<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>もちもち</title>
<link>https://ameblo.jp/yumipine/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/yumipine/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年</title>
<description>
<![CDATA[ いつのまにか文庫本になっていたのね。<br>というわけで、手に取ってみました。<br>私が村上春樹さんの作品に初めて触れたのは、高校一年の時だったと思う。<br>もう十年の前のことだから、その時読んでいた季節までは定かではないのだが。<br>春だったような気がするし、秋だったような気もする。<br>その時読んだのは『ノルウェイの森』だった。<br>匿名性の強いブログでだから赤裸に語れるが、当時私には付き合っている彼氏はいたけれど処女だったし、セックスを知らなかった。<br>その性描写には素直に驚いたし、また、心情を深いところにひっぱられるような感覚があった。<br>女子高校生というのは来る進路決断を除けば大体にして呑気な生き物で、女子中学生や女子大学生と比べてみても、｢呑気な時代｣と名付けても良いのではないだろうか。<br>そんな呑気な時代に読んだ私だが、『ノルウェイの森』という作品は、いつか、自分はセックスを通してひどく傷つくことになるだろうと強い予感を感じさせたし、また実際に、何年か後にそうなったのである。<br><br>しかしだ。<br><br>今回読んだ『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』を読んだ後、私は、何の予感もなく、また、喪失感もなかった。<br>私自身が少し歳をとりすぎたのだろうか。<br>それとも、村上春樹さんもやはり歳をとって、若さを手にしていたとき確実に手にしていた、感傷を主とする感情を忘れてきてしまっているのだろうか。あるいは。←<br><br>いや、違うだろう。多分、喪失感は存在した。<br>それはリビドーを失ってしまった自分に対しての喪失感だ。<br>論理も何もない時代は終わったのだ。<br><br>彼の作品を十年に渡って読んでいるからこそ、今の自分がどのような感覚を持ってして生きているのかを知ることができる。<br>そんな事に気付かされた作品だった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yumipine/entry-12125099005.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Feb 2016 21:02:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>白痴</title>
<description>
<![CDATA[ この時期になると、ドストエフスキーが読みたくなる。<br>ロシアの冬に比べたら、日本の冬、まして雪もその季節に数回降るか降らない程度の首都圏に身を置いている身では、寒さの感じかたにも差異があるというのは明らかだ。<br>それでも気持ちの行きつく先は、冬の似合うロシアの文豪、ドストエフスキーである。<br>また、魅力的なのはその長さである。<br>これは結構重要なことで、この寒い時期に読み終えたからと行って週に二度も本屋に足を運ぶのは気が進まない。<br>というわけで、この時期になるとドストエフスキーを手に取るようにしている。<br>今回読んだのは白痴だ。<br>毎度のごとく登場人物が多い。相関図を書き出しておこうかと思うくらい、やはり多い。<br>だが、一人として輝いていない人物はいない。脇役だって、ドストエフスキーの手にかかれば一人の人間として、実に興味深く表現されている。<br>私がドストエフスキーに惹かれている点は、とても多岐に及んでいて、列挙していくのもなかなか難しいのであるが、一つにはこういうところにある。<br>私が小説を読むとき、そのストーリーの面白さというのにはあまり期待をしていない。<br>もちろん、面白いことは重要ではあるが、だったら映画で楽しめば良いのである。<br>その意味でも、ドストエフスキーの小説は、あえて文を通して知る意味がある、と言える。<br>主人公なり、脇役なり、その人柄や思考の仕方などが、ページをめくるごとに叙々に浮かび上がっていく様に、喜びを感じることができる作品である。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/yumipine/entry-12124652825.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Feb 2016 18:12:03 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
