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<title>お目覚め読書</title>
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<description>大好きな本の感想を、メモ書き風に書き出していきます。いわゆるスピリチュアル系の「古目の」本が中心になると思いますが、時には全く違う分野の本も取り上げる予定です。同じ時代を生きる同志の皆様の参考になりましたら、幸いです。</description>
<language>ja</language>
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<title>【本の紹介】017  日本とユダヤの古代史＆世界史　その2</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://ameblo.jp/ytak81/entry-12822832622.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">前回の記事</a>の続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・<b style="font-weight:bold;">太字</b>　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・<i style="font-style:italic;">斜体</i>　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＜第1章：縄文時代の日本文明とユダヤ人の出エジプト（紀元前三千年〜千年頃）＞</p><p>(p.82)<span style="color:#00afff;">田中：紀元前13世紀頃にヤハウェという神がモーセという男にお告げをします。この預言者モーセが、仲間たちを引き連れてエジプトを脱出、カナンの地（現在のイスラエル周辺）に行きます。これが「出エジプト」の物語です。</span></p><p>(p.83)<span style="color:#00afff;">田中：『モーセ五書』の『申命記』の最後のところにも記述があります・・・</span></p><p><span style="color:#00afff;">主は、地の果てから果てまでのすべての国々の民の中に、あなたを散らす。（『申命記』第28章64節）</span></p><p>(p.84)<span style="color:#00afff;">田中：エジプトを出て40年、そのさまよっていた時点で将来、"あなたを散らす"・・・つまりユダヤ人たちが各国に離散していくことが書かれているのです。ですので、このタイミングで日本に来ているということが予想できます。</span></p><p><i style="font-style:italic;"><span style="color:#00afff;">それが日本の神話における、高天原時代のスサノオだ</span></i><span style="color:#00afff;">と、私は考える</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#000000;">☆上記の斜体箇所は、にわかには受け入れ難い。スサノオの正体については諸説あり、紀元前13世紀の人ではない可能性も大いにあるからだ。田中氏は記紀を信用しているようだが、記紀に改竄が多いことはその成立時の事情から自明である。よって、記紀を論拠にした推理を、盲目的に受け入れるわけにはいかない。</span><br><br>&nbsp;</p><p>＜第2章：日本建国の真実と失われた10支族（紀元前660年〜）＞</p><p>(p.104)<span style="color:#00afff;">田中：紀元前722年、世界に散らされたユダヤ人たちが、紀元前660年までに日本に来て、<i style="font-style:italic;">日本建国に様々な影響を及ぼしている</i>と考えます。</span></p><p><br><span style="color:#000000;">☆いわゆる「失われた10支族」が日本にやってきたのだろうとは、容易に想像できる。ただ、彼らが紀元前660年の日本建国にかかわったとは俄かには信じ難い。そもそも「日本国建国年はBC660年」という記紀の記述自体が眉唾だからだ。</span><br>&nbsp;</p><p>(p.105)<span style="color:#00afff;">茂木：日本神話では神々を、高天原からやって来た「天津神」の神々と、「国津神」＝日本列島（葦原中国）の神々とをはっきり分けています・・・問題はこの高天原ですね・・・田中史学では「高天原＝東日本／日高見国」とお考えですね？</span></p><p>(p.106)<span style="color:#00afff;">田中：その通りです。縄文の頃から何千年もの間、東日本は日高見国として栄えており、アマテラスなどの神々が政治を司る「高天原」を運営していたと考えます。</span><br><br><span style="color:#000000;">☆田中氏の説に部分的に同感する。日高見国は東日本の国としてホツマツタヱにも登場するので、縄文の頃から栄えていたというのは納得できる。ただ、その国を運営していたリーダーがアマテラスという名前かどうかは不明だ。もしかしたらセオリツヒメ（瀬織津姫）かもしれないと、小生は妄想している。今でも瀬織津姫を祀っているお宮が一番多くあるのは岩手県と聞いたことがあるので。</span><br>&nbsp;</p><p>＜第3章：秦の始皇帝からキリストの時代へ（紀元前300年〜）＞<br>(p.134)<span style="color:#00afff;">田中：<u style="text-decoration:underline;">《ユダヤ人渡来の第3波》は、秦の始皇帝の命を受け、数千人の同志を引き連れて日本にやって来た「徐福」という人物によってもたらされた</u>と私は考えます。</span><br>(p.138)<span style="color:#00afff;">田中：私は<b style="font-weight:bold;">徐福はユダヤ系だった</b>と見ています。ジョセフという名前に関連もするのではないか。助福とはつまり、始皇帝の側近のユダヤ人知恵者だったのではないでしょうか。</span><br>(p.139)<span style="color:#00afff;">茂木：史記には、始皇帝の容貌についての一節があります。「鼻が蜂のように高く、切れ長の目、鷹のように突き出た胸」と書かれており、少なくとも漢人らしくないという意図が感じ取れます。<br>（中略）まだユダヤ人と断定できる証拠は見つかっていないのですが...</span><br>(p.141)<span style="color:#00afff;">田中：始皇帝のお墓から兵馬俑と共に出土した、馬車を操縦する始皇帝と思われる男性像は”みずら"をつけ、ユダヤ人風の顔をしている...これも確実に証拠となると思います。</span><br><br><span style="color:#000000;">☆下線部の田中氏の説に同感する。徐福がユダヤ人であることは、その上司にあたる始皇帝もユダヤ人であることから、可能性が高いと思う。</span><br>&nbsp;</p><p>(p.153)<span style="color:#00afff;">田中：仏教で大事なことは、何より個人の悟りです。原始仏教は「個人宗教」なのです。（中略）</span></p><p><font color="#00afff">対して、私は神道を「共同宗教」と呼びます...人々が共通に感じる自然そのものに対する感謝の念、つまり自然信仰こそが神道です。</font><br>(p.154)<span style="color:#00afff;">田中：徹底した共同宗教であるユダヤ教やイスラム教...（中略）『新約聖書』が個人宗教です。</span></p><p>(p.155)<span style="color:#00afff;">茂木：近代個人主義の元祖ですね。個人宗教のキリスト教は、カトリック教会が共同宗教に変質させ、これを破壊したルターやカルヴァンの宗教改革でまた個人宗教に戻りました。<i style="font-style:italic;">ここから西洋近代文明という「病」が始まります</i>。明治以降の日本人もこれに毒されました。</span><br><br><span style="color:#000000;">☆</span><span style="color:#00afff;">「個人宗教」</span><font color="#00afff">「共同宗教」</font><span style="color:#000000;">という田中氏の説明は分かりやすい。小生は、仏教は「男性的」で、神道は「女性的」だと考えているが、「個人宗教」＝「男性的」、「共同宗教」＝「女性的」と考えると、ほとんど同感である。</span></p><p>歴史からは脱線するが、「個人が大事か、集団が大事か」という問題は、一人一人の生き方を考える上でも、結構重要なポイントではないかと感じた。現実的には両者のバランスを上手に取るしかないと思う。<br><br>（2023年10月26日）<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12825906317.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2023 13:06:50 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】017  日本とユダヤの古代史＆世界史　その1</title>
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<![CDATA[ <p>今回はこのブログでは珍しく、今年出版されたばかりの比較的新しめの本を取り上げる。<br><br>先月Facebookに上がっていた広告がきっかけで、小生は茂木誠氏という方を知った。</p><p>巷では、茂木氏は世界史に詳しいと評判らしい。<br>&nbsp;</p><p>歴史を独自に勉強中の小生は向学のため、茂木氏の著作物を地元の図書館で探してみた。</p><p>すると、下記の本が見つかった。<br>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】日本とユダヤの古代史＆世界史</p><p>＜副題＞縄文・神話から続く日本建国の真実</p><p>【著者】田中英道・茂木誠</p><p>【出版社】ワニブックス</p><p>【出版年月日】2023年7月10日（初版）&nbsp;2023年9月20日（4版）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>「日本とユダヤ」の関係は多くの方が話題にしてきているだけに、自分にとっても気になるテーマである。<br>早速図書館から借りて読み始めたのだが、予想以上に読み応えがあった。よって、学習記録も兼ねてこのブログで紹介することにする。<br><br>&nbsp;</p><p>以下、本書の中から「個人的に特に心を動かされた箇所」を抜粋する。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・太字　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・斜体　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＜序章①：歴史とは何か？歴史を学ぶことの意義とは？＞</p><p>(p.24)<span style="color:#00afff;">茂木：私は「歴史は科学ではない」と思っております。どちらかといえば文学のような・・・答えがない世界ではないでしょうか。大袈裟にいえば、10人いたら10通りの歴史観があり・・・</span></p><p>(p.25)<span style="color:#00afff;">田中：歴史観が人それぞれで違うとおっしゃったけれど、私としては一つなのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆一見、二人の著者の見解が正反対に見えるが、どちらの見解からも学べると感じた。</p><p>小生は<span style="color:#00afff;">「歴史は科学ではない」</span>という考えに共感する。なぜなら過去に実際にあったこととして語られることを、100％「事実」だと納得し断言することは不可能だから。「歴史」として語られる情報には虚構が含まれている可能性があるので、そうした情報を「盲信」することは、真実を知りたいと思っている小生には受け入れ難い。<br><br>　一方で、「<span style="color:#00afff;">10人いたら10通りの歴史観</span>」という現実に身を委ねることへの危惧感も感じる。歴史はただの書物にとどまらず、今ここで生きている私たちの生活に大きな影響を与えているからだ。数ある歴史観の中で極端なものが時の権力と結託し、巨悪をなしていることも、今や多くの人が気づいているのではなかろうか。「不健全な歴史観」（というか「悪意に支えられた歴史観」）は否定されるべきではないかと思うのだが、いかがだろう。<br>&nbsp;</p><p>(p.34)<span style="color:#00afff;">田中：この日本には、よく見ると、古墳も残っているし、神社仏閣も残っていて、古い家屋もまだ残っている。散歩や旅さえすれば、もう一回歴史を見直すことはできるのです。</span></p><p><span style="color:#00afff;">茂木：部屋に籠って、歴史の本を読んでいるだけでは駄目だ、ということですね。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆歴史を学ぶことを志す者として、「現場を歩く」機会を増やそうと思った。幸い、今年、ある有名なお宮さんに参拝した。今思えば、まさに歴史の勉強だった。<br><br>＜序章②：ユダヤ問題の基礎知識と「ユダヤ人渡来の５つの波」＞</p><p>(p.36)<span style="color:#00afff;">田中：（ユダヤ人は）ずっと同じ伝統の中にある・・・それはつまり"どこへ行っても少数派であり自分たちの国がない、しかし陰ながら活動はしている"という伝統です。</span></p><p>(p.37)<span style="color:#00afff;">茂木：いつも少数派だけれど、国の政府や王様をサポートし、力を発揮して、利益を得る。それが、彼らが長い歴史の中で身につけた処世術ということですね。</span></p><p><span style="color:#00afff;">田中：実は日本でもそうでした。</span><br>(p.38)​​​​​​​<span style="color:#00afff;">田中：例えば・・・2〜3世紀に活躍した秦氏系の武内宿禰という人物は、ユダヤ系の渡来人です。その頃から天皇の側近として活躍していました。</span></p><p>(p.39)​​​​​​​<span style="color:#00afff;">茂木：トランプ政権もそう・・・娘婿のクシュナーは敬虔なユダヤ教徒で、娘のイヴァンカもユダヤ教に改宗しました。</span><br>&nbsp;</p><p>☆<span style="color:#000000;">ちょっとびっくり。</span><span style="color:#000000;">武内宿禰が秦氏系、つまりユダヤ系とは、知らなかった。またトランプ政権にもユダヤ人の影があったとは（これではトランプを盲目的に支持するわけにはいかなくなった）。</span><br>&nbsp;</p><p>(p.43)​​​​​​​<span style="color:#00afff;">茂木：社会主義というのは、グローバル・ユダヤの一つの手段です。ロスチャイルドが姻戚関係にあったマルクスに出資して『共産党宣言』や『資本論』を書かせたのも、一つになった世界（ワンワールド）への志向があったからでしょう。</span><br><span style="color:#00afff;">田中：しかしソ連崩壊以降、社会主義思想が完全に生命を失っています。西側諸国では性懲りもなく、フランクフルト学派的な心理戦争・宣伝を、メディアを使い、延命措置としてやっているのが現在です。今まさに中国ではその最後を迎えつつある・・・だから「それはもう終わりにしよう」というのが、トランプ大統領の周りにいる保守派のユダヤ人たちの見解だと思います。近年、イスラエルのユダヤ人の中からも「もう社会主義思想はやめようじゃないか」という声が出てきました。　（中略）</span></p><p><span style="color:#00afff;">イスラエルの愛国者、ベンヤミン・ネタニヤフ（首相）に代表される”ナショナリストのユダヤ人たち”です。彼らのことは「ナショナルユダヤ」「シオニズムユダヤ」と言ってもいいでしょう。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆<font color="#000000">グローバリズムも問題だらけだが、シオニズム（今のイスラエルの立場が、まさにこれ）も、周辺のアラブ諸国との軋轢を恒常化させているように見える。どっちもどっちと思わずにはいられない。</font><br><br>(p.47)​​​​​​​<span style="color:#00afff;">田中：ユダヤ人渡来、５つの波</span></p><p><span style="color:#00afff;">第１波　紀元前13世紀　出エジプト　縄文時代・日高見国・スサノオ</span></p><p><span style="color:#00afff;">第２波　紀元前722年以降　アッシリア捕囚と失われた10支族　日本建国</span></p><p><span style="color:#00afff;">第３波　紀元前3〜2世紀　秦の始皇帝・徐福と3千人　秦氏各地に渡来<br>第４波　3〜4世紀　弓月国から秦氏2万人　応神天皇が受入れ</span></p><p><span style="color:#00afff;">第５波　431年以降　エフェソス公会議・ネストリウス派　蘇我氏</span><br>&nbsp;</p><p>☆<font color="#000000">本書の骨子ともいうべき内容だが、個人的に疑問に思う箇所も多い。よって当面は「仮説」として保留しておこうと思う。</font></p><p><br>（続く）<br><br>(2023年10月24日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12822832622.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Oct 2023 12:48:06 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】016  人類史上初、宇宙平和への野望</title>
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<![CDATA[ <p>以前<a href="https://ameblo.jp/ytak81/entry-12819304706.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">この記事</a>で取り上げた『スピリチュアル系国連職員、吠える』の著者である萩原孝一氏が、同書を出版して5年後に別の出版社から出版した本を、今回は取り上げてみる。<br><br>「宇宙平和への野望」と言うタイトルには少々男性的な波動が見え隠れして今ひとつ好きになれないのだが、中身は数多の卓見に溢れていた。ここではその一部だけでも紹介しようと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>＜副題＞スピリチュアル系元国連職員、再び吠える！　<br>【書名】人類史上初、宇宙平和への野望</p><p>＜副題＞あなたの幸せは、宇宙からはじまる</p><p>【著者】萩原孝一</p><p>【出版社】廣済堂出版</p><p>【出版年月日】2016年12月14日（第1刷）&nbsp;2018年4月20日（第2刷）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>&nbsp;</p><p>本書の中から、「個人的に特に心を動かされた箇所」を抜粋します。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・<u style="text-decoration:underline;">下線</u>　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・<b style="font-weight:bold;">太字</b>　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・<i style="font-style:italic;">斜体</i>　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＜プロローグ＞</p><p>(p.5)<span style="color:#00afff;">決定的な「教え」は次のようなものです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#00afff;">人生に目的などなくてもよい。もともとそんなものはないのだ。でもそれだとちょっと生きづらいとか、目標を定めにくいのであれば、あえて言う。人生の目的は「愉しむこと」である。</span></p><p><u style="text-decoration:underline;"><span style="color:#00afff;">愉しむことだけが唯一の目的でありルールである。</span></u></p><p><span style="color:#00afff;">愉しくないことをしていると感知したら、即座にイエローカード、レッドカードを出せ。「落ち込み」なんぞは三秒で十分である。ほとんどの問題は、金か時間か考え方が解決してくれる。今は苦しいけれど、きっと何年後には笑い話になるときがくる。それがわかっているのであれば、何年も待つ必要はない。</span></p><p><span style="color:#00afff;">笑うのは今である。常に「今」と「ここ」に生きよ。</span></p><p><br>☆著者がウイーン滞在中に（宇宙の何処かから）聞いた「声」だとか。声の主は著者の守護霊だろうか。それにしても素晴らしいアドバイス。この本の冒頭に、一番大事な事が書かれていると感じる。このまま貼り紙に書き出して、頻繁に読み返したいほどだ。<br>　</p><p>(p.45)<span style="color:#00afff;">胎内記憶研究で知られる池川明先生は、私たちが生まれてくるのは「自分の人生のテーマを追求し多くの人の役に立つため」と結論づけています。</span><br><br>☆そうか、そんな見解もあるのだな。言われてみると素直にうなずける。なんだか自分の心の奥を読みとられている気がするほどだ。この一節も、上記の貼り紙の片隅に書いておこうかな。<br><br>&nbsp;</p><p>(p.9)<span style="color:#00afff;">日本人、中国人、アメリカ人のような「どこかの国に属している人」という考えを改め、「地球人」という発想が必要です・・・。</span></p><p><span style="color:#00afff;">地球人だって、もともとどこか別の星からきたのでしょうから、この瞬間、日本にいる人間はさしづめ「在日宇宙人」と称されるべきです。</span></p><p><br>☆<span style="color:#00afff;">「在日宇宙人」</span>は、はせくらみゆきさんだけの肩書と思っていました（笑）。そうではなくて、私たちの大多数（もしかしたら土着の地球人がいらっしゃるかもしれないので、あえて全員とは言いませんが）が、「在日宇宙人」なのですね（ということは俺も「在日宇宙人」の可能性が高いということか）。<br>　<br>　</p><p>(p.11)<span style="color:#00afff;">スピリチュアル系のグループの多くは、いかにも<b style="font-weight:bold;">現実</b>的ではありません。一方、いかにも現実的なグループは「<b style="font-weight:bold;">心の世界</b>」を無視し過ぎです。私はこ<b style="font-weight:bold;">の二つを有機的に融合する</b>ことを試みようとしているのです。</span></p><p><br>☆著者のスタンスに共感する。昔、飯田史彦氏の著書を読んで、物質世界と精神世界のバランスをとることの重要性に気づかされたことを思い出した。<br><br>　</p><p>(p.81)<span style="color:#00afff;"><b style="font-weight:bold;">人生を本当に愉しむためには「観客」でいることより、「プレイヤー」に徹すること</b>です。傍観者はつまらないのです。</span></p><p><br>☆よくわかる。端的に言えば「見る将」より「指す将」の方が、圧倒的に愉しい。苦労が多く、負けることも多いので「楽しくはない」が、「愉しい」。<br><br>&nbsp;</p><p>(p.169)<span style="color:#00afff;">犯罪に遭遇しにくい生活習慣・・・それは、<u style="text-decoration:underline;">姿勢を正して、正しい呼吸をして、笑顔でいること</u>。<br>神様から愛されるためには、いつもニコニコしていることです。それこそが、この世に存在する最高の護身術です。</span></p><p><br>☆（率直な感想を言うと）笑顔でいる時間を長くすることが、自分の課題と感じた。<br>&nbsp;</p><p>　</p><p>(p.197)<span style="color:#00afff;">とんでもない提案をします。</span><br><span style="color:#00afff;"><b style="font-weight:bold;">日本の未来の舵取りを、すべて女性に託してみてはどうか</b>、ということです（中略）<br>女性を中心に歴史が回り始めたら、美しい慈愛に満ちた地球が取り戻せるのではないか…と思うのです。</span></p><p><br>☆同感。そもそも我が国は太古の昔、瀬織津姫を筆頭にした女性主導のネットワークにより、太平の縄文文明を築いてきたと、小生は見ている。その再現こそが理想だ。</p><p><br>（2023年12月22日・・・冬至）</p>
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<pubDate>Mon, 02 Oct 2023 10:01:44 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】015　文章読本さん江</title>
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<![CDATA[ <p>「第一回小林秀雄賞受賞」という仰々しい肩書につい釣られて購入したものの、数年間「つん読」されていた本を、先月ようやく読み始め、このたび読了した。<br>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】文章読本さん江</p><p>【著者】斎藤美奈子</p><p>【出版社】筑摩書房</p><p>【出版年月日】2002年2月5日（初版第1刷）&nbsp;2004年6月5日（第8刷）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>「文章が上手に書けるようになりたい」という小生のわがままな期待にこたえる本ではなかった、というのが正直な感想（あくまでも個人的な感想です）だが、世の中の役に立つ本ではあると思った。なぜなら、「文章読本」と呼ばれる書物群がある意味、無用であることを、多くの人に悟らせる効果があるから。<br>もっとも、その表向きの記述とは裏腹に、著者は「文章読本」を深く愛しているに違いないと感じたのだが。<br>&nbsp;</p><p>本書の中から、「個人的に特に心を動かされた箇所」を抜粋します。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#0080ba;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・太字　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・斜体　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>&nbsp;</p><p>＜見出し＞</p><p>(p.56)<span style="color:#0080ba;">伝達用の文章修業のために文章入門書が数多く用意されているし、実例にも事欠かない。しようとおもえばいくらでも勉強できるのである。いまさら読本など必要はないのだ。ところが表現のための文章修業は、個人個人が自分の趣味にしたがって、自力で積み重ねていくほかはない。つまり画一的な読本があるはずがないのである。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆のっけから、「文章読本」に存在価値がないと言い切っていると理解した。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.120)<span style="color:#0080ba;">余談だが、もしもあなたが本気で「表現の文章」のプロ（フェッショナル）をめざすなら、練習なんかしている暇にさっさと斬新な作品を書いて、文学賞にでも応募すべきだろう。あるいは「伝達の文章」のプロ（レタリアート）になりたければ、さっさと履歴書を書いて、どこかの編集プロダクションにでも滑り込む算段をした方がよい。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆この「余談」が、本書で一番、読者に有益なアドバイスに思えた。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.130)<span style="color:#0080ba;">文章は努力しだいで上達するのか、それとも「才能」に左右されるのか・・・ほかの分野に置き換えれば答えはすぐ出る。練習すればだれでも野球は上手になるが、だれもがイチローにはなれない・・・文章だって同じに決まっているではないか。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆同感だ。何より大事なのは、自分が文章を書くことが好きかどうかを客観的に見極めること。好きでなければ、得意な人に任せればいいだけ。好きであれば、自然との場数をこなすなかで、技術が自然と磨かれるだけの話。よって、文章読本は不要という結論になる。<br><br>(p.250)<span style="color:#0080ba;">文章とは、いってみれば服なのだ。「文は人なり」なんていうのは役立たずで、ほんとは「文は服なり」なのである。こんなことはいまさら私がいうまでもなく、古代ローマ時代から指摘されていたことだった。</span></p><p>(p.254)<span style="color:#0080ba;">衣服（文章）は「礼の形」である前に、年齢、性別、役割、階級、地域、財力などに、じつは深く規定される・・・</span></p><p>(p.257)<span style="color:#0080ba;">作文の世界で復活させたらいいと思うのは、明治の末に五十嵐力『新文章講話』が講じたような修辞学＝レトリックである。レトリックとはおしゃれの技法だ。これぞ「文は服なり」の思想なのである。</span></p><p>(p.258)<span style="color:#0080ba;">服だもん。いつどこでどんなものを着るかは、本来、人に指図されるようなものではないのである。</span><br><br>☆結局は「自由」が答えだった。「愛は自由」という大法則に照らし合わせれば、当然の結論ではある。<br><br>（2023年9月21日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12821332919.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Sep 2023 12:00:00 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】014　環境と文明の世界史</title>
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<![CDATA[ <p>高校時代に苦手だった教科の一つが「世界史」。当時は海外のことに興味がなく、日本史に注力していた。今思えば浅はかであったと思う。世界の情勢を理解しなければ、日本の歴史を読み解くことなどできるわけがない。</p><p><br>改めて世界史を勉強し直す手がかりとして本書を購入したのは数年前のことだが、きちんと読み切れたのはつい最近のことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】<span data-sheets-formula-bar-text-style="font-size:13px;color:#000000;font-weight:bold;text-decoration:none;font-family:'Arial';font-style:normal;text-decoration-skip-ink:none;">環境と文明の世界史</span></p><p>＜副題＞人類史20万年の興亡を環境史から学ぶ</p><p>【著者】石弘之、安田喜憲、湯浅赳男</p><p>【出版社】洋泉社（新書y）</p><p>【出版年月日】2001年5月22日（初版）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>出版年が2001年とやや古いが、教科書の代わりと思えばさほど気にならないだろう。<br>ただ学校の教科書と異なるのは、細かい出来事ではなくマクロな動向を俯瞰する視点で、それぞれの時代を見ていること。このような視点は、大いに参考になる。<br><br>また、学校の教科書なら到底書かれない、著者の個人的な意見が本書では明確に表現されている箇所は、読み応えがあった。<br>本書では特に、環境考古学がご専門の安田喜憲氏の知見に触発された。</p><p>&nbsp;</p><p>本書の中から、「個人的に特に心を動かされた箇所」を抜粋します。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#0080ba;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・<span style="text-decoration:underline;">下線</span>　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・<span style="font-weight:bold;">太字</span>　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・<span style="font-style:italic;">斜体</span>　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>(p.41)<span style="color:#0080ba;">安田：現代型新人とネアンデルタール人を比べたときに、どこが違うかというと、ネアンデルタール人はすごく有能な狩人だったわけです・・・彼らは必要以上に動物を殺していない。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">ところが、現代型新人は、自分たちの食糧に必要な量以上の狩りをしているわけです。<u style="text-decoration:underline;">我々現代型新人の遺伝子の中には、今までの人類にはなかった、非常に強い欲望の因子が存在するのではないか。</u></span><br>&nbsp;</p><p>☆気になる指摘だ。現代の様々な混乱の大元も、ここに起因するかもしれない。<br>&nbsp;</p><p>(p.97)<span style="color:#0080ba;">安田：もともと長江文明をつくった人々の中には、太陽や鳥を神様とするような信仰があります・・・それが漢民族の拡大によって、移動せざるをえなかった。<br>（中略）<u style="text-decoration:underline;">九州に長江流域の人々がやってきて</u>、<i style="font-style:italic;">彼らは天つ神系の人々になり、縄文時代以来の神話体系をもった先住の人々が国つ神系になった</i>のではないかと考えています。</span><br>(p.98)<font color="#0080ba">石：神社の鳥居は、長江系の名残でしょうか？</font><br><span style="color:#0080ba;">安田：鳥居と同じものは、雲南省の少数民族にたくさんある。</span><br><font color="#0080ba">石：</font><span style="color:#0080ba;">鳥居の上に、彫刻した鳥が止まっていますね。</span><br><span style="color:#0080ba;">安田：その鳥信仰がやってくるのが弥生時代なんです。弥生時代の集落の前に鳥潟の木製品が立ててある。大阪の池上遺跡など弥生期の多くの遺跡から見つかっています。<u style="text-decoration:underline;">太陽信仰は縄文時代からありますが、アマテラスは弥生系です</u>。<br>ですから、ユーラシア大陸の民族大移動は、日本列島の文化にも大変大きな影響を与え、縄文文化を崩壊させて新しい弥生社会を生み出す原動力になった。ただ正確にいうと、僕は「縄文が弥生を取り込んだ」と思っています・・・もともと長江文明は稲作と漁撈を生業の基本としていましたから、家畜は持ってこなかった。<br>今までの通説では、弥生文化の始まりは朝鮮半島経由で、大量の人々が列島にやってきたということだった。そうであれば、当然家畜をもってきたであろうし、鉄器を大量にもってきたでしょう。実態はそうではなかった。<u style="text-decoration:underline;">弥生文化の基本をつくった人は長江の越人であった可能性が高い</u>。</span><br>&nbsp;</p><p>☆「長江文明」はあまり知られていないが、安田氏の研究などで最近明らかになったもので、これが日本にも影響しているという見解は、本書で初めて知った。本書を読む限り、かなりの説得力がある。</p><p>ただ、長江人がいわゆる「天つ神」となったという説は、疑問だ。「天つ神」は別の種類の渡来人である可能性もあると思うからだ。<br>&nbsp;</p><p>(p.137)<span style="color:#0080ba;">安田：なぜ地中海世界では多神教の世界が消滅して一神教の世界が誕生したのか？・・・森がなくなったこと・・・今でも日本で、なぜ八百万の神々が生きているのかというと、それは森があるからなんです。（中略）</span><br><font color="#0080ba">石：</font><span style="color:#0080ba;">・・・</span><font color="#0080ba">生活実感でいうと、木がなくなると単一神になることはわかる気がします。つまり、<u style="text-decoration:underline;">木がたくさんあるということは、「隠れ家」がいっぱいあって、あっちこっちに人間の視覚の届かない世界がたくさんあるわけです</u>よ。その世界に怪しい神様が住んでいてもかまわないわけです。</font></p><p>&nbsp;</p><p>☆多神教の背景が森の存在だとは、目から鱗だ。<br>&nbsp;</p><p>(p.156)<span style="color:#0080ba;">安田：<u style="text-decoration:underline;">家督の民がつくった文明が、現在の世界を支配している</u>・・・たとえば遺伝子操作やクローン技術は、全部ヨーロッパ文明＝家畜の民が生み出した技術革新です。（中略）<br>湯浅：・・・遺伝子操作にはアジアの醸造系統のものと動物の遺伝子操作と二つある。<b style="font-weight:bold;">問題は優生学で突出した後者</b>です・・・ある不吉な予感をもっています。（中略）</span><br><font color="#0080ba">石：臓器移植の、その思想ですよね。</font><span style="color:#0080ba;">（中略）<br>安田：まさに西洋が動物の遺伝子工学で、東洋が植物の遺伝子工学を発展させた。なぜ日本で植物の遺伝子工学が発展したかというと、日本列島人が森の民であり、森の文化をもっていることと深く関わっているのではないかと思います。</span></p><p><font color="#0080ba">石：</font><span style="color:#0080ba;"><u style="text-decoration:underline;">「動物文明」対「植物文明」</u>ですね。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆家畜の民の伝統が極まったのが、現代の臓器移植やクローン技術といった優生学。そこには不吉な予感しかないというところに深く共感する。日本は今のまま、植物文明を育てていこう。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.256)<span style="color:#0080ba;">安田：次にやってくる環境革命を想定したときに、もちろん・・・技術革新も必要ですが、それだけでは駄目だと思う。そこには欲望のコントロールが必要です。（中略）<br>環境革命は・・・欲望を否定しなければならない・・・どうしても心の問題と不可分の関係があるような気がします。</span></p><p>(p.260)<span style="color:#0080ba;">安田：古代の森のように、自分が森の中から自分以外の存在に見つめられているという感覚（畏れ）を、近代の人間は失ってしまったわけです・・・畏敬の念があるかないかということが、欲望をコントロールする上で大きな役割を果たすと思います。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆欲望って、普段「エゴ」とか「自我」とかよんでいるものだと思う。そうしたものが暴走するとトラブルが起きることは、日常生活でもよく見かけることだ。わたしたちは 「エゴ」を自らコントロールできるだろうか？個人的には、自我を超越した神の視点に立つワークを時々行っているのだが、これを忘れずに続けていく必要があると感じる。<br><br>（2023年9月20日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12637749076.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Sep 2023 11:02:01 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】012 　スピリチュアル系国連職員、吠える！　</title>
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<![CDATA[ <p>今回紹介する本は、異色だ。<br>なぜなら、この本はある方から「ぜひ読んでみて」と寄贈された本だったから。最初は正直、読む気がしなくて、寄贈されてから半年ほど「つん読」状態だった。<br>　<br>ある日、一念発起して読み始めたところ、著者のユニークな人柄がだんだんとわかってきて面白くなり、最後まで読み進めることができた。<br>本書は著者の自叙伝と言ってもいい。<br>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】スピリチュアル系国連職員、吠える！</p><p>＜副題＞ざまあみやがれ、今日も生きている</p><p>【著者】萩原孝一</p><p>【出版社】たま出版</p><p>【出版年月日】2011年12月12日（初版第1刷）&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>先に結論めいたことを書いておくと、「著者はミスター魚座だ」と感じた。<br><br>実は小生、2年ほど前から西洋占星術（硬い言葉なので、以下は「星読み」と言い換えるが）を勉強するオンラインのグループに参加している。星読みの世界は広大で、ほんの一端を垣間見ているに過ぎない現状だが、それでも人を理解する上で重要な手がかりになっている。<br>このグループで、12の星座を一つづつテーマに取り上げて研究したことがあった。Zoom会を開いて、参加者がその星座の人について感想を表明したり、その星座の人自身にあれこれ質問したりした。毎回、星座によって、雰囲気が全く異なるのが面白かった。</p><p><br>魚座の回も独特だった。話題は多岐に渡り、脱線に次ぐ脱線で話が弾んだ<span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, sans-serif;">。<br>その中で参加者の誰しもが気づいたことがあった。魚座の方は、</span>目に見えない世界を「日常的なごく普通の世界」とみなしているのである。スピリチュアルなノウハウをどうやって実践しようかと大袈裟に考えがちな山羊座の小生とは対照的に、肩に力が入っていない。<br>&nbsp;</p><p>実は本書も、この回の雰囲気を彷彿とさせるものなのだ。</p><p>全編、話題満載で、「こんなことまで拾って来るとは」と驚かされるような細かいエピソードが盛り込まれている。その中に、目に見えない世界のノウハウを当たり前のように習慣的に実践していることが、いくつかさりげなく触れられている<span style="font-family: -apple-system, BlinkMacSystemFont, sans-serif;">。</span></p><p>　</p><p>以下に、本書の中で「個人的に特に心を動かされた箇所」を抜粋する。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・<u style="text-decoration:underline;">下線</u>　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・<b style="font-weight:bold;">太字</b>　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・<i style="font-style:italic;">斜体</i>　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＜見出し＞</p><p>(p.20)<span style="color:#00afff;">私はデジタルの世界がとても苦手です・・・私は携帯を持つことを頑なに拒否している超変わり者です。</span></p><p>☆この一節では、著者と小生との「共通する部分」「異なる部分」がはっきりと見い出せる。<br>俺も携帯を持つことを拒否している（変わり者かな？）ので、この点は著者と同意見。<br>ただ、自分はデジタルの世界が苦手というわけではなく、むしろパソコンなどの機器を使いこなしたいと思っている。この点は、著者と明らかに異なると感じた。<br><br>(p.40)<span style="color:#00afff;">これこそ（パチンコ）必勝法の極意です。すでに完了形で、勝ち続けているモードをつくるのです・・・完了形で今自分がどれだけ幸せであるかを明確に察知し、それにまず感謝をすることからすべてが始まるのです。</span><br>☆パチンコという俗な世界まで、スピリチュアルの基本を持ち込んで日常的に実践しているのが、いかにも「魚座」らしい。<br><br>(p.43)<span style="color:#00afff;">「ありがとう」は魔法の言葉とか奇跡の言葉とか呼ばれていますが、まさにそのとおりです。やらなければもったいない効用が間違いなくあります。</span><br>(p.44)<span style="color:#00afff;">最近は一日に一万回くらいは「ありがとう」を唱えることにしています。</span><br>(p.45)<span style="color:#00afff;">最近流行の『ホ・オポノポノ』・・・など全部この類です・・・始めてしまえば、これほど「費用対効果」の高い生活習慣はないのです。何しろ元手がいらないのですから。</span><br>☆世間ではこの手のノウハウを馬鹿にする人が多数派なのに、著者は確信を持って実践し続けているのが素晴らしい。<br>&nbsp;</p><p>(p.52)<span style="color:#00afff;">私の幼稚園時代は悲惨の一言に尽きます。三月生まれの早生まれのためか、運動や知能ではハッキリ他の園児から遅れをとっていました。</span></p><p>☆三月生まれとのことなので、「魚座」の可能性が高いと見た。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.88)<span style="color:#00afff;">私の中では「一生懸命」と「がんばる」には明確な違いがあります。日本人が好きな「がんばリズム」に私は美しさを感じることができません。人生はしょせん愉しく生きることが目的なのですから。</span></p><p>☆肩に力が抜けている感じが、いっそう魚座らしい、と感じた。<br>&nbsp;</p><p>(p.125)<span style="color:#00afff;">私がかみさんに惚れた決定的な瞬間をはっきり覚えています・・・彼女は「祈り」について諭すように私に語りかけてきたのです、曰く、祈りは自分のためにするものではなく、人のためにするもの。人のためにお願いすることはあっても、自分のためには感謝の祈りでなければならないことを、とつとつと話すのです。この祈りは、私が人生の戒めとするところ・・・</span></p><p>☆こんないい話を、身近な人から受け取れるところに、魚座らしさを感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.145)<span style="color:#00afff;">あいにくと群れることを良しとしない性格ですので、普通のサラリーマンのようにチームワークを求められる仕事には全く向かないのかもしれません。</span></p><p>☆俺も同類かもしれない。<br>&nbsp;</p><p>(p.162)<span style="color:#00afff;">国連にはいろいろと粋なプログラムがあります。（中略）<br>そのクラスで体得し、現在に最もつながっているのは「呼吸法」です。</span></p><p>☆肉体を整える上で、最も簡単な方法の一つなのだろう。瞑想の準備段階でも欠かせないので、瞑想を実践している時期は、自然と深呼吸ができているのだが、サボっている時は疎かになってしまう。職場でもちょっとした時間に実行できる深呼吸を、もっと頻繁に行いたいものだ。<br>&nbsp;</p><p>(p.195)<span style="color:#00afff;">1998年の1月5日、『神との対話』が向こうからやってきた。</span></p><p>☆「やってきた」って常識的には不思議な表現だが、昔、津留晃一氏も似たようなことを書かれていた。曰く「<span style="color:#00afff;">『神との対話』という本が、できてしまった</span>」と。これからは「できてくる」「やってくる」のが当たり前の世の中になるのかもしれない。<br>ちなみに小生は、2018年の1月6日に「ザ・ギフト」がやってきた。<br>&nbsp;</p><p>(p.198)<span style="color:#00afff;">無邪気に「私は『愛』を選択します」と高らかに自分自身に宣言をしてしまうことです（中略）<br>つまるところ「愛」を選択しさえすればすべてはうまくいくのです・・・これは「究極の真実」です。</span></p><p>☆このことを「ザ・ギフト」という教材でじっくり学んだことで、自分の人生が穏やかに幸せになったと感じている。<br>&nbsp;</p><p>(p.225)<span style="color:#00afff;">私が死んだ後に引き取り手が迷惑するものは全部始末しました。</span><br>☆断捨離が一向に進まない小生にとって、なんとも耳の痛いお話。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.227)<span style="color:#00afff;">心身ともに若く保つために、年齢の枠を超えた一見馬鹿げたことや子どもじみたことを考えたり実行したりすることは、とても効果的です。少年・少女の心を持つことです。</span></p><p>☆童心に戻ることで、現代の閉塞感から抜け出すきっかけが見つかるかもしれない。<br>&nbsp;</p><p>(p.256)<span style="color:#00afff;">もし世の中に一つだけ「生きる極意」があるとすれば、それは永遠の「今」と「ここ」に生きることでしょう。</span></p><p>☆行うのは簡単ではないが、極めると、ここに行き着く。<br>&nbsp;</p><p>(p.260)<span style="color:#00afff;">最近の生活習慣として、1日の終わりにはその日起こった良いと思えることも悪いと思えることも、取りあえず完了することにしています。</span></p><p>☆これに似た手法を、小生もある方から教わったことはある。「グレールメール」と称して半年間続けたが、諸事情で挫折したのが残念だった。今思えば、続けた方が良い習慣ではある。<br><br>（2023年9月17日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12819304706.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Sep 2023 10:46:23 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】013 　死後の世界を突きとめた量子力学</title>
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<![CDATA[ <p id="link-e5ce4e4f-dd52-4a50-a376-65ade1b3bdf7">今晩は月に２回のお祈りの日。小生のメンターさんが呼びかけて、日本中のお仲間たちが同じ時間にお祈りをする日である。<br>そんなお祈りを控えて、今日は祈り方について書かれていた本から、要点を書き出してみる。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】死後の世界を突きとめた量子力学</p><p>【著者】コンノケンイチ</p><p>【出版社】徳間書店（五次元文庫）</p><p>【出版年月日】2010年11月30日（初刷）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#0080ba;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・太字　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・斜体　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>(p.271〜271)<span style="color:#0080ba;">私が実践している祈りの要点も述べておこう。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">まず基本的なことだが、<u style="text-decoration:underline;">祈りのパワーの存在を素直に信じる</u>ことが肝要である・・・</span></p><p><span style="color:#0080ba;">すぐには直接的な効果は起きないだろうが、疲れた頭が洗われたように冴えるだけでも充分で、一日に一回ぐらい自分自身を見つめ直すだけでも良いことと思う。私の体験では、具体的な超常効果が起こってくることも確かである。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">・・・私は次の点を心がけている。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">●<u style="text-decoration:underline;">今という瞬間が、もっとも幸せと思って神に感謝する</u>。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">（中略）<br>●<u style="text-decoration:underline;">過去を思い煩うな</u><b style="font-weight:bold;">！</b><br>・・・量子力学の結論は・・・過去は自分の意識が創り出した幻で実在しなかったというのである・・・<br>だから今という瞬間を直視して、来たるべき未来への希望を至高の存在へ向けて全託すべきである。</span></p><p><span style="color:#0080ba;">●自分の意識が「世界を創造する」<br>・・・<u style="text-decoration:underline;">「自分の意識が世界を創造している」ぐらいの大きな気持ちを持って</u>祈れという意味である・・・<br>●<u style="text-decoration:underline;">死後の世界を信じる</u>こと。<br>・・・「この世」を去った親しき人の面影を、脳裏に描いて語りかける。すると向こうでも何かを語りかけてくるし、霊界の実在を心から信じられるようになる。<br>●<u style="text-decoration:underline;">「閃き」は神のささやき</u>である。<br>・・・以上をご参考にしていただければ「祈り」の効果も増幅され、皆さんの運命も必ず好転すると思う。</span><br>&nbsp;</p><p>☆スピリチュアルの基本法則をサクッとおさらいした気分だ。<br>本書の価値は、そのような法則が<u style="text-decoration:underline;">「量子力学」によって裏付けられている</u>ことを示したことにあると感じた。<br><br>（2023年8月16日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12816502447.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Aug 2023 16:47:01 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】011 　ありのままで生きる</title>
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<![CDATA[ <p id="link-e5ce4e4f-dd52-4a50-a376-65ade1b3bdf7">どうやら自分にも、ちょっとした直感力があったようだ。<br><a href="https://ameblo.jp/ytak81/entry-12721378108.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">前回の投稿</a>でご紹介した本を借りるために立ち寄った最寄りの公共図書館でたまたま目にして、ふと読みたくなった本があった。</p><p>よくわからないまま一緒に借りてきたのだが、開いたところ、やはり今の自分に必要な情報が書かれていたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】ありのままで生きる<br>【副題】天と人をつなぐ法則</p><p>【著者】矢作直樹・保江邦夫</p><p>【出版社】マキノ出版</p><p>【出版年月日】2014年10月20日（初版第1刷）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>本当は自分の心の中に秘めておいた方が良いのかもしれないのだが、早晩返さないといけない本なので、今回もメモを残すことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・<span style="text-decoration:underline;">下線</span>　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・<span style="font-weight:bold;">太字</span>　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・<span style="font-style:italic;">斜体</span>　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>(p.32)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：霊と魂は同じもので、肉体をまとっている（生きている）ものを魂、肉体を脱ぎ去った（他界した）ものを霊と呼ぶ</span></span></p><p>☆本書の中で保江氏も言及されているとおり、魂と霊について、これほど明快な説明はない。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.47)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：あの世というのは多次元なものですから、そもそもこの世界の言葉ではひとくちに語りにくい・・・私たちが生きている<span style="text-decoration:underline;">この世は、三次元の世界ですが、あの世は、四次元、五次元‥と、複数の次元からなっている</span>ようです。<br>　人は三次元のこの世で生き、肉体が死を迎えると、あの世に帰っていくわけですが、このとき、この世界での生き方により、各々の霊の波動に合った次元に行くと考えています。<br>　こうして、<span style="text-decoration:underline;">この世とあの世を行ったり来たりをくり返しながら、この世でよりよき人生を生きることによって、霊の格が上がっていく</span>と考えると、わかりやすいかもしれません。</span></span></p><p>☆私たちが理解するべき最重要な「神仕組み」だと思う。この知識がこの世の民の常識になるだけでも、現実をより良くするのに大きな力となりそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.68)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：エネルギー・ヒーリング・・・は・・・自然界に存在する多様なエネルギーとつながり、そのエネルギーを利用して、自分自身や他者を癒す手段です。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">　エネルギー・ヒーリングは、用いられるエネルギーによって、スピリチュアル・ヒーリング、サイキック・ヒーリング、マグネティック・ヒーリングの三つに分類されています。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">　スピリチュアル・ヒーリングは・・・ヒーラーが高次元のエネルギーの通路となり、そのエネルギーを患者さんに与えて治療を行うものです。サイキック・ヒーリングは、呼吸法などを通じて、身の回りのエネルギー（気）を施術者がいったん体に取り入れて行う施術です。ハンド。ヒーリングもここに含められ・・・靈気（レイキ）などもこれに当たります・・・マグネティック・ヒーリングは、施術者自身の力により、直接、人の体に施術することで・・・あんまや鍼灸がこれに相当します。</span></span></p><p>☆&nbsp;<span style="color:#000000;">スピリチュアル・ヒーリングとサイキック・ヒーリングって、そういう違いがあるんだ。初めて知りました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>(p.85)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：スピリチュアル・ヒーリングは、イヌとかネコといった動物によく効くようです。</span></span></p><p>☆この話、自分も知人から聞いたことがある。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.93)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：ヒーリングの能力の発現は、およそ、三つくらいのパターンに分けられると思います。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">一つは、生まれつき持っている人。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">一つは、もともと素養があったが、修行することで、その素養を伸ばした人。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">一つは、精神的肉体的に大きなストレスを受けた結果、能力が生じてしまう人。</span></span></p><p>☆果たして自分に<span style="color:#000000;"><span style="font-weight:bold;">ヒーリングの</span></span>素養があるのかな？</p><p>（幸いにも、<span style="color:#000000;"><span style="font-weight:bold;">ヒーリングの</span></span>素養のある知人がいるので、なくても問題はないのだが）</p><p>&nbsp;</p><p>(p.126)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">保江：頭で考えて、「愛そう」と思っている間は、まだまだ「愛する」という状態とはほど遠い・・・「愛そう」とかみじんも思わず、ただ、目の前に衰弱してケガをしている人の傷口にウジが見えたとき、とっさに手が動いて、指でつまみ出している。この行為の中にこそ愛があるからです。</span></span></p><p>☆残念ながら簡単にできることではないが、この話、「<a href="https://www.youtube.com/watch?v=0NJKkByoFfc" rel="noopener noreferrer" target="_blank">トイレ掃除は素手でやる</a>」という修行を思い出した。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.163)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">保江：祝詞を奏えて・・・神様が降りてくるのは、より神様に近いほう・・・だった・・・だからこそ・・・自堕落に生きていてはいけない・・・日ごろから、清く明るく正しいきちんとした生活をして、精進潔斎を続ける必要がある。そういう人にこそ、神様が力を貸してくださる。</span></span></p><p>☆耳の痛い話。今日から自堕落な生活にサヨナラしよう。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.164)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">保江：私はかつて、キリスト教活人術の「10の教え」というものを提唱したことがありました。それは、こういうものです。</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">1損なクジを引く</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">2しもべに</span></span><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">なる</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">3自分の気持ちの中に何も留め置かない</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">4朝、目が覚めたら手を合わせる</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">5物を活かす</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">6人を見たら神様と思う</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">7人に寄りそう</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">8愛する</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">9愛されていると思い込む</span></span></p><p><span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">10あるがまま</span></span></p><p><span style="color:#000000;">☆どれも面白い。まずは、わかりやすい4から実行してみよう。</span></p><p>&nbsp;</p><p>(p.174)<span style="color:#00afff;"><span style="font-weight:bold;">矢作：大切な人を亡くしてしまったら、嘆き悲しんでいるだけではなく、亡くなった人の発する声に気づければと思います。</span></span></p><p><span style="color:#000000;">☆これまで自分のエゴが全開していた。毎朝毎晩、故人の声を聞こうと思う。</span><br><br>（2022年1月31日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12724240491.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Jan 2022 10:28:44 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】010　アナスタシア</title>
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<![CDATA[ <p>今回紹介するのは世界的なベストセラーの一つです。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】アナスタシア</p><p>【著者】ウラジーミル・メグレ</p><p>【訳者】水木綾子・岩砂晶子</p><p>【出版社】ナチュラルスピリット</p><p>【出版年月日】2012年9月23日（初版）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>この本の評判はよく聞いたことがありながら、何故か読めずにいたのですが、あるYouTube動画で紹介されていたことを確かめたくて、最寄りの図書館に幸いあった本書を借りてきました。</p><p><br>ピンポイントでの確認が目的のため、本書の全部を通して読んでいるわけではありません。</p><p>そのため今回は当方のコメントを控え、本文の中から個人的に目にとまった箇所を抜粋するに留めます。<br>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を青字で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・太字　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・斜体　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>＜抜粋1＞</p><p>（p.258）<span style="color:#00afff;">アナスタシアによれば、<span style="text-decoration:underline;">太陽は鏡のようなもの</span>らしい。太陽は、目には見えない、地球からの放射をそのまま反射する。愛や喜び、その他の明るい光の感覚を抱く人々からの放射を太陽が反射し、日光として再び地球に返し、地上のすべてのものに生命を与えるという。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　彼女はこれを裏づけるたくさんの論拠をあげたが、どれも簡単に理解できるものではなかった。「もし、地球やほかの惑星が、太陽の光の恵みを受ける一方だったら」と彼女は言った。「太陽は消えてしまうか、むらのある燃え方をして、光は一様ではなくなる。<span style="text-decoration:underline;">宇宙には一方向だけの作用は存在しないし、ありえない。すべてが相互に作用しあう</span>」</span></p><p><span style="color:#00afff;">　彼女は聖書の言葉も引用して、人から放射される光について話してくれた。「そしてこの命は人の光であった」（＊「ヨハネによる福音書」第一章四節）という聖句である。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　アナスタシアは、人の気持ちも天体で反射することによって、ある人からもうひとりの人へと伝わるのだと言った。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＜抜粋2＞</p><p>（p.267）<span style="color:#00afff;">すでに多くの人が、祈りはある特定の言葉の特定の組み合わせだと知っている。その組み合わせは、悟りの境地に至った人々が神の助けを得てつくったもの。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　闇の勢力はつねに、これらの文字の組み合わせがもたらす恩恵を活用する能力を、人間から奪い去ろうとやっきになってきた。そのために、彼らは言語を変え、新しい言葉を登場させて古い言葉を除去し、意味をゆがめてしまった。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　たとえば、<span style="text-decoration:underline;">以前はあなたがたの言語には四十七の文字があった</span>。でも今は三十三文字しかない。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＜抜粋3＞</p><p>（p.264）<span style="color:#00afff;">闇の勢力は何千年にもわたって人々に害を及ぼしてきた。そうした闇の勢力の仕掛けを、私の夢が破壊し、その仕掛けの多くを善のために働くように仕向ける。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　あなたは今はまだ、私を信じることができない。あなたがたの世界の先入観が多くの慣習や定説を脳に植え付け、理解を妨げているから。<br>　タイム・トラベルなど、あなたはありえないと思っている。でもあなたがもつ時間や距離の概念はすべて相対的なもの。時間や距離を規定するのは、意識や意志の、強弱とか濃淡といった程度や度合いであって、秒とかメートルではない。大多数の人たちの意図や感情、気持ちの純粋さの度合いが、この宇宙で人間が存在する場所と時間を決定づける。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　<span style="text-decoration:underline;"><span style="font-weight:bold;">あなたがたは占星術を信じている</span></span>し、惑星の配列についても完璧に信じていて露ほどの疑いももっていない。この信念は闇の勢力の仕掛けによってもたらされた。この信念が、平行する光の側の時間を遅くし、闇の側を先行させて大きくする機会を与えてしまった。この信念が、真実に気づき、地球に存在することの本質に目覚めることから人々を遠ざけている。</span></p><p><span style="color:#00afff;">　あなたはこのことについて、注意深く分析する必要がある。</span></p><p>&nbsp;</p><p>＜抜粋4＞</p><p>（抜粋3の続き）<font color="#00afff">考えてみて。神は人間をご自分の姿形に似せて想像された。そして人間には光と闇のいずれかを選ぶという最大の自由が与えられている。人間は魂を与えられ、目に見えるすべてのものを治める力を与えられている。<span style="text-decoration:underline;">人間は神に関してさえ、つまり、神を愛するか愛さないかについてさえ自由を与えられている。だから、ひとりの人間を、本人の意思を無視して支配することは、誰にも何にも許されていない</span>。神はご自身の愛に応える人間の愛を欲しておられるけれど、その愛は、神の似姿としての</font><span style="color: rgb(0, 175, 255);">完全で自由な人間の愛でなければならない。</span></p><p>&nbsp;</p><p>（2022年1月15日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12721378108.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Jan 2022 10:10:03 +0900</pubDate>
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<title>【本の紹介】009　聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史</title>
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<![CDATA[ <p>前回の投稿から早1年が経過してしまいました。<br>仕事が入り読書時間が極端に少なくなったことが原因ですが、ようやく落ち着いついてきたので読書生活を再開しようと思います。<br>今回紹介するのは歴史本です。あるYoutube動画で紹介されていて無性に読みたくなり、最寄りの公共図書館にあったので借りてきました。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br>【書名】聖書に隠された日本・ユダヤ封印の古代史</p><p>【著者】ラビ・マーヴィン・トケイヤー</p><p>【訳者】久保有政</p><p>【出版社】徳間書店</p><p>【出版年月日】1999年1月31日（初版）</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p><br>巷で噂されている「日ユ同祖論」の研究の軌跡がざっくりとまとめられていて参考になります。</p><p>（もしかしたら皇室にもユダヤ人の血が混ざっているのかもしれないと想像させられる記述もありますが、流石にそこまで踏み込んで書いた箇所はありませんでした）<br><br>例によって、本文の中から個人的に気になった箇所を抜粋してコメントしていきます。<br>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>※以下の記述では、本からの引用箇所を<span style="color:#00afff;">青字</span>で示します。</p><p>※下線や太字や斜体は、当方が書き加えました。</p><p>・・下線　；注意深くゆっくりと読んで欲しい箇所</p><p>・・太字　；キーワード（共感する箇所）</p><p>・・斜体　；（あくまで当方の偏見ですが）首を傾げる箇所</p><p>※引用箇所についての小生の感想を、直後に記載しました（☆印から始まる記述）。</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>&nbsp;</p><p>(p.11)<span style="color:#00afff;">私は初めて日本の<span style="text-decoration:underline;">カタカナ</span>を見たとき、「これ<span style="text-decoration:underline;">はどうもヘブル（ヘブライ）文字に似ているな</span>」と思った。とくに「コ」「カ」「ハ」「フ」などはよく似ている。文字の形も発音もそっくりである。</span></p><p>(p.109-110)<span style="color:#00afff;">スコットランドの実業家でノーマン・マクレオドという人が...1875年に..『日本古代史の縮図』という英語の本を.出版した...マクレオドはその中で...<span style="text-decoration:underline;">カタカナは</span>、1868年にイスラエルの死海東岸から見つかった<span style="text-decoration:underline;">モアブ石の文字と、多くの点で似通っている</span>とも述べている。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆カタカナ発生のルーツについて、従来の説に釈然としないものを感じていただけに、ユダヤ（＝ヘブル）起源という説は聞き捨てならないと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.124)<span style="color:#00afff;">ヨセフ・アイゼルバーグは...<span style="text-decoration:underline;">日本語の「ひい、ふう、みい・・・」はヘブル語である</span>と主張している。</span></p><p>(p.126)<span style="color:#00afff;"><span style="text-decoration:underline;">ヘ</span>ブル語では.「</span><span style="color:#00afff;">ひぁ、ふぁ、み、よっ、つぃぁ、ま、なーね、やぁ、かへな、たうぉ」となり...意訳すれば「誰がその美しいかた（女神）を連れ出すのでしょう。彼女が出て来るために、誘いにいかなる言葉をかけるのでしょう」..つまり、<span style="text-decoration:underline;">コヤネが女神アマテラスを岩屋戸から出そうとした言葉として、ピッタリ当てはまっている</span>のである。</span></p><p>(p.128)<span style="color:#00afff;">いつしか日本人は、神話とこうした言い方との関係を忘れ、ただ数をかぞえるときの言葉としてこれらを用いるようになった。これは古代の日本にヘブル語を解する人々がいた証拠だと、アイゼルバーグは考えたのである。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆長年疑問に思っていた「ひ、ふ、み・・・」という言い方の語源が、ヘブル語と聞いて驚いた。他に有力な説を聞かないので、この説が正しい可能性は高いと感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.151)<span style="color:#00afff;">藤沢親雄</span><span style="color:#000000;">（チカオ）</span><span style="color:#00afff;">博士は、正統派神道の信奉者であり九州帝大教授であったが、日本の三種の神器の起源は古代イスラエル宗教にあると信じていた。ほかにも神道の学者で、日本の三種の神器はイスラエル起源と考える人は少なくない。</span></p><p>(p.152)<span style="color:#00afff;">ある人は...<span style="text-decoration:underline;">勾玉の形...はヘブル語アルファベットの一つであるヨッド</span>（</span><a href="http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E3%83%98%E3%83%96%E3%83%AB%E8%AA%9E%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E4%B8%80%E8%A6%A7" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><span style="color:#000000;">註：ヨード</span></a><span style="color:#00afff;">）<span style="text-decoration:underline;">そっくりである</span>ことを指摘している...これは神の御名ヤハウェの頭文字でもある。</span></p><p>(p.241)<span style="color:#00afff;">言霊学では、「ヤ」の音は神聖視されていると聞いた。実際、「ヤマト」「ヤサカ」「ヤタ」「ヤシロ」などの聖なる言葉に、「ヤ」の音が含まれている。</span></p><p><span style="color:#00afff;">ユダヤ教でもこの音は神聖視されている。それは聖書の教える神の御名（ヤハウェ）の短縮形だからである。</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆三種の神器のルーツがイスラエル起源であるかどうかは、現時点では不明としか言えないが、勾玉が神器となった理由を「ヤハウェの象徴」と見るのは面白いと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.218)<span style="color:#00afff;">かつて古代の日本には、神道派と仏教派との間に壮絶な権力争いがあった。</span></p><p><span style="color:#00afff;">いわゆる物部氏（神道派）と蘇我氏（仏教派）との争いである。一時、仏教派が権力をにぎったが...西暦645年の「大化の改新」のときに、神道派が復権した。</span></p><p>(p.272)<span style="color:#00afff;"><span style="text-decoration:underline;">西暦645年に日本では多くの大切な古文書、古記録を収めていた朝廷図書館が焼かれて、焼失してしまう、という非常に残念な出来事が起こった。</span></span></p><p><font color="#00afff">仏教派の蘇我氏が朝廷の大切な図書館に火を放ったのである。</font></p><p><font color="#00afff">日本において現存で最古といわれる書物...古事記でさえ、この図書館</font><span style="color:#00afff;">焼失</span><font color="#00afff">の67年後の712年になって、ようやく書かれたものに過ぎない。つまり、古事記以前に、たくさんの古記録、古文書が日本に存在していたのである。</font></p><p>&nbsp;</p><p>☆古代の日本史がよくわからない理由は、この焚書が原因だったのだ。古代日本史を探究する際の最も基本的な情報として、皆が知っておかねばならない、と感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>(p.244)<span style="color:#00afff;"><span style="text-decoration:underline;">景教とよばれるキリスト教の一派</span>は、もともと中近東で生まれた。東方に広がり、かつて唐の時代の中国（7〜10世紀）でも大流行し、その後もアジアにおいて大きな影響を与えた宗教である。</span><br>(p.263)<span style="color:#00afff;">紀元後に日本列島に来た人々の中で、秦氏は、最も人口の多い渡来人であった。</span></p><p>(p.264)<span style="color: rgb(0, 175, 255);">秦氏はもともと、中央アジアに位置する弓月国の人々だったと言われている。ここは景教徒の一大拠点であった。</span></p><p><span style="color: rgb(0, 175, 255);">最も人口の多い渡来人であった。</span></p><p>(p.248)<span style="color: rgb(0, 175, 255);">広隆寺（別名・秦公寺）...も秦氏の寺である。江戸後期の儒学者・太田錦城はこの寺について、</span></p><p><span style="color: rgb(0, 175, 255);">「寺という名はついているが、仏教の寺ではない。景教の寺である」</span></p><p><span style="color: rgb(0, 175, 255);">との言葉を残している。</span></p><p>(p.264)<span style="color: rgb(0, 175, 255);">広隆寺には、有名な「弥勒菩薩像」が置かれている。なぜ、仏教の弥勒像が秦氏の寺にあるのか。</span></p><p><font color="#00afff">じつは「ミロク」（</font><span style="color: rgb(0, 175, 255);">弥勒</span><font color="#00afff">）思想というのは...キリスト教やユダヤ教の「メシヤ」思想がインドに入って生まれたものである。ゴードン女史は、「メシヤ」思想がインドに入って「マイトレーヤ」となり、それが中国に入って「ミレフ」となり、日本で「ミロク」となったと述べている。</font><br><br>☆景教という名のキリスト教が、すでに古代の日本に入ってきていることは、確実と言ってよい。<span style="text-decoration:underline;">フランシスコ＝ザビエルが持ち込んだ時よりずっと前に、キリスト教は日本に浸透していた。</span>このことは、もっと多くの人に共有されていいと思う。<br>&nbsp;</p><p>(p.253)<span style="color:#00afff;">日本に、「キリストの幕屋」の名で呼ばれるキリスト教のグループがある...その創設者・手島郁郎は、私が日本に来て最初に話をした日本人であった。</span></p><p>(p.254)<font color="#00afff">手島は...こう書いている。</font></p><p><font color="#00afff">「</font><span style="color:#00afff;"><span style="text-decoration:underline;">静岡県浜名湖の奥山、半僧坊の本尊はユダヤ人景教僧アキバだ</span>とも言われている」</span></p><p>&nbsp;</p><p>☆地元に近いところにある名刹の由緒を知らずにいた。この機会に詳しく調べてみたい。</p><p>&nbsp;</p><p>（2021年12月10日）</p>
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<link>https://ameblo.jp/ytak81/entry-12714706094.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Dec 2021 12:09:06 +0900</pubDate>
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