、我負けるものかと川へ入ります。私たち子供も当然入ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この日だけは仲間のことはかまっていられません、皆思い思いに川の中を走りまわります。魚はたくさん捕まりますが、子供の力では目当てのアユはなかなか捕まりません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">まるでお祭り騒ぎのような一日です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　秋は実りの季節。山には、栗、アケビがたくさんなります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">いつもの仲間で山へ入ります。始めは柴栗が目当てで、半日ほど山を歩くと相当の数の栗が採れ、皆それぞれに抱えています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">栗は柴栗だけを採り、丹波栗は採りません。子供たちも、採ってはならないものは自然と分かっていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　次はアケビです。これは仲間で力を合わせて採るのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">アケビはほとんどが急斜面にあり、採りに木に登る者と、下で見ていて方向を指示する者がいなくては上手く採れません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ある時、特別にきつい斜面へ私が一人で入りました。すると、バナナの房のようにアケビ30個以上がぐるりと円筒状に付いているのを見つけ、これは採らねばと思いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">傾斜に立ったまま簡単に切れますから、ポケットからナイフを取り出し、肩の高さほどで台木と共に切り落とし、皆のところへ戻って見せました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「こんなすごいものがあったのか！」と皆口々に言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しかし分けようがありません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「おまえが採ったんだから、持って帰ればいいわ」と言ってくれたので、意気揚々と家へ持ち帰り、母や姉たちに自慢し見せました。皆びっくりして、「アケビがこんなにたくさん付いているのは初めてやね！」と言って、皆で大事に、美味しくいただきました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その後も台木は長く家に保存してありました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　秋といえばキノコの季節です。私たち子供も大人の真似をして山へ行きますが、全く採れません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、山道でたむろしていると、近所のおじさんが腰に籠を付けて山を登ってこられました。明らかに苔（キノコ）を採りに行くのだと分かります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちが後をつけていきますが、見失います。後をつけるのは許されません。苔狩りとはそんなものです。子供が採ると、食べられる苔か毒苔かが見分けられませんので危険ですから、当然と言えば当然です。</span></p><p>&nbsp;</p><h3><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">模型飛行機</span></span></h3><p><span style="font-size:1.4em;">私は、小学校４年生の頃から模型飛行機づくりに熱中しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">１年間に３機、４機と作るようになり、それが段々と本格的な製作をするようになって、設計図を取り寄せ胴体やプロペラなど細かい部品を集めて組立てるのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それがとてもよく飛ぶのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ある秋の晴れ渡った天気のいい日、友達と完成した模型飛行機を飛ばしていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が作った飛行機が高く高く飛びました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山の高いケヤキの木の、もっと上を飛んでいき、見えなくなりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山のあちら側へ飛んで行ってしまったのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">皆で回り道をして探しに行きましたが、どうしても見つかりませんでした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大人になった今でも忘れません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">秋の模型飛行機大会では優勝したりして、楽しく熱中していました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時は夢中で、お金も大分使いましたが、母はよく黙ってお金を渡してくれていたと、今になってから思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230213/17/yosyamag/39/cc/j/o2768194815242682555.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="296" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230213/17/yosyamag/39/cc/j/o2768194815242682555.jpg" width="420"></a></span></p><p><span style="font-size: 1em;"><b style="font-weight:bold;">なつ</b><b>かしい山道の入り口。</b></span><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">皆で駆けまわったの</span></b><span style="font-size: 1em;"><b>を今も思い出します</b></span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230209/11/yosyamag/63/f7/p/o0660039815240764834.png"><img alt="" height="253" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230209/11/yosyamag/63/f7/p/o0660039815240764834.png" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12788422341.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Feb 2023 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>はは あね つま かんしゃびと「竹馬の友」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">立春の頃はやはり春を感じるものですね。日差しの暖かな１日でした。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今日は、私が小学生の頃の思い出を書きたいと思います。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今ではなかなか見ることのなくなった里山の子供の遊びについて。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">ぜひ野山の中に入ったつもりでお読みいただけたらと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">＊＊＊＊</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">竹馬の友</span><span style="font-size:1.4em;">　</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、家族の愛情を受けて、野に、山に、川に遊びまわっていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">近所の友達男ばかり10人ほどで、腰に棒を差し、在所中を駆け回っていた、というより「暴れまわっていた」という人もおられます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、スイカ畑に石を投げ、大きくなっていたスイカ10個ほどを、仲間で全部割ってしまい、畑が真っ赤になりました。その家の方は激怒して、学校の先生に言いつけられました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私とひとつ年下の山上の二人が、年上だから皆にやらせた……ということで、長時間残され、すごく叱られたことがありました。大人になった今でも覚えていると言うことは、よほど厳しく叱られたのだと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">この事は母や姉たちは知らないようでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">そんな調子で、山道はもちろん藪の中、雑木林、杉林、から松林、草原、何十メートルも滑り降りる急斜面、ありとあらゆる場所を駆け回りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">雑木林へ入るのは二つの目的があります、一つは木刀をこしらえるため、もう一つはゴム鉄砲をこしらえるための二股の枝、形よく左右バランスのとれた台木を探すためです。ナイフは、祭りの出店で買って、仲間は全員ポケットに常時もっています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">三馬の短靴と言われていたゴムの靴と、半ズボンを履いただけで、雪が降り積もる頃まで駆け回っていましたが、必ずいるはずのマムシや、ムカデなどには誰一人かまれたことがなく不思議に思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">八幡宮の氏神様や、阿弥陀仏様、辻つじにおられるお地蔵様が、お守りくださっていたのだなと大人になってから思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しかし蜂にはみな刺されました、それは当然です。　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　　　　　　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">おやつには不自由しません。ナスやキュウリは所かまわず取って食べていました。これは在所の内だけのものです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">男の子の集まりですから、当然チャンバラもします。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">10人いますから5人ずつに分かれます。山口の組が5人、山上の組も5人、その時の気分で入れ替わります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">午前中の段取りは大変です、まずチャンバラをする行動範囲を決めなければなりません。たいがい今日は「この山、全部」と決めます。けっこう範囲は広いのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それが決まれば、後は刀の用意です。いつも腰に差している棒は、本当に叩き合うから使えません、それは外します。使う刀は茅の棒に決まっています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">午前中に、やらねばならないことは、いかに強く太い刀になる茅の棒を探してくるかです。皆真剣です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">方々に散って、在所の中を知る限りを尽くして探し回ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">細く弱い刀ではあっと言う間に折れ、斬られてしまいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そうこうしている間に昼のご飯の時間です。一度家へ帰り食事を済ませてまた集まります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">チャンバラの日は皆、目の色が違います、戦う闘志満々です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">全員集まると、打ち合わせどおり敵味方に分かれ、作戦を立て、山の中に散ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">同じ組は近くで行動を伴にし、別の組と一度別れると次に合う時は、敵、味方ですから、斬り合いなのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">２対１で出合ってしまうと勝ち目はほとんどありません、逃げるより方法がないのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山の中を真剣に逃げる者と、追う者が全力で山の中を走り回ります。逃げる者が味方に出会えれば、勝負になります。そうなると本当のチャンバラの斬り合いです。子供同士の真剣勝負、切られたら、その日はもう戦えません。戦いは暗くなるまで続きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">こういう事を年中続けるので、顔から腕、足は傷だらけです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">でも親たちはそんな事は気にしないようでした。のどかと言えばのどかです、それが当たり前の日常でした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それと、女の子とは遊びません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">仲間の誰かに女の子たちと遊んでいるのを見られますと、しばらくは仲間に入れてもらえません。男の子のグループと女の子のグループが遇然出会ったときは別です、自然とともに遊びます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">冬の雪の積もっている時は、スキーとそりです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">主に干し場と言われる山の斜面に、芝生が植わっている所が滑る場所です。皆思い思いに滑ります。　　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">毎日、学校が終わればスキーに出かけました。雪が降っていてもかまいません。この時だけは例外的に女の子も一緒に滑るのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">男の子には違った楽しみがあります。スキーを履いての山歩きです、かなり遠くまで行きます。半日がかりですが、範囲は在所の中、領境は越えません。それは子供にも自然と身に付いた習わしのようなものです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">雨の降る日もじっとしていません。昼間子供だけしかいない家へ上がりこみ、家全体を使ってかくれんぼをするのです、１階、２階、天井裏、床下、暇は十分ありますから好き勝手です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">家の方はずいぶん迷惑だったろうなと思います。だけど、そのことで何か言われた事はありません、叱られることは一度もなかったのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私達、子供が道端でたむろしていると、強面のおじさんが通る時は必ず「このデツども！」と捨て台詞をはいていかれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私達はそれが当たり前だと思っていたのか、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「平気のヘイだよ」言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">だけど怖いものは怖いので、通り過ぎるのを待ってから声を出します。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230206/16/yosyamag/74/62/j/o2649174915239626113.jpg"><img alt="" height="277" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230206/16/yosyamag/74/62/j/o2649174915239626113.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">私が通所リハビリに通っているさくら苑でも、春が楽しみになる壁飾りが作られました。</span></b></p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230206/16/yosyamag/76/4b/j/o2790181515239626144.jpg"><img alt="" height="273" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230206/16/yosyamag/76/4b/j/o2790181515239626144.jpg" width="420"></a></span></b></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12787321922.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Feb 2023 18:00:00 +0900</pubDate>
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<title>はは あね つま かんしゃびと「生い立ち」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">寒い日が続いていますので、気をつけて過ごさなければいけませんね。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今日から新しい話題を書きたいと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の幼少期の家族との思い出や、里山の暮らしについてです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">『はは あね つま かんしゃびと &nbsp;&nbsp;&nbsp;山里と家族に育まれて』</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ぜひ読んでみてください。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">（これまでと同様に、本文中に登場する、在所の方、友人、親戚、家族、著者は、プライバシー保護の目的から匿名を使わせていただきます）</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">はは あね つま &nbsp;かんしゃびと</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">生い立ち</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">時代は、『たすけびと&nbsp;かんしゃびと &nbsp;&nbsp;私の闘病記』から、75年さかのぼります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私、山口芳久は、昭和21年12月31日の朝、父&nbsp;清三、母&nbsp;まさ&nbsp;の六番目の子として、この世に生を受けました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時期としては、温かい日和でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その頃、家族は兄と姉が相次いで病死した後でしたので、両親や姉たちの喜びは大きかったと聞きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">家は、富山県西礪波郡の小さい谷間の集落で、扇を東方向の平野に広げたような地形、西南北の方角と突き当たりは小高い山に囲まれ、景色の良い、在所の入り口の丘に立っています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">父や母は、年老いてから生まれた男の子が伸びやかに育つのが嬉しく、私&nbsp;は両親や姉たちの愛情を受け、何の不自由もなく成長していました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">しかし、私の幼年期から父の体調が悪くなり始め、入退院を繰り返すようになり、だんだん体力が落ちてきたのです。病気は胃潰瘍が悪化し、癌化してしまったのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母は、出来る限りの治療をしてあげたくて、当時珍しかった胃の外科手術を金沢大学付属病院で受けさせました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">だが術後の経過は芳しくなく、退院はしたものの快方には至りませんでした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">養生を続けていましたが看病の甲斐もなく、昭和27年8月14日、父は浄土へ旅立ちました。当時、前厄と言われていた数え年の41歳でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時の母の悲しみようは、当時5歳の私の記憶にもはっきりと残っています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それから母は、小さい私をなんとか成人まで育てようと、昼に夜に働いてくれました。私への愛情はとても大きく、３人いる姉たちは呆れるほどたったと聞かされています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">一番下の姉は私より４歳年上です。姉は、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「食事の時、あんたのおかずは私たち女より一品、必ず多かった……」と口を尖らせて言います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">お月様が逃がしたうさぎ</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が５、６歳の頃です。山の畑へ家族そろって、さつま芋の苗を植付けに行きました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が杉の木の下で子うさぎを見つけ、抱きかかえて家族のところへ行き「家へ連れて帰りたい」と言いますと、皆が「死んでしまうからやめられ」と言いました。小さい私は、「いやだ、つれて帰る」と言い張り、抱きかかえて家へ連れ帰りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">家の中で遊ばせて２、３日楽しく遊んでいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">夜寝る時は、押入れに入れてから寝ていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある朝、目を覚まし、子うさぎを探しましたが見つかりません。家族に「うさぎいない、どこへいったん？」と聞きますと、母が</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「月夜の晩に、お月様が山へうさぎを逃がしてあげるのだよ」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">と言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">幼い私は「そうなんか、お月様が逃がしてしまうのか」と本気で思っていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それが次の年も、子うさぎを同じように捕まえて家へ抱いて帰りました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すると前の年と同じように、２、３日は一緒に遊ぶのだけど、やっぱり居なくなります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母に聞くとまた「月夜の晩に、お月様が山へ逃がしてあげるのだよ」と言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は「そうなのか」と信じていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">母と姉の背中</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が６歳の時、先輩の自転車の荷台に乗せてもらっている時、左の足首が車輪のスポークとフレームの間に挟まり、骨が白く見えるほど大きい怪我をしてしまいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">母はとても驚き、隣の校下の開業医まで急ぎ連れて行ってくれ、医師の先生と看護師さんに手当て治療をしてもらいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時、先生が「１ヶ月間は掛かるでしょう」と診断され、毎日ガーゼの交換に通院するよう言われました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">片道歩いて１時間ほどかかる道を、夏休みの間毎日、上の姉、映子が私をおぶって通院してくれました。姉は１時間ほど歩きながら私に、優しく話しかけてくれます、姉は私より10歳年上です。私のことを「ぼんや、ぼんや」と呼びます。私は母が２人いるような思いがしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">夏の暑い７、８月の１ヶ月以上もの長い間、よく一言も口説かず、私を背負って細い畦道を通院してくれたと子供心にも思い、感謝していました。母は仕事が忙しく、姉に頼んだのだと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">８月いっぱい掛かりましたが、おかげで傷は綺麗に治りました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">二番目の姉、朝子は私より８歳上です。朝子は、家族が着ている着物を洗濯したり、繕ったり、小さい時から得意なことで一生懸命でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">とても綺麗好きで、勉強も頑張っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">身のまわりも綺麗にして、私にとても優しくしてくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">１度も叱られたことはありませんでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">末姉、綾子は私より４歳年上です、よく勉強をしていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">１階が騒がしいので、自分で２階に勉強するための部屋らしきものを作り、電気スタンドを買ってきて、懸命に勉強していたのを覚えています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">もちろん我が家は父親がもういませんから、家の手伝い、台所もしていました。田んぼの仕事も姉３人ともに手伝っていました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">姉たちはとても苦労したようです。幼い末っ子の私にも記憶があります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230130/15/yosyamag/2f/d0/j/o2816211215236476863.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230130/15/yosyamag/2f/d0/j/o2816211215236476863.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">先週からの大雪で、庭のツツジが大きな綿帽子をかぶっています。</span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12786809555.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Jan 2023 17:00:00 +0900</pubDate>
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<title>ニャン姫の女子力２ 「私たちはすてきな家族」</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">本日から大変な大雪となっておりますが、被害が大きくないよう祈るばかりです。みなさまどうぞお気をつけてお過ごしください。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今回で、ニャン姫のエピソードはおしまいです。ニャン姫についてはたくさん思い出があるので、また気が向いたら書くかもしれません。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">ニャン姫と里山の生き物たち　</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある年の５月の大型連休開けのことです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は裏山へ竹の子を掘りに出かけました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫が後ろから付いてきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">悪いことに、冬眠から醒めたばかりのマムシがよろよろと出てきています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は〈まずいことになった〉と思いました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">当然、ニャン姫とマムシの睨み合いです、どちらも微動だにしません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらくして、静かにどちらともなく引き、別れました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">〈ニャン姫は本能的に毒を持っているマムシと、そうでない蛇を見分ける能力はあるのだな〉と思いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">竹秋の時期の孟宗竹の林の地表は、冬の雪で押さえられるのと、草がないので滑らかです。歩きやすいのですが小動物たちは身を隠す所がありませんから、ある意味危険なのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫が家へ来てから、家の前の納屋では春のツバメの巣作りが出来なくなりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ツバメは、車庫の電動シャッターの前まで来て、家の者がいるとチュン、チュンと鳴き「シャッターをあげて！」と、付近を旋回して待ちます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">シャッターを上げてやると、下をくぐり、車庫を通り抜けて、繋がって建っている納屋の１階の梁に行きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">以前から巣をかけていたので今年もそのつもりで巣を点検していました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">すると、ニャン姫が飛んできて見上げています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫が来てからは危なくて巣はかけなくなりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ツバメが納屋の中へ入るとニャン姫は目敏く見ていて、目を皿のように丸くして今にも飛びかかろうと興奮しています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ツバメはそんな状態では入れなくなります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">昨年までは毎年、巣を手直ししながら子育てをしていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">納屋は２階を高く取ってあり、１階の床天井は低いのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ツバメは恨めしそうにチュン、チュンと鳴き、飛び去りました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、功罪はあるものだな、と思いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">ニャン姫とテレビ</span></span><span style="font-size:1.4em;">　</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、テレビの画面に猫ちゃんが出てくると、黙っていません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「あたしのいえに、むだんではいってきたのね」とテレビの前へ飛んでいって、画面飛び付き猫パンチを見舞います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が、これはいけないと思いチャンネルを変えると、ニャン姫はテレビの後ろへ回り、いぶかしそうに、無断侵入者らしき猫を無言で探します。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">テレビに登場する猫だけが気になるのではありません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">小鳥が画面に映りますと、どんな時でも飛んでいき今度は猫パンチではありません。爪を出し、叩き落とそうとするのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">鳥が消えるまでやめません。画面から鳥がいなくなりますと、ニャン姫は</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">〈おかしいな、たしかにいたのに〉と納得のいかない顔です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今度はテレビに魚が出てきますと、これも黙っていられません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">忙しいのです。テレビの前へ一目散に飛んでいき、爪を出し今度は下からしゃくり上げるのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは呆れて「ごくろうさん」と言ってやります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">賢いニャン姫でも、テレビの画面は鮮明ですので実物だと思うのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">空振りに終わると私たちに向かって、照れくさそうに</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「たしかにみえたのに」と、ニャンとひと声鳴きます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、私が慣れないパソコンをしていますと、キーボードの上に上がり邪魔をします。パソコンの上に飛び乗り、足でバタバタとキーボードを踏むのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">これはいけないと下に降ろすのですが、ニャン姫は「あたし そこにのりたいの」とまた乗ってきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それを繰り返すうちにパソコンの画面は訳の解らない状態になり、私の能力では、とても元に戻りません。仕方なくヤマダ電機さんへ持ち込んで状態を診て貰います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">お店で事情を話し元に戻して貰うのですが、店員さんは笑いを噛み殺しておられます。直るのですけど、私が「有り難うございました」と、お礼を言って離れますと皆で笑われます。恥ずかしくなってしまいます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">私たちはすてきな家族</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、私たち夫婦が口論をしていますと、じっと様子を見ていて、だんだん言い合いが激しくなると、２人の間に絶妙のタイミングで入り納めようとします。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「いいとしをして、なにをもめているの！　やめたら」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">と言うかのように「ニャン」とひと声鳴きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そうされると私たち夫婦は言い合いを止めざるを得ません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">以前に家にいた猫たちは、家の者が口論を始めたら自分が叱られていると勘違いして逃げ出しましたが、ニャン姫は違います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">様子を見ていて素晴らしい行動をとってくれます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、妻の峰子が久しぶりに実家へ遊びに行き、半日過ごして帰ってきました。急いでニャン姫は迎えに出ました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すると、上機嫌で出迎えたはずが、急にそっぽを向きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「どこかで、ねこをだいたのね、ふふん･･････」と言っているような態度に、私や妻はピーンときました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">妻の実家には、猫ちゃんたちが３匹います。猫好きの妻は、膝へ乗せて遊んで来たのでしょう。ほかの猫の匂いが付いていると気づきニャン姫が機嫌を損ねたのでは、と私が指摘すると、妻は</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「ニャン姫は鋭いね。だけど、わがまま過ぎる」と口を尖らせます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「私、風呂へ入る」と言って、妻は着ていた服を全部洗濯機に入れました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらくしてもニャン姫の機嫌が直らないので、風呂へ入って体を洗い、洗った衣服も乾かしました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は妻の体に付いていた匂いが取れたので、やっと元のご機嫌になったのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫とのエピソードの続きは、またいつか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">お読みいただきありがとうございました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">次週からは新しい話題を書いていきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私が幼少期の頃の家族との思い出や、里山の暮らしについて</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「はは あね つま かんしゃびと」です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">これからもお読みいただけたら嬉しいです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230111/17/yosyamag/bb/9b/j/o2816211215228580978.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230111/17/yosyamag/bb/9b/j/o2816211215228580978.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">気持ちよく夢を見ているニャン姫</span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12783787372.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Jan 2023 17:00:00 +0900</pubDate>
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<title>ニャン姫の女子力２ 「家長はニャン姫？」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">もう春が来てしまったかのような、先週の暖かさに起こされた花や木々たちは、また寒さが戻って困っていないでしょうか。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">私も体調管理には気が抜けません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230116/15/yosyamag/15/39/j/o2816211215230673227.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230116/15/yosyamag/15/39/j/o2816211215230673227.jpg" width="420"></a></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">近所の通りでサザンカが鮮やかに咲いて、とても明るい気持ちになります</span></b></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今週も、ニャン姫の面白いエピソードを書きたいと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫の女子力２</span></span></p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#0080ba;">家長はニャン姫？</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、お客さんが新車で我が家を訪問されると、家の玄関前に停車してあっても、市道に停めてあっても車の上に上がり、隅から隅まで見聞します。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">お客さんが私たちと話をしていると、ニャン姫は自分の家ですから当然のごとく車に上がります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">するとお客さんは、普通に考えると猫は高い所に上がる時に爪を立てると思うのでしょう。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「猫が車の上にあがった！」と叫びます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは、そう言われると知らぬ顔もしておれませんので、ニャン姫に下りるように言います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">すると、不満そうな顔をしますが一応は下ります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、家の周りすべての物の配置に気を配っているようで、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">自分が長だと思っているのか、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「あたしが　しょうだく　していないものは　おいてはだめ」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">と言っているようです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私が家へ入ると、間を空けず、すぐまた車に上がります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">特に初めて来た人の車は絶対に見逃しません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは「ニャン姫は絶対に爪は立てませんから」と言いますが、お客さんは用事をそこそこに帰られます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">当然、新車で我が家へおいでた方は、自分の家へ帰ってから車に猫の爪の傷跡が付いてないか確かめられると思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">でも、傷は無いと確信しています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は、爪を出してはいけない時を承知しているようです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">次に訪問される時にもニャン姫は車の上に上がりますが、もう何も言われません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#0080ba;">ニャン姫の車嫌い</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">妻が、獣医師の所へノミ退治の薬をもらいに行った時のことです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は家へ来てからしばらくして、体が痒くてもじもじするのもですから、嫌がるのを車に乗せて、動物病院で診察を受け、首元に塗る薬を処方してもらいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">月に１度の間隔で首元に塗ってやります。その薬は一度に３ヶ月分が出ます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">薬が無くなり、妻がまた獣医師の所へ行きますと、先生が</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「本人を連れてきてください」と言われます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">獣医師の言われる本人とは、ニャン姫のことです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">看護師さんからも「次回は必ず本人を連れてきてください」と念を押され、そう言われると次回はニャン姫を車に乗せて連れて行かねばなりません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は車に乗るのを極端に嫌います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それでも乗せない訳にいきませんから、後部座席で妻が抱きしめながら「心配しなくても大丈夫だよ」と宥めますが、ニャン姫は病院へ着くまで大きい声で鳴き続けます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">病院へ着くと、けろりとしているのですが、先生の診察は短時間で終わります。薬を処方してもらい、すぐに帰りも車に乗らなければなりません。また同じように大きい声で鳴き続けます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">家へ到着すると、真っ先にニャン姫は、自分の食事をする所にお椀があるかを確かめるのです！　</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私はジーンときました･･････。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の家へ入りたいとニャン姫がやって来たとき、前に住んでいた家から出されたとき、もしかしたら、食事のお椀を取り上げられ、無理矢理車に乗せられ知らない所で下ろされて、私たちの家へたどり着いたのだろうかと。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫がとても愛おしくなりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230111/16/yosyamag/28/ac/j/o2100157515228557529.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230111/16/yosyamag/28/ac/j/o2100157515228557529.jpg" width="420"></a></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">背中がかゆいニャン姫、でもなんだか気持ち良さそうにも見えます</span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12783781017.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jan 2023 17:00:00 +0900</pubDate>
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<title>ニャン姫の女子力２ 「ニャン姫の外交努力で 美田の米作り」</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.4em;">遅ればせながら、あけましておめでとうございます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今年もどうぞよろしくお願いいたします。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">みなさまお正月はいかがお過ごしになりましたか？</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">富山は、先月の大雪が嘘のような雪のない正月でした。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">早くも庭の紅梅が２、３輪ちいさく咲きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230110/14/yosyamag/ef/27/j/o1668122215228094378.jpg"><img alt="" height="308" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230110/14/yosyamag/ef/27/j/o1668122215228094378.jpg" width="420"></a></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">昨年は、腎臓移植手術から35年にわたる私の闘病記を書き終え、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">新年から新しい内容で書いていこうと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">その前にまずは、闘病中の私や、妻にとって癒しの存在だった</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">飼い猫のニャン姫とのエピソードをいくつか書こうと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫についての面白い話題は尽きることがなく、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今でもよく思い出すのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ぜひ、お付き合いください。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫の女子力２</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">ニャン姫の外交努力で&nbsp;</span></span><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">美田の米作り</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私の家と同じ在所に、遠い親戚のおじさんが住んでいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">90歳は超えられていますが、よく家へ来てお話します。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の父が早くに浄土へ行き、私がまだ小さいうちに親と別れたので何かと心配して、色々教えてくださいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">耳が遠くなられて、そうとう大きな声で会話しなければなりませんが、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちにはとてもありがたく嬉しいことです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫も、会話する場所がいつも居間ですから一緒にいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は耳が敏感なので、会話の声が大きくて耳が耐えられないのでしょう、不満そうな態度です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、何かしでかすのでは、と心配していますと……</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">案の定、あぐらをかいて座っているおじさんの膝の上へ乗りました！　</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">これは抗議の行動だ！　</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私たち二人の膝の上には乗りませんから</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「こえがおおきくて　あたしがまんできない」と言っているのだとはっきり分かります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">おじさんは、そうとは思わず「おお可愛い、来たか」と歓迎の様子です。私は冷や汗が出ます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">猫が膝の上で眠っている、表向きはほのぼのした様子ですが、ニャン姫は体が大きく体重は４キロを優に超えています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">とても重いのです、きっとおじさんは足が痛いでしょう。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">話は２時間ほど続きました。重いニャン姫を膝に抱えて、それでなくても膝が痛いと湿布しておられるのに、大変だったことでしょう。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は自分の家だから堂々としています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">おじさんがニャン姫を手で降ろすまで、動きませんでした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">おじさんは、最後までニャン姫が歓迎してくれていると逆の事を思われていたようです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、失礼をしたのではないかと思うとますます冷や汗が出ます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫は何食わぬ顔で、会話が済んだのを歓迎するように「ニャン」と一声なきました。私は呆れてしまいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">おじさんは満足した様子で「じゃましたな……帰るから、よろしく」と言って帰られました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それから程なくして、おじさんの家の田んぼを全部請け負い、耕作してくれないかとの嬉しい要請がありました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そのおじさんの家の田んぼは面積も、作りやすさも、わが集落ではいちばん条件の良い美田なのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">請負農家の私には願ってもないことで、言い表す言葉がないほどでした。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫の外交努力のおかげかな……</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私の農業経営に大きく貢献してくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">ニャン姫、見張りを始める　</span></span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、秋の農作業の中でも最後の工程の、農舎内で行う、もみすり作業の日でした。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">依頼主は友人の大森さんです。朝早くからご夫婦で手伝いに来てくださいました。愛犬のチワワ、ココ君も一緒に来ています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ココ君は大森さん夫婦によく懐いています。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私たち家族二人が中心になってのもみすり作業ですので、ニャン姫にとっても自分の家のことですから当然ついてきます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">人員が揃ったので作業開始しました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">もみすり機の唸る音が大きくてもニャン姫は我慢をして妻の側にいます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">そこで問題が発生！</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">首輪に紐の付いていないチワワのココ君とニャン姫が鉢合わせました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫はココ君に「ここはあたしのいえなのよ、でていなさい」と言うように大きい声で鳴き喚きます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ココ君は小さくて、体格はニャン姫の半分程度しかありませんが、犬です。大森さん夫婦が一緒ですから引きません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ニャン姫の大きい唸り声と、ココ君の吠え声。そして、もみすり機の唸り音で、農舎の中は蜂の巣を突いたような騒ぎです。ニャン姫とココ君は、お互い声だけで手出しはしませんが。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちは、うるさくても機械から出てくる米に追われ、米袋を縛ったり積み上げたりしなければならず大変なのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">しばらくは作業に没頭していましたが我慢も限界、こんな状態を３時間も続ける事は出来ません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「ココ君を車の中へしばらく入れてもらえないかな」と、私は大森さんに頼みました。大森さんのご主人も「そうするより方法がないね」と言ってココ君を車の中へ。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">猫と犬の喧嘩騒ぎが収まり、それからは順調にもみすりが終わりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その後、４人でまるく車座に座り一休み。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「ココ君とニャン姫は、いい勝負なのね」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">妻が大森さんの奥さんに言いますと</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「そう、いい勝負だったね？」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">と和やかに、お茶を口にしながら笑い合い、疲れを癒やし、楽しい会話の時間を過ごしました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">それからのニャン姫の行動が変わりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">毎日農舎の横の柿の木の下の庭石に座って、散歩で通るココ君を監視しているようです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ココ君が通る時間は見当がついているのか、ココ君がやって来ると大きな声で唸り、襲いかからんばかりに道へ飛び出します。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大森さんのご主人は呆れて「ニャン姫は体がココの倍以上大きいのに」とぼやきます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私はどうすることもできません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">さらにニャン姫は、もう１か所、縄張りの見張りを始めたのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">表隣の家の前の道端にある掲示板の、屋根と本体の板の隙間に飛び乗り、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">半日は頑張っています。私たちが前を通ると、大きい声でニャン、ニャン、と鳴き「あたしがんばっているのよ」と言わんばかりに自慢そうにしています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私は「ニャン姫、体がいくつあっても足りないね。表側も、裏の農舎も大変だね、ごくろうさん」と言ってやります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230110/14/yosyamag/9d/26/j/o2816211215228095049.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230110/14/yosyamag/9d/26/j/o2816211215228095049.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">「あたしのテリトリーにちかづくものは、ぜったいみのがさないのよ」という顔です</span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12783600192.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jan 2023 17:00:00 +0900</pubDate>
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<title>私の闘病記 「35の感謝を胸に」</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">いよいよ今年も残すところわずかですね。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">気がつけば、ブログで闘病記を綴り始めて半年が過ぎていました。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今回の投稿で、私の闘病記を書き終え、新年からはまた新しい内容で書いていこうと思っています。ぜひお付き合いください。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">私の闘病記&nbsp;</span></span></p><p><span style="color:#0080ba;"><span style="font-size:1.96em;">「3５年の感謝を胸に」</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">ある日、通所リハビリで私の担当の久藤先生が、さくら苑の玄関に真っ先に出迎えてくださり、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「おはようございます山口さん。私、結婚したのです」</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">と飛び切りの笑顔で挨拶されました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「それはおめでとうございます。良かったですね！」と私は笑顔で応えました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">胸には真新しい竹岡の名札が光り輝いて見えました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">挙式と披露宴は10ヶ月待って、世間が少し落ち着くのを確認して行われます。ハネムーンは沖縄の離島を廻る旅だそうです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">山原水鶏(やんばるくいな)や西表山猫に合えるかな……。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">竹岡先生は、朝の私たちのリハビリが済むと、11時頃から椅子に座って５人ほどでする体操の指導をされます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時のかけ声が非常に素晴らしいのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">１・２・３・４まで上がり調子で、５・６・７・８と下がります。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">テンポが安定していて、さすが</span><span style="font-size:1.4em;">プロの先生だと感心します。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">かけ声が何度も繰り返されると、自分のリハビリを済ませてベッドで休んでいる私には心地よく、眠りの世界に誘われます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">いつも介護士さん、看護師さんたちは、食事休憩の時も交替で常に私たち通所者に寄り添ってくださり、とても安心して過ごせます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">週１回の通所ヒハビリの時、職員の皆さんは１日中、緩みなく丁寧な介護や看護をしてくださり、私は通所の日が来るのがまちどおしいのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">家の生活とのめりはりに、とても大切な節目となっています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">大事に続けたいと思っています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ほんとうに感謝の気持でいっぱいになります。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、腎臓病の発病から数えると37年間、たくさんの方にずいぶん助けられて来たのだなと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">誰一人に対しても感謝の気持ちを忘れることはありません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">皆さんの助けと励ましがあってこそ、今日の私があるのだと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">そしてまた、私の今日があるのは、姉の映子が命をかけて助けてくれたからです。片方の腎臓を私に与えてくれました。絶対無二の姉です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">あまりに有り難くて、言葉で全て言い表す事は出来ません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">姉は毎日、私の心の中にある浄土にいてくれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">現実に私のお腹に腎臓が生きています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">第一に考えなければならないのは、腎臓移植手術の時、姉は仕事も、家庭も投げ打ってまで、自分より私を助けるためと捧げてくれたことです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">文字で顕すと感謝、御恩になりますが、私には、とても尊く、拝むような気持ちです。私と妻にとって、姉の尊さは生涯消える事はありません。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">腎臓移植の手術の時は、姉たちや周りの人にもとても大きな心配をかけたと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">幸い手術が成功し、なんとか元気になれましたが、</span><span style="font-size:1.4em;">私の健康状態の変化の波は大きく、私自身も大変でしたが、周りの人も、そしてやはり妻がいちばん大変な思いでいたと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">妻は、私が移植手術後に始めた農業が、私一人ではこなし切れないのを見て、仕事を辞めてまで協力してくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それがなかったら農業は最後まで続けられなかったと思います。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私たちの家業、請負農家の仕事で預かっていた農地も、農業を辞める時には近くの同業者に引き継ぐことができ、安堵できました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">私は、腎臓移植手術後、金沢医科大学付属病院に32年間通院していました。私一人で通院していた時期もありましたが、それは32年間のうちの前半だけです。後半の通院はずっと妻が付き添ってくれました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その時期は入退院の繰り返しで、入院回数も数えきれません。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">その度に片道33キロもある道のりを何十回、いや何百回も通ってくれたのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">心から感謝しています。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">最近は、幸いにも家から近いサンバリ福岡病院に移ることができ、通院の苦労も少なくなりました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">私も体調が安定し、通院は定期的に通うだけになり、長年の念願だった執筆が出来るようになり、この闘病記を書きました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">４か所の病院で入院生活を送り、私が感じた事は、どの病院も医師の先生方は温かく接してくださり、たくさんの心遣いをいただいたことです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">看護師さん介護福祉士さんや、職員のみなさんの親切さと優しさ。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">それにケアーマネージャーさんやリハビリの先生方の、体を張って出来る限りの頑張りで臨んでくださる心。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">豊富な知識と丁寧で的確な訓練指導。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">飲み込みの訓練も辛抱強く、繰り返し続けてくださいました。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">優しさで身心を癒してくださる素晴らしさ。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">９人の理学療法士さん、作業療法士さん、言語聴覚士さん、どの先生にも例外はなく感謝いたします。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">ありがとうございました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今も、週１回の通所リハビリで、私は良い社会勉強をさせてもらっています。私小説を書くのにもとても勉強になり、心を励まされています。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">感謝の気持ちで、心があふれます。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">　　</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">安養浄土に往生した、優しかった姉の映子に感謝しながら、</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">たくさんの方々にお世話になり、日々感謝の気持で</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">元気に頑張っていきたいと思っています。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今日も快調 &nbsp;移植35年 &nbsp;姉にいただいた腎臓で &nbsp;感謝の日々</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">今日も元気 &nbsp;移植35年 &nbsp;姉にいただいた腎臓で &nbsp;感謝の暮らし</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">令和4年　　山口　芳久</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">私の闘病記をここまでお読みくださったみなさまにも、</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">コメントをくださった方にも、心から感謝いたします。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">ありがとうございます。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">今闘病されている方にも、私の闘病記が少しでもお役に立てることがあったら幸いです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">お正月の週はお休みをいただいて、</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">新年からはまた新しい内容で書いていこうと思います。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">闘病中に元気をたくさんもらった飼い猫、ニャン姫のことや、</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">私が幼少の頃の、里山の暮らしと家族の話です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">ぜひ、来年もお付き合いくださったら嬉しいです。</span></p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;">みなさまどうぞ良いお年をお迎えください。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size: 19.600000381469727px;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221227/14/yosyamag/14/49/j/o2633199315221749196.jpg"><img alt="" height="318" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221227/14/yosyamag/14/49/j/o2633199315221749196.jpg" width="420"></a></span></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">我が家の庭です。先週は富山県西部も大雪でした。</span></b></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;">先日、自宅前に融雪装置が設置されて、本当に助かっています。</span></b></p><p><b style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1em;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20221227/14/yosyamag/ee/50/j/o2415168515221749256.jpg"><img alt="" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20221227/14/yosyamag/ee/50/j/o2415168515221749256.jpg" width="420"></a></span></b></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</span></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yosyamag/entry-12779163757.html</link>
<pubDate>Tue, 27 Dec 2022 16:45:03 +0900</pubDate>
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