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<title>夕映え時</title>
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<description>今日の終わりを惜しみながら暮れていく陽に照らされて世界の輪郭が際立つ一瞬</description>
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<title>父を送る</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:0.83em;">愛してやまない母に呼ばれたように、ちょうど3ヶ月して父もこの世を去った。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">家族を守り、会社を守り、仲間を守り、そして自分の好きなことに全力で向き合い、頑張って頑張って本当に頑張り続けた人生だった。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">七人兄弟の真ん中で長男に生まれ、十七で父親を亡くしてからは、弟や妹たちへの責任を一心にその肩に背負い踏ん張ってきた。義理堅くて人情に厚く、人が良過ぎて誰かの借金をどれだけ肩代わりしたかわからない。仕事でも割に合わない損な役回りばかり引き受けて、それでも真正面から立ち向かう人だった。若い頃から念願だった税理士資格に75歳を超えて再チャレンジしようと学校に通い始めた時には、心底この人には敵わないと思ったものだ。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">貧しい時にも人にふるまうことは惜しまず、関わった誰しもに「メシでも食ってくか」「一杯やるか」って言うのが口癖だった。パーキンソン病で体が徐々に動かなくなり、認知症が進んで施設に入ってからも、病院に付き添ってくれた看護師さんに同じ言葉をかけ、「きっとそうやっていつも女の人を誘ってたんですね」ってからかわれていたけれど、常にまっすぐでホットで自然に周囲を笑顔にさせる父は、母曰く「男にモテる男」だった。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">小学生から始めた野球に一筋に情熱を注ぎ、甲子園で準優勝するも家庭の事情で実業団をあきらめ、それでも志を同じくする仲間とソフトボールクラブを創設し、齢を重ねるごとに自分がプレイできるシニアチームを新設して現役にこだわった。クラブが50周年を迎え、自分も80歳を過ぎて歩くのもおぼつかなくなってさえ、仲間に迎えに来てもらいながらユニフォームを着て毎週グランドに通い続けるほど、一途に野球バカ人生を貫いた。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">母は多彩な才に恵まれながらも、私と同類でどちらかと言えばシニカルで可愛げがないと思われることもある人だったけれど、そんな母が死ぬまで大事にしまっていた若い頃の日記や手紙には、父との青い日々がびっしりと刻まれていた。「愛してるとか言うんじゃなくてとにかく惚れちゃったのよ」と、いつか母が言っていた言葉が思い出された。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">その母が亡くなり、棺に入った姿を車椅子の父に見せながら、「ごめんねお父さん、生きてるうちに会わせてあげられなくて」と言った私に、「ああ、仕方ないよ」と答えてくれた父の言葉は、痛いほど優しくて淋しかった。虚ろな表情に「どこまでわかってるのかな」とみんなで話したけれど、きっとあなたは全て飲みこんで私たちを思いやり、そして本当はとても深く悲しんでいたんだね。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">父が最後に肺炎で入院した時、母の仏前に「こんなに早くお父さんを連れて行かないで、どうかお父さんをお守りください」と手を合わせた。それでも心のどこかでは、あの母のことだから「いやよ！だって私が淋しいじゃない」って言うんだろうなと、うっすらあきらめている自分がいた。ソフトボールで遠征試合があるといつも、「お母さんが一人だから頼むぞ」と電話をよこした父。体の自由がきかなくなっても、母が用事で出かけるたびに「一緒に着いてってやろうか」って言ってた父だから、母に呼ばれたらきっと「そうかそうか」って行っちゃうんだろうなと。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">亡くなる二日前、15分に制限された面会時間の終わり、「お父さん、もう少しでごはんも食べられるようになるからね、また来るから頑張ってね」と言った私の言葉に、「おお！」と力強く答えてくれたのは、あなたに生きてほしいと願う私たちのために、きっと精いっぱいの元気を見せようとしてくれたのだろう。我慢強くて辛いとか苦しいとか決して言わない人だった。最後まで父は父であり続けた。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">これでやっとお母さんに会えるね。大好きなお酒も久しぶりに二人でゆっくり飲めるね。本当にお疲れさまでした。あなたの娘であったことを心から誇りに思います。あなたの人生に、誰にも負けない敢闘賞を贈ります。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12873521848.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Nov 2024 01:34:46 +0900</pubDate>
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<title>ごめんね、お母さん</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:0.83em;">この夏、猛暑のさなかに母が逝った。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">病院のベッドの脇で、やせ細って点滴で赤黒い痣だらけになった母の手を握り、だんだん消えていくデジタルの波形と母の息遣いを見つめながら、なぜか現実感はなく、涙も出ない、深夜から明け方のあっけないような2時間だった。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">その後は慌ただしく葬儀と諸々の手続きに追われ、ようやく普段どおりの日々が戻ってくる頃、哀しみは後からじわじわと心の中に浸食してくることを知った。心配事と手間暇がなくなったぶん、そこがぽっかり穴になったよう。ふとした瞬間、母とのあれやこれやが不意によみがえり、いろんな思いが混ぜこぜになって胸が塞がれる。気づくと私はいつも「ごめんね」と心の中でつぶやいている。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">学生時代、同級生たちが「一卵性親子」と呼んだほど、似ているとよく言われた母と私。目も鼻も口もパーツひとつひとつはちっとも似ていないのに、全部が集まると不思議と同じ雰囲気に見えるそうだ。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">外見だけでなく性格や癖も、反発したり咎めたりしてしまったのは、認めたくはないけれど自分も似ていることをどこかでわかっていたから。そこに自分の年老いていく姿を重ねたのかもしれない。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">文章を書くこともまた、私は母から受け継いだように思う。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">洋裁、コーラス、絵、俳句と、何でも器用にこなす人だった。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">地域の広報誌に「私の”これ”が好き」と題して母が寄稿した記事には、夫、テニス、車、犬について書かれていた。思えばその４つと次々に別れなければいけなくなるたび、母は弱っていったように思う。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">本当なら孫やひ孫までいてもおかしくない歳、子供が大好きな母なら少しでも成長を見届けたいと願っていたはず。もっともっと長生きしなきゃと思える理由を、私は作ってあげられなかった。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">父が施設に入り一人暮らしになってからのこの1年余りは、母親というよりなかなか言うことを聞いてくれない我がまま娘を相手にしているようで、何を提案してもイヤイヤと憎まれ口が返ってきて、母もよその人に会うと「娘に怒られてばかり」と愚痴をこぼしていた。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">体の不調を訴えるようになってからも、とにかく病院が大嫌いで、連れて行くのにいつも手こずった。せっかちで長い待ち時間が我慢ならず、「最近の医者はパソコンばかり見て顔や体を見もしない」と行くたび怒っていた。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">血液の病気がわかり定期的に輸血が必要になってからは、何度説明しても「もういいでしょう？」と言って入院を嫌がった。一人は心配だからとデイサービスをどんなに勧めても、「家にいたい」と言って断固として拒否した。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">最後の2週間、緊急入院し点滴につながれ見る見る衰弱していく中でも、家に届く郵便や回覧板を気にして、「明日は退院できる？」って看護師さんに聞いていた母。「こんなところにいるくらいなら死んじゃいたい」って駄々をこねていたのが、本当にそうなるなんてその時は思いもしなかった。そんなに帰りたかったんだね。好きなものと離れて、自分の望む生活はできず、体は辛いことだらけで、もう生きているのがしんどかったんだね。せっかちなあなただから、もうこれ以上は耐えられないって、さっさと生涯を閉じてしまったのかも。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">ごめんね、お母さん。やっと楽になれたね。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">毎週様子を見に来てくれていた訪問看護師さんが、お線香をあげに立ち寄ってくれた時、「娘さんのこと、”あの子は忙しいのよ”って自慢気に言ってましたよ」って話してくれた。仕事を盾に恩着せがましい態度ばかりで、ちっとも優しい娘ではなかったのに。もっと何かしてあげられることがあったはずなのに。</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">「子供は3歳までに一生分の親孝行をするんだよ」って、昔</span><span style="font-size: 0.83em;">あなたが教えてくれた言葉。</span><span style="font-size: 0.83em;">幸せな最期にしてあげられなかった娘を、あなたは許してくれるだろうか。子供のいない私にはわからないかもしれないけれど、私自身がこの世を去る時まで、その答えを探し続けてみます。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">ごめんね、ありがとう、お母さん。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12863146335.html</link>
<pubDate>Sat, 10 Aug 2024 12:38:10 +0900</pubDate>
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<title>旅立ちに寄せて</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:0.83em;">このたびの悲報を知り、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">いまだに信じられず呆然としています。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">いつでもお会いできると思い、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">ご無沙汰を続けていたことが悔やんでも悔やみきれません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">あなたはとても厳しい方でした。それは誰より自分自身に。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">人や社会や時代に対して深い洞察力で本質を見抜き、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">決してぬるいことは言わず、それでいて本当に愛のある方でした。</span></p><p><span style="font-size: 13.28px;">仕事人としての私を、誰より理解してくださっていたのもあなたでした。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">「あいつはな、お金がたくさん欲しいとか人の上に立ちたいとか、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">　そんなことは全く考えてないやつだぞ。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">　ただ “いい仕事がしたい” としか思ってない人間だ。」</span></p><p><span style="font-size: 13.28px;">私のことをそう話していたと人づてに聞いたあなたの言葉は、</span></p><p><span style="font-size: 13.28px;">今でも私の宝物です。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">誰よりあなたのChildrenだった私は、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">あなたが社長の座を追われた会社を辞した後も、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">当時の幹部からマークされ、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;"><wbr>そんな私をあなたはことあるごとに気にかけてくださり、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">相談に乗ってくれ、「本を書け」<wbr>と勧めてくれました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">毎年いただいた年賀状をあらためて読みなおし、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">いつも心にとめてくださっていたこと、期待もしてくださったこと、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">言葉にならないほど感謝しています。</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">2年前にいただいた年賀状には、</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">私からは数年あえて触れないようにしていたものの</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">さすがにいい加減しびれを切らしたのか、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">「本を書くことをあらためておすすめします」と一言添えられていました。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">偶然だけれどそれを受け取った日の朝、目覚めた時に、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">なぜかあなたに昔言われた言葉が一気によみがえってきたのを思い出します。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">自分の中では正直、いろんな理由をつけて</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">「書く」という作業をほぼ断念しようとしていたけれど、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">自分で自分を見損なわないですむように、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">あと少しだけジタバタしてみようか…</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">そんな気持ちにさせてくれるチカラを、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">あなたの言葉は未だに持ってるんだなと気づかされました。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">今、私の周りにあんな言葉を発する人がいないことも。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">私にとってやっぱり今でもあなたは師匠です。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">私の仕事人生に、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">かけがえのないものをたくさんいただきました。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">もっと早くにそのことをお伝えできていたら、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">そして不出来な弟子を叱っていただけたらと、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">今となってはもうかなわないことですが。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">今まで本当にありがとうございました。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">何もお返しができていないことがただ悔やまれてなりませんが、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">どうしたら報いることができるのか、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">残りの人生をかけて考えていこうと思います。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">私にとってあなたはこれからもずっと、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">人生の師匠であることに変わりありません。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">ふがいない弟子ではありますが、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">きっとどこかで見守っていてくださると信じ、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">あなたに恥じない生き方をしたいと思います。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12863139210.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Aug 2021 11:19:31 +0900</pubDate>
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<title>&quot;hanatsubasa&quot; に寄せて</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210430/12/youvision/7f/1c/j/o2004250514934304894.jpg"><img alt="" height="525" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210430/12/youvision/7f/1c/j/o2004250514934304894.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">「白い世界」を描きたいと思いました。<br><br>こんなふうになってしまった時代の空気をマスク越しに吸いながら、<br>"Happy"という言葉にどうしてもカラフルで華やかなイメージを映すことができず、<br>それでも今、心から願う幸せの色があるとしたら、<br>それは凛としてけがれのない白だと感じました。<br><br>白は何にも染まっていない無垢の意味合いで語られがちですが、<br>あらゆる色の光を全て集めて重ねると白い光になると言います。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">1枚1枚の羽根がそれぞれ異なる個性(いろ)だとしたら、</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">それらが合わさった白い翼は明日へ飛び立つための「生きるチカラ」。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">花束を胸に、太陽の光あふれる大空へ羽ばたいていく姿が</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">表現できていたら幸いです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">そして、今この時にも、コロナに苦しむ人々を癒すため</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">力を尽くしてくださっている医療従事者の方々へ、<br>その白衣に尊敬と感謝の意をこめて。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">私たちは一人一人、自分にしか出せない色を持った光。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">それが集まれば、もっと力強く美しく世界を照らすことができるはず。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">白い"hanatsubasa"に、そんな未来が来ることを祈ります。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12671614524.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Apr 2021 12:13:13 +0900</pubDate>
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<title>Letters　－ただ一人に届ける言葉－</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:0.83em;">SNS全盛の今、どうにも私の中には、不特定多数や顔の見えない相手に向けた言葉というのが湧いてこない。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">若者たちの多くは「コミュ障（コミュニケーション障害）」を自称（自傷？）するが、私こそ「デジタルコミュ障」であることは間違いない。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">「誰にともなく」つぶやいたり、「世の中」に発信したり、「新たな仲間」を求めたり、仕事となればやるのだが、個人としての自分ではからっきしダメなのだ。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">ただ、自分の中の想いを言葉に変えるという作業は、私にとってとても大切で、それはまさに伝えたい気持ちそのもの。その行為には必ず「相手」がある。誰かを思い、誰かのために願い、誰かの心に届ける。それが無ければ言葉は空しい。と、私は感じる。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">手紙というものが書かれなくなった時代である。メールでさえも、既に廃れつつあるメディアかもしれない。言葉が何人もの頭の上にふわふわと浮き上がり、もしくは垂れ流されて、宛てどがあるようでないように行き交っては消えていく。一人から一人のための濃密な言葉は、恥じ入るように場所を譲り、何かを回避しようと薄まった言葉が空気中に増殖している。そうした絵が私には見えてしまう。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:0.83em;">そんな今だからこそ、たった一人、「誰か」のためだけの言葉を集めたい。ターゲットは一人だけ。でも、その一人の心に響く言葉なら、そこに何かを感じとる人もきっといるはず。どんな商品開発もサービスも広告宣伝も、本当は全てそのたった一人を喜ばせることから始まるのだと信じる。</span></p><p><span style="font-size:0.83em;">希釈せず、重さを怖れない、まっすぐ一人へと向かう言葉をつむぎたい。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12863142479.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Jan 2019 11:51:00 +0900</pubDate>
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<title>あったかいお別れ</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">仕事仲間の父上が亡くなられた時のこと。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">「故人を偲ぶ」という言葉が</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">あんなにしっくりくるご葬儀に参列したのは</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">初めてだった気がする。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">本当にデザイン一家らしいお別れの場だった。<br>父上が会社員時代に手掛けられた製品やデッサン、<br>父娘コラボの木版画展の様子や個人作品も</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">数多く展示されていて、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">何より子供たちがもう立派に大人になってからも、<br>あんなにも素敵な家族写真がたくさんあることに、<br>参列した誰もが心を打たれていた。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">「<wbr>最近いつ父親と写真撮ったっけ」とか<br>「しばらく実家に帰ってなかったなぁ」とか<br>その場にいた皆が自分の家族を振り返っているような、<br>哀しくもあったかいお別れの式だった。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">この歳になると、誰かを見送る場面に立ち会うことが多い。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">以前はどうにも苦手だった。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">不意に見舞われた不幸に涙する人たちを見るのも辛ければ、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">それを自ら体験したことがない身としては、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">そこに自分が居てもどんな言葉をかければよいかわからず、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">ましてや我がことで精いっぱいの毎日を送っていると、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">予定外の予定に自分のやるべきことが突然遮られるのを</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">うっとおしくさえ感じている利己的な自分もどこかにいた。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">でも、いつからだろうか。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">大事な人であればあるほど、きちんとお別れすることが</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">何より生きている者にとって必要なことなんだと、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">すっと体に入ってくるみたいにわかるようになった。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">ただその人を想うこと。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">義理やしきたりや付き合いだからでなく、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">もう会うことのできないその人を想い、惜しみ、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">心から安らかにと願う。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">宗派や作法などはどうあれ、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">ただただその人を想う、お別れはそれだけでいいのだ。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12303407527.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Aug 2017 16:19:33 +0900</pubDate>
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<title>reset and revive</title>
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<![CDATA[ <div><div><span style="font-size: 0.83em;">ひとつのことに打ち込める人、長く続けられる人、</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">その道を究める人って、すごいと思う。</span></div><p>&nbsp;</p><span style="font-size: 0.83em;">たぶん、私は欲張りで飽き性なのだ。</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">いろんなことをやってみたくて、変化がないとつまらない。</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">だからいつもリセットだらけで蓄積がない。</span></div><div><div><br><span style="font-size: 0.83em;">そうしたいろいろな経験は、</span><span style="font-size: 0.83em;">私の中のどこかに隠れていて</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">普段は気づくこともない。</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">ただ、まったく違うことをしようとする時に、</span></div><div><font size="2">過去にやってきたことの記憶は</font><span style="font-size: 0.83em;">何かしら手繰り寄せられ、</span></div><p><span style="font-size: 0.83em;">気づくと頭と心の運動神経だけを頼りに動いている。</span></p></div><div>&nbsp;</div><p><span style="font-size: 0.83em;">そう、そんな「あれこれ」の寄せ集めで</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">自分という人間は出来上がっているのだと思う。</span></p><div><span style="font-size: 0.83em;">他の誰でもなく、私だけが通り過ぎてきた数々のリセット、</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">そのたった一通りの順列組み合わせ。</span></div><div><span style="font-size: 0.83em;">それが</span><span style="font-size: 0.83em;">ワタシ。</span></div><p>&nbsp;</p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">学生たちとの関わりもそう。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">毎年毎年、彼らは入れ替っていく。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">その時期、その場所でしか向き合うことができない</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">一人一人の学生との出会いの積み重ねで、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">センセイである私は出来上がっている。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">だから、私が学生のためにと言うより、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">私の方が学生に教えられたり救われたりしながら<br>この仕事が続けられている。</span></p><p><br><span style="font-size: 0.83em;">会社にいた時も、たぶん同じだったのかもしれない。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">今の学生と似た存在がお客様だったと思う。<br>目の前にお客様がいるという状況を、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">働く人誰もが体験できるわけではない。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">だからプレゼンや打合せや営業の現場は貴重で、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">そこで</span><span style="font-size: 0.83em;">得られるすべてのこと、</span><span style="font-size: 0.83em;">手厳しい指摘も痛い苦言も</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">不満も要望も叱咤激励</span><span style="font-size: 0.83em;">もねぎらいも感謝の言葉も、</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">そのどれもが自分のエネルギーになった</span><span style="font-size: 0.83em;">。</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">仕事人としての私は、そうした様々なお客様との</span><span style="font-size: 0.83em;">つながりから</span></p><p dir="ltr"><span style="font-size: 0.83em;">出来上がってきた。</span></p><p dir="ltr">&nbsp;</p><p><span style="font-size: 0.83em;">やがてその仕事や会社そのものをリセットする時が来たけれど、</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">“いい仕事でお客様にこたえたい”</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">それだけを思っていた</span><span style="font-size: 0.83em;">あの頃の自分は、今も私のどこかに潜んでいる。</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">見かけは何度リセットしようとも、新しい何かに挑もうとする時、</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">それは瞬時によみがえって私の体を動かす。</span></p><p><span style="font-size: 0.83em;">そのことを、私は疑いもなく信じている。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12303382432.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Aug 2017 18:06:12 +0900</pubDate>
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<title>満たされる時</title>
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<![CDATA[ <p dir="ltr"><span style="font-size: 12px;">ここに文章を記すようになって、今日でちょうど１年。<br>ほんのたまに、思いつきでしか書き込まないのに、<br>なぜかそういうタイミングなのは感慨深い。<br><br>テーマもその時と同じ、ビジネスプランコンテスト最終審査会。<br></span><span style="font-size: 12px;"><br><span style="font-size: 12px;">これも昨年同様、オトナのテイタラクには唖然とした。<br>「それって単に自社の宣伝じゃん！」って思うような内容だけでなく、<br>数値計画すらも入れてない、最早ビジネスプランですらないプレゼンが続き、<br>さらにはそれに何もツッコまない立ち位置不明の審査員にも大いに疑問。<br></span></span><br><span style="font-size: 12px;">学生たち、我が校以外の子たちも含めて、<br>そんなひどいオトナのプランよりよっぽどよく考えていたのに、<br>まるで弱い者いじめのように細かい穴をつつきまくる審査員にまたもや不信感は募り、<br>学生部門の趣旨について、審査員のお偉い様方と目線合わせをしてない<br>ビジコン事務局にもイラっと来てしまった。<br><br>そんな中、我が校の学生たちのプランは残念ながら奨励賞に終わったが、<br>どうせ毎年結果が審査員の嗜好に振り回されるのには慣れているし、<br> 他が全員大学生だったことを思えば、この春２年で卒業するうちの子たち、</span><br><span style="font-size: 12px;">時間がない中で卒展準備と重なりながらよくやりきったね。<br>審査員からの厳しい指摘や質問にも、<br>笑顔でかつ負けないでよく答えた！<br></span><span style="font-size: 12px;"><br>毎年のこととは言え、あんまり気持ちのいいGOALじゃなかったなと<br>もやもやしている私を尻目に、既に記念写真の映り具合の方に<br>もっぱら関心が移っているうちの女子たち･･･<br>そのくったくのなさに、「ま、そんなのどうでもいっか！」って気になった。<br><br>表彰式も全部終わって会場を後にする時、<br> 「お疲れさま、頑張ったね」って一人ずつハグしたら、<br> 「市長に表彰状もらった時より嬉しい！涙出そう…」<br>そうみんなが言ってくれて、ホントに手のかかる子たちだったけど、<br>それだけでもう十分って気持ちになった。<br> 最後は笑顔で終われて良かった。<br><br><span style="font-size: 12px;">そう、人が満たされる時って、金額や順位じゃない。<br>賞なんてもらわなくっても、上司は何も知らなくっても、<br>ちゃんと見ていてくれる人がいる、わかってくれてる、<br>そのことの方がよほど報われる。<br>想いを伝えたいただその人に、きちんと届くだけでいい。<br>心、満たされました。</span></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12136549824.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2016 11:44:51 +0900</pubDate>
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<title>HAPTIC (side-B)</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 12px;"><font color="#00007f"><strong>『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』　<br></strong></font>江國香織の短編集、そのあとがきの文章を<br>何度繰り返し読んだかわからない。<br>苦さとせつなさと、でもどうしようもない愛おしさが<br>いりまじった想いで。</span><br><br><font color="#00007f"><span style="font-size: 12px;">＝＝＝＝＝＝＝＝<br>人生は勿論泳ぐのに安全でも適切でもないわけですが、<br>彼女たちが蜜のような一瞬をたしかに生きたということを、<br>それは他の誰の人生にも起こらなかったことだということを、<br>そのことの強烈さと、それからも続いていく生活の果てしなさと共に、<br>小説のうしろにひそませることができていたら嬉しいです。<br>－－－<br>瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、<br>私はやっぱり瞬間を信じたい。<br>SAFEでもSUITABLEでもない人生で、<br>長期展望にどんな意味があるのでしょうか。<br>＝＝＝＝＝＝＝＝</span></font><br><br><span style="font-size: 12px;">男にはきっと、最初からわかっているのだろう。<br>この先を行けばたぶん転ぶなと。<br>それはもちろん転ばないことが大事だから。<br><br>女は、転ばないようにすることよりも、<br>進んだ先に見えるであろう景色を渇望する。<br>少なくとも、そんな瞬間がある。</span><br><br><span style="font-size: 12px;">全身の肌が泡立ち、まるで吸い寄せられるように<br>うぶ毛の一本一本までもがそこに向かってたなびく時。<br>痛手を厭わず溺れることも怖れず飛び込んで、<br>激流にもまれながら、束の間目にするその水のきらめきが、<br>人生の何にも代えられないほど美しいことを、<br>なぜか私は最初から知っている。</span><br><br><span style="font-size: 12px;">もう誰にも決して言うことはないし、言ったとしても、<br>人からは濁流にまみれたボロボロの時間にしか<br>見えないのかもしれない。<br>それでも･･･</span><br><br><span style="font-size: 12px;">その一瞬のために一生がある、<br>そんな宝石のような瞬間を生きたこと、<br>それは間違いなく私の体の一部。</span><br>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12114002247.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jan 2016 06:14:28 +0900</pubDate>
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<title>HAPTIC (side-A)</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size: 12px;">「危機意識が低い」とよく言われる。<br>自覚がなくはない。さすがにここまで生きてくれば、<br>我ながらやっちまったと思う経験は数知れず。<br><br>仕事や誰かのためだったら、細心の注意をはらって<br>プロセスから組み立てるやり方が身にしみついているのに、<br>いざ自分のこととなるとからっきしダメだ。</span><br><br><span style="font-size: 12px;">「熱いからやけどするよ」と言われると、どのくらい熱いのか<br>触ってみなきゃわからないと思ってしまう。<br>それで痛い目にあったとしても、ちょっとくらいの傷はすぐ治る。<br>でも触れられなかった後悔はずっと残る。<br><br>掃除や洗い物をしていても、手が荒れるのは承知だが、<br>厚手のゴム手袋をしていると汚れの落ちる感覚が肌でわからない。<br>雑巾やスポンジの滑りが悪かった場所が、<br>こするうちにつるつるとしていくその感触が、<br>「きれいになった」という実感になる。<br>それが欲しくてやっているのだ。</span><br><br><span style="font-size: 10px;"><span style="font-size: 12px;">ヒューマンインターフェースやらユニバーサルデザインやらの<br>世界では、こういうことをカッコよく言うとHAPTICと呼ぶらしい。<br>頭と心が求めるものを体が自然と感じる、まさぐる、そして探り当てる。</span><br><br><span style="font-size: 12px;">そんなふうにいろんなものに触れていると、<br>擦り傷や打ち身ではすまなくて、時には地雷を踏むこともある。<br>それでも、これは私が私たる所以の根幹にあるものだから、<br>おいそれとは変えられない。<br>周りによくいる頭の良い人たちのように、<br>用心深く賢く計算された生き方はできない。</span></span><br><br><span style="font-size: 10px;"><span style="font-size: 12px;">振り返ってみると、私の人生リセットだらけだ。<br>勉強も趣味もキャリアも仲間も、新しい世界に踏み出す時には、<br>いつも惜しげもなくチャンネルを切り替えてきた。<br>長期計画なんて立てられないし、立てようとも思わなかった。<br>その場の温度や肌感を頼りにハンドルをきる、<br>出たとこ勝負のギャンブルだ。</span><br><br><span style="font-size: 12px;">ずいぶんいろんなものを無駄にしてきたようにも思うし、<br>大事なものを捨てながら歩いてきたのかもしれない。<br>でも、肌で感じとったことだけは私の血肉となって残る。<br>身をやいた熱さも胸の痛みも凍えた記憶さえも、<br>今の私はそれらの感覚の集合体で出来上がっている。<br>それだけは確かなこと。</span></span><br><br><span style="font-size: 12px;">人間の体の様々な器官をIoTが代替する時代になっても、<br>HAPTICであること、それは人が生きることの根底にあると思う。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/youvision/entry-12112129050.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Jan 2016 11:31:25 +0900</pubDate>
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