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<title>GO SLOW-愛する息子は自閉症スペクトラム-</title>
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<description>見た目じゃわからない。だからこその悩みや苦しみがある。重度でない。けど。定形発達でもない。そんな息子をもつママのブログ</description>
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<title>支援級を選んだ理由。</title>
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<![CDATA[ <div><br></div>ゆう、1年生になりました。<div><br></div><div>迷って 迷って 迷って</div><div>“支援級”を選択しました。</div><div><br></div><div>｢支援級に入れようと思っているんです。｣</div><div>と、入学する8ヶ月前に小学校に問い合わせました。</div><div><br></div><div>小学校の見学はもちろん。</div><div>ゆうの保育園からは誰も同じ小学校に行く子はいなかったので、少しでもゆうを知ってもらえるように…と、小学校に隣接している公立の幼稚園の未就学児用のイベントにお願いして何度か参加しました。</div><div>何度も通学路を歩く練習をしました。</div><div>“普通学級”にこだわっていたわけではないけれど、“支援級にいた”というのはズット消えない事実。</div><div>“支援級”が悪いなんて思っていないけれど、少なからずとも偏見の目でみる人がいる。理解がない人がいる。&nbsp;</div><div>それも事実。</div><div>それを背負うにはまだ勇気が足りず、中学生になったら…？高校生になったら…？と、悩んでも仕方がない先の先のことまで悩んで市役所に何度も問い合わせまでして。何度も就学相談にも参加して。講習まで受けて（笑）</div><div><br></div><div>なんて迷惑で心配症な親なんだって思われてるんだろうなー。なんて思ったりして。</div><div><br></div><div>で、出した結果が“支援級”</div><div><br></div><div>校長先生にね、｢普通はとりあえず普通学級に入れて、それから様子をみて問題が起きてから支援級を検討するんですが、何故初めから支援級を選択したんですか？｣と、聞かれました。</div><div><br></div><div>私が支援級を選択した理由は“先の未来”をみていたから。</div><div><br></div><div>もちろん療育の先生に相談したら｢支援級で。｣と、即答されたってのもあるんだけど（笑）</div><div>初めての事ばっかの世界で無理させるよりも、“始めが肝心”。</div><div>しなくていい無理をさせるよりも、しっかりとサポートを受け、普通学級に移行できる力を身につけてあげたい。それが1番の理由でした。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-12038142986.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jun 2015 21:11:39 +0900</pubDate>
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<title>久々の更新</title>
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<![CDATA[ ゆぅ、小学生になりました(^^)<div><br></div><div>この1年間、彼なりに成長し、できることも増え、そして2人の弟のお兄ちゃんになりました。</div><div><br></div><div>ﾁｮｯﾄ大変な小学校生活。</div><div>“今”の気持ちを書き留めておきたいので現在の日時を書きながら時々過去を振り返って更新していこうと思います(^^)</div>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-12031702465.html</link>
<pubDate>Wed, 20 May 2015 11:06:19 +0900</pubDate>
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<title>保育園生活､､２</title>
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<![CDATA[ 別メニューを出す。<br>それは“食べる為”であって仕方がないことであったが、子供達にどのように説明するかが問題に上がった。<br><br>例えばアレルギー持ちの子は<br>「私はアレルギーがあるから卵が食べれないの」といって、周りの子も“卵が食べれない病気”として捉える。<br>が、発達障害からくる偏食問題はどう説明していいのか難しいよね…と、園長先生と頭を抱えた。<br>病気ではないし、他の食材を食べる練習をするし、かといって“ワガママ”でもない。<br>では発達障害というものを説明しようとしても大人でも理解するのに時間がかかるというのに４～５歳の子が理解できるとは思えなかった。<br><br>もしも、子供達に伝えるならまず、保育者全員に知って欲しくて“ゆぅの状態”を伝える手紙を書いた。<br><br>障害がある為できないこと、障害があっても出来ることがある。<br><br>出来ないことが恥ずかしいと思わないが、出来るようになることは大事だと思っている。だから、可能な限り出来ることを増やしてあげたいと思っている。いう気持ちでいること。<br><br>甘やかしてるように見えるかもしれないが、“褒める教育”を心掛けていること。<br><br>“特別扱い”ではなく“出来ないことへのフォロー”をお願いします。と、伝えた。<br><br>結論として出たのは単純に<br>「ゆぅｸﾝは苦手なものが多いけど、頑張って練習するから皆も応援してあげてね」だった。<br><br>最初はゆぅｸﾝはなんで食べないのー？と言っていた子供達だったが「そっか！」と、納得してくれ、今では「ゆぅｸﾝ今日はカボチャ食べたいんだよ！ゆぅｸﾝ凄かったんだよ！」と、ほんの少しのカボチャを食べたことを喜び、ｱﾀｼに報告してくれるようになった。<br><br>自分たちが当たり前に食べているものをゆぅがたった一口食べただけでクラスの子全員が自ら拍手し褒めてくれる。<br>この子達の優しさに何度も救われ感謝した。<br>ありがとねって何度も何度も伝えた。<br>子供の純粋で素直な優しさに勝るものはない。
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11889330431.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Jul 2014 19:08:38 +0900</pubDate>
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<title>保育園生活､､1</title>
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<![CDATA[ <br>そして、いよいよ入園当日。<br><br>主人も休みをとっての家族四人での参加。<br>入園説明会の出来事が脳裏に浮かびｶﾅﾘ意気込んできたが、意外にも寝転がった状態だがすんなりと終わった。<br><br>家族揃っての参加で安心したのか、それとも椅子に座って静かに～と、いうよりバラバラと自由スタイルで座る緩い感じだったのが良かったのかわからないが…。<br><br>これで晴れてゆぅも保育園児となった。<br><br>保育園生活一週目も意外や意外。<br>泣くことなくクリア！<br>が、二周目から泣き叫び始める。<br>どうやら自分が置かれた状況に気がついたみたい(笑)<br>自分の子供の泣き声って何故か特別大きな声に聞こえるんだよね。<br>外の駐車場まで鳴り響く泣き声に心を痛めながらも仕事に行く日々が続いた。<br><br>しばらくの間は泣き止まらないからと、途中での呼び出しが続いた。<br><br>ゆぅ場合人を叩いたり自傷行為などのパニックはない。<br>転けても頭をぶつけてもあまり泣くこともない。<br>そういった点では大人しい方に入るんだろうが、一度泣き出すと止まらない。<br>疲れないのか？と思う程、ひたすら泣き続ける。<br><br>そんなゆぅも徐々に保育園に慣れていく。<br>不安になったときはグルグル部屋を回る時間を作ってくれて、不安解消をさせてくれたお陰か、お別れの時以外は泣くことも少なくなってきた。<br><br>そこで浮上してきたのがやはり給食の問題だ。<br>保育園の時間は長い。<br>朝８時半から夕方の６時まで。<br>そして、ゆぅは“おやつ”も食べることができなかった。<br><br>殆どが「今日はご飯を一口食べました。」という食生活。<br>唯一食べてるのは大好きな納豆ご飯と焼き魚。<br>そんな中、心配してくれた園長先生から「保育園を一日過ごす為の体力をつける為に食べれる物を中心にしてみましょう」と、提案があった。<br><br>入園時、個人的に“食べれる物リスト”を作成して提出していたのでそれを参考にしてもらい、基本的に納豆ご飯、魚、食べれる食材を入れた味噌汁＋α通常の給食をほんの少し準備してもらえるようになった。<br><br>それから数日後、納豆と魚は欠かさず食べてくれるようになったが家で食べているはずのカレーや人参をどうしても食べてくれないということで、給食の先生とも話し合いをし、家でしているカットの形や大きさ、写真を貼り付けて提出したりもした。<br><br>きっと、保育園でも想像以上だったんだと思う。<br>好んで食べるのは納豆ご飯、焼き魚、鶏の唐揚げ、味噌汁の豆腐、枝豆。<br>これだけ。<br>人参やジャガイモは口元まで持っていって２～３口食べるといい方で、ケチャップやソース、マヨネーズなどの調味料がかかったものはもちろん、ﾊﾝﾊﾟｰｸﾞなどの食材が混ざったいわゆる“調理したもの”や生野菜は一切受け付けてくれなかった。<br><br>これが感覚過敏からくるもので、私達からしたら得体のしれないものや泥を食べてるのと変わりない。脳が食べ物を食べ物だと認知していないのだと知っていたし、先生よっては「好きな物を食べればいい」という先生もいたが、“何処かできっかけを与えてあげなければ”という気持ちと、“一口食べればもしかしたら食べることが出来るものもあるかもしれない”という気持ちもあった為、あくまでゆぅの様子を見ながらだが、家でも直径1ミリ程度の大きさだが食べれないものでも“口に入れてみる”いうことをﾁｬﾚﾝｼﾞするよう心掛けた。<br><br>そして、この頃からｱﾀｼの頭の中では“小学校”という言葉がちらついていた。<br><br>文にしてみると激しく感じるゆぅだが、実際は「発達障害なんです」と、いっても「何処が？」と言われるほどで、クラスに一人はいる“ヤンチャで幼い子供”そんな感じの子だった。<br><br>だから普通に小学校に入学し、普通学級で過ごすものだと当たり前に思っていので、その為にも残りの2年間で“少しでも普通の給食を…”という焦りもあった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11883053538.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jun 2014 21:23:29 +0900</pubDate>
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<title>保育園に入るまで､､４</title>
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<![CDATA[ <br>保育園は４月からの開園予定だったが、待機児童問題もあり10人程の生徒が３月から先に入園していた。<br><br>その為、有難いことに慣らし保育とは別にその子供達との触れ合いの場を入園前に数回設けてくれた。<br><br>“触れ合いの場”といっても、一緒に遊ぶわけではなく、黙々とブロックを並べたりグルグル走り回ったりしていただけだが、泣くこともなく笑顔をみせるゆぅにホッとした。<br><br>一度、給食も一緒に食べさせてもらったこともある。<br>ゆぅの大好きなカレー。<br>ｲﾛｲﾛ食材が混ざったものは一切受け付けないんだが、何故かカレーだけは大好きで、家でも具を細かく切り、普段なら絶対食べない食材を入れたりもしていた。<br><br>うん。カレーなら食べれるかも！<br><br>が、手が止まった。<br>ジーとお皿を見つめ席を離れようとしたので、スプーンにすくい何度か<br>「ゆぅｸﾝの好きなカレーだよ～♡」<br>と、促してみると一口食べた！<br><br>そして二口目…食べないー(TT)<br><br>もぅこれはいらないと言うかのように口を固く閉じて拒否。<br><br>周りの子はおかわりまでしているというのに…<br>「なんで食べないの？」子供達の声が聞こえた。<br>「ちゃんと食べなきゃいけないんだよー！」<br>「好き嫌いはダメなんだよー！」<br>「僕はﾌﾞﾛｯｺﾘｰも食べるよ！」<br>「私も！私！」<br>競うかのように食べる子供達の姿を見てただただスゴイ！と思った。<br>ここで「ゆぅｸﾝ！みてみて！お友達凄いねー♪ゆぅｸﾝもお友達と一緒一緒♪」と、誘導作戦(笑)<br>が、失敗(笑)<br><br>よく「保育園に入れば友達の影響を受けて食べるようになったよ～！」という話を聞くが、彼は全く興味がないのだ。<br>人は人。僕は僕。<br>と、言うかの様にｱﾀｼの言葉をスルーしながら脱走。<br><br>結局この日はこの一口で終了。<br>でもね、保育園で椅子に座りながら一口でも食べた！と言うのはｱﾀｼにとって想像を超えるほどの素晴らしい出来だった。<br><br><br>そして入園直前の入園説明会。<br><br>配布された用紙には手遊びの時間などの時間もあるので、お子さんと参加してくださいと、かかれていた。<br>まだ保育がスタートしたわけではないので、説明の間はもちろん親元でみることになるはず…。<br><br>情けない話、とてもじゃないが1人ゆぅを見ながらﾁｬﾝﾄ説明なんか聞けない…というのと、何よりゆぅと他の子の様子の違いを知って欲しくて、園長先生に了承を得て母にも付き添ってもらった。<br><br>「おばあちゃんが一緒に行くなんて有り得ない」としぶっていた母だったが、保育園から帰る車の中では「これは大変だわ、付いてきて良かった。」と白旗を振っていた。<br><br>園に一歩足を踏み入れた瞬間から一歩も歩かず、抱っこ抱っこ。<br>広い部屋を見つけるとｱﾀｼの手を振りほどきひたすらグルグルと走り回りやめる事ができない。<br>手遊びの時間にはゴロゴロと寝ねがら転がり見兼ねた園長先生が別の使ってない部屋を貸し出してくれるほど激しかった。<br><br>走り回るのを止めれないなんて…。<br>と、思うかもしれないが子供の力って物凄い。<br>ｱﾀｼもただ手を繋いでいるわけでなく、そらもう全身全力で抱え込むかたちで止めに入るんだが、止まらない。<br>前に市役所の方が二人がかりで…と、書いたが、大袈裟ではなく「小柄なのに物凄く力が強いですね」といわれるぐらいゆぅの力は強いのだ。<br><br>そんなこんなで、母がゆぅをみていてくれたお陰で、説明もちゃんと受けられ、嵐のような入園説明会は終わった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11882604780.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Jun 2014 00:02:08 +0900</pubDate>
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<title>保育園に入るまで､､３</title>
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<![CDATA[ <br>一方で、保育園選びと平行してきたのが“療育”だった。<br><br>IQ、田中ビネーともに73。<br>これは療育手帳がもらえるｷﾞﾘｷﾞﾘのﾗｲﾝ。<br>そして、自閉度数を表すPARSはﾋﾟｰｸ時12、現在得点は10だった。<br>(PARSについては後に検査し直す事になるのだが…その話はまた後々。)<br><br>12月から週一でOTとSTの訓練を開始した。<br><br>療育自体は正直言うと「え？これが訓練？」というものだった。<br>訓練と聞くともっと気難しいのをイメージしていたんだが、遊びや好きなことを上手く取り入れ、見てるこっちも楽しそうだなーって思えるようなもの。<br>初めは訓練するまでに時間がかかった。<br>グルグル走り回ったり、好きなｷｬﾗｸﾀｰになりきりその世界に入り込んだりしていた。<br>訓練中も苦手な事になると離席が目立った為、初めの目標は“集中して座れるようになる”だった。<br><br>実は訓練開始前から絵本の読み聞かせが決まった絵本ならできるようになっていた。<br>その絵本とは“ノンタン”。<br>ノンタンはｱﾀｼの幼少期にもっとも好きだったシリーズで実家にもまだ人形と絵本が数冊残っていた。<br>あの簡単で愛らしい内容がどうやら彼にヒットしたようだ。<br><br>これはチャンス！と。ノンタンシリーズを読み漁った。<br><br>そして療育がスタートすると他の絵本にも少しずつ興味を示し始め読める本がドンドン増えていった。<br><br>そのうち「わからない」という言葉を使えるようになり、少しだけど会話ができるようになった。<div>｢わからない｣って言ってもらえることで今までよりもずっと育てやすくなって、会話ができるということがこんなにも素晴らしい事なんだ！と、感動した。<br>そしてなにより、“初めて”が苦手なゆぅにとって、2時間近くの療育をやり遂げるという事はとても凄いことだったと思う。<br><br>そして3月後半を迎えた。<br>4月からはいよいよ保育園。<br><br>あの検診から早くも4ヶ月の月日が流れていた。<br><br>その間、保育園の見学と療育と別にもう1つしていたことがある。<br>それは家族・よく遊ぶ友達へのカミングアウトだ。<br><br>特に、ｱﾀｼの実家へのカミングアウトが時間を極めた。<br>「うちの子達も成長遅かった」<br>「昔はそーゆー子なんて沢山いた」<br>「考え過ぎじゃないのか」<br>「接し方の問題じゃないのか」<br>「頑張りがたりないんじゃないのか」<br><br>凄く凄く責められてる気分だった。<br>やはり自分のせいなんだろうか…<br>そう、思って“それだけではない”と言い聞かせた。<br>ﾑﾘﾔﾘ障害児にしたいわけではなかったが“ゆぅは障害がある”と認めなければ“何か”を見落としそうで怖かった。<br>親としての責任もあるし、簡単に“大丈夫”っていうのが現状から目を逸らしてしまいそうで酷く怖かった。<br><br>何が辛いって、ゆぅの事をちゃんと知ってもらおうとすればするほど大好きな我が子を否定する言葉ばかり増えて<br><br>「あれもこれも出来ないじゃない」<br>「こーゆう事は皆しないんだよ？」<br>「ゆぅは普通ではないんだよ」<br><br>って、ゆぅの出来ない事おかしな事ばっか必死になって伝えて…<br>後になって何言ってるんだろうって思ってしまう。いいところも沢山あるはずなのに…って。<br><br>“そんなことない”“皆同じよ”って言われる度に「じゃあなんでゆぅは発達障害だと言われたの？」って何度も思った。<br><br>出来る事ならｱﾀｼも「大丈夫」って言いたいよ。<br>そしたらとっても楽なのに…って。<br><br>そんなﾓﾔﾓﾔした気持ちでいっぱいだった。<br><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11882162210.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jun 2014 08:36:40 +0900</pubDate>
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<title>保育園に入るまで､、２(偏食問題)</title>
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<![CDATA[ <br>ゆぅの1番の問題は偏食問題。<br><br>離乳食の頃から食べない子で、保育園に見学に行った時に<br>「何が食べれますか？」<br>という問いに美味しそうなケースに入った給食を見ながら<br><br>「ご飯なら食べると思います…」<br><br>と、自信なさ気に答えるしかなかった程に本当に食べることができるものが限られていた。<br><br><br>工夫すれば食べるようになるはず！と、<br>「ほーら♪みてみて！美味しそうな人参だよ～♡ゆぅｸﾝのお口にポーン♪♪これ食べたら大きくなるよー！」<br>傍から見たら「大丈夫？」と思われる程のﾊｲﾃﾝｼｮﾝな声掛けはもちろん、<br><br>野菜の型抜きもしたし、<br><br>キャラ弁もしたし、<br><br>おやつに人参やホウレン草を混ぜてみたり、<br><br>お友達を招待し子供達と一緒に食べさせたりもした。<br><br>母乳を辞めたら食べるようになるかも！と、断乳もしたし、<br><br>お腹が空いたら食べるかも！と、2食抜いたこともある。<br><br>怒鳴ってはダメだとわかっていても怒鳴ってしまったこともあるし、<br><br>「お願いだから一口でもいいから食べてよ…」と、泣きながらお願いしたこともある。<br><br>けど、何をしても食べてくれないのだ。<br>人に相談しても「うちの子も食べないよー。そんなに気にしなくても大丈夫だよ！」と言われ、悩む自分がおかしいのかと思う日々。<br><br><br>けどね、正直“あぁ。これは障害があるからなんだ”って思うとホッとしてしまう自分もいたりして、そんなふうに思う自分は“自分の不甲斐なさを障害のせいにした最低な母親だ”とも思ったりもした。<br><br>何より息子の為にと自分で作ったものをゴミ箱に捨てる瞬間、涙がこぼれた。<br><br>楽しい時間を…と、笑顔を心掛けてはいたが、食事の時間が憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。<br><br>
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<pubDate>Sat, 21 Jun 2014 20:06:38 +0900</pubDate>
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<title>保育園に入るまで､､1</title>
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<![CDATA[ <br>検診が終わり、一番に取り掛かったのは“保育園探し”だった。<br><br>ｱﾀｼは実家の家業を手伝っている。<br>“手伝っている”と言っても短時間とかではなく、朝から6時ぐらいまで働いており、その間子供達(ゆぅには3つ離れた弟がいる)は、職場に連れて行き子育てと仕事を同時進行にしていた。<br>時間を短縮することも考えたが、半年前に父が癌になり、元々母は難病認定の病気を持っていたため小さな会社はｱﾀｼが拔けるととてもじゃないけどやっていける状況ではなかった。<br><br>今思えばもっと早くに入れてあげればよかったのだが下の子の出産に父の病気の事。言い訳だが仕事をこなすだけで精一杯で、そこまで考える余裕がなく、“まぁ、年中から入れたらいいか”と、先延ばしにしてしまっていた<br><br>が、突然の発達障害発覚。<br>ほんと自分勝手だが頭の中は“どうにかしなきゃ！”でいっぱいで、少しでも友達と関わる時間が増えれば…<br>集団の中に入れば何かが変わるかもしれない！<br>藁にもすがる気持ちで慌てて入園の申し込みをした。<br><br>とりあえず市役所に行き自閉のボーダーだが保育園に入れたい！ということを伝え、それから保育園に入る為のゆぅの状態ﾁｪｯｸや面談を受けたりした。<br><br>毎日ドタバタと過ぎ去っていきこの頃の記憶が曖昧だけど、市役所に入った瞬間走り回ろうとするゆぅを役所の大人二人が必死に止めに入り、「お母さん、大変ですね」って苦笑いされた言葉が今でも忘れられないでいる。<br><br>元々４月からの入園を希望していたため、ある程度の保育園の目処は付けていたが障害があるのとないのとでは対応の仕方が違った。<br><br>見学に行き、障害があることを告げると今までにこやかに「入れるといいですねー」なんて言いながら対応してくれてた先生の顔色が変わるのが目に見えてわかった。本人はそんなつもりはなかったのだろうが…。<br>見学に行った保育園どれもが同じ感じで帰り際「入れたらいいですね(^^)」なんて言葉は聞かれなかった。<br>口を揃えて言うのは言葉を濁しながらの「市役所と相談してみます。」<br><br>“障害”という言葉が重く感じた瞬間だ。<br><br>障害を伝える前と伝えた後と、こんなにも見る目が変わるのかと思った。<br><br>けど、障害がある子を受け入れるのはそれなりの覚悟が必要なことだという事もわかる。<br>これは仕方がないことだとも理解できる。<br>それがこの世の中の現状なんだって。<br>が、わかっていても酷く落ち込んだ。<br><br>そして、ゆぅの入園が奇跡的に決まった。<br>結局、受け入れてくれたのは４月から新しく開園する保育園だった。<br><br>新しく開園ということもあり、見学できたのも決定通知が来た後からで、どんな所なのか不安でいっぱいだった。<br><br>また対応が変わったらどうしよう<br><br>そんな気持ちでいっぱいだったが行ってみると、市役所での発達ﾁｪｯｸをしてもらった時の先生たちが並んでいた。<br><br>園長先生に担任。学年主任の先生。<br>誰もが発達ﾁｪｯｸのとき「ゆぅｸﾝ素直で可愛らしいお子さんですね」と、声を掛けてくれた先生たちだった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11881909502.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Jun 2014 19:34:29 +0900</pubDate>
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<title>障害がみつかるまで､､３</title>
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<![CDATA[ <br>それから毎日のようにパソコンにかじりつき、ADHDについて調べ始めた。<br><br>とにかくジッとすることが苦手だったので、単純なｱﾀｼは何かあるとすればADHDだろうと勝手に思っていたのだ。<br><br>調べれば調べるほど確信は深まる一方で、保健所から掛かってくる予定の半年先の電話なんてとてもじゃないけど待てなかった。<br><br>手当り次第に保育関係者の友人や子育て相談に電話し、泣きながら相談し、そこでゆぅが川崎病でかかっていた病院で発達診断もしているということを知った。(生後８ヶ月の頃に川崎病にかかり、今も定期検診を受けている)<br><br><br>障害と言われることが怖いという気持ちもあったが、早くわかれば早く訓練が受けられるかもしれない。<br>ただ、その一心で電話をした。<br>発達の検査する子が多いのか、検査日は4ヶ月先となった。<br>予約まではとにかく不安に押しつぶされそうになりながら仕事の休憩時間に寝かせつけの後、自由に動ける時間はとにかく障害に対する情報をかき集めて過ごしていた。<br>“結局、検査を受けなければ意味がない”とわかっていても、そうでもしないとおかしくなってしまいそうだったからだ。<br><br>そして、検査当日。<br>問診アンケートをみて唖然とした。<br>多くの質問に当てはまる、Yesの量。<br><br>繰り返し観るテレビのﾜﾝｼｰﾝ<br>真似をするテレビの台詞<br>トミカを横に並べていく遊び…<br><br>あれもこれもとﾁｪｯｸの数が増えていった。<br><br>そして数週間後伝えられた言葉は、全く考えてもいなかった「自閉症」そして「知的障害」という言葉だった。<br>しかも、その2つとも“その疑いがある”という曖昧なもの。<br><br>もうね。スッキリしないわけ。<br><br>障害名がつかないボーダー。<br>けして障害名が付いて欲しいというわけではないが、「結局どっちなの？」という不安を掻き立てた。<br><br>そして、<br>ちょっと 幼いだけ<br>ちょっと 甘えん坊なだけ<br>ちょっと 人見知りなだけ<br><br>大丈夫！皆「子供なんてﾐﾝﾅそうだよ」って言ってたし！<br>男の子だし！<br>きっと自然に他の子と同じように成長できるはず！<br><br>覚悟していたはずなのに、そんな気持ちが全て“治ることのない障害”という言葉に飲み込まれた。<br><br>診断名が付けば治ることのない障害。<br>1年後、2年後、ゆぅもそうなるのだろうか…<br><br>それとも一生このままなんだろうか。<br><br>どうすればいい？<br>どうしてあげればいいの？<br><br>先生や心理士からは<br>「今のままの接し方で大丈夫です」<br>と言われたが、少しでも障害の要素があるのであれば“今のまま”ではいけないんじゃないかと思い悩んだ。<br><br>なぜなら、調べあげたネットの情報にも、参考書にも“けして育て方の問題ではありません”って、書いてあったし、先生からもそぅ言われたけれど、<br>「こうなったのは自分のせいだ」<br>「あーしとけば良かったの？」<br>「こうしとけば良かったの？」<br>と、思うことは少なからずあったし、その為何度も何度も自分を責め、“自分がなんとかしなきゃ”って思ったからだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yu-2120/entry-11881181096.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Jun 2014 12:33:02 +0900</pubDate>
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<title>障害がみつかるまで､､２</title>
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<![CDATA[ <br>そう考えると、この健診をきっかけに今まで普通だと思っていたことでも<br>「あれ？」と、思うことがあれもこれもと出てきた。<br><br>成り立っていると思っていた会話の殆どが“オウム返し”だったこと。<br><br><br>パズルや数字は大好きで2歳には60ピースのパズルを3つ混ぜて遊んでいたこと。<br><br>話すのは遅かったのに、車のﾅﾝﾊﾞｰﾌﾟﾚｰﾄを目にする度によく数字を読み上げていたこと。<br><br>その反面、絵本やお絵描きには全く興味をしめさず、１冊どころか1ページもまともに読めた事がなかったこと。<br><br>動物や虫、お花、葉っぱ、泥に関しては興味がないどころか全く触ることすらできず触ろうとすると泣き叫ぶこと。<br><br>小さい子を可愛がったりすることもなく、友達といても常に私のそばから離れず、一人で遊んでいたこと。<br><br>健診では実際、簡単な質問はもちろん、名前も年齢もｱﾀｼが「名前はゆぅでしょ？」と、促さないと答えられなかったし、なによりも席にジッと座っていられず、走りまわり、こちらの呼び掛けや注意にも耳を傾けなかったことが決め手だったように思う。<br><br>「いつもこうですか？」<br><br>と、いう問いにさすがのｱﾀｼもドキッとした。<br>これはまずいかも…周りの子はちゃんと出来ているのに…<br>そう思うと“ヤンチャで甘えん坊な子供”という言葉だけでは安心できなかったのだ。<br><br>その日はそれはもう今思うと最低だが、「普段のゆぅを知らないくせに！」という気持ちから保健師に対する苛立ちと、やっぱり何か障害があるのかもしれないという対立する気持ちで寝るまで泣きながら過ごしたことを今でもﾊｯｷﾘと覚えている。<br><br>別にこれらの行動を普通だと思っていたわけではなく、薄々と感じる焦りはあった。<br>絵本を読ませようとｲﾛﾝﾅ種類の本をかき集めたりもしたし、同年代の友達と頻繁に会うようにもした。<br>子育て相談にも相談したりもしたが、帰ってくる答えは“成長には個人差があるから”。<br>だから無理して押し付けて嫌いになられるよりも、興味が来る日を待とうと決めた。<br>それがいけなかったの？という気持も少なからずあるが、今では寝る前に5冊の本の読み聞かせを求めてくるほどになったので、これはこれで良かったのかな？とも思う。<br><br>とにかく初めての子育てということもあり、全てが“ゆぅの成長”が基準になっていた為、少し遅れてる、少し個性的だと思っていてもそれはいつか出来るようになることだと信じていたのだ。<br><br>それが今回の健診で他の子との差を突きつけられた。<br>要は、ｱﾀｼの“できてる”というレベルと、他の子の“できる”のレベルがｱﾀｼの思っていた差よりもかなりの差がひらいていたということに気付かされたのだ。
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<pubDate>Fri, 20 Jun 2014 09:48:44 +0900</pubDate>
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