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<title>yuccabowのブログ</title>
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<description>家族の介護、自分の生い立ちと向き合う過去日記です。</description>
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<title>母の助けとは2</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母のことを気にかけながらも、自分の家庭も疎かにする訳にはいきませんでした。</p><p>毎日仕事をして帰宅したら夕飯も作るし、スーパーに買い物にも行く。</p><p>飼っている猫が少し虚弱だったため、病院に通う時もありました。</p><p>親族との予定も多く、休日が潰れることもあります。</p><p>そんな中でも必ず私がすると決めていたことは、1日1回必ず母へ電話をすることでした。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし母はよそよそしく、自分から会話を進めることがありませんでした。</p><p>あ、Hさんといるんだと、すぐに勘付きました。</p><p>そして時には、夜遅くや朝早くに同様のこともありました。</p><p>&nbsp;</p><p>おそらくHさんは母の家で生活をしている。</p><p>&nbsp;</p><p>次第に私はそう考えるようになりました。</p><p>それに対してどう思ったら良いのか、悩みました。</p><p>母にもHさんにも聞くことは躊躇われたし、悪いことかと聞かれるとそうでもない。</p><p>でも母は認知機能が低下してきているし、何かあった時に私はどうしたら良いのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>私は以前のような未来への希望は持てなくなり、考え込むことが増えました。</p><p>母にとって一番良いことは何なのか？</p><p>答えが出ないまま、世の中はコロナ禍に入っていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は職業柄多忙を極め、少しの間母の問題を後回しにしていました。</p><p>そんなある時、夜中に母から電話が鳴りました。</p><p>&nbsp;</p><p>慌てて起きて電話に出ると、母が泣きそうな声で「家の鍵がなくなった」と言いました。</p><p>電話の向こうからは歩いている音が聞こえ、Hさんの声も聞こえました。</p><p>&nbsp;</p><p>「どこにいるの？」</p><p>「Hさんとお昼散歩した道を探してるんだよ」</p><p>&nbsp;</p><p>あまり覚えていませんが、家は開けっぱなしで外出していたと思います。</p><p>「危ないので」とHさんにお願いし、帰宅させました。</p><p>そして早朝に起きると、Hさんよりメールが来ていました。</p><p>&nbsp;</p><p>”鍵が見つからないため家から出れません。合鍵が必要です”</p><p>&nbsp;</p><p>私は体力的な疲れが重なっていたのもあり、追い詰められる感覚になりました。</p><p>同時に、追い詰められてはいけない、と頭で強く言い聞かせました。</p><p>&nbsp;</p><p>私はできることをやらないといけない。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12978426384.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 17:48:09 +0900</pubDate>
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<title>母の助けとは</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>それから母と私の関係に、Hさんが関わることになりました。</p><p>例えば、母と何か連絡を取っていると、代わりにHさんから返事が来たりしました。</p><p>何故かHさんは私の連絡先を知っていましたが、母が教えたのだろうと気にしませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>また母に電話をすると、Hさんと一緒にいるなんてことも多かったです。</p><p>そして母の家に行くと、誰かがいた形跡があったこともありました。</p><p>その時母は言いにくそうに「Hさんが来ていた」と言いました。</p><p>&nbsp;</p><p>そうしているうちに、母の物忘れが少し目立ってきました。</p><p>今朝あったことを忘れていたり、会話の内容も忘れることが増えました。</p><p>また、トイレに行こうとしてクローゼットに入ろうとすることもあります。</p><p>バッグにはいつも大きな字で殴り書きされたメモが沢山入っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>全体的に母が衰えてきているのが明らかでした。</p><p>継続して通っていた神経内科でも、短期記憶が低下していると指摘されました。</p><p>&nbsp;</p><p>意外かもしれませんが、私はショックを受けた記憶はないです。</p><p>ショックを感じている時間を作る前に、対策を考えなくては、と思いました。</p><p>自分の感情と向き合う時間なんていらないと思っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>私はすぐに母の家に行って、生活に足りないものや問題点を考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、家賃や光熱費の支払いができているのか確認しましたが、</p><p>支払いが遅れることも増えているようでした。</p><p>他には食生活、栄養面も心配でした。</p><p>部屋のゴミに、買ったお弁当の空き箱が入っていることが増えていたのです。</p><p>母は元々料理が好きで、お惣菜やお弁当などはほとんど食べなかったのでびっくりしました。</p><p>&nbsp;</p><p>「最近お弁当買ってるの？」</p><p>「Hさんが仕事の後買ってきてくれるんだよ」</p><p>&nbsp;</p><p>母は言いにくそうに、そう言いました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12978423084.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 17:09:55 +0900</pubDate>
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<title>母の友人3</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母の家にあったお酒とたばこ。</p><p>母のものではなさそうだし、兄が来ていたとしても兄はお酒を飲まないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「家に友達とか来るの？」</p><p>&nbsp;</p><p>母に聞いてみましたが、「誰も来ないよ」と返されました。</p><p>母は笑っていましたが、言葉少なめで目を逸らしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>昔から、母が嘘をついている時はとても分かりやすく不自然でした。</p><p>なぜ嘘をつくか、理解できない訳ではありませんでした。</p><p>異性と親しくするのを、娘にわざわざ言いたくないのでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>別に悪いことでもないし、責めたい訳でもないんだけどな。</p><p>&nbsp;</p><p>そう思いながらも、母が普段どんな生活をしているのか想像できなくて</p><p>少し不安になりました。</p><p>隠し事をする理由があっても、された時というのは不安が生じるものだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、母が明るくなったことに私は喜びを感じていたし</p><p>老人性うつに対して内服も始め、年相応の物忘れも様子を見ていけるなら、</p><p>これからもっと母と楽しい時間を過ごせるのではないか、と思えました。</p><p>&nbsp;</p><p>何かに期待できることが、その時は幸せだったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そこから1ヶ月後程して、母と電話で話している時でした。</p><p>母の声がいつもより高く、話し方も可愛らしい気がしました。</p><p>&nbsp;</p><p>「誰かといるの？」と聞きましたが、母は否定しました。</p><p>特に気にせず電話を切りましたが、再び母から電話がかかってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>「お母さん、実はお付き合いしてる人がいるんだ」</p><p>&nbsp;</p><p>突然言われて、笑ってしまった記憶があります。それと同時に「やっぱりね」と言いました。</p><p>そして電話の相手はHさんになりました。</p><p>自己紹介をされ、「きちんと挨拶すべきと思った」と話されました。</p><p>Hさんは、母といると楽しくて幸せな気持ちになると言ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>高齢での恋愛というのは、私がすぐに想像したり共感できるものではなかったけど、</p><p>正直に話してくれて安心したし、感謝もできました。</p><p>そして、母を気にかけてくれる人が増えたのも嬉しかったです。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12978419324.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Sep 2026 16:27:24 +0900</pubDate>
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<title>母の友人2</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母と「Hさん」、ほぼ毎日顔を合わせているようでした。</p><p>いつもの公園に行くと同じメンバーがいて、その中に「Hさん」がいるようです。</p><p>「Hさん」は独身で母より少し若く、時々仕事をしているようでした。</p><p>携帯の操作方法も教えてくれたり、メールのやり取りもしているようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>私が母と一緒にいる時、何度か着信音が鳴りました。</p><p>母は大体電話に出ず、「あとでかけ直すから大丈夫」と笑っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>私はなんとなく、「Hさん」なのかな？と思っていました。</p><p>とにかく、「Hさん」には母が明るくなったことへの感謝でいっぱいでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そして掃除の方はというと、</p><p>新しい家具や家電を買い換え、猫の用品も新しくしました。</p><p>一番苦労したのは、粗大ゴミの廃棄と金庫の中の整理でした。</p><p>&nbsp;</p><p>金庫の中には、過去に持っていた口座の通帳が全て入っており、</p><p>今使用している口座のものを見つけるのも苦労しました。</p><p>&nbsp;</p><p>母の様子と共に心配だったのが、金銭面でした。</p><p>元々お金を使わないタイプの母でしたが、</p><p>年金からの収入と生活費の出費は把握するようにしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>逆に母が食費などを削りすぎるため、買い物を促すこともありました。</p><p>そのため、定期的にキッチンで食物の在庫をチェックするようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、キッチンで焼酎を見つけました。</p><p>一瞬料理用かと思いましたが、違いそうでした。</p><p>そして近くには紙タバコが置いてありました。</p><p>&nbsp;</p><p>すぐに、母のものではないことが分かりました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977958701.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 20:21:23 +0900</pubDate>
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<title>母の友人</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母は安定剤を飲み始めて、明るさを取り戻したような気がしました。</p><p>私は再び教習所へ通い始め、毎日母へ電話をかけるようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>「今日は何したの？何食べたの？」</p><p>&nbsp;</p><p>母は大体「近所を散歩したよ」「サラダやお豆腐を食べたよ」という返答でした。</p><p>大体同じ内容なので、正直変化が分かりにくかったですが、</p><p>数ヶ月経つとどんどん明るくなっていくのが分かりました。</p><p>会うと笑顔も増えていき、母から話すことも増えていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>母は散歩をしている中で、近所の方達と仲良くなり友達ができたようでした。</p><p>今まで母はあまり友達という存在はいなかったので意外でしたが、</p><p>明るくなったことがとても嬉しかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>そしてその頃私は、無事免許を取得していました。</p><p>時間ができた私は、再び母の家にも通い始め、家の掃除を再開しました。</p><p>&nbsp;</p><p>一緒に過ごしている間、母はよく友達の話をしました。</p><p>公園でよく集まることや、駅前の喫茶店に行った話、皆で友達の家の木で果物を取ったこと。</p><p>&nbsp;</p><p>その中でよく登場する人物がいました。</p><p>「Hさん」という男性で、とても気が合うようでした。</p><p>母を元気づけてくれたり褒めてくれたり、すごく良い人のようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977956873.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 20:01:45 +0900</pubDate>
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<title>母の診断名</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>次に母が診察室に入りました。</p><p>母は相変わらず緊張したような警戒したような顔をして、椅子に座りました。</p><p>&nbsp;</p><p>先生はとても優しい口調で、色々なことを質問していきました。</p><p>母の誕生日、年齢、今日に日付や天気、最近気になったニュースなど。</p><p>そして記憶力や判断力のテストである「長谷川式認知症スケール」が行われました。</p><p>&nbsp;</p><p>母は、時々考えるような仕草はありましたが、</p><p>比較的しっかりした口調で話していました。</p><p>&nbsp;</p><p>点数は確か、30点満点中26～27点くらいだったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>「点数から考えて、病名がつくものというよりは年相応の認知機能低下と思われます」</p><p>&nbsp;</p><p>私と母はそれを聞いて、顔を見合わせて笑い合いました。</p><p>「認知症」という診断がつかなかった！それがとても嬉しかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんこれで何の心配もない訳ではありません。</p><p>これからも注意深く観察しないといけないし、母の生活を気にかけないといけない。</p><p>それは十分に理解していました。</p><p>&nbsp;</p><p>その日は安定剤が処方されました。</p><p>母の様子が変わっていたのは、「老人性うつ」の可能性もあるとのことでした。</p><p>&nbsp;</p><p>帰り道、私は母に何度も「良かったね！」と言いました。</p><p>早く安心して、元の母に戻ってほしかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、母その時どんな様子だったか、その後あまり思い出せませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977954000.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Sep 2026 19:32:25 +0900</pubDate>
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<title>母の変化6～受診編～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母をなんとか説得し、やっと病院への受診が決まりました。</p><p>母は緊張したような顔をしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>受診先は、私が普段働いている職場の神経内科です。</p><p>受診の経緯を知っている先生が、まず私だけを呼びました。</p><p>母の症状や家族構成などを詳しく聞かれました。</p><p>&nbsp;</p><p>「母は○○で生まれ、5人兄妹です。弟1人以外は亡くなっていると聞いています。</p><p>祖父と祖母ももう亡くなっています。弟夫婦とは過去にあまり良い関係でなくなっているようです。</p><p>私の父は、もういません。離婚はしていないのですが、随分前に蒸発してしまいました。</p><p>母の子は私を含め、5人います。長男は病気療養中で、近くにはいません。</p><p>次男と三男は関わりはなく、私も交流してません。</p><p>四男は数年前から関わっていません。あとは、私です」</p><p>&nbsp;</p><p>先生はカルテを入力する手を止め、私を見ました。</p><p>&nbsp;</p><p>「…あなたお一人で今、お母様の管理をされてるんですか？」</p><p>&nbsp;</p><p>「はい」</p><p>&nbsp;</p><p>「分かりました。あなたの環境を教えてください」</p><p>&nbsp;</p><p>その頃私は”家族だった人”と結婚してました。そして猫1匹と暮らしていました。</p><p>”家族だった人”は、私の母が嫌いと言っていました。</p><p>理由は「片親になってしまった無責任な人」だから、でした。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん最初はそんな風には言ってませんでした。</p><p>ですが私の生い立ちを知り、嫌悪感が強くなった様子でした。</p><p>結婚した後に打ち明けられ、更に母に直接冷たい態度を取っているのを見て、</p><p>&nbsp;</p><p>「片親になった経緯を理解してほしい。母は1人で一生懸命私と兄を育ててくれた」</p><p>&nbsp;</p><p>と泣きながら何度もお願いしたけど、叶いませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>何を言っても「そんな風に思わせられて可哀想に」と言われ、逆に泣かれる始末でした。</p><p>母と縁を切るような話が出てから、”家族だった人”に母の話をすることはなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は先生に話しながら、</p><p>家族って何だろう…と考えていました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977282706.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Aug 2026 00:37:22 +0900</pubDate>
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<title>母の変化5～受診を検討編～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>私は母との時間を増やす中で、確信していました。</p><p>確実に物忘れや認知機能低下が始まっている、と。</p><p>　　</p><p>仕事柄、こういう変化を見逃してはいけないのも分かっていました。</p><p>母だから否定したいとも思いませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>現実は受け入れることでしか前に進まない。</p><p>それが私の信念だったので、動揺はしてませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>数日後には職場の看護師や医者に相談し、神経内科受診を勧められました。</p><p>私は普段連絡することない兄達に連絡しました。</p><p>&nbsp;</p><p>「母さんが認知症になる筈がない。元気だし心配ないよ」</p><p>&nbsp;</p><p>予想通り、すぐ上の兄は否定的な意見でした。認知症なんて発症する訳がないと。</p><p>信頼している一番上の兄だけが、ゆっくり私の話を聞いてくれました。</p><p>「母にはあまり指摘しないように」と念を押され、受診することを決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし！</p><p>本人が嫌がるんですよね…。とにかく嫌がる。</p><p>「健康チェックで行ってみよう」と説得しても、首を縦に振りません。</p><p>&nbsp;</p><p>この頃には私も疲れが出始めており、母に苛々することが増えていました。</p><p>おそらくもっと前から苛々していたかもしれません。</p><p>反省と同時に、毎日緊張感が増していたと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>この時、私は初めて「悲しい」という感情が出てきました。</p><p>夜のシャワーを浴びている時間、シャワーの音に隠れて数分だけ、思いっきり涙を流しました。</p><p>&nbsp;</p><p>この先お母さんはどうなってしまうの？</p><p>&nbsp;</p><p>そう思いながら、なるべく小さく声をあげて泣きました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977279815.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Aug 2026 23:46:37 +0900</pubDate>
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<item>
<title>母の変化4～大掃除編～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>母の家の大掃除が始まりました。</p><p>限られた休日に作業するので、工程をきちんと分けなくてはいけません。</p><p>&nbsp;</p><p>・ゴミを捨てる日</p><p>・粗大ごみを出す日</p><p>・不要な家電は回収業者に頼む</p><p>・整理整頓する日</p><p>・整理するための収納用品購入</p><p>&nbsp;</p><p>これらを数回ずつに分けて行いました。</p><p>母の家に通って行うのは非常に大変な作業でしたが、</p><p>家族と会う回数が増えて母も以前より表情豊かになったようでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そして毎回スーパーやコンビニで一緒に買い物をするようにしました。</p><p>母の好きなものや日持ちするものを購入すると、次行った時にはなくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>しかしその頃、私が欲しい物を聞いても母は「分からない」と言うことが増えていました。</p><p>自分の意思表示が出来なくなっていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p>更に私が気になったのは、殴り書きされた色んなメモが金庫から出てきたことです。</p><p>メモはここ最近の物だけでなく、かなり前のものもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>大体内容は私との予定であり、</p><p>「○/○　○：00　待ち合わせ場所○○　○：00の電車に乗る」とほぼ同じ内容が書かれていました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、母の文字は以前より非常に汚くなっていました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977277878.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Aug 2026 23:19:50 +0900</pubDate>
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<title>母の変化3</title>
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<![CDATA[ <p>さすがに母の様子が気になった私は、予定していた教習所の予約をキャンセルし、</p><p>休日は母の家へ行くことにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>母の家は職場よりも遠く、片道2時間以上かかります。</p><p>時間を無駄にしないように、早起きして向かいました。</p><p>&nbsp;</p><p>久々に家に行くと、部屋は少し汚れていました。</p><p>郵便物はテーブルに溜まっていたし、床には埃が溜まっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>＜気になった点＞</p><p>・冷蔵庫には古くなった食品ばかりで、目新しいものは入っていない。</p><p>・ゴミの分別が出来ておらず、ベランダにゴミが溜まっている。</p><p>・以前捨てると言っていた洋服も、捨てずにハンガーにかけられている。</p><p>・家庭用品のストックなど、同じ場所に置かれず色んな場所に仕舞われている。</p><p>&nbsp;</p><p>思い出そうとすると書き切れない位、気になる点は沢山ありました。</p><p>部屋の管理が出来ていないのは明確でしたし、管理してあげられなかった自分を責めました。</p><p>自分は車の免許を取ることに夢中になっていて、母との時間を作れていなかったのです。</p><p>どんなに忙しくても、母のことを気にかけなくてはいけないと常に思っていたはずなのに…。</p><p>&nbsp;</p><p>そして母以外にも気になっていたのは、数年前に母が保護した猫2匹です。</p><p>猫に関する用品は、途切れないように私が注文していたため幸い元気そうでしたが、</p><p>きちんと管理してあげる必要がありました。</p><p>&nbsp;</p><p>今の家が母にとっても猫にとっても良い環境でないことは明らかでしたので、</p><p>ここから数週間にかけて大掃除を行うことになります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuccabow/entry-12977275096.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Aug 2026 22:46:05 +0900</pubDate>
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