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<title>下雨香</title>
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<description>心の中に散乱していた台湾での思い出を少しずつ整理して、心の赴くままに書き留めています</description>
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<title>ホステルでの目覚め</title>
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<![CDATA[ <p>　旅先で、次に何処へ行こう、今日は何を食べよう等と思案に暮れて時間を無駄にしたくない私は、事前にリサーチを重ねて過密スケジュールを組むことが多い。それゆえにホテルでゆったりと過ごすことなどは、まずない。あるとすれば相当に調子が悪く寝込んだ時くらいだろう。これまでの旅を振り返ってみると、朝食を食べるために七時頃にホテルを出て、二十二時頃にホテルに戻ってくるパターンが多く、ホテルはシャワーを浴びて寝るだけの場所でしかない。だからといって、どこでも良いわけではなく、ホテルのランクに関係なく、地下鉄の駅からアクセスが良く、セキュリティーがしっかりしていて、清潔で、防音がしっかりしていることは必須で、ホテルを予約する前には様々な口コミを参考に、割と慎重に選んでいる。</p><p>　ところで、一九九〇年代の台湾には、ある程度のランクのホテルか安宿が多く、日本のビジネスクラスのような価格帯のホテルがほとんどなかったように思う。その頃は日本からの観光客も最近のように多くはなかった。それが、中国人観光客が台湾に大挙して押し寄せるようになり、タピオカブーム等で若者をはじめとする日本人観光客がどっと増えると、あきらかなホテル不足に陥った。そこで、ビルの数フロア―をリノベーションた”ホテルもどき“やホステルなど“が乱立するようになって、価格はかなり手頃になった。</p><p>　海外の大学で五年間寮に住んでいたので、相部屋や二段ベッドには抵抗感はなかったものの、セキュリティーが心配でホステル等には宿泊したことは一度もなかった。ある時、ＢＯＯＫＩＮＧ．ＣＯＭで“シングルルーム”で検索をしていると、デザイナーズホテルのようなスタイリッシュな部屋の写真とかなり手頃な値段のものがヒットした。さっそく詳細を見ると、ホステルの”シングルルーム“なるものだった。トイレやバスルーム等は共同で、シングルルームとはいえどもベッドと小さな机と椅子だけがあって、キャリーバッグを開くと足の踏み場もないような超コンパクトルームである。悪くはないと思ったが、最終的に選択肢から外した。</p><p>　ある年の夏に四泊五日で台湾に行くことにして、最初の三泊はそこそこのホテルが手頃な値段で予約することができた。しかし、どうしても最終日のホテルだけは三泊分と同等の値段だった。当初はキャンセルが出るだろうと呑気にかまえていたのだが、渡航数日前になってもキャンセルがでず、いよいよに焦り始めた。そして、見つけたのが以前ヒットしたホステルのシングルルームだった。地下一階で、もちろん窓はない。しかし、その値段２９００円！しかも、ポイントを使えば、たった２４００円という破格の値段で泊まれるではないか！万が一、ホステルの居心地が悪くて寝不足になったとしても、翌日は移動するだけなので、その最中に寝ればどうにかなるだろうと思い予約をした。</p><p>　こうしてホステルに宿泊することになったのだが、結果から言えばアメリカの大学時代の寮生活に戻った感じで案外と居心地がよく、朝までぐっすりと寝ることができた。</p><p>　さて、朝方のことである。何かが背中の後ろをスーッと抜けていく感じがして目が覚めた。どこかで聞いたことがある音だと思ってアイフォンを見ると六時過。その後、しばらくうつらうつらとしていたのだが、次第にその音が定期的にするようになり、聞き覚えのある音だということを思いだした。そして、ハッと思い出した！そうだ、これは地下鉄の電車の音だ！人生で初めて泊まったホステルで、私は地下鉄の始発の音で目覚めるというなんとも不思議な経験をしたのだった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuandays/entry-12645919996.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Dec 2020 16:09:57 +0900</pubDate>
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<title>香芭布との出会い　―スコールの後で―</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;二〇一九年の夏、この時は四泊五日で台北に滞在していた。その日の夜に予定していた友人たちとの夕食会までの数時間の間、台北市立美術館を訪れることにしていた。地下鉄の駅を出ると、道端で商売をしている人たちが慌しそうに商品をもって屋根のある方へと移動し始めている。これはスコールが降ると見上げた空から大粒の雨がボタボタボタと垂れてきたので、目の前にあったカフェスタンドに逃げ込んだ。間髪入れずにバケツの水、いやバスタブの水をひっくり返したような土砂降りとなった。カフェスタンドにはレジ台に寄りかり憂鬱そうに外を眺めている若い店員が一人。</p><p>「ニーハオ」</p><p>と声をかけると、突如と満面の笑みで出迎えてくれる。いかにも台湾らしい光景だ。</p><p>　スタンダードのコーヒーを注文して、窓辺の席で雨宿りをすることにした。ギンギンに冷えた店内にうっすらと流れるジャズとスコールの激しい雨音が絶妙に混ざり合い、耳の中で心地よく響く。連日の寝不足と疲労もあってか、コーヒー半分程飲み終わった私は、夢とうつつを生き返りしはじめた。勢いを増したスコールの轟音が体の奥底まで響き渡っている。宙を浮くかのように体がフワフワとしながら、誰かに呼ばれるような声がしてその方へ行ってみると、別の誰かがこっちに戻ってこいという。先ほどきた道を戻ろうとうとすると、また別の方から何かお祭りのような音が聞こえてくる。どの方向に進むべきか、と思っていると突如としてビビーっという大きな音で目が覚めた。それはバイクのクラクションの音で、いつの間にかスコールが止んで人々が動き始めていた。カップに少しだけ残った冷たいコーヒーを飲んで、スマートフォンを出して時間を確認すると、いつの間にか三十分近くたっている、</p><p>　店から出ると、後ろから誰かに抱きしめられたかのように衣服をまとっていない体のいたるところを湿度の高い空気が猛烈な勢いで張り付いてくる。空を見上げると、蜘蛛の子をちらすようについ先ほどまで空を覆っていた雨雲が消え失せてゆく。再び道端に商品を並べ始める人達を横目に、国立歴史博物館へと向かった。十分も歩くと顔を覆っていた汗が大粒の玉となってダラダラとたれはじめる。晴れ渡った空には、体を貫通するのではないかと思う程に強烈に鋭い光線を出す太陽。台北の夏は日本の猛暑日以上の強烈な暑さである。元来暑さに弱い私は半ば息も絶え絶えになりながら歩き続け、やっとのことで目的地にたどり着いた。この猛暑からようやく逃げ切って、冷房がギンギンにきいた博物館の中で涼を得ることができるだろうと高をくくっていたのである。が、しかし、なんということだろう。数か月前から工事をしていて閉館だという。私は脱力感というよりかはむしろ、持っていた鞄も傘も携帯もすべてを投げつけたくなるような衝動にかられた。</p><p>―カフェでの待ち時間を含めた一時間も、猛烈に汗をかきながらここまできた労力もすべてが無駄になってしまったではないか！！―</p><p>　誰が悪いというわけではないが、沸々と怒りがこみ上げてきた。タクシーをつかまえて来た道を帰ろうにも、タクシーが全く通らない。歩く以外に選択肢はないのである。なんてことだ、と大失恋の後のようにトボトボと歩き始めたものの、直ぐ何度か行ったことのある台湾工芸研究発展中心台北当代工芸設計分館が開館していたので、迷うことなく入ることにした。</p><p>　そして、そこで私は香蕉布と出会ったのである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuandays/entry-12645893529.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Dec 2020 13:20:01 +0900</pubDate>
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<title>思い出の粥屋</title>
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<![CDATA[ <p>　二〇一九年の八月、台北から車で三時間南下した三義という街にある台湾の柴焼の工房で、三カ月前に轆轤引きした茶碗や花器の高台を削るために台湾を訪れていた。</p><p>三義に向かう前日の朝、出勤前の友人と周記肉粥店で、“粥”といっても米よりもスープの量がはるかに多いむしろ雑炊に近いい「鹹粥」をすすりながら、チャーシューをカリカリに揚げた「紅燒肉」を食べた。平日の朝だというのに、店内は日本、韓国、香港、タイ等からの観光客でごったがえしていて、店先には何人もの客がじっと店内をみつめながら順番を待っている。</p><p>　この店にはかつて一度だけ来たことがある。台湾に留学していた頃なので、もう二十数年も前のことだ。帰国を控えたある夜に、台湾人の友人たちが台湾版しゃぶしゃぶ料理「火鍋」の店でお別れ会を開いてくれた。その後は朝方までバーやクラブをはしごして、とにかく騒ぎに騒いだ。店を移る度に人が減っていき、最後にこの店にタクシーで向かった時には、確か三人になっていた。この店は観光スポットにもなっている龍山寺から徒歩数分のところにある。昔、この近辺に赤線があったことから、今でも当時の風があちらこちらに吹いている。留学生だったころこの辺りには近づかないように言われていたこともあり、一度も近づくことはなかった。　今から考えてみれば、この辺りに友人が住んでいるわけでもなく、行きたいと思う店やレストランもなかったので行かなかっただけなのかもしれない。また、留学を終えてからこれまで何十回と台北を訪れているが、この辺りにきたのはそれ一回きりだった。目の前で静かに粥をすすっている友人がこの店を選ばなかったなら、この先もずっとこの辺りにくることはなかっただろう。</p><p>　お互いの近況報告を終えた頃、何気なく友人が言った。</p><p>「そういえば、帰国する前に一度ここにきたよね」</p><p>　そう言われた私は何のことだろうと思った。確かにこの友人はお別れ会のメンバーの一人ではあったが、粥屋になど行った記憶がない。二十数年ぶりにこの店の粥を一口すすって、あぁ、なんて懐かしい味だ！などとは思わなかった。二口すすって、その時に卓を囲んだ友人の顔を思い出すこともできなかった。食べ終わってみると、いかにも台湾らしいありふれた味だと思っただけで、二十数年前のその日にすすった粥の味など全く思い出すことができなかったが、タクシーの窓から薄暗い街の中に浮かび上がるように店があったことや、入り口で店番のイエイエ（おじいさん）から台湾語で何か話かけられたこと、そしてお粥が胃の中にスーッと浸み込んでいきどうしようもない程の眠気に襲われたことをぼんやりと思い出してきたのだが、それも果たしてこの店だったかどうかはわからない。もしかすると別の店だったかもしれないが、この店だったことにしよう。そんなことをぼんやりと思っていると、相席をしていた日本人の学生らしき若者二人が言った。</p><p>「ここのお粥、素朴な味だったけど美味しかったね。思い出の味がまた一つふえたね」</p><p>　初めて訪れてから二十数年の時を経た今日、周記肉粥店は私の“本物”の思い出の粥屋となったのである。</p><p>&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuandays/entry-12645888338.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Dec 2020 12:54:11 +0900</pubDate>
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<title>台北のスコール</title>
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<![CDATA[ <p>　スコールは不思議な雨だ。先ほどまで晴れ渡っていた空が、電灯のスイッチを切ったかのように突如として薄暗くなって、遠くの方で雷が聞こえたと思ったら勢いよくザーッと降り始めて、しばらくすると、ピタリと止む。止んだ後は、スコールがまるで嘘だったかのように空はケロリと晴れ渡っている。</p><p>　夏の台北にはスコールが付き物だ。多い時など、日に何度もスコールが降る。スコールに遭遇した時はその場で雨宿りをするか、あるいは付近にコンビニやカフェがあればそこでコーヒーでも飲みながら雨があがるのを待つのが賢明だ。傘をさしたところで地に跳ね返った雨で足元がびしょ濡れになってしまうし、運よく目の前にタクシーが来たとしても空車のことなど滅多にない。時折、タクシーを捕まえよとして傘をさして道端に立っている観光客らしき人を見かけることがある。しかし、運よくタクシーが捕まった時にはすでにびしょ濡れになっていて、乗車拒否をされるのが落ちである。そんな時の彼らは酷く落胆して憔悴しきった顔で立ちすくんでいるのだが、まさか、静かに雨宿りをしている現地の人々からの同情の視線にさらされている等と思ってもいないだろう。</p><p>　考えてみれば、日本で雨宿りをした経験など数える程しかないが、いずれもどこか疎ましい思い出として心に残っている。それに比べると、台北での雨宿りの思い出は少し違っている。デートの途中での愛しい人と寄り添いながらの雨宿りはロマンチックなひと時であったし</p><p>「いつまで降るんでしょうね」</p><p>などと偶然隣に居合わせた人と話をしていると幾つもの共通点があることがわかり、雨が上がった頃には</p><p>「次に台北に来た時には連絡してね」</p><p>と連絡先を交換して、新しい友人ができることもある。</p><p>　そんな思い出がいくつもあるせいか、私にとって台北のスコールはどこか特別な雨だ。</p><p>&nbsp;</p><p align="left">&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuandays/entry-12645886714.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Dec 2020 12:44:11 +0900</pubDate>
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