<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>yuji787ysのブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/yuji787ys/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/yuji787ys/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>無題</title>
<description>
<![CDATA[ 文章を書いていると、つい他人の作品が恨めしくなり、それを真似て見たくなり、まるでその他人の文章を自分の文章に見せるかの如く、ちょっと気障に振舞い、自分の心を他人に見て取り、まるでその他人に自分が成り尽（き）ったかのように立場を上げて物を言う。<br>そんな事をしてはいけない。作家は、ただ正直を書くのみである。それがどんなスタイルであっても、卑下しちゃいけない。それが君のスタイルであり、神様から与えられた唯一の天才であり、中身であり、実力であり、他の人には一切真似の出来ない、貴重な財産である。<br>「コピーが無いものを追え」<br>これは昔に言った自分への教訓である。太宰の文章に何度感化されたことか。それに飽きれば芥川へ行き、つい高名な人を夢見て漱石へ行き、鴎外へ行き、エロスの文豪を実は気取るかのように谷崎へ行き、人から良いと言われれば川端へ行き、三島へ行き（三島は『卵』以外、全くモノにならなかったが）、とにかく、自分が無いかのように世間の人を渡り歩いた。あんな馬鹿げた事はもうやめるべきである。自分の作家が目の前に在るのに、手を伸ばせばそこに在るのに、なぜ感化され、影響されて、その自分を消しに掛かるのか。<br>幾ら他人から憧れという栄養を貰おうと、生粋の自分はその栄養を糧にしない。憧れを幾ら食べても、成長するのは憧れである。それ以上に成れない虚無に行き着く。分かっている。手っ取り早く成果を得たいのだ。しかし、既にその成果は得ている。憧れに、成果は無い。はっきりしている。その成果は模範に与えられた成果であり、自分で創り上げたものではない。別の事をしよう。暫くさようなら。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yuji787ys/entry-12520508434.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Sep 2019 20:21:45 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
