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<title>ゆくのき学園を存続させる会</title>
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<description>大戸の宝、町田市立小中一貫ゆくのき学園を存続させたいと願う保護者・地域住民・元教職員のグループです。</description>
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<title>５．ゆくのき学園開校</title>
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<![CDATA[ <p>残暑お見舞い申し上げます</p><p>毎日、暑い日が続いておりますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか？</p><p>ゆくのき学園の青々とした校庭の芝生に励まされて、ブログを更新しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　1994年（平成6年）、584名18学級あった大戸小学校も、武蔵岡団地で育った子ども達が成長し、巣立っていくにつれ、徐々に子どもの数が少なくなっていきました。そして、とうとう、2005年（平成１７年）には、大戸小学校は196名6学級となり、2008年（平成20年）には、大戸小学校・武蔵岡中学校ともに、単学級になってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>　「このまま子どもの数が減り続けると、廃校にせざるをえません。」</p><p>市の考えは、地域中に衝撃が走りました。「廃校！」「この大戸の地域に学校が一つもなくなる！」「どうにかならないだろうか？」</p><p>&nbsp;</p><p>　昭和43年3月に大戸分校が閉校になって、昭和58年4月に大戸小学校が創立されるまでの15年間、大戸の子ども達は、相原小学校・堺中学校・神奈川県の川尻村立中学校などに通学しておりました。バスの本数も少なく、歩いて通学する子ども達も多かったと聞いております。</p><p>　大戸の地域に小学校・中学校がどうしても必要だ！と地域の人達は考えました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そこで、学校関係者・保護者と教職員の会、PTA関係者・都営武蔵岡団地自治会関係者・子ども会関係者・地域の幼稚園関係者・保育園関係者・大学関係者・地域の学識経験者・町会、自治会関係者などが集まり、どうしたらよいか話し合いました。何回も何回も話し合った結果、小中一貫校として存続させてほしいという願いが強くなりました。</p><p>　この要望を教育委員会に伝えて、2012年4月「町田市立小中一貫ゆくのき学園」を開校することになりました。町田市で初めての小中一貫校でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　「ゆくのき学園」という名前は、大戸緑地に自生し、数年に一度真っ白い花を咲かせるという絶滅危惧種「ゆくのき」にちなんで、地域の方が命名しました。</p><p>ゆくのき学園のシンボルマークは、東京造形大学の福田秀之准教授のお力添えで、3人の学生によって、ゆくのきの「ゆ」をもとにデザインされたそうです。</p><p>学園歌は、山崎朋子氏によって作詞作曲されました。シンボルマークも学園歌も自然豊かな大戸の環境にふさわしく、学園・地域の方に愛されております。</p><p>　このように、ゆくのき学園は、大戸の地域の人達の思いがたくさんつまった学校なのです。そして、地域の人達が協力して、素晴らしい学校を作っていきました。</p><p>&nbsp;</p><p>詳しくは、ゆくのき学園ホームページをご覧ください。</p><p><a href="https://www11.schoolweb.ne.jp/swas/index.php?id=1310211">町田市立小中一貫ゆくのき学園のトップページ (schoolweb.ne.jp)</a></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210829/12/yukunoki2012/26/18/j/o0584056314993411664.jpg"><img alt="" height="405" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210829/12/yukunoki2012/26/18/j/o0584056314993411664.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Sun, 29 Aug 2021 13:30:00 +0900</pubDate>
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<title>４．大戸小・武蔵岡中創立　大賀ハスの円林寺</title>
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<![CDATA[ <p>　東京都の住宅計画にともない、水田、桑畑、山林が主だったのどかな地に、近代的な都営武蔵岡団地が建てられ、多くの人々が大戸の地で暮らすようになりました。そして、大戸の地はたくさんの子ども達でにぎやかになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　昭和43年（1968年）3月に大戸小学校が閉校になった大戸の地に、人口増加により再び町田市立大戸小学校として昭和58年（1983年）4月設立されました。開校時は、9クラスで児童数２９６名でスタートしました。</p><p>　また、同時に武蔵岡中学校も設立されましたが、まだ、中学校の校舎は完成していなく、大戸小学校の一部を借りて授業を行っていました。開校時は3クラス105名でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　昭和59年（1984年）すぐ近くに、法政大学多摩キャンパスが設立され、太い道も整備されましたので、急激に交通量も多くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　大戸小学校創立10周年のころ、大戸地区の歴史 と文化財 ・方言・民話などについて調べていた時の事です。あるお年を召 した方に、</p><p>「相 原小から分かれて大戸分教場を 作っているのですが、どうしてですか ?」</p><p>&nbsp;と、尋ねました。</p><p>する と、その方は、&nbsp;</p><p>「交通の便が不便だとい うことももちろんあったが、一番大きな理由は、大戸の地に学校があった方 が良いと考えたからだ。小学校は、近い方がいい、 歩 ける方がいい !　大戸地区は八王子の近 くまであ るからね。今の大戸小まででも歩いたら30分 くらいはかかる。だか ら、大戸分教揚は、今の相原幼稚園 の所に作ったのだ。俺たちはもうあと 10年 もすれば死んでしま うだろう。しか し、子 ども</p><p>達は、これか らの社会を担っていくのだ。この大戸の自然や地域の人達の思いを忘れないでほしいのだ。団地ができ て、子どもの数が増えて、新 しい学校が建つ と聞いた時は、本当に喜んだものだった。大戸小学校は、 この地域の宝だよ。」</p><p>&nbsp;と、このように教えてくださいました。</p><p>　それを聞いて、大戸には学校がなくてはならないものなのだと思ったものです。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　しばらくぶりで円林寺の大賀ハスを見に行きました。6月末に見た時は、たった一つの花が咲いていて、その美しさに感動したのですが、今日は、茎が二倍に伸びて、つぼみをたくさんつけていました。</p><p>ハスの花が開くのは、午前中と聞きました。お昼時でしたが、開いている花がいくつかありました。</p><p>これから、いい時ですね。お勧めのスポットです。美しい大賀ハスの花をこんなに近くで見ることができるところは珍しいです。大賀ハスの株分け第1号だそうですよ。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210713/14/yukunoki2012/8b/8f/j/o0479036014971487372.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="316" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210713/14/yukunoki2012/8b/8f/j/o0479036014971487372.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 13 Jul 2021 23:19:02 +0900</pubDate>
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<title>請願が本会議で採択!!</title>
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<![CDATA[ <p>やっと、花が咲いた。大輪のカサブランカが咲いた。</p><p>美しい花が、私たちの心に咲いた。</p><p>昨日は、そんな思いを抱いた日だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　6月30日は町田市議会最終日、本会議。ここで、私たちは「ゆくのき学園を廃校にしないでください」の請願が審議された。</p><p>　私たちは、コロナの中で傍聴にも行けないので、各自の家でスマホを握りしめ、本会議の様子を見つめていた。委員長が、18日に行われた文教社会常任委員会の報告をされた。</p><p>&nbsp;</p><p>「（前略）5月に策定した『町田市新たな学校づくり推進計画』では、統廃合想定年度が先送りになりました。しかし、私達は、子ども達の居場所であるとともに、大戸地区の宝であり地域住民のよりどころである本校を、ずっと残していただきたいと考えております。</p><p>　市内唯一の小中一貫校・小中特認校、ゆくのき学園が廃校にならないように、ご配慮いただきますようお願い申し上げます。」</p><p>　この請願陳述の内容が報告されたときには、その通り、その通りとうなづきながら聴いていた。</p><p>　</p><p>　そして、質問・意見と続き、その後採決に入った。各市議さんの名前が書かれた電光掲示板に、次々と灯りがついていく。そして、賛成32、反対１で採択と決まった。</p><p>　「バンザーイ!!」私は一人で叫んでしまった。後から後から涙が出てきた。3月に、保護者が署名運動に取り組んだこと、コンビニ・ドラッグストア・回覧板・掲示板などで知らせられたこと・相原駅で保護者や卒業生や在校生が「ゆくのき学園をなくさないでください！」と訴えたこと、子連れのお母さんが涙ながらに訴えたこと、3469筆の署名が集まり教育委員会に請願をしたことなどが走馬灯のように浮かんできた。</p><p>　こんな私たちの願いを各会派の市議の方々・都議の方々・国会議員の方々がよく聞いてくれた。紹介議員にも全会派の市議の方々が署名してくださった。</p><p>&nbsp;</p><p>　歴史をひも解けば、大戸の先人たちは、江戸時代から子ども達の教育のために自分達で大戸学校を作り、相原小学校と統合しても、すぐに大戸分教場を作り、新しい大戸小学校ができると、跡地に相原幼稚園を作り、大戸小学校と武蔵岡中学校が廃校の危機に立たされると、小中一貫ゆくのき学園を作って地域住民と子ども達のために学校を守ってきた。</p><p>　今回のゆくのき学園廃校案は、何度目かの危機だが、大戸に学校は必要という声が市議会で認められた。宝の学校を廃校にしてはならない！という地域住民・保護者の切実な願いが届いた。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210630/23/yukunoki2012/7e/ef/j/o0640045414965471725.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="298" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210630/23/yukunoki2012/7e/ef/j/o0640045414965471725.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Wed, 30 Jun 2021 23:42:43 +0900</pubDate>
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<title>３．戦後の大戸分校　</title>
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<![CDATA[ <p>　昭和22年国民学校が廃止になり、堺村立相原小学校大戸分校と名前を変更しました。</p><p>　同年、堺村立堺中学校ができましたが、堺地区の細長い地形もあり、大戸の一部では約30人の子どもを、隣村の川尻村立中学校へ通学させる一時期がありました。</p><p>　昭和23年、大戸分校で学ぶ児童は、4学年までとなり、教員2名の複式授業となりました。</p><p>　昭和28年、児童数が増えたために2教室増築され、教員も4名になりました。</p><p>　昭和33年、市制施行により、町田市立相原小学校大戸分校と名を改められました。</p><p>&nbsp;</p><p>　明治・大正・昭和と90余年の長きにわたり、７００余名の人達が学んだ分校も、交通機関の発達に伴い、昭和43年3月分校を閉校し、相原小学校に統合されました。</p><p>　閉校後の分校の敷地や建物は、「あいはら幼児園」として使用されることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>　大戸学校の仮校舎だった円林寺には、「大賀ハス」が植えられています。一週間前はつぼみ</p><p>でしたが、6月27日に訪ねてみたら、大きな美しい花が咲いていました。株分け第1号なんですね！本当にステキです。見とれてしまいました。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210628/16/yukunoki2012/e6/f8/j/o0640055614964278419.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="365" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210628/16/yukunoki2012/e6/f8/j/o0640055614964278419.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210628/15/yukunoki2012/2d/b0/j/o0640048014964261852.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210628/15/yukunoki2012/2d/b0/j/o0640048014964261852.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Mon, 28 Jun 2021 16:19:37 +0900</pubDate>
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<title>2.大戸学校から大戸分教場</title>
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<![CDATA[ <p>　明治5年8月、学校制度が発布されました。</p><p>大戸では、明治7年、円林寺本堂を仮校舎として<span style="font-weight:bold;">大戸学校</span>を開校し、円林寺住職池田孝範が</p><p>初代教師となりました。</p><p>　学校の仕組みが整うにつれ、生徒数も増え、仮校舎のままではすまされなくなっていきました。そこで、大戸地区では、明治10年に、秦良谷（はだらや）に学校を建設し、円林寺の仮校舎より移転して、大戸学校を開校しました。</p><p>　相原学校は、明治15年に、中村に校舎を新築し、長福寺の仮校舎より移り、八丹学校と呼ばれました。</p><p>　明治25年、大戸学校は大戸尋常小学校と改め、相原学校も翌26年に、相原尋常小学校と改められました。</p><p>　明治40年、義務教育は4年から6年になり、生徒数も増え、今までの校舎では、児童を収容することが困難になりました。そこで、明治41年、大戸尋常小学校は相原尋常小学校に合併しました。</p><p>　しかし、<span style="font-weight:bold;">大戸地区の児童は本校までの通学が困難なため、明治41年5月25日、校舎を新築し、相原尋常小学校大戸分教場と名を改め、昭和43年、相原小学校に統合されるまで、地域の子ども達の教育の中心となりました。</span></p><p>　現在の相原幼稚園の敷地に、大戸分教場がありました。写真は、現在の相原幼稚園です。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210625/20/yukunoki2012/e6/6a/j/o0640048014962843547.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210625/20/yukunoki2012/e6/6a/j/o0640048014962843547.jpg" width="420"></a>　</p>
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<pubDate>Sat, 26 Jun 2021 22:56:18 +0900</pubDate>
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<title>ニュース「町田市議会へ請願　ゆくのき学園を廃校にしないでください」</title>
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<![CDATA[ <p>　6月18日（金）、一生に一度あるかないかの感動的なできごとがありました。「ゆくのき学園を廃校にしないでください」の請願が、町田市議会文教社会常任委員会で全会一致で「採択すべきもの」と決しました。この瞬間、涙を流しながら拍手しました。</p><p>　市議さん達の質問には、好意と熱意がこもっていました。質問してくださった市議のみなさん、ありがとうございました！また、紹介議員になってくださった会派の市議のみなさん、ありがとうございました！</p><p>　この請願は、6月30日の本会議にかけられることになります。今後ともお力添えのほどよろしくお願いいたします。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210614/20/yukunoki2012/e9/f0/j/o0615064014957469413.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="437" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210614/20/yukunoki2012/e9/f0/j/o0615064014957469413.jpg" width="420"></a></p><p>　この詩碑は、ゆくのき学園にのぼっていく道の左側「ホタル生息地」に建てられている碑です。</p><p>　八木重吉は、１８９８年２月９日、大戸に生まれ、若くして病気で亡くなりましたが、２０年後にクリスチャン詩人としての評価が高まりました。人や動物や自然を温かい目で書いた詩を読むと、ほんわかした気持ちになります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 20 Jun 2021 15:21:49 +0900</pubDate>
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<title>大戸の学校　１．寺子屋のころ</title>
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<![CDATA[ <p>これから、大戸の学校がどのような歴史をたどったのかを書いてみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>１．寺子屋のころ</p><p>　学校制度のできる前は、一般に、「読み・書き・そろばん」などの学習を教えてくれる寺子屋と呼ばれる私塾がありました。</p><p>　大戸には、幕末より明治初年ごろの塾として小泉塾がありました。</p><p>　　　　</p><p>　また、明治初年の寺子屋師匠として、円林寺住職の池田孝範（たかのり）がいました。住職のかたわら、寺子屋塾を開き、近隣の子ども達の教育につとめました。</p><p>　寺子屋には7・8歳ころになると入門し、普通3・4年で終了しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　明日、6月18日１０：００から、町田市議会文教社会常任委員会が開かれます。</p><p>「ゆくのき学園を廃校にしないでください」の請願の陳述を行い、委員会で審議されます。</p><p>私たちは、「採択すべきもの」となるようにと祈っております。</p><p>　今日は、円林寺に行って、「どうぞ採択になりますように」とお願いしてきました。</p><p>本堂の前には、大賀ハスがたくさんありました。たった一つつぼみがありました。もう少しで</p><p>美しい花が咲きますね。大戸学校の初代教師池田孝範（たかのり）さんが、</p><p>「がんばって陳述するんだよ。大戸に学校がなければならないからね。」</p><p>と、応援してくれているようでした。</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210617/19/yukunoki2012/3c/c9/j/o0640048014958866696.jpg"><img alt="" height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210617/19/yukunoki2012/3c/c9/j/o0640048014958866696.jpg" width="220"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210617/19/yukunoki2012/ad/22/j/o0640047914958866771.jpg"><img alt="" height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210617/19/yukunoki2012/ad/22/j/o0640047914958866771.jpg" width="220"></a></p>
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<pubDate>Wed, 16 Jun 2021 23:09:40 +0900</pubDate>
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<title>ゆくのき学園を廃校にしないでください‼</title>
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<![CDATA[ <p>　町田市立小中一貫ゆくのき学園は、町田市唯一の小中一貫校として2012年に開校しました。施設一体型と小中一貫教育ならではの特長を生かし、児童・生徒一人一人にきめ細やかな9年間の継続的な指導を行う小規模特認校として、学校・保護者・地域が力を合わせて築き上げてきた学校です。</p><p>　理想的な小中一貫教育を実現し、地域の中心としての役割を果たすと共に、町田市が推進する「小中一貫町田っ子カリキュラム」をけん引してまいりました。</p><p>　</p><p>　相原町は東西の距離が約7kmと長く、全域からの通学は時間がかかること、大災害などの緊急時の帰宅が容易ではないことから、この町全体の児童・生徒を小中学校各１校ずつで網羅することは無理があります。町田街道の慢性的な渋滞や、積雪時のバス運休を目の当たりにしている住民や保護者としては、<a name="_Hlk69632678"><span style="color:#000000;">小中学校へのバス利用前提の通学は現実的でないと考えます。法政大学より西の地区は、バスの本数が特に少なく、その上、相原町の町田街道は歩道が狭く、長距離の徒歩通学は大変危険です。</span></a></p><p>　本校は、親子2代で卒業している者も少なくありません。ゆくのき学園が開校して10年、大戸地区には若い人向けの新しい住宅が建ち、コンビニエンスストアやドラッグストアが開店しています。また、町田市外や東京都外から移り住む若い人達が増えています。少人数・小規模・小中一貫校・地域連携・豊かな自然環境と5つの特長を持つゆくのき学園は、若い人にとって魅力的な学校です。また、地域の高齢者にとっても、ゆくのき学園は、子ども達とのふれあいの場であり、生きがいや自己実現の場にもなっております。大戸地区では、町田市無形文化財である「大戸囃子」も伝承されており、多数の子ども達が毎年稽古に励んでおります。</p><p>　もし、ゆくのき学園が廃校になれば、大戸地区を離れる家庭が増加し、地域が衰退することは目に見えています。学校がなくなれば、移り住む若い人も減り、高齢者だけの限界集落になるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>　そこで、町田市議会6月市議会に、「ゆくのき学園を廃校にしないでください」の請願書を</p><p>５００筆の同意署名とともに提出しております。<span style="font-weight:bold;">6月18日金曜日１０：００AM</span>より、請願陳述を行います。スマホやパソコンで<span style="font-weight:bold;">町田市議会</span>と検索してご覧ください。</p>
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<pubDate>Wed, 16 Jun 2021 13:09:31 +0900</pubDate>
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<title>「ゆくのき」の花が咲きました</title>
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<![CDATA[ <p>この大きな木は、「ゆくのき」（雪の木）です。東京都町田市相原町大戸地区の大戸緑地にすっくと立つ姿に勇気づけられます。大戸緑地は、町田市の西の玄関口にあります。</p><p>&nbsp;</p><p>この「ゆくのき」の花は、数年に一度咲くという絶滅危惧種。</p><p>今年の花は、3年ぶり。先日の嵐で、少し花びらが落ちてしまったが、6月5日にはまだ、真っ白い花をたくさんつけていました。</p><p>&nbsp;</p><p>大戸地区にある町田市立小中一貫ゆくのき学園は、この「ゆくのき」にちなんで、地域の方々が名付けたそうです。ゆくのき学園は、地域の宝です。少人数・小規模・小中一貫・地域連携・豊かな自然とそろった学校は少ないです。</p><p>&nbsp;</p><p>ゆくのき学園が、ずっとずっと存続しますように！</p><p>この「ゆくのき」がずっと見つめています。誰が地域や学校を大切にしているかを。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210613/18/yukunoki2012/72/62/j/o0640046314956858818.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="304" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210613/18/yukunoki2012/72/62/j/o0640046314956858818.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Sun, 13 Jun 2021 18:32:00 +0900</pubDate>
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