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<title>私の母は韓国人です。</title>
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<description>たくさんの日本人の方に読んで頂きたいです。</description>
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<title>知って欲しい最低な国、韓国。</title>
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<![CDATA[ はじめまして。ご覧<font size="1">いただき</font>ありがとうございます。<br>最近の反韓の情勢などを踏まえて事実を知っていただきたく、今回執筆に至りました。<br>たくさんの方に韓国人の事実を知っていただければと思います。<br>なお、あくまで私の個人的な感情や意見であるので、見ていて不快に思ったりする方もいらっしゃるかも知れません。<br>そのようなことをご了承されたうえでご覧ください。<br><br>はじめに私の自己紹介から。<br>現在２４歳の関東在住の男性です。<br>父親は、日本人。<br>母親はタイトルにもある通り韓国人です。<br>日本語は堪能です。そこだけは素直に凄いなと思います。<br><br>今回はこの母親のことを主に告白していきたいと思っています。<br>なお、個人的な思想を前もってお伝えしておきます。<br><br><u>私は日本人であり、生まれてからずっと日本に住んでいます。<br>もちろん日本で義務教育を受け、韓国語など喋れません。<br>そして、<font size="5" color="#FF0000">韓国が大嫌い</font>です。</u><br><br>幼少期。とはいってもまずは両親の出会いから遡ります。<br>父は大手パチンコ屋に勤めていました。<br>母との出会いは、会社が企画した韓国でのいわゆる合コンパーティだったと聞いてます。<br>その時点で、パチンコ業界と朝鮮の関係がプンプン漂いますがその点は省略させていただきます。<br><br>父は当時、３０代後半でした。母は２０代中盤。<br>そこで出会ってどういう経緯かは本人でないのでわかりませんが、結婚しました。<br><br>この時点で韓国人が実際にお金を持っている日本人と結婚したがっている。<br>ということが伺えます。父が未婚だったこともあり焦りもあったのでしょう。<br><br>そして生誕。私が小学生時代のお話です。<br>父は仕事が忙しく、早い時間に寝ていた私にとっては寝顔しか見たことのない人でした。<br><br>そんな中、母に育てられました。<br>少し悪いことをすれば木の棒で殴られたり、障子をはずして叩きつけたりしていました。<br>その時の傷跡は今も少し残っています。<br><br>そして母はわがままでした。欲しい物ならなんでも手に入れるような人でした。<br>ある時はスポーツカー、ある時はピアノ、またある時はジュエリー、バッグ。<br>そして新しい車…<br><br>ペットが飼いたいと言い出して犬を貰ってきたこともあります。<br>私も動物は好きでそれはそれは可愛がっていました。<br>しかし１年近くたったある日、帰ってきたら愛犬は姿を消していました。<br>母曰く、<font color="#FF0000">「犬が言うことを聞かないから保健所に預けてきた。」</font>だそう。<br>当時幼かった私にとってそれを理解することは簡単なことではありませんでした。<br>いや、今でも理解に苦しみます。なんの前触れもなく気分だけでそういうことを平然とやる。<br>これが、韓国人である私の母親です。母親ですとも言いたくありませんが。<br><br>後で聞いた話ですが、私が小学校の頃には夫婦仲は最悪だったと聞いています。<br>ですが、父も私達の先のことを考え我慢したと聞いています。<br><br>寝顔しか見たことないくらい忙しい父とは裏腹に、その稼ぎで自分の欲求を思うままに叶える母。<br>離婚はそう遠くありませんでした。<br><br>中学生時代。<br>とある理由で住んでいた家を手放すことになり、一戸建てを建てることになりました。<br>今流行のフリープラン、自由設計のやつです。<br>ここでも母は営業マンの都合も知らずああだこうだと言いまくっていたのを覚えています。<br>その時の営業マンの方、本当にごめんなさい…<br><br>中学生にもなると反抗期…ということもあり、実際に私にもそのような時期がありました。<br>…とはいいますが、物事を理解できるようになって<br><br><font size="5" color="#FF0000">「この人はおかしい。関わりたくない。」</font><br><br>そう思うようになってきました。それは反抗期とは違います。<br><br>その頃です。父が脳梗塞で倒れました。父は肥満気味でお酒もタバコもかなりやる人でした。<br>もちろんすぐに仕事に復帰することはできませんでした。<br>母は、お酒もタバコもやめなさい、運動しなさいと毎日言うようになっていました。<br>言っていることは正しい。<br>でも裏を返せば<font color="#FF0000">「私の生活があるんだから働いてもらわないと困る。」</font><br>当時の自分には母がそこまで言う理由がそれしか思い浮かびませんでした。<br><br>父が仕事に復帰しはじめた頃、母は新しい仕事を始めました。<br>パブか何かの水商売を経営するようになりました。<br>もちろん、父が働いて貯めた貯金で。<br>母曰く、自分の店を持つのが夢だったそうです。そんなの知るか。<br><br>これも裏を返せば、<br><font color="#FF0000">「父がいつダメになってもいいように自分で稼げる手段を作らなければ。」</font><br>末期だった私には、こう考えるのが普通でした。<br><br>そして、とうとう夫婦仲も最悪までいったようで、<br>父は家を追い出されました。事実上の離婚です。<br>家を出て行ったと言わないのは、父はすでに反抗する気力がなかったからです。<br>養育費込みで財産分与をした結果、父は１／５、母は４／５くらいと建てた家を貰ったそうです。<br>どう考えてもおかしい配分です。<br><br>当時すでに父は定年間近。<br>まさかこれだけ貯めてきたのに数百万しか残らないなど考えてもいなかったでしょう。<br>しかしそれくらいに参っていたのだと思えば納得してしまうのも無理はありません。<br>もはや父にはお金など、どうでもよかったのです。<br>それよりもこの猛獣とガミガミ言い合うのが嫌で仕方なかったんです。<br>父はそんなことは口にはしませんでしたが、私には痛いほどわかりました。<br><br>そして高校生時代。<br>父のいない屋根の下、母、私、妹で暮らしていました。<br>しかし、そこに私が住む理由など微塵もありませんでした。<br>私自身も父の一件もあり、家では一切言葉を発しなくなりました。<br>会話する理由がありません。だってその人は母親なんかではなく、<br>父親を殺した人物です。自分の欲望のままに。<br><br>しかし、そんな中でも同じ家に住んでいれば必然的に毎日顔を合わせます。<br>それが嫌で１階にあった床の間を自室として占領して、<br>玄関を使わず庭から出入りしたこともあったほどです。<br><br>母は、父がいなくなってからは開業した仕事に励んでいました。<br>いくら数千万の汚れた臨時収入が入ったところで、<br>自分の夢であった店を畳みたくはなかったでしょうからね。<br><br>さらに母は私と仲直りしようと迫ってきました。やはり自分の子供だから可愛いらしい。<br>しかし、体罰を受けた過去や日頃の行い、父親の一件。<br>私からみれば、<font color="#FF0000">母親という事実すらも消してしまいたい</font>存在、<br>他人。いや、憎むべき存在になっていました。<br>そんな私が心を開く理由など、どこに存在するのでしょうか。<br><br>私はアルバイトをはじめ、自分の食費に充てました。<br>毎日美味しそうな牛丼屋やコンビニのお弁当を用意してくれていたみたいですが、<br>とてもそれに甘えるなど私はできませんでした。<br><font color="#FF0000">もう関わりたくない。</font>本気でそう思っていたからです。<br><br>しかし、仲良くなろうと小遣いを与えたり積極的になっていく獣。<br>私は、家を出て行く決意をしました。高校３年生の時です。<br><br>とはいえまだ１７歳。しっかりとした職もない。<br>父を頼ってアパートを借りて、アルバイトで稼いだお金を家賃や生活に充てました。<br>どんなにお金がなくても、父を頼ることは出来ませんでした。<br>出来ないでしょう。あんなことがあったと知っているなら。<br><br>私は、１８歳にして恐らくストレス原因である胃腸の病気を患いました。<br>それは現在でも治せていません。<br><br>大学も諦めて就職しました。<br>自分勝手な考えながらも、父へ迷惑をかけない。<br>それが父へ出来る親孝行だと思ったからです。<br><br>そして高校を卒業後、上京しましたが母はストーカーになっていました。<br>毎月来る現金書留、宅配便。<br>母からのものとわかると業者の方に迷惑ながらも受け取りませんでした。<br>誕生日の日には直接ポストへいれた手紙まで入っていました。<br>普通の家庭であれば子供のことがいつまでも可愛いのは十分わかる。<br>腹を痛めて産んだのならなおさらかも知れない。<br>しかし、これに私は耐えられず怒りさえ覚えるようになってきました。<br><br>どこから住所を得ているのかを考えた結果、戸籍謄本からの説が有力と考え、<br>分籍制度を使って戸籍から離れることもしました。<br>これには落とし穴もあるのですが、詮索されないような方法を毎日のように考えていました。<br><br>ストーカー被害として警察へ赴いたこともあります。<br>しかし、警察も相手が母親ということもあり相手にしてくれませんでした。<br>当然です。普通に考えればストーカーだと思うこと自体がおかしいんです。<br>でも私にとってこれは死活問題でした。<font color="#FF0000">存在すら消してしまいたかったから。</font><br><br>そして現在。私は平穏に過ごしています。<br>家族と呼べるものとはもう６年近く会っていません。<br>会っていないどころか関わってすらいないというのが正しいでしょうか。<br><br>先日、過去の戸籍が気になり戸籍謄本を取ってみました。<br>そこには、戸籍上も離婚したと記録されていたこと、<br>そして父もその戸籍から外れていることが書かれていました。<br><br>父は還暦を越えているにも関わらず再婚したそうです。<br>気になり戸籍を辿って連絡もなしに。というより連絡先も知らなかったので家まで伺ってみました。<br>すると、再婚相手の女性が出てきました。父は仕事に行ったらしい。<br>いろいろと話を聞かせていただいて、父の現在の写真を見ることになりました。<br><br>そこには、以前の肥満傾向だった面影はなく、<br>痩せ細り、髪も薄くなった父の写真がありました。<br><br>そして再婚相手の女性がこんなことを言いました。<br>「前の奥さんの話は私はあまり知らない。私も離婚を経験しているし、今楽しく幸せで過ごせるなら過去のことはお互い知らないほうがいい。」と。<br><br>小さな公営住宅でひっそり新しいパートナーと老後を楽しむ父。<br>その事実が知れただけで満足でした。<br><br>一方、母のほうは自分はわかりません。生きているかもわからない。そんな状況です。<br>私はそれで構わないと思っています。だってもう他人だもの。<br><br>----<br><br>ここまで簡単ではありますが、ありのままの韓国人を綴りました。<br>もちろん全員がこんな最低最悪な人間であるとは思っていません。きっと。<br>しかし、このような人が身近にいたという事実に嘘偽りはありません。<br><br>私自身、韓国人は欲望に素直な人種だと思っています。<br>自分の母もそうだったうえに、現在では韓国では売春やレイプが後を絶たないそうです。<br>これは男性の欲望がそのまま結果として表れた結果だけではなく、<br>売春であれば女性の欲望を満たすための金儲けとしての手段でもあるのです。<br>需要と供給がうまく成り立っている？といえばいいのでしょうか。<br>いずれにせよ韓国人がいかに低脳かが伺える事実です。<br><br>皆さん、韓国人には近づかないでください。<font size="5" color="#FF0000"><br><font size="1" color="#000000"><font size="1"><font size="1">奴等は、</font></font></font><br><br>自分の欲望や利益のためなればなんでもやる。</font><br><br>そんな人達です。<br>人を使うことだって、技術を真似ることだって、プライドなんかありません。<br><br>自分さえよければ、<font size="5" color="#FF0000"><br><br>誰がどうなろうと知ったことではないのです。</font><br><br><br>至らない文面だったと思いますが、ここまでお読みいただきありがとうございます。<br>この事実を多くの人に知っていただければと思い書きました。<br>どうぞ、皆様がこれから幸せな人生を送れますように…。<br><br>平成２５年２月２５日<br>
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<pubDate>Sun, 24 Feb 2013 23:23:56 +0900</pubDate>
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