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<title>発達障害の息子を育ててきた記録、振り返り</title>
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<description>長男二十歳大学生自閉症スペクトラム次男18歳　養護学校卒業　　　　Ｂ型就労母40代後半シングルマザー</description>
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<title>薬を使うこと</title>
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<![CDATA[ <p>現在18歳の自閉症の息子は数種類の薬を服用しています。<br></p><br><br>主治医に勧められ初めて薬を飲んでみたのは小学4年生位だったと記憶しているのですが、薬を使うことへの抵抗があったため、医師にはそんな思いを伝え、薬無しで頑張っていました。<br><br><p>その後、中学入学に向けて、イライラを鎮めたり、睡眠をきちんと取れるよう(本人も家族も)にしないとならない！と思い始め、薬を飲み始めることにしました。</p><p><br></p><p>薬無しでの生活や人生に疲れや限界も感じ始めていました。</p><div><br></div><div><br></div><p>中学で特別支援学級へ行きたいとなると、学習のレベルも上がりますし、入学した時点で高校の進学希望を聞かれます。高等支援学校への進学を希望するとなると中1からそこを目標にした学習が始まります。</p><p><br></p><p>可能な限り精神面や生活面を整えることは、学校生活やその後の人生の質を高めることができます。</p><p><br></p><p>穏やかな日常になると家族も元気になります。</p><p><br></p><p>睡眠障害やイライラや他の症状も、薬と上手く付き合い、できることや楽しいことを増やしていくことは、これから先長い人生にプラスになると思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/youcan-32983708/entry-12706848559.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Oct 2021 13:02:27 +0900</pubDate>
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<title>特別支援学級と校長先生</title>
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<![CDATA[ 自閉症の次男は地域の小学校の特別支援学級に通っていました。<br><br>ざっくりと思い返してまとめた言い方をすると<br>「校長先生の障害児に対する理解があるか無いかで支援学級の存在価値や扱いが良くも悪くも変わる」ということです。<br><br>地域の公立の学校の校長先生は2～3年で変わります。　<br>障害児に理解ある校長先生は地域や学校の雰囲気や流れを良い方向へと導いてくれます。<br>校長先生の一声で交流学級や通常級の先生方の姿勢が変わります。<br><br><p><br></p><p>次男が低学年の時に支援学級では1学期の終盤に「校内宿泊学習」が一泊でありました。夜のお楽しみ会や近くの銭湯へ行く時にたくさんの通常級の先生方がお手伝いに来てくださっていました。</p><p><br></p><p>物理的に手が多いことはもちろん大きな助けであり、支援学級の先生方の精神的負担が格段に少なくなります。</p><br><p>年間を通して支援学級に良い空気をもたらし、学校全体が好循環されます。</p><br><br><p>校長先生の支援学級に対する思いがあるか無いかで、子どもたちの学びが変わります。</p><br><p>学びの質が良くなったり悪くなったり、あってはならないことですが、実際にはうちの次男も良くない時期が2年間ありました。</p><p><br></p><p>学校や学級が理解ない校長先生のもとに動いていた小学校5、6年生の時には次男は他害行動が爆発し、本人も私も長男も睡眠がまともに取れない生活になってしまいました。学校内の先生方の連携が無の状態でした。支援学級の先生方に余裕が無いのは明らかで、全てが子どもの負担へと繋がっていました。</p><p><br></p><p>学校には大人(先生)がたくさんいるのに、校長先生の采配一つで良い機能、悪い機能へと変わってしまっています。</p><p><br></p><p>支援学級の生徒の数は学校全体ではわずか数%ですが、やはり理解ある校長先生に来てほしいと親も子も願うはずです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/youcan-32983708/entry-12704033023.html</link>
<pubDate>Fri, 15 Oct 2021 18:24:09 +0900</pubDate>
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<title>保育園、転園する</title>
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<![CDATA[ <p>時系列で追っていくより、思い出したことを書き出して行ったほうが早いので、そんな感じで書いてみたいと思います。</p><p><br></p><p>重度自閉症の次男は療育に通いながら保育園に通っていました。</p><p>保育園については発達障害や自閉症に精通している保育園を探すことは困難を極めていました(今はだいぶ進んだかも？)。</p><p><br></p><p>最初に通っていた保育園から「手に負えない」ような話があり、まだ30歳位の若いママの私は半泣きで区役所へ行きました。</p><p><br></p><p>区役所の保育園担当の女性職員の方に、保育園の対応について話したところ、</p><p>障害の可能性のことも含め転園を勧めてくれました。何ヵ所か見学させてもらい、公立の園に転園することができました。</p><p>転園した保育園にはその後4年間通いました。</p><p><br></p><p>区役所の女性職員の方の親身になって相談に乗ってくれ、その方のファンになってしまいました(*^^*)</p><p><br></p><p>初めての子育て。長男と、障害の可能性(大)の次男。初めてのことばかり。</p><p>周りの人に助けを求めることをして良いんだ、と</p><p>少しずつ助けを借りることは恥ずかしいことではないんだ、と感じた大事な気づきでした。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/youcan-32983708/entry-12703888987.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Oct 2021 23:36:53 +0900</pubDate>
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<title>2歳での療育</title>
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<![CDATA[ 2歳で発達障害の可能性ありで、次男は療育に通い始めました。<br><br><p>療育とは何か？も理解もできていなかったと思います。ですが、「どうにかしないとならない！」そんな一心やら混乱やらで通い始めたことは大きな一歩であり、今18歳の本人の「できることが増えた」に繋がっています。</p><br><p><br></p><p>語り合えるお母さんたちがいたことで</p><p>私は途方もない悲しみからなんとか脱出でき、毎日を生きていくパワーをもらいました。</p><p>みんなが我が子の現実と、見えない将来に苦しみ、悩んでいる。</p><p>話を聞いてもらったり、ママさんたちの話を聞き、自分だけじゃない、孤独じゃないと励まされていたのだと。</p><br><p>日常の困ったことは、話しているうちに解決の方法のヒントを教えてもらっていたり</p>2歳の療育の一年間は、不安の闇から抜け出す一歩を踏み出せた貴重な一年間でした。<br><p><br></p><p>通い始めて1年経つ頃には、療育手帳を取得したり、取得を考え出すママさんも増え、うちも取得しました。車税が免除されたり、マイナスと考えずにプラスの情報をママさんたちと話し、福祉への一歩を踏み出した感じでした。</p><br><p>うちの次男は3歳1ヶ月で取得しました。</p><p>自閉症の診断確定は2歳10ヶ月でした。</p><p>発達障害の可能性あり診断は1歳11ヶ月でした。</p><br><br><p>生きることは楽しい！人生切り開いていくことができる(たぶんできる！)。</p><br><p>子どもたちに、そして周りのお母さんたちに導いてもらった療育の場の1年目でした。</p><p>職員の方がその基盤を作ってくれていた日々の賜物があってのことです。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/youcan-32983708/entry-12703880522.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Oct 2021 22:50:36 +0900</pubDate>
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<title>発達障害の疑い～診察～療育のはじまり【2歳】</title>
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<![CDATA[ 今日は主に次男について書きます。<br><br>保育園の先生の勧めで児童精神科を受診してきなさいと、突然言われて混乱しました。<br>「発達障害の疑いがある」と言われたのは2歳前。長男と比べるとことばは遅かったけど、2歳での告知はきつくて、医師に「こんなにかわいいのにどうしてそんなことを言うんだ(号泣)」と分け訳のわからないやつあたりをして、その日は帰宅。<br><br>眠れぬ日々が続く。朝起きたら「あれは夢だったのか」って思いたかった。けど、夢ではなかった……でもかわいいのよ、すごく。<br><br>友人の子が駅前の母子療育に通っていると聞き、うちも見学に行ったところ次男が気に入ったようで、2歳3か月でグループに入りました。<br>ここではたくさんのワーカーさんや学生さん、ボランティアさんがいて、子どもたちとマンツーマンで関わってくれました。<br><br>ここには4年間通いました。<br>母子分離ができると　母たちは別室集まって相談員といっしょにお茶を飲みながら好きなことを話しました。制度のことや、どこに医師がいるとか、子どもの悩みを話したり、とにかく何でも話して不安を解消して、そんな時間を共有できたことは、今となっては大切な基盤を作っていただいたと感謝です。<br>特別児童扶養手当の申請や療育手帳を持っていて使えることなども、ここでお母さんたちから教えてもらいました。<br><br>そして並行して　最初に次男を診てくれた病院の医師に療育をお願いしました。こちらは構造化された部屋での療育です。構造化は自閉症児にとっってわかりやすく本人は張り切って取り組んでいたようです。<br><br>保育園が公立でしたので、先生方も周りの子どもたちも次男のことを自然と理解し受け入れてくれたようです(先生の力!)。保護者会で私は「うちの子は自閉症で、手がかかりご迷惑おかけすることがあると思いますが、よろしくお願いします。」と話し、その後保護者の方も家でうちの子の話をしてくれていたようで、とても有り難かったです。<br><br>保育園に通いながら2箇所か3箇所療育に通いました。通いきれなかったところもありました。<br><br>早い時期からの療育の大切さは今身に染みています。送迎車なども無く、児童のデイサービスが足りなかった時代でした。
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<link>https://ameblo.jp/youcan-32983708/entry-12694084219.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Aug 2021 23:32:35 +0900</pubDate>
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