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<title>Yuriko's Room</title>
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<description>365日思いのままに生きてます！</description>
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<title>とんかつの廣</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは！</p><p>先日、友達を仕事終わり頃を狙ってお誘いし、久しぶりに「とんかつの廣」さんへいきました！</p><br><br><div>とんかつの廣<br><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="地図：とんかつの廣" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmaps.googleapis.com%2Fmaps%2Fapi%2Fstaticmap%3Fcenter%3D34.958175%2C137.099381%26zoom%3D13%26size%3D300x300%26maptype%3Droadmap%26markers%3Dcolor%3Agreen%257C34.958175%2C137.099381%26sensor%3Dfalse" width="300" height="300"><br><br>ジャンル：天ぷら・とんかつ<br>最寄り駅：南安城<br>TEL：0566752109<br>住所：愛知県安城市東新町９－２２<br><a href="http://link.ameba.jp/224344/" rel="nofollow" target="_blank"><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="ミセコレ" src="https://stat100.ameba.jp/blog/img/ico/icon_entryMisecolle.gif" width="78" height="40"></a></div><p><br>公式HP：<a href="http://tonpiro.com/">http://tonpiro.com/</a></p><br><br><br><br><p>私は小さな頃から両親の行きつけなので通っていたのですが、長らく愛知県を不在にしていたので今回は久しぶりの凱旋に！</p><br><p>今は三代目がやってらっしゃって、店内は明るく綺麗で、カウンター・テーブル・座敷のお席がありますが、ランチは大変混雑します。ディナーも夕方の開店した頃は入れない可能性があります。それくらい人気のお店で常連さんも一見さんも多いですので、待ちたくない！という人は予約をおすすめします！</p><p>（今回は予約なしで行きましたが時間帯と曜日のせいか空いていてラッキーでした！）</p><p>土日のランチは後日旦那と行きましたが平日ランチよりさらに混雑していて、予約なしの突撃訪問で一時間くらい待ちました。</p><br><br><p>初代創業者の息子さんが三代目なのですが（二代目は初代の奥様で三代目のお母様）、初代から守り続けた秘伝の味噌とんかつは絶品です！</p><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141222/14/yuriko820/35/92/j/o0640048013165932646.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141222/14/yuriko820/35/92/j/t02200165_0640048013165932646.jpg" width="220" height="165"></a><br></p><p>これは私が注文した「特大ヒレカツ定食」（味噌たれ・ヒレカツ200ｇ）です！</p><br><p>ごはんはランチですと、「白米」「雑穀米」「白米大盛り」から選択できます。残念ながら夜の部は大盛りは料金がかかります。お味噌汁とごはんはおかわり自由ではないようですが、キャベツはできます！</p><br><br><p>このお店では、豚は最高級の三河豚のお肉を使用していて、油も数種類をブレンド、味噌は八丁味噌を中心に三河の赤みそを数種類ブレンドしています。キャベツもお米も安城産を中心にとにかく地域密着の素材盛りだくさんにこだわっていらっしゃいます。</p><br><br><br><p>昔は日本家屋風のお店でしたが三代目になるときにリニューアルして今はさらにとっても綺麗になってますよ！大勢で行くといったお店ではないように思いますが座敷は繋げることもできるので予約していれば大勢でも大丈夫だと思います！</p><br><p>お肉がとってもやわらかくてジューシーです！</p><p>まずそれにびっくりします！</p><br><br><p>お値段もそこそこするイメージがありますが、毎月一度くらいは自分へのご褒美で！(笑)</p><br><br><br><p>場所は安城コロナワールドから徒歩５分程度です。</p><p>いつも私はコロナで映画を観る際にちょっと寄ろうかなという感じで徒歩で移動しています。今回は友達の車で行きましたが、駅からは遠いと思うので車を強くおすすめします！</p><br><br><br><p>ともあれ、私の中でとんかつでは「とんかつの廣」に勝るお店はありません！</p><p>ぜひぜひご賞味下さい！</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/yuriko820/entry-11967599768.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:59:52 +0900</pubDate>
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<title>コンビニスイーツ</title>
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<![CDATA[ <p>※過去記事を前ブログから転載しています。</p><br><br><br><p>こんにちは！</p><div>毎週日曜日の仕事はお昼から出勤するので普段より格段に早く帰る事が出来る「お楽しみの日」です。同時に前日は夜中まで仕事だから寝不足の日でもありますが！</div><div><br></div><div>だからこうして、少しるんるん気分で仕事へやって来たわけなんですが。</div><div>最近のコンビニスイーツって進化してますよね！種類も豊富で美味しい。有名店や有名パティシエとのコラボスイーツなんかも出ちゃったりする。</div><div><br></div><div>奥様やママ友で集まって軽くお茶する、なんて時にもコンビニスイーツを買ってきてお皿に移すだけで見た目にもいいし味に申し分ないのに低価格で出来ちゃってなかなかいいですよねー。</div><div>って、言いつつ私自身はイノダコーヒとかドトール、上島珈琲店、コメダ珈琲などなど喫茶店やカフェ大好き人間なんで外に出てしまう事が多いんですけどね？</div><div><br></div><div><br></div><div>それはさておきお仕事前にビルの一階に入ってるサンクスに寄るのが日課なんですけど、最近のオススメはズバリこれ！</div><div><br></div><div><div id="{F40DE0C0-C5C8-4696-980F-AD41230DA393:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13015618735" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11900556987-13015618735.html"><img border="0" alt="{F40DE0C0-C5C8-4696-980F-AD41230DA393:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140727/12/aiko-s82/81/79/j/o0480036013015618735.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>ドトールのコーヒーゼリーです！</div><div>ぷるぷるのゼリーに昔ながらのコーヒーフレッシュで召し上がれ☆</div><div><br></div><div>最近はクリームタイプの最初から投入されてるコーヒーゼリー多いじゃないですか。何度かチャレンジしたけど、私はちょっと苦手なんですよね。コーヒーフレッシュをかけて食べる方が好き。</div><div><br></div><div><div id="{930F9D33-8573-40FE-B1FF-8F6449F54317:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13015618748" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11900556987-13015618748.html"><img border="0" alt="{930F9D33-8573-40FE-B1FF-8F6449F54317:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140727/12/aiko-s82/9a/23/j/o0480036013015618748.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>こんな感じでがっつりかけて頂きます！</div><div><br></div><div>ゼリーのお味ですが、結構しっかり濃い目のコーヒーです。薄くないので単体で食べるとしっかりし過ぎて苦かったりするのでフレッシュとの相性は最高！まろやかになります。</div><div><br></div><div><br></div><div>ローソンのティラミスもなかなかお気に入りだったり。とにかくたくさんあり過ぎてなかなか上手には選べません。</div><div>みんなで持ち寄って少しずつ取り分けたらたくさんの種類食べられるのかしら、なんて思いました（笑）<br></div>
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<link>https://ameblo.jp/yuriko820/entry-11967594036.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:58:25 +0900</pubDate>
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<title>フェリーに乗りました。</title>
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<![CDATA[ <p>※過去記事を前ブログから転載してます。</p><br><br><p>というわけで、昨日の夕方までに仕事をバタバタっと終わらせて仙台港フェリーターミナルへ行きました！</p><div><br></div><div>私はここからいざ、苫小牧へ！</div><div>札幌を目指します。<br><div><br></div><div><div id="{35DFA4B5-E51E-48BD-89B1-8F6D00E5C6D2:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13008134126" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896781434-13008134126.html"><img border="0" alt="{35DFA4B5-E51E-48BD-89B1-8F6D00E5C6D2:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140719/23/aiko-s82/57/79/j/o0480036013008134126.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div id="{52D78588-9A8C-46BD-B1F4-F0DE4E321974:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13008134196" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896781434-13008134196.html"><img border="0" alt="{52D78588-9A8C-46BD-B1F4-F0DE4E321974:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140719/23/aiko-s82/c4/97/j/o0480036013008134196.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>今回、私が乗ったのは太平洋フェリーさんの「きそ」です。</div><div><br></div><div>それにしてもとにかく大きい！今回が初めてのフェリーだったので他社のフェリーなどと比較は出来ないのですが、驚きました（でも当たり前よね。トラックや車をたくさん乗せているんだもの）</div><div><br>受領証を忘れるというハプニングが起きたものの無事に乗船出来ました。</div><div>乗り込むのは早いのですが、乗船名簿の列がとんでもなく長かったです。なるべく手間をかけたくない人はインターネットから先に乗船名簿を手配しておくとスムーズですが、それでも並ばなくてはいけないのは変わりません。長蛇の列にはほとほと疲れ果てました。</div><div><br></div><div>今回は仙台駅から多賀城駅まで電車で向かい、駅からはタクシーで行きました。満室満員ということで夏休みのお子様連れや山岳会の方などもたくさん。</div><div><br></div><div><div id="{E9C60459-65D1-4334-ABB2-8DC816E5C56B:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13008133828" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896781434-13008133828.html"><img border="0" alt="{E9C60459-65D1-4334-ABB2-8DC816E5C56B:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140719/23/aiko-s82/4d/b4/j/o0480064013008133828.jpg" width="300" height="400"></a></div></div><div id="{229A43A1-6EFE-4440-BB64-974FB7E2E27F:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13008133661" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896781434-13008133661.html"><img border="0" alt="{229A43A1-6EFE-4440-BB64-974FB7E2E27F:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140719/23/aiko-s82/8a/88/j/o0480036013008133661.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>船内はこんな感じです。</div><div>広くてのびのび快適でした。</div><div><br></div><div><div id="{6A247CE0-8C87-48A4-A263-37ED442C3698:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13008134047" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896781434-13008134047.html"><img border="0" alt="{6A247CE0-8C87-48A4-A263-37ED442C3698:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140719/23/aiko-s82/ca/f9/j/o0480064013008134047.jpg" width="300" height="400"></a></div></div><div><br></div>カラオケルームまで！すごいですね。</div><div><br></div><div><br></div><div>私は乗り込んですぐにレストランへ。</div><div>バイキングが2000円です。ステーキなど厚切りでボリュームがあります。ヘルシーなお料理からコレステロールが気になりそうなお料理までたーくさん。お酒のみ別途料金かかります。</div><div><br></div><div>19:40に出航してから11:00に苫小牧に着くまでのんびりまったり時に爆睡していたらそんなに苦ではなく、携帯やスマホも私はauですが、多くの場所で電波が入りました！（ただいま無料実施中の事前登録Wi-Fiを利用すると更に便利に快適にスマホをいじれますよ）<br><br>朝のバイキングは1000円です。</div><div>しっかり朝ごはんを食べてから下船の準備をしました。下船の際にはスムーズに出ることが出来ます。<br><br><br>こんな感じで、フェリーに関しては思っていた以上に好感触。また機会があれば乗りたいと思いますね～。<br></div></div>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:51:26 +0900</pubDate>
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<title>織田信長～愛情のかたまり～</title>
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<![CDATA[ <p>今日は日本史上とても有名な織田信長について少し書いていこう！と、バスの中で思いつきました。というのも、明日の夜から実家に帰るので愛知県に行くんです。愛知県＝名古屋＝織田信長というのはちょっと安直でしょうか（笑）</p><br><br><p>教科書やドラマで描かれる織田信長像というのは「うつけ者」で気性が荒く我儘。それでいて鬼のような勢いで全国統一を目指し、神仏を恐れず、しかしそのせいで夢半ば本能寺で明智光秀に裏切られ死んでいく―――そんなイメージはありませんか？</p><br><p>実は教科書で教わる前に、私自身の手で織田信長について調べていて、ある程度の知識を持って授業を受けがっかりしたと同時に驚いた過去のある私です。</p><p>というのも、私にはそんなイメージの織田信長はどこにもいないのです。</p><p>今日はそんな私の中にずっと棲んでいる織田信長について語っていきたいなと思います。</p><br><br><br><br><br><br><p>①「母親」に憧れる姿</p><br><p>織田信長は天文３年（１５３４年）に尾張国那古野城で誕生します。</p><p>しかし、たった２歳の頃に両親は古渡城に移ってしまい、信長は那古野城の城主になります。乳母や家臣たちの手によって養育され、信長の中には家族、特に母親への憧れが膨らんでいくのです。</p><br><p>かといってマザコンなのか？というとそうではありません。というよりマザコンだったにせよ、母親は近くにはいないですし、時々会えても弟の信勝（信行）を可愛がっていたといいますから甘える事は出来なかったのではないでしょうか。</p><br><p>じゃあどうしたのか。</p><p>単純明快。「女性」に母性を求めたのです。</p><br><p>それを証拠に織田信長の側室は少しふくよかな女性、年上、未亡人などが多かったのです。美人というよりは優しさや癒しを与えてくれる女性を好んだといいます。そこに「母親」を感じられるような人。鬼だうつけだと言われている信長からは想像出来ませんか？私には安心しきった信長の顔が浮かびます。ほほえましいなと思ってしまいます。</p><br><p>自分の真実母親である人が（父親も弟もそうですが）けれども自分とは違う場所を「帰る場所」としている。住んでいるところの違いだけではなく心の距離を感じざるを得ない年齢だったと思います。嫡男だからという理由だけで切り離された自分の運命を呪った事もあるでしょう。</p><p>後述しますが、弟との戦の仲裁に母親の土田御前が入るのですが、そこでも母は弟の命を助けてほしいと嘆願します。信長は複雑でしたが一度は受け入れているのです。母親だから、憧れの人だから、その人に頼られた嬉しさだってあったと思うのです。</p><br><br><br><br><br><p>②たったひとりの同母弟</p><br><p>織田信長といえば、彼自身も三男であり（母親が正室であった為に嫡男になったのです）異母兄弟は数多く存在しますが、同母兄弟というのはたったひとり織田信勝（信行）しかいません。</p><br><p>「うつけ」と家臣たちにも見限られていた信長に対して、品行方正な信勝。以前、このブログでも取り上げた津田信澄のお父さんです。</p><p>彼は信長とは違い両親のもと古渡城で育ち、元服してからは末森城主となっていました。</p><br><p>兄弟仲は不仲説が囁かれてきたのですが、それは何かにつけ信長を廃嫡にして信勝を担ぎ上げようとした政治的背景があるからで、実は二人はとっても仲良しの兄弟であったらいいのになと私は思います。だって離れて育っても血を同じくする兄弟なんですもの。彼らが実は仲良しさんで、行き来もよくしていて、信勝は兄の為に臣下に下ってそれでも対等に同じ夢を追っていこうとしていたのならいいのに、と。</p><br><p>でも、運命は残酷です。</p><br><p>信勝はその後、二度に渡って信長に戦を仕掛ける事になります。</p><p>一度目の戦では信長軍に押されて逃げ戻り、二人の母である土田御前が仲裁にあたっています。そしてその後、清洲城へ信勝から出向いてお礼を述べています。</p><br><p>しかし、その後、信勝の忠臣であった柴田勝家の密告で二度目の謀反を知り、信長は信勝を暗殺する事を決めます。</p><p>「弟を暗殺？やっぱり非道だわ」と思う人もいるかもしれません。でも、これは信長の精一杯の思いやりでもあったのです。</p><br><p>だって、戦が起これば兄弟喧嘩や家督争いに関係のない民まで駆り出され、村に火が上がり、何百何千の犠牲が生まれます。それならば、命の重さを比べてしまえば、いくら弟であるとはいえ、この人ひとりの命だけで済む方がいいじゃないか、とそう考えたわけです。</p><br><p>実は織田信長の生きた時代、農民でも戦の度に徴兵を受けるのは当たり前だったのですが、信長はそういう事を嫌いました。農民は農民、自分たちに献上される米や野菜を作ってくれているのです。それを戦に出すのは違うと、武士でない者の命を戦で奪うのは忍びないと考える人だったのです。</p><p>だからこそ、弟ひとりの命と民の命、ひとりの犠牲と多くの犠牲ならば、最小限で済む方を選んだのです。</p><br><p>この時、信長は清洲城に住んでいました。</p><p>ここへ病床についている事とし、信勝を呼びつけます。見舞いに来た信勝は何も疑っていませんでした。床に入る前に刀を預かっているので丸腰、そこを信長の命令で待機していた池田恒興に殺害されてしまうのでした。</p><br><p>その後、信勝の正室であり津田信澄の母である荒尾御前は実家へ帰る途中、信長にさらわれて清洲へ連れ戻され、この池田恒興に信勝を殺した褒美として与えられます。そのお沙汰も「非情すぎる」と思うのは現代の常識に当て嵌めるからであって、信長からしたら「憎み合うべき二人が一緒になればいつしかその憎しみも癒えていく」と思ったのでしょう。結果、とても夫婦仲はよかったようです。</p><br><p>最期の時、では信勝はどうだったのか。</p><br><p>もし二人が仲良しだったとすれば、信勝はただ家臣たちが勝手に盛り上がって「謀反を企ててしまおう」となっている様を指を咥えて見ているしかなかったのなら（寧ろ現代ではこの説が濃厚でもあるようですね）「自分は何もするつもりなどなかったのに！」と思ったのでしょうか。</p><p>私は、そうではないと思います。だって信勝は織田信長の弟です。父親も尾張の虎と呼ばれた織田信秀です。当時はまだ幼かったとはいえ最期にかっこよく潔く散っていった津田信澄の父でもある人なのだから、彼は何の不満もきっと言わないで死んだのではないのかなと私はそういう信勝であったらいいのになと思います。</p><br><p>「なぜ」「どうして」そう思ってはいても、心のどこかでは「こういう事もあるかもしれない」と覚悟をしながら生きていた、と。誰かが密告したのだとしても、それが誰であったのだとしても、そういう事になってしまうしかなかった、そうさせてしまった自分の主としての責任なのだと、それを全て飲み込んで国の為に兄の為に喜んで命を差し出す人―――ちょっと美化し過ぎじゃない？と思う方もいるかも知れませんが、そうであったらいいのになと、つまり無実であったらいいのになと、思わずにはいられません。</p><br><p>そして、信長自身も「すまない」と、ずっとずっと心に弟を抱きしめている人であったらいいのにと思います。だって信長は信勝の遺していったものを大事にしていたのだもの。</p><p>妻も子供も殺さなかった。特に息子に関しては世の習いとして殺す権利だって持っていたのに、それどころか自分の息子より余程愛して慈しんで育てたんですもの。だから絶対に、最期の最期、本能寺で散っていく時ですら、その胸に信勝が棲んでいたらいいのにと、そうであったのではないかなと私は思います。</p><br><br><br><br><br><p>③最愛の人</p><br><p>戦ばかりしているイメージのある戦国時代。まして信長は天下布武を掲げて天下統一を目指す戦国大名。そうくればどうも恋愛のイメージが薄く、ドラマでも正室の濃姫と本能寺で亡くなるシーンは想像出来るけど家庭的でもないのよね、と思う人も多いでしょう。</p><p>でも濃姫って本当は本能寺の変まで信長に連れ添っていた事実なんてありません。もっと言えば３０歳以降に一緒にいた可能性はとても薄い。没年も墓も定かではないのです。それどころか濃姫という名さえ本名ではなく「美濃国から来たお姫様」だから濃姫。本名は帰蝶というのだとか。</p><br><p>じゃあ最愛の人って誰？という事になるのですが、信長が生涯で最愛の人とするのはきっと「生駒御前」でしょう。</p><br><p>生駒御前は「吉乃（きつの）」という名で有名な信長の側室ですが、本名は類といい、馬借を家業としていた生駒家宗の娘で、先の夫を亡くして実家に戻ったところを信長に見初められ側室にあがりました。商人と武士の間のような家だったので、交易に関しても信長を盛り立てる事になっていくのです。</p><br><p>さて、吉乃ですが、複雑な事情を割愛して事実だけをあげれば信長の母親である土田御前の従姉妹にあたります。つまり信長の親類にあたり、年上説も年下説もあるので年齢ははっきりしません。ほとんど非公式の「側室」というよりは「愛妾」という感じで実家の生駒屋敷で生活しそこへ信長が通っていたようです。</p><br><p>なぜ吉乃が最愛の人と言われるのか、実はこの人こそ、信長の嫡男・信忠、次男・信雄、長女・五徳姫（一般的には徳姫という名で親しまれる）の母なのです。</p><p>信長が自分の嫡男として選んだというのはもちろんですが、のちにたくさんの子供が出来てもこの二人の息子を重要なポジションに据えた事、次男より先に生まれていた別腹の信孝が生駒御前の子ではないという理由だけで三男にされた事など含めて優遇されており、また、吉乃自身も小牧山城に信長が移った際に正室（と変わらない身分）として小牧山城に上がった事がわかっており、破格の待遇を受けたのです。それも、信長自らが生駒屋敷に迎えに出向き、輿に乗る身分ではない吉乃を輿に乗せ、嫡男生母としてお披露目したというのです。</p><br><p>これだけでも、吉乃に対する信長の愛を強く感じます。</p><p>けれども、吉乃は五徳姫を産んで以来、めっきり身体が弱くなり、僅か数年で（あるいは小牧山城に上がった翌年、遅くても五徳姫五歳には）亡くなっているのです。</p><br><p>その時のエピソードですが、吉乃の葬儀に臨み、その寺のやぐらに登った信長は人目も憚らずに声を上げて泣いたのだといいます。もういっそ吉乃と死んでしまおうかと、深く深くその死を悲しみ、在りし日を思って泣いたのだそうです。</p><br><p>親類というくらいだから幼い頃からお互いの顔を知る仲だったのかもしれません。だとすれば自分の今までの生涯をかけて一緒にいた思い出がたくさんある。城に囲ったのではなく通い婚を長く続けていたくらいだから、そこではのんびりと安心して癒されに行っていたかもしれない。</p><p>三人の子供まで産んでくれた最愛の女性。吉乃は年齢がはっきりしませんが、亡くなった頃は３９歳～２９歳であったとされます。あまりにも早い別れを惜しむ気持ちはよくわかります。</p><p>実はこのエピソードが頭にこびりついているので、私の中の信長って憂いを帯びているところがあります。それでいて家臣や親族などが集まる場所で人目も気にしないで声を上げて泣く―――それほどに愛する人がいる事って素敵な事です。それが出来るくらい、理性より人目より愛しているからこそ溢れ出すやるせなさが勝る。実に信長らしいです。</p><br><br><br><br><p>こうしてみると、織田信長って「愛情のかたまり」のような人です。あくまでも私がこうであればいいなという視点から書いているのでどうも美化されているところもあるのですが、でもこれだけ見たって教科書に出てくる信長なんて全然想像出来ないでしょう？（笑）</p><br><p>というわけで、長くなるので一旦ここまで！日と記事はあきますが、これまだ続きますよ～。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuriko820/entry-11967591498.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:49:45 +0900</pubDate>
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<title>ムーンライトながら</title>
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<![CDATA[ <p>※過去記事を前ブログより転載しています。</p><br><br><br><p>こんにちはー！</p><div><br></div><div>今日は、どうしてもみどりの窓口に行かないといけないという事で仙台駅へ。</div><div>お目当てはこれでした！</div><div><br></div><div><div id="{3F1F507A-AB01-4CE9-AD84-85239BE572F1:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13014797594" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11900138175-13014797594.html"><img border="0" alt="{3F1F507A-AB01-4CE9-AD84-85239BE572F1:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140726/16/aiko-s82/b6/1c/j/o0480036013014797594.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>「ムーンライトながら」の乗車券！</div><div><br></div><div>あの有名な期間限定の夜行特急です。</div><div>８月１日から４日まで愛知県に帰るので、愛知からの帰りに東京まで乗る事にしました！</div><div><br></div><div>日によっては既に完売している全席指定の電車だけに少し焦りながらネットでチェックしてみると４日はまだ空席！これは早めに買うしかない！というわけで張り切って購入してきました。</div><div>でも、仙台駅でまさか名古屋から東京までの特急券を買いたいなんて方は少ないんでしょうね、お姉さんあたふたしてました。無事に窓際をゲット出来たのでよしとします。</div><div><br></div><div>しかし、名古屋から東京まで6260円って安いですよね。素晴らしい。</div><div>この時期なるべく出費を抑えたいので大変助かります。新幹線高いんだよー！</div><div><br></div><div><br></div><div>さて、そんなわけで無事に購入出来たので気を抜いて仕事までBiViをうろうろ。</div><div>久しぶりに丸亀製麺でかけうどんを食べました。</div><div><br></div><div><div id="{C3A17708-AF58-4BE6-8B86-3709D084B158:01}" style="TEXT-ALIGN: left"><div align="left"><a id="i13014797628" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11900138175-13014797628.html"><img border="0" alt="{C3A17708-AF58-4BE6-8B86-3709D084B158:01}" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140726/16/aiko-s82/6c/c2/j/o0480036013014797628.jpg" width="300" height="225"></a></div></div><div><br></div>ネギが大好きだから大量にのせて食べましたよ～！</div><div>しこしこしていて美味しいです。</div><div><br></div><div>ママが丸亀製麺で働いていた頃にはもっとよく通ったけど、最近は近くになかったから行かなかったんです。こんな近くにあるとは。<br><br><br>それにしても使命を果たすと眠くなる。ご飯を食べても眠くなる。ダメダメですね、今から仕事なんて思いたくなーい！<br></div>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:48:58 +0900</pubDate>
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<title>立喰い鮨　弥助</title>
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<![CDATA[ <div>今回ご紹介するのは、私のような小娘でも気軽に入る事が出来るすすきのの立ち食いのお寿司屋さんこと「立喰い鮨　弥助」さんです！</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>立喰い鮨 北海 弥助<br><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="地図：立喰い鮨 北海 弥助" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmaps.googleapis.com%2Fmaps%2Fapi%2Fstaticmap%3Fcenter%3D43.053345%2C141.354632%26zoom%3D13%26size%3D300x300%26maptype%3Droadmap%26markers%3Dcolor%3Agreen%257C43.053345%2C141.354632%26sensor%3Dfalse" width="300" height="300"><br><br>TEL：0115518010<br>住所：北海道札幌市中央区南6条西3 ススキノ中央ビル1F<br><a href="http://link.ameba.jp/224344/" rel="nofollow" target="_blank"><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="ミセコレ" src="https://stat100.ameba.jp/blog/img/ico/icon_entryMisecolle.gif" width="78" height="40"></a> </div><br><br><p>私はもう三年以上になりますか。初めて札幌に住むようになってから仲良くしてくれていた「すしざんまい　すすきの店」の職人さんがこちらの「弥助」さんのグループに転職なさってから弥助を知るようになりました！</p><br><p>当時は松本さんという方が切り盛りされていたのですが、白老のホテルへいく事になってからはその知り合いの職人さんが店長になり、足繁く通わせて頂いてます！</p><br><p><a href="http://yasuke.shu-co.jp/">http://yasuke.shu-co.jp/</a> </p><p>こちらが公式ホームページです！</p><br><br><p>ここは本店に「対州」というお寿司屋さんがあり、そこは接待などによくある「値段の書いていないお店」なのですが、ネタはもちろん梅茶碗蒸しなどとってもおいしいサイドメニューも豊富です。、</p><p>その姉妹店でもう少しリーズナブルにしかも入りやすいお店としてオープンしたのが弥助。</p><br><p>カウンターのみのこじんまりしたお店ですが、出すネタのほとんどを注文のみならず店長自ら当日買い付けなどしています。（「今日何食べたい～？」と買出し中に店長から電話がきたりします。笑）</p><p>大型連休で仕入れが困難なときには姉妹店から材料をわけてもらうので「高級店の大とろ」などが同じ値段で食べられます。ちなみに弥助は値段記載してありますよー！</p><br><p>旅行者の方でもすぐにわかるすすきの駅前通りに面しています。</p><p>少しのわがままなら聞いてくれるかも？ですよー！（私はメニューにない「コーン軍艦」を食べたいとねだって作ってもらった事があります）</p><br><br><p>店長はとてもきっちりはっきりした人です。</p><p>ですので人に絡んだり触ったり騒いだりするような酔っ払いさんは入れてくれません。途中でも退席願います。ですから安心して飲食出来ます（皆さんのご迷惑になるような事が起こるのは嫌というだけで、冗談がきかないとかそういうのではないですよ！いい意味ではっきりした方なのです）</p><br><br><p>私のおすすめは…より、毎日変わる店長おすすめのネタを堪能してください！</p><p>私は夏を過ぎた頃から出る秋シャコがとっても楽しみです！うにのお味噌汁は絶品ですよ～！！！</p>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:47:33 +0900</pubDate>
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<title>超高速！参勤交代</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141222/13/yuriko820/f4/22/j/o0220030813165913899.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141222/13/yuriko820/f4/22/j/t02200308_0220030813165913899.jpg" width="220" height="308"></a><br></p><p>昨日は仙台に着いてすぐ、帰宅前にザ・モール長町のMOVIX仙台さんへ駆け込みました！</p><p>いろいろ溜まるものが心に多くあったので、笑い飛ばすためにも２回目の観賞になる「超高速！参勤交代」を選びました。</p><p><br></p><p>２回目ですから内容はわかっていて選ぶ、それほどまでに笑うには最高の作品なのです。</p><p><br><br><br></p><p>あらすじは</p><p><br></p><p><font color="#ff0000">8代将軍・徳川吉宗の治世下、東北の小藩・湯長谷藩は幕府から突然、通常でも8日かかり、さらに莫大（ばくだい）な費用を要する参勤交代をわずか5日で行うよう命じられる。それは藩にある金山を狙う老中・松平信祝（陣内孝則）の謀略で、弱小貧乏藩には無茶苦茶な話だった。藩主・内藤政醇（佐々木蔵之介）は困惑しつつも、知恵を絞って参勤交代を完遂させようと作戦を練る。</font> （yahoo映画より引用）</p><p><br></p><p>というもの。</p><p>とにかく５日で江戸へ向かうためにこの藩がどうしていくか、というもので、とにかく今までの時代劇とは全然違います！</p><p><br><br><br><br><br></p><p>【西村雅彦がいい！】</p><p><br></p><p>私はこの人といえば古畑任三郎の「今泉くん」のイメージが大変強いのですが（それでなくても事件ものですね）劇中の西村雅彦演じる相馬がとてもいい味を出しています。</p><p><br></p><p>湯長谷藩の家老であり、大変な知恵者。</p><p>藩主はじめ同僚の家臣たち、江戸屋敷にいる姫（藩主妹）にまで信頼され頼られる存在でひときわ目立ちます。物語のほとんどの部分で観客席がワッと笑い出すシーンはこの相馬が考えた案を実行する時、相馬の言動などです。いつもいつもお金がない、そのお金がなくてもどうにしかしなくてはいけない、などなど悩みは尽きず、そのたびに「考えるのじゃ」「考えて下され」「考えてみよ」といわれるのは相馬。「無理です」と言いながら誰もが思いつかない方法で切り抜けていくのは爽快です。</p><p>途中亡霊に間違えられたりなど、なかなかコミカルですよ～！</p><p><br></p><p>とにかく湯長谷藩の存亡はこの人に託された！といっても過言ではありません（笑）</p><p><br><br><br><br></p><p>【お色気？知念侑李】</p><p><br></p><p>ジャニーズからの出演枠にはHey!Say!JUMPより知念くんです。</p><p><br></p><p>この映画はとにかく走ったり戦ったりするシーンが満載なので、ジャニーズの中でも奇跡と呼ばれるほどの運動能力を持つ知念くんを選んだのは素晴らしいです！そうそう、知念くんといえばバルセロナオリンピック男子体操銅メダリストの知念孝選手の息子さん。でも生まれてからずっと体操をしていたのではなくてジャニーズに入ってからアクロバットをやり始めたそうです。遺伝ですかねぇ。</p><p><br></p><p>さて、劇中、彼は弓の名手です。</p><p>小さな体で大きな弓をひく姿はかっこ可愛くて、ちょっぴりお尻を出したり大股を開脚したりとファンが失神になりそうなシーンもあります。おいしいです（笑）</p><p>活躍も多く主人公のひとりなのでファンじゃない方も「おお！」となると思います。</p><p><br><br><br><br></p><p>【深田恭子の新境地】</p><p><br></p><p>ヒロイン役のお咲には深田恭子さん。</p><p>今までいろいろな役を演じてきた深田さんだけど、今回みたいな役は意外にハマリ役かも？</p><p><br></p><p>お咲は宿場町の宿に売られてきた農民の娘で、ずっとここで客を取っている遊女です。生きながら死んでいる身と思って働き、喧嘩もすれば足も手も出るお転婆娘。ある日も相変わらず他の遊女の客を奪って喧嘩になったあげく折檻を受けて庭に縛られているところを主人公の内藤政醇に見初められます。その後、江戸まで同行し、政醇の側室になるのでした。</p><p><br></p><p>とにかく大名だろうがなんだろうが人は人だろ！と平気で口にする女です。とても強気でとてもいい女。自分を買っておいて手も出さない、大名でありながら農民出の遊女に過ぎない自分を同等に扱ってくれるということでどんどん政醇に惹かれていくのです。</p><p><br></p><p>ほとんどがお笑い要素の強い分、二人の恋愛はちょっとしたスパイスとしてみると心温まります！</p><p>深田恭子が新境地を開いた！とそんな感じですね。</p><p><br><br><br></p><p>まだまだあるのですが、今はここまで。</p><p>まだあと最低１回は観たいのでその頃に続きを載せたいなぁ。</p><p><br><br><br></p><p>この時代、一年おきの参勤交代で諸藩の力を抑えていたのですが、そのおかげで戦が長く起きなかったのも事実。この作品はとにかく面白いので笑いっぱなしですが、その中にもこの当時の厳しさや苦しみ、そして楽しさを映していると思います。</p><p>まだしばらくは終わりそうもないので、皆さん劇場に足を運んでみてくださいね！</p>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:44:56 +0900</pubDate>
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<title>ポンペイ</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141222/13/yuriko820/23/fc/j/o0220031113165912352.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141222/13/yuriko820/23/fc/j/t02200311_0220031113165912352.jpg" width="220" height="311"></a><br></p><p>７月３日にポンペイを長町のMOVIX仙台さんで鑑賞してきました！</p><p><br></p><p>観たいな～とは思っていたのですが、なかなか予定が合わず公開終了間近になってしまって慌てて仕事を切り上げて駆け込みました。前日にやるべき仕事を終わらせてこの日は実は３本の映画を観たんですよ（笑）</p><p><br><br></p><p>さて映画ですが、正直、評論家の方にはあまり評価がよろしくないのだとか。</p><p>私はそんな事ありませんでした。満足も満足、早くDVD出ないかなと思ってます。</p><p><br><br><br></p><p>そもそも、ポンペイという古代都市は考古学の面から見ても世界的に有名ですね。１世紀に突如として失われた実在していた都市です。あらゆる面において大変栄えたという事で、遺跡も有料で公開されているわけなんですが、今回もポイントをおさえてみますね。</p><p><br><br><br><br><br></p><p>【実在したポンペイとは】</p><p><br></p><p>あくまで予備知識（これを知っていると映画を観ていてもいろいろ感じるものが変わるのでは？という簡単な知識）ですが。</p><p><br></p><p>イタリアのナポリ近郊にあった古代都市で、西暦７９年にヴェスヴィオ火山の大噴火により地中に埋もれてしまいました。現在その地域の一部は世界遺産に登録されています。１世紀の出来事ですが、実際に調査が開始されたのは１８世紀頃で、千年以上地下に埋もれていたのです。</p><p><br></p><p>ポンペイは当時、ローマの殖民地であり、ローマ人の余暇地でした。海洋都市であり、商業都市でもありました。主な産業はぶどうの産地であることからぶどう酒。娼館も多くあり男女の性的な壁画も多いことから「快楽の都市」とも呼ばれたのでした。</p><p><br></p><p>実はこの大噴火の前にも６２年に大地震が起きていて、ポンペイは大きな被害を出しています。すぐに再建が始まるのですが、７９年の大噴火により一瞬で都市は地中に埋まってしまいました。</p><p>ですが、この都市にいた全ての人が亡くなったのではなく多くが船で脱出をしています。これは噴火後すぐに逃げ出している人達で、火砕流が流れ出る前のことです。火砕流は時速１００キロ以上で街を覆い、この時にまだ都市にいた人間は逃げられず亡くなったのです。ですからその遺体部分だけが腐食し火山灰の中に空洞が出来ているものがいくつもあり、考古学者がそこに石膏を流し込むと逃げ惑う恐怖の表情や子供をかばう母親などがたくさん出てきたのだそうです（今現在も見られます）</p><p><br></p><p>ポンペイを題材にした作品は本作以外にもあるので興味があればチェックしてみて下さい！</p><p><br><br><br></p><p>【期待のキット・ハリントン】</p><p><br></p><p>今回の監督はポール・W・S・アンダーソンということで「バイオハザード」で有名ですよね。私とっても期待して、そして安心して鑑賞が出来ました。</p><p>が、監督よりもずっとずっとずーっと期待していたのが主演のキット・ハリントン。</p><p><br></p><p>「ゲーム・オブ・スローンズ」（スターチャンネル）を観て、演技力やかっこよさに惹かれたミーハーなファンではあるのですが、その彼がこの古代都市を舞台にした時代劇でどこまで魅せてくれるのかとわくわくしていたわけです。</p><p><br></p><p>彼の演じるマイロはケルト人の最後の生き残りにして奴隷でした。長らく奴隷として見世物にされ無敵の剣士に成長していました。そんな彼がポンペイへ連れて来られる途中、有力者の娘カッシアの馬を助けたことから二人は恋仲、身分違いの恋をし、その間にも刻々と噴火が迫る…という感じです。</p><p>常にローマ人に復讐をしようという一心で闘い、生き抜いてきた人。その恨みや憎しみを取るか、愛した人を取るか、そこに友を得てさらに悩み。この揺れ動く心情にも大注目してほしいです。</p><p><br><br></p><p>キット・ハリントンとは何者か？若手俳優さんなのですが、彼の出自というのがこれまたすごい！</p><p>お母さんは劇作家さんで、お父さんの出自は準男爵家。有能な政治家を多数輩出しています。とてもすごいおうちのおぼっちゃまなんですねー。だからこう奴隷役なんですがどこか気品もあったりして、魅入ってしまうんですね。ミーハー丸出しなんですが(笑)</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>【最強の戦士】</p><p>マイロは主人公ですし、とても強い。</p><p>けれども、私の一押しはアティカス。黒人でマイロと同じく奴隷なんです。今度の闘技場での決闘に勝てば自由を得られるというローマの法律を信じた結果裏切られマイロと共に戦うことになる友です。</p><p><br></p><p>強いだけではなく、本当にかっこいい！最強というのは戦う強さだけではなく、優しさや友情の面においても言えること。勇ましく戦い、あと少しのところにある自由に必死に手を伸ばして…。彼の運命は果たして自由か奴隷かあるいは…？</p><p>ぜひ劇中では彼の動向にも注目してみて下さい。演じるのはアドウェール・アキノエ＝アグバエです。ハムナプトラなどでおなじみの演技力に富んだ俳優さんです。</p><p>余談ですが、彼は創価学会なんですねー。なかなか日本に縁のあるイギリスのモデル兼俳優さんなんだとか。</p><p><br></p><p><br></p><p>他にも、史実とはちょっと違うローマとの関係や憎しみの矛先、津波の影響などなと見所はたくさんあります！</p><p>最後はちょっと思わぬ終わり方をして「あ！オープニングのこれってこういう意味だったのね」と納得も出来ます。最初に注目してみて下さい。</p><p><br></p><p><br></p><p>そろそろ全国的に公開も終了しているかも知れませんね。DVDが待ち遠しいです。</p>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:43:51 +0900</pubDate>
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<title>焼助　国分町店</title>
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<![CDATA[ <div>今日ご紹介したいのは私がすごく楽しみに通っている「<font color="#ff0000"><strong>焼助　国分町店</strong></font>」さんです！</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>焼助国分町店<br><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="地図：焼助国分町店" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fmaps.googleapis.com%2Fmaps%2Fapi%2Fstaticmap%3Fcenter%3D38.265029%2C140.869450%26zoom%3D13%26size%3D300x300%26maptype%3Droadmap%26markers%3Dcolor%3Agreen%257C38.265029%2C140.869450%26sensor%3Dfalse" width="300" height="300"><br><br>ジャンル：焼き鳥・串焼き・串揚げ<br>最寄り駅：勾当台公園<br>TEL：0223954511<br>住所：宮城県仙台市青葉区国分町２丁目１１－１１<br><a href="http://link.ameba.jp/224344/" rel="nofollow" target="_blank"><img style="MARGIN: 0px" border="0" alt="ミセコレ" src="https://stat100.ameba.jp/blog/img/ico/icon_entryMisecolle.gif" width="78" height="40"></a> </div><p><br></p><br><p>ここは平均的な焼鳥屋さんに比べると少々設定金額がお高い（1本180円～）ですが、お値段以上の質と量です。けっしてメニューが豊富というわけでもないのですが、とにかく美味しい！</p><br><p>そして接客が大変素晴らしい！またぜひ来たいと思わせてくれます。</p><br><p>こんな小娘がひとりで深夜にふらっと立ち寄ったというのに最初から専務さんがご挨拶に来て下さり、お名刺頂戴しちゃいました。「何かあればご連絡ご用命下さい！」と笑顔は満点、なかなかがたいのいい素敵な方です。</p><p>それ以降、ひとりで何度も利用していますが、二度目からはほとんどの店員さんが「毎度です！」「お元気でした？」「いらっしゃい！今日も人が多いね」なんて気軽に声をかけて下さって私なんかをちゃんと覚えていてくれる。こういうのって大切だなと思いました。</p><br><p>ひとりで行く方、カウンターは小上がりとは孤立しているので人目も気になりません！目の前で焼いてくれますが煙がかからないようにガラスになっていて気になりません！ふらっと立ち寄るにはいいですよ～。</p><p><br><a id="i13006601532" class="detailOn" href="http://ameblo.jp/aiko-s82/image-11896026971-13006601532.html"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140718/13/aiko-s82/41/2d/j/t02200165_0480036013006601532.jpg" width="220" height="165"></a> <br></p><br><p>そして、肝心のお料理なんですが、売りはやっぱり焼鳥！と牛タン焼きです。</p><br><p>焼鳥はおまかせもあるんですが、ホットペッパーなどのクーポンを持っていけば980円から500円になったりするのでおすすめです！私はおまかせは嫌なので（食べられないものがあるので）いつも単品なんですが、一番の好物は「せせり」です！たれで頂いてます。</p><p>牛タン焼きに関しては塩と味噌が選べて1500円程度です。ボリューム満点ですので大変満足出来ます。ご飯とテールスープのついた定食もありますよー！</p><br><p>他にもサイドメニューがいろいろ用意されてますが、特にここで食べて気に入ったのがたまご料理です。チーズオムレツとだしまきたまご！ほっぺたがおっこちる一品です。</p><br><br><p>他にも店舗があるのですが、名掛丁店さんは常に混んでいて個室やカウンターが独立していないので宴会のみならず酔った若者で大変うるさいという印象を行くたびに受け、くつろげるというのには程遠いと感じたので、本来は家と逆方向の国分町まで足を伸ばしています。</p><p>こちらは国分町をぶったぎって通るので街に人は多いですが、店内に入るとゆったり落ち着いていてくつろげるので飲みに行くだけではなく家族でも楽しめるんじゃないでしょうか！</p><br><br><p>ぜひ、絶品焼鳥をご賞味あれ！</p>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:41:33 +0900</pubDate>
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<title>津田信澄〜「寂しい」と言えたのなら〜</title>
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<![CDATA[ <span style="FONT-FAMILY: Times">弘治元年（1555年）に、織田信勝（織田信行）とその正室・荒尾御前（または側室・高嶋局）との第一子としてその人は尾張国は末森城（末守城）に生を受けました。</span><br><span style="FONT-FAMILY: Times">幼名は坊丸といい信勝にとっては嫡男です。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">私はこの人が好きです。とてもとても好きです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">でも、彼を知れば知るほどに「寂しい」という声が聞こえてくるようでもあります。とても寂しいのだと、寂しくて寂しくて仕方が無いのだと。だからこそ私は心を惹かれるのかも知れません。ですから誰かのことを書くのなら一番最初は彼と決めていました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">さて、誕生した頃の織田家とは、まだまだのちの天下取りなど想像も出来ないほどで、信長もとても若い頃です。その頃の信長はまだ清洲城主に過ぎなかったのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">ところで、坊丸について話すにはこの信長、とても重要な人物なのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">というのも、織田信長は坊丸にとって伯父にあたり、坊丸の父は信長の実弟、しかも同母弟であったのです。ですから坊丸はその出生により生涯苦労することになります。ご存知の方はさておき、「どういうこと？」と思う方もいらっしゃるでしょうから少しこの兄弟について説明することにします。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">織田信長には多くの兄弟姉妹が存在しますが、そのほとんどが腹違いです。信長自身も実は三男で本名は織田三郎信長といい、この三郎とは三男につけられる名前です。しかし、信長の生母・土田御前が正室であったことから側室から生まれた兄たちを差し置いて嫡男（家督を相続をする人）となったのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">その信長には数少ない母を同じくする兄弟がいて、それが坊丸の父・織田信勝なのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">この兄弟、とても仲のよい兄弟で一緒に遊んで育ってきた、というわけではありませんでした。生まれてすぐに信長は那古野城主となり乳母に育てられ家臣たちに教育を受けたのに対し、弟の信勝は両親と共に古渡城へ移り両親のもとで愛情を全身に受けて育ちました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">のちに「尾張の大うつけ」と呼ばれ素行不良とされた信長に対しても、信勝は品行方正で文武両道に秀でていたといいますから、両親もこの信勝をとても愛して可愛がっていたようです。兄弟仲はだからそこまでいいものではなかったのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">坊丸が誕生する頃には兄弟仲が深刻化し家臣が二分し、信長派と信勝派に分かれての冷戦状態が続いていました。（違った見方もありますがこの兄弟を題材とした記事で詳しく書きたいのでここでは割愛します）</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">そんな中、坊丸の人生に大きく影を落とす出来事が起こります。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">信長派と信勝派が最初の戦を起こした時、信勝は負けるのですが母・土田御前のとりなしで信長と和解し、信勝の謝罪を持って終結したのですが、弘治3年（1557年）に当時は信勝に仕えていた柴田勝家の密告で再び信勝が信長を狙っているとされる目論見が露見しました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">このことから、信長は信勝を呼び出して殺してしまいます。坊丸2歳の頃です。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">それだけではありませんでした。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">母・荒尾御前が実家へと戻る途中のこと、信長はその輿を襲撃し荒尾御前を清洲城に奪ってきてしまいます。そして、あろうことか信長の命令によって信勝を直接殺した池田恒興の妻になれと命じられ嫁ぐことになるのです。坊丸は母をも奪われてしまいました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">唯一、坊丸本人の命については祖母にあたる土田御前の嘆願により、信長の許しを得ることが出来たので殺されずに済みました。ですが、養育係に任命されたのは柴田勝家、父を密告した男だったのです。つまり坊丸は仇の手によって命を永らえ、仇に育てられたのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">さぞや苦しくてつらい少年時代を送ったことでしょう。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">どこを見ても何をしても、謀反人の息子というレッテルを貼られ、敵に囲まれた人生、やはりここで「寂しい」と彼の声が聞こえてくるのです。母にも思うように会えないのです。そして子供である自分は何も出来ない、何も知らない、そんな中で彼は過ごしていました。その胸のうちを誰にも語れず、友もなく。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">さて時代はぐんと進みます。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">信長が天下取りを目指す第一歩として美濃国は斉藤家を倒し、稲葉山城を岐阜城と改め居城にしていた頃にはすっかり元服し青年になっていた坊丸は、これ以後、津田七兵衛信澄と名乗ります。津田氏は織田家の分家にあたります。父親が謀反人として処分されたこともあり織田家を名乗れず津田氏を名乗ったものだろうと思われます。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">この頃になりますと、縁談も持ち上がるのですが、信長自らが選んだ縁談を受けて信澄は妻を迎えています。それが天正2年～天正6年（1574年～1578年）頃だといわれています。迎えたのは明智光秀の二女でした。二人の男の子にも恵まれていますので夫婦仲はよかったようです（妻が他にいないところを見ると愛妻家だったのかもしれませんね）</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">ところで、明智光秀と聞くと本能寺の変で信長に反旗を翻し謀反を起こす人ですが、この時はとても有力な家臣だったのです。だからこそ大変ありがたいご縁と信澄も受けたのであってこののちの悲劇など当時の人々は知る由もありません。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">さて、ここで織田家中における信澄とはどんな男だったのか。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">「寂しい」と言えない少年時代を送ったであろう信澄がどう成長を果たしていったのかという点が気になりませんか？</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">人間としての評価はさまざまあります。しかし、人物においての評価は「甚だ勇敢だが残酷」（耶蘇年報）とか、「一段の逸物」（多聞院日記）と大変評価が高いのです。文武両道に優れ多方面で活躍が窺えます。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">信長が完全実力主義として足軽に過ぎなかった秀吉を高く評価し出世させたのに対し、実子でも信正のように冷遇された人がいたりするように、織田家では実力がなければ徹底的に干されてしまうのですが、信澄は「信長公記」などでも信長、信忠（信長嫡男）、信雄（信長次男）に次いで登場回数が多く、謀反人の子とされながらこの待遇は信長に溺愛された証拠です。つまり当時の織田家で彼はとても重要な役どころにいたのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">いくら幼少の頃に父を信長に殺されているとは言え、ここまで武将として愛されたのです。嫌な思いなどしないでしょうし、それから逃げることもせずに従い続け功績を残した信澄です。彼の中には恨みや憎しみとは違った感情が芽生えていたのではないかなと私は思います。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">仇としての伯父ではなく、ひとりの織田信長という人間として彼に惚れ込んでいくような、彼が居なければ自分の人生などどうでもいいような、この人に自分の命運を預けてみよう、そう思える人。当時の時代背景は戦乱の世ですが、それでもこの人についていこう！と思えなければ命は預けません。信長に惚れ込んだ人間は多く居ますが、信澄もその一人だったのではないでしょうか。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">信長にしても、自分を二度も殺そうとした弟の子です。いつ寝首をかかれるかわからないそんな人間をこれほどに優遇し傍近くに置いたのは武将として政治家としてこの甥を大切にしたいから、その才能を惜しんだからだったのではないでしょうか。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">もし二人がそんな関係だったのなら、私はとても嬉しいのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">「寂しい」とそう思わずに済んだのなら、恨みも忘れて惚れ込んでいける人に出会えたのなら、何だか信澄の人生がとても明るくなったような、そんな気さえするからです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">しかし、運命とは残酷なものです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">天正10年（1582年）6月2日に天下を揺るがす本能寺の変が起きます。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">狙われて殺されたのは織田信長。伯父です。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">襲撃を企て指示したは明智光秀。舅なのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">この時、信澄も大阪にいたのですが、5日に大阪の野田城を織田信孝・丹羽長秀に襲撃・包囲され信澄は殺害されてしまいます。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">名目は父・織田信勝と同じく「謀反を企てた」というものです。信澄の首は堺に晒されました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">さて、現代においては研究が進み信澄のこの時の無実がほぼ有力視されています。というのも、信澄はこの時、四国討伐に向けて大軍を率いて大阪に駐留しており、本能寺の変で明智光秀と共謀していたとすればもっと早く援軍を出したり一緒に攻めることが出来たからです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">そして何より、この織田信孝という人物、信長の三男あるいは四男とされる人ですが、信長存命の頃にその活躍はあまりありません。神戸氏の養子に入ったりしていますし、それなりの役職を得てはいますが、パッとしないのです</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">が、しかし、天下取りの野望はすさまじいものだったと思われます。嫡男である兄・信忠が亡くなるや否や、兄・信雄を差し置いて自分が天下を取るためにまずは邪魔だった信澄を殺害しようとしたのではないでしょうか。兄たちよりずっと家中の評価が高い信澄にも織田家を継ぐ資格があったからです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">そして信澄死後ですが、信孝は豊臣秀吉(当時は羽柴を名乗っていました）とも兄の信雄とも対立し挙兵し、最後は自害に追い込まれて結局天下を取ることが出来ませんでした。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">話を戻しますが、信長が亡くなったすぐあとに包囲され、信澄はさして驚きもせず抵抗もしなかったようです。何故でしょう？私はこの時のことを思うと二つ思うところがあるのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">ひとつは、喪失感。といっても、織田信長という人を失い「どうしよう」となったのではなく、織田信長を失った自分はこの先のことなどもうどうでもよいのだと、この人の作る世の中に、この人が起こす出来事に感心があっただけなのだと、だからこそ彼のいない世に未練などないのだとそういう喪失感。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">ふたつ目は、出自の諦めと覚悟。自分はもともと物心つく頃から謀反人の子として育ってきたのだから、いつ殺されるかわからないしそんなものがいつ来てもいいように覚悟はしてきたのだ、と。だから抵抗をして人の血を流す必要などない、自分が死ねばそれで済むのなら最初からそうしよう、と。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">あくまでも私の考えです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">でも、そうだったのならどんなに切ないだろう、と思わずにはいられないのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">「寂しい」と。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">私にはやはりその声が聞こえるのです。結局、運命は最初に帰り、父と同じ罪を背負わされ亡くなるのです。その父・織田信勝とて近年、無実とは言わないまでも本人の意思で逆らったのではなく家臣たちが勝手に企んだという説も有力視されているのです。ともなれば父子揃って現代まで汚名を着させられ、悪人として名を残すことになってしまっていると、そういうことです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">現代において、津田信澄の名が有名ではないのも、その活躍に嫉妬した信孝によって多くの資料が焼かれたという説もあります。信孝死後、信澄の死を惜しんだ人々によって少しだけ信澄は文字の中に生かされているのですが。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">しかし、当時は死より生より名こそ惜しめの時代です。自分の家名を後世まで残すこそ、子孫を繁栄させることが大事とされてきました。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">そういう点では信孝は殺され失敗しているのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">では津田信澄の子供たちはどうでしょう？</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">藤堂高虎という武将は有名ですね。この人物、もともとは信澄に仕えていました。信澄には二人の男子がいますが、二人はこの縁を辿り高虎の斡旋で江戸幕府においては旗本になっており、幕末まで続くのです。そういった点では子孫（尚、現代においても子孫がいます）を残すことに成功したのは信澄の方なのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">背景には豊臣政権化においては淀殿、徳川幕府においては二代将軍の妻・お江が信澄にとってはいとこだったこともあります。水より濃い血ですね。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">信澄がどんな思いで亡くなったのかはわかりませんし、子孫繁栄を喜んでいるかはわかりません。でも、彼があの時代を逞しく生き抜いたことは確かなのです。</span><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><br style="FONT-FAMILY: Times"><span style="FONT-FAMILY: Times">もし、「寂しい」と、本当は甘えたくて仕方なかったのだと、誰かを恨んで生きていければ幸せだったのにと、そう誰かに話せていたのなら、結末は少し違ったようにも思えます。でも、この終わり方がとても彼らしく思えて、私は愛おしくて仕方ないのです。</span>
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<pubDate>Mon, 22 Dec 2014 13:39:25 +0900</pubDate>
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