<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>helenchisaiのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/ysbohon/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>いじめに思う</title>
<description>
<![CDATA[ <p>校内や世間で起こっているいじめの問題。いじめの解決として参考になる事例ではないかというものを、その昔見たことがあった。</p><br><p>敗戦と言う事件から、上下関係が逆転したそのころ、一人の日本人の男の子が、数人の異民族からいじめられていた。しばらくして、異民族の大人(教員 )が、止めに入り、喧嘩するなら、一対一でしろと、叱った。</p><br><p>そのころの学校は、殆どの日本人は帰国し、その日本人の少年は孤独だったが、異民族の教員の言葉で、改めて一対一でけんかとなった。</p><br><p>まわりの異民族の少年達は教師の言葉に従い、遠回りにして、一対一のけんかを見守もり、手出しをすることはなかった。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10493351995.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Mar 2010 11:21:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>黄色の太陽</title>
<description>
<![CDATA[ <p>終戦から数日後に、久しぶりに住宅街中央広場に行った。日本人が処刑されていた。日本の会社に雇用されていた:現地人の報復とのうわさだった。その日は暑く、太陽がまあるく黄色に輝いていた。</p><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10488568661.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Mar 2010 20:02:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>プッチ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100315/21/ysbohon/1a/d3/j/o0636090910452779642.jpg"><img alt="helenchisaiのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100315/21/ysbohon/1a/d3/j/t02200314_0636090910452779642.jpg"></a> </p><p>私は、プッチです。小さすぎて子どもをもてませんでした。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10482775943.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 21:52:49 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ヘレン</title>
<description>
<![CDATA[ チサイのお母さん、お行儀の良い子で、私が寝ている時は、絶対に体の上に乗らず足元から(^o^)を観にくる、そんな子でした。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100313/21/ysbohon/19/d1/j/o0800113410449822588.jpg"><img border="0" alt="helenchisaiのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100313/21/ysbohon/19/d1/j/t02200312_0800113410449822588.jpg"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10481026666.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 21:20:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>チサイ</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100308/08/ysbohon/93/2e/j/o0800111810442542257.jpg"><img alt="helenchisaiのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100308/08/ysbohon/93/2e/j/t02200307_0800111810442542257.jpg"></a> 五人兄弟の一人、名前はチサイ。よろしく
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10476405804.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 08:27:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>永安小学校</title>
<description>
<![CDATA[ <p>一年生の教室、今日は校長先生のお話の時間、お話のあいだは、一年生は退屈してざわざわ、まだ友人の出来ない一人の転校生だけが、校長先生の話を静かに聞いていた。</p><br><p>話が終わって、校長先生が、タヌキはどうなったか分かる人と質問される。転校生が一人だけ手をあげ答えた。</p><br><p>校長先生は、転校生に、あなたは、ざる耳ではないね。これからも、人の話は良くききましょうねと言われた。</p><br><p>私達は今、政治家の話、マスコミの報道、巷の話、しっかりとざる耳にならず、聞きとめよう。何かが見えてくるかもしれないから・・・・・・・</p><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10476400131.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 08:00:11 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>春。三月</title>
<description>
<![CDATA[ <p>撫順の春、三月はまだ雪が残っていたように思う。歩道は下にスチームが通っているので雪はないが、車道にはなごり雪が汚れてのこっていた。</p><br><p>今年は、引き揚げ以来、始めてだが、撫順に帰ってみようかと、当時の同級生達と計画している。当時の面影は何も残っていないと、何回か訪れている友人から話を聞いているものの、生きている間に、幼年期を過した異国を訪れるのも、何かあるかも知れない。</p><br><p>故郷とは、長く住みなじんだ場所、または懐かしく思い出される住んだ所、幼年期を過した場所、少年期を過ごした場所、青春を過ごした場所、指折り数えてみると、生まれてから二十数回も住まいは変わっていた。</p><br><p>旅先で、一ヶ月・二ヶ月と住んだ所を入れると数え切れない。私の故郷はどこなのだろう。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10470748779.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 10:25:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>撫順市</title>
<description>
<![CDATA[ <p>社宅の中心には広場があり、夏は運動会、盆踊りなどの催しが、冬は全面が氷結し、スケート場になり、レースのコースが作られ、その中心ではフィギュアー滑走が優雅に舞っていた。夜間はライトアップされていた。</p><br><p>広場の周りには、図書館、組合(現代のスーパー、コーポ)があり、社員は伝票で買い物ができた。中心に近い社宅程、炭鉱で地位の高い人達が住んでいた。</p><br><p>社宅の子ども達は同じ小学校に通っていた。校歌は作詞が北原白秋氏、作曲が山田耕作氏と著名人によるもので、なんとなく誇らしかった。</p><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10465329067.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2010 17:30:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>撫順市</title>
<description>
<![CDATA[ <p>大連市にはショートステイで、すぐに父の赴任先、撫順市に移り住んだ。撫順市の郊外、松岡町が最初の住居であった。父は石炭液化工場に勤務した。</p><br><p>ある夜、煉瓦のお風呂に入っている時に、ドカーンと、液化工場が爆破、したのか、されたのか、その結果、父は、露天掘りで有名な撫順炭鉱に転勤となり、一家も郊外から撫順市内の社宅に転居した。</p><br><br><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10462933412.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Feb 2010 18:01:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>満州鉄道株式会社</title>
<description>
<![CDATA[ <p>大連、旅順に、修学旅行をした。車中一泊で、日露戦争の合戦地、旅順の二百三高地や、停戦条約をした家屋と庭のなつめの木などを見学、博物館にミイラがあって、驚いた事などは覚えているのに、宿泊したホテルの事は何も覚えていない。帰途も車中一泊だった。</p><br><p>小学生になる前は、大連に住んでいた。そのころ、旅順に両親とバス旅行をした。両親がユーレンバス(遊覧バス)にのせると言ったのに、ひどく揺れて、ユーレンバスなのにユレルとわめいて、他の客の笑いを誘ったそうだ</p><br><p>満鉄の社宅は、現在のセントラルヒーティングが、既に設備されていた。冬の屋内はスチーム暖房で、水道はひねるとお湯と水がでるようになっていたし、トイレは当然、水洗であった。</p><br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ysbohon/entry-10460372020.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Feb 2010 14:36:22 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
