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<title>yousho-lifeのブログ</title>
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<description>不妊治療と海外駐在妻生活の二本立て</description>
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<title>渡航日当日</title>
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<![CDATA[ <p>海外渡航前に受けた体外受精の話もしたいのですが、それはまた別に書かせていただくとし致しまして、</p><p>まずは2019年初の海外渡航の日のおはなし。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、日本しか知らない田舎生まれの田舎育ちの温泉大好き、サウナ大好き、ドラマも好きだし、</p><p>カフェとかもだいすきだし、風呂上がりのビールが本当にだいすきだけど最近白ワインも好き。</p><p>…自己紹介になってきてるけども、海外に興味を持ったこともなければ</p><p>英語なんかはもう蕁麻疹が出ちゃうんじゃねえかなくらいにはっきり言ってきらい。</p><p>生粋のジャパニーズです。</p><p>&nbsp;</p><p>それなのに、夫の海外転勤に伴って、パスポートをつくり、</p><p>初めて羽田空港にひとりでいるわけです。。。</p><p>&nbsp;</p><p>出発当日の朝、実家の両親が駅まで送ってくれて、</p><p>自分のことばっかりで親の気持ちを考えてあげられる余裕もないくらいに、</p><p>不安と緊張に包まれてのお別れ。</p><p>&nbsp;</p><p>ワンちゃんとも別れ、両親とも別れ、気持ちが沈んでいる状態で、</p><p>次は乗ったことのない飛行機に乗って異国へ行く。不安でいっぱいだった。</p><p>&nbsp;</p><p>離陸して最初に待ち受けるのは入国審査だ。</p><p>まだビザがないから観光で入る。そこでの会話はイングリッシュ。</p><p>&nbsp;</p><p>ほいでもって、携帯は着いてすぐは契約してないから繋がらない。</p><p>つまり、迎えにきてくれる夫とも連絡は取れない。</p><p>&nbsp;</p><p>飛行機に搭乗し、手に汗握りながらビールを飲みました。←</p><p>でも飲みすぎたらトイレに行きたくなるかも。空の上でトイレに行く時に</p><p>手荷物で持っているパソコンやら通帳やハンコなどの貴重品が入った大荷物を</p><p>座席においていったら盗られたら大変なこと。</p><p>だからといってこの大荷物を持ってトイレに入ってドア閉まんのかよ…と</p><p>また心配性がメラメラして、とりあえずいっぱいだけ飲んで、トイレ関係の方は</p><p>そっと蓋をして我慢いたしました。・・・何のはなし？？？</p><p>&nbsp;</p><p>いざ到着し、入国審査は英語で書いた台本通り、脇汗とこなれ感をだしなら</p><p>無事通過。</p><p>&nbsp;</p><p>到着ロビーにはメニーメニーメニーのお出迎えの人々。圧倒されました。</p><p>あたい、この中から夫を見つける自信がない。ウォーリーを探せは何度もやってきて得意だけど、</p><p>離れているうちにどんな顔だったかも忘れてしまった夫を探し出す勇気がない。。</p><p>&nbsp;</p><p>とお出迎えの人々に注目される位置で立ちすくんでいると、</p><p>影からひょっこりはんしている見覚えのある可愛くて愛おしい顔！！！！夫ではありませんか（感動）</p><p>久々に会った夫は10キロ以上痩せておりました。</p><p>することがなくて、ジムでひたすらに走っていたらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなことで無事に入国できて、夫と合流も果たし、新居へ。</p><p>30階だって。ベランダに出て、たっけーーーーーーと叫ぶ。ドラマかよ。</p><p>その日は、新居の一階にあるレストランで白ワインを飲んで、安堵。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、本当の試練はあくる日からであります。。。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yousho-life/entry-12916095838.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jul 2025 16:46:37 +0900</pubDate>
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<title>海外転勤とワンちゃんの話</title>
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<![CDATA[ <p>私6年ほど前に、当時31歳だったかな？夫の仕事で海外駐在の生活になったのですよ。</p><p>&nbsp;</p><p>転勤がチラチラし出して、我々の問題は2点。</p><p>&nbsp;</p><p>まずこの時点で結婚から2年。子どもが一向にできないこと。</p><p>海外に行ったら不妊治療はできないと思っていたから、まず海外に行く前に体外受精をやってみることにしたこと。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、もう一つは愛してやまないワンちゃん。</p><p>私はなんせ海外になんぞ行ったこともなければ、海外志向を持ったことも一度もありませんので</p><p>温泉に浸かって酒飲んでとガッツリ日本人をやっておりましたのでもちろん英語なんかも皆無だし</p><p>自分ひとりだって果たして異国で生きていけるのやらわからないところに、</p><p>そんな状態でワンちゃんを人間の勝手で一緒に連れて行って危険な目に合わせてしまったり病気になったりしたらどうしよう</p><p>私は病院に連れていったり守って行くことができるのか。ここで私の最大の欠点である心配性がメラメラ燃え盛って、</p><p>何日も何日も何日も、何をやっていても四六時中そのことが頭の中にずっとある。思い悩んでおりました。</p><p>しかし、決定打になったのは、海外での勤務が終わり日本に帰る時に狂犬病の何かで</p><p>ワンちゃんだけが日本に入ることができず、ワンちゃんを海外に置いてこなければいけなくなった方の経験談を読んでしまったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>当時の私は、そんなことがあっては絶対にいけないし、もうもうもうもうもうもう考えられませんでした。</p><p>そんなことになってしまう可能性が少しでもあるならば、</p><p>日本でワンちゃんをずっと飼っていて我が家のワンちゃんのことも孫のように可愛がってくれている実家の両親に</p><p>預かってもらう方が安心だと思った私と、家族だから何があっても絶対に連れていくと聞かない小学4年生の旦那。</p><p>&nbsp;</p><p>小学4年生の旦那の考えが一番正しいです。それが絶対です。私が犬だったとしたら、心配して置いていかれるより</p><p>何があっても一緒だよって一緒に連れて行ってくれた方がどれだけ愛情を感じただろうと思います。それは分かっている。</p><p>何回喧嘩しただろうか。意見がぶつかり合って、何度も喧嘩をして最終的にまずはワンちゃんを実家に預かってもらって</p><p>我々だけで渡航する。生活の基盤を作る。自分たちが生活に慣れて順応しながらワンちゃんが不自由なく安全に過ごせる環境であるかを調べたり確認して翌年にワンちゃんを連れてこられるように準備する。という結論でした。</p><p>&nbsp;</p><p>刻一刻とお別れの日が近づいていき、最後のお散歩の日。</p><p>いつも行っている公園で、桜の花びらが散っている夕方。私と犬は同じ方向を見て座って、私たち家族におこっている事情を話し、みんなそれぞれの場所で頑張るんだよと。必ず迎えに行くからね、一緒に暮らすんだからね。と涙涙で言って聞かせて</p><p>当時犬も一緒に毛だらけで3人同じ布団で寝ておりましたので、旦那も寝ている犬の手を握って泣きながら眠っておりました。</p><p>&nbsp;</p><p>県外の実家にワンちゃんを預かってもらうために連れて行ったとき、、</p><p>&nbsp;</p><p>私は朝起きた瞬間から当たり前に流れてくる涙を拭いながら、</p><p>あれやこれやとワンちゃんのご飯類やお散歩用具などの整理をしておりました。</p><p>旦那が洗面所から出てこなくて「どうした？」と見に行ったら、コンタクトをはめる振りをしながら</p><p>溢れ出る涙と格闘しておりました。実家の両親に泣いているのを見られたくなかったのだと思います。</p><p>「コンタクトがはまらなくて・・・」と。</p><p>&nbsp;</p><p>いざお別れの瞬間。もうひと目を気にするなんてこたできなかった。</p><p>わたしも旦那も声を出してワンワン泣き、涙を流して泣ける私たちはまだいいです。</p><p>ワンちゃんは自分は置いていかれるのだと察していたと思います。</p><p>一回もこっちを向くことはなく、今でもあのスンとしたワンちゃんの姿が忘れられません。</p><p>&nbsp;</p><p>そこからというもの、何をしていても涙が勝手に出てきて、泣いても無駄なこと、</p><p>ワンちゃんはもっと寂しい思いをしているかもしれないと思うと心がギュッと痛み、</p><p>自分の不甲斐なさも許せなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>そして数日後、夫も先に転勤先の国へ。</p><p>我々家族はここから各々が踏ん張りどころです。</p><p>&nbsp;</p><p>夫は、異国に到着してわりかし早めにスリに合いました。</p><p>えーーーーー。早速洗礼うけてますやーーーん。</p><p>慌てふためいて電話をかけてきた夫に寄り添うまもなく、</p><p>「カード止めるから切るね」と言って、クレジットカード類の会社に速攻電話をかけまくり、</p><p>この時、アメックスさんのご対応がピカイチでございました。対応が早い、安心、感謝。</p><p>この三拍子でした。</p><p>&nbsp;</p><p>夫は、ホテル滞在をしながら家を探し、前任者から仕事を引き継ぎ、</p><p>慣れない環境、食べ物、言葉も通じない地で</p><p>私が安心して渡航できるように、まずは生活の基盤を整えることをしてくれました。</p><p>水問題や気候の違いで体調を崩し、食べ物も合わない、スリに合う、、、やばいよな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私は日本で仕事を退職して、渡航準備に取り掛かりました。引っ越しの準備、</p><p>パスポートを申請、携帯を解約して番号だけ残せるように格安携帯を契約。</p><p>車を売って、保険を休止させたり、医療保険やありとあらゆる契約しているものの住所を変更し、</p><p>渡航するにあたって必要なものを買いに歩き、どうするのが一番いいのか、損しないように、後で困らないように</p><p>失敗は許されないと思っておりましたので、ガチガチに緊張しながら犬とのお別れに心を痛めて廃人のような状態で</p><p>とにかく目の前のことをクリアにしていくことをやっておりました。</p><p>&nbsp;</p><p>飛行機で運ぶもの、船で運ぶもの、日本の倉庫に預けるものに仕分けをして、</p><p>３人で住んだ思い出の詰まった部屋を一人で引き払い、私も転勤先の国へと旅立ちました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yousho-life/entry-12911747090.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Jun 2025 22:16:51 +0900</pubDate>
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<title>はじめまして</title>
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<![CDATA[ <p>いつかやってみたいと思っていたブログをやっとはじめることができました。</p><p>&nbsp;</p><p>結婚してから急遽決まった海外転勤。</p><p>結婚から10年、長きにわたる不妊治療。</p><p>&nbsp;</p><p>海外駐在生活に関しては、私は海外思考がまったくなく</p><p>勉強も好きじゃないし、田舎の中学・高校で元気いっぱい遊びまくった学生生活を経て</p><p>一般企業でそれなりの社会経験を積んだ普通の人間です。</p><p>&nbsp;</p><p>勝手なイメージですが、私立中学を受験して学歴を積んで大手企業に就職してバリキャリで</p><p>海外でのいろんな経験を通じて成長したい！と高い向上心を持っている</p><p>立派な素敵な方々とはかけ離れております。</p><p>&nbsp;</p><p>なので、周りの英語ペラペラで積極的な行動派奥様達についていけなかったり、</p><p>日本での生活が羨ましくなったり、医療や食べ物などに不安がある海外生活に馴染めなくて、</p><p>自分だけが取り残されたような感覚になってしまいました。</p><p>しかし、愛する旦那が海外で目を真っ赤にしながら頑張っているのに、</p><p>自分だけ日本に逃げ帰るわけにいかない。旦那のお荷物にはなりたくないのに、</p><p>海外じゃ一人では何もできない現実。周りからは専業主婦で海外生活なんて最高じゃん！って</p><p>思われがちだけど、蓋を開けた私の毎日は目に見えないものといつも戦っていて苦しかった。</p><p>そんな気持ちになりながら頑張っている海外駐在妻さん、少なからずいるんじゃないのかな？って。</p><p>私もです！！！！！と握手して茶でもしながら日が暮れるまで語り合いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>不妊治療に関しても、色んな経験をしました。</p><p>原因不明だけど、ちょこちょこ問題があったり。</p><p>AMHの値が34歳の時に2.5、</p><p>36歳で0.7。この時病院の先生からは、「35歳を過ぎるとAMHが下降傾向になるから</p><p>あなたの場合は36歳がガクッと下がるタイミングだったのかも」と言われました。</p><p>私の肩もガクっと下がって泣きましたわ。</p><p>でも、37歳で測ったら2.4になり、私今妊娠しています。</p><p>&nbsp;</p><p>その他にも、流産を繰り返した時Th1/Th2ってやつに引っかかりまして、</p><p>しかもちょっとではなく、人より3倍免疫が高いっつって。</p><p>「これでは赤ちゃんを異物とみなして攻撃しちゃって流産になるよ」と言われました。</p><p>「不妊の原因はこれです、この数値は簡単に変わるものじゃないから、</p><p>免疫抑制剤タクロリムスを飲む必要がある」と。</p><p>「タクロリムスという薬は保険適応外だから採卵から移植まで全額自己負担になる」と。</p><p>そう言われました。</p><p>流産の原因が自分にあったこと、金銭的が負担がドシッときて、これもまた落ち込みました。</p><p>&nbsp;</p><p>不妊治療の先生はそう言うけど、免疫に関しては専門外だろうからと思って</p><p>私はリウマチ科や膠原病を専門にしているクリニックを受診しました。</p><p>こちらの先生が私の問題をしっかり受け止めてくれて、一緒に考えてくださって。</p><p>私は、リウマチでも膠原病でもないから先生からしたら患者じゃないだろうに、</p><p>本当に温かい声をかけてくださって。1年後、私の免疫は正常値になっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>不妊治療の病院ではこの数値はあまり変動しないと言われていたのに、です。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで私が学んだことは、病院の先生も患者として体験したことがないから分からないことがあるということ。</p><p>患者だからこそ自分ごととして真剣に向き合ってきたからこそ、先生以上に分かることもある。</p><p>病院の検査結果や先生から言われたことでショックを受けたり、心配になったりするけど、</p><p>その時の体調、その時のタイミングだったりすることもある。妊娠については医学的にわかっていることは</p><p>全体の3％にすぎないという話も聞いたことがある。ほとんどのことが分からない。</p><p>だから、落ち込みすぎずに笑って！美味しいもの食べて、リフレッシュしてよく寝よう！と</p><p>過去の肩を落としていた自分に言いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、不妊の原因は卵子の質と言われ続け、できることはないから</p><p>いい卵に出会えるまで採卵を繰り返しましょうという病院の方針に頭打ちを感じ転院。</p><p>そこで出会った院長先生が、</p><p>検査では分からない隠れた原因を見つけてくださったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな話も残していきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、その前に不妊治療中に深い谷底まで神経を研ぎ澄ませて</p><p>自分の人生について考えたこと、夫婦で乗り越えた話、、、</p><p>&nbsp;</p><p>記録として残していきたいです。</p><p>同じような悩みを持つ方の目にとまり、共感していただけることなどがあったら嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 20 Jun 2025 17:09:07 +0900</pubDate>
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