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<title>yuutenのブログ</title>
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<title>ブログ移動のお知らせ</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100930/11/yuutenmori/b7/18/j/o0240032010775234628.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100930/11/yuutenmori/b7/18/j/t02200293_0240032010775234628.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>ブログをアメ－バブログからミクシイへと移動させて頂く事になりました。</p><br><p>お手数かけて申し訳ありませんが今後ミクシイの仏画師ゆうてんの日記</p><br><p>一本に統一させて頂きたいと存じます。何卒宜しくお願い申しあげます。</p><br><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　合掌　森遊天</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10663159721.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Sep 2010 11:26:27 +0900</pubDate>
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<title>その後の日々</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100920/09/yuutenmori/44/de/j/o0240032010757143803.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100920/09/yuutenmori/44/de/j/t02200293_0240032010757143803.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>その後の日々はひたすら仏画を描いて過ぎてゆきました</p><br><p>自分の内側に潜んでいた巨大なサムシンググレートに圧倒され癒され至福の日々が始まりました。</p><p>しかしながら悲しいかな夜中に夢を見て飛び起き妹を恨み呪う浅ましい自分を思い知らされること</p><p>もありつくずく至らなさを自覚しておりました。そちらの世界から抜けようとかいくら理性で頑張って</p><br><p>も出来るものではありません結局まともに見つめたまま自然に自己仏性にまかせるしか解決方は</p><p>ありませんでした。そのうち夢も見なくなり自然に消えてゆきました。気がついた時には妹の罪を気</p><p>にしない自分からむしろ彼女の後生を祈る自分へと変化してゆきました。しばらくかかりましたが</p><br><p>今は逆にこの様な人生の重大な気付きを与えてくれた恩人として手を合わせております。</p><p>自分の場合はよほど浅ましい人間であり神仏の内臓する自覚があってもこのようによほどの時間</p><p>が必要であったことを告白せねばなりません。いくら内観したり懺悔の行をしても後から後から泉</p><br><p>のように湧いて出てくる自分の罪罪罪！！！！原罪にいたるまで薄皮をはぐようにして消えて行き</p><p>ました。自分の場合はいっぺんにすべて解決したのではなく感動体験のあと少しずつこの様な経過</p><p>を辿ってストレス解消していきました。よほど業の深い人間ではあります。一生続くのでしょう！！！</p><br><p>思えばなんで気付かなかったかと思えるほど他の人々を精神的に傷つけまくっていた人生でした</p><p>今まで生きてこられたのが不思議なくらいです。言葉だけでなく冷たい目つき態度無視等等など</p><p>これからもくりかえすかもしれません。せめて自分が生きている価値を絵に見つけようと思いました</p><br><p>好きで好きで描いていた絵を少しでも人々に喜んで頂き癒しになるようにと願いを込めて描くように</p><p>なってきたのです。この観点の変化は自分にとって重大なものでした。今まで半生を過ごした実業</p><p>の世界の観点から画家として大成するという愚かな望みを持っていたのを綺麗さっぱりと捨てる事</p><br><p>が出来たのです。子供の頃から人に見えないものが見えており親に気味悪がられていたことから</p><p>人に描けないものが描ける変な自信を密かに持っておりました。このこともあって大人になってから</p><p>始めた仏画が展覧会に連続入選したり賞を取ったりしてやっぱり俺は天才だ！と密かに思っていた</p><br><p>ことを告白します。しかしながらこんなことには何の意味も無くまた同じつまらない人生どころか同じ</p><p>ように人を傷つける人生の方向に自分が向かっている事に気がつきました。神仏の意思とは真逆で</p><p>あります。事業に失敗し全てを失ってやっと掴んだ人生の大事をまた台無しにする方向に野望を</p><br><p>燃やしておりました。何と言う極め付きの愚かさでしょうか！！今は素直にババジのオーバーシャドウ</p><p>を絵を描くことでその使命のお手伝いをすると解釈しております。つまり人は神であることを絵に描く</p><p>事で伝える事を自分のライフワークにしようと決心したのです。</p><br><p>１０月２日～７日上野駅公園口前の上野の森美術館で開催される現代水墨画協会展に入選展示され</p><p>る予定ですので機会があれば是非覗いて見て下さい。</p><br><p>それから１０月２８日～１１月４日まで山手線大塚駅近くのギャラリーマスミで森遊天遊天仏画店を</p><p>やることになりました。豊島区巣鴨４－５－２　駅から歩５分ですお問い合わせは森遊天まで</p><p>０９０－３７３５－１９９３です。　　今日はこのへんで。ミクシイは仏画師ゆうてんまで</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10653725339.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Sep 2010 09:11:55 +0900</pubDate>
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<title>仏画を描いて生きる！</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100907/10/yuutenmori/18/6e/j/o0240032010734878937.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100907/10/yuutenmori/18/6e/j/t02200293_0240032010734878937.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>仏画を描いて生きる！</p><br><p>一時避難で帰っていた博多の街で最も大切な事に気が付きどん底からの脱出を</p><p>決意しました。いろいろ友人からの有難い誘いもあり随分心も動かされました。</p><p>しかしまたあの修羅場に戻るのだけはやめようと心を決めたのです。</p><br><p>今までの人生を振り返り人の何倍もやりたい事をやりまくり世界をめぐり仕事もやり</p><p>ました。残りの人生を考えると最後に本当に好きな事をやりたいと思ったのです。</p><p>永年取り組んだスポーツクラブビジネスを離れ今更絵描きになることについては</p><br><p>色々馬鹿だチョンだ何を考えているんだと言われたものです。しかしながら私は</p><p>仏画を描くことが本当に好きだったのです。子供の頃から人に見えないものが見え</p><p>ていた自負もありました。丁度その頃個展をやって売れたり、展覧会に入選したり</p><br><p>また年金も入り始めて最低生活の保障もあったりして色々な後押しがあったように</p><p>思います。その後東京に戻る事になるのですが直前に決定的な出来事つまり</p><p>自己仏性に気付く体験があったのです。まだまだ未熟者ながら何とか恐れ悩みの</p><br><p>抜本解決の糸口だけは見つけた感じがしてまっしぐらに走り始めたのです。</p><p>実はこの事は数ヶ月前から解っていました。個展で絵を買って頂いたあるお客様に</p><p>とても美しくスピリッチャルな女性の方がおられました。私はコノハナサクヤヒメに</p><br><p>縁があると仰りとても印象深い方でした。その後アメリカの友人で有名なチャネラー</p><p>からメッセージが入ったとお持ち頂いたその内容を見てびっくりです。なんと私の</p><p>ことが書いてあるではありませんか！勿論一面識もないアメリカの人です。</p><br><p>眠っている時に情報がくるのでテープに吹き込んでそれを聞くらしくその内容は</p><p>とても信じられないものでした。私が事業に失敗し妹にうらぎられetcそのまま</p><p>書いてあるではありませんか。インドの聖者ババジのオーバーシャドウだとも</p><br><p>ありました。そんな馬鹿なそのころはまだ人は皆神と繋がっており何でも有りだ</p><p>と言うことを知りませんでしたので思い切り否定をしたものです。するとその女性</p><p>曰くババジの使命を絵を描くことでするだけよ！つまり人は神である事を伝えに</p><br><p>きた使命を絵でやれというメッセージだとのこと。それなら出来るかも思いました</p><p>そしてすぐに一緒にセドナに旅をした仲良しの友人からも電話があったのです。</p><p>一人は沖縄の神の島久高島のユタの長老真栄田苗さんです。森さん９月３日</p><br><p>の誕生日までに何か起こるけど驚かないようにとのこと。新潟地震などを殆ど</p><p>事前に察知したほどの人なので覚悟して待ちました。続いてはせくらみゆきさん</p><p>からの電話でいきなり森さん何か起こってるでしょう。何かそっちの方で気配が</p><br><p>しきりにするのでこれは森さんに違いないと電話したのよ！二人とも有名な</p><p>チャネラーとは言えどうして解るの？このときは本当に驚きました。</p><p>はたして前回のブログで書いたような重大な気付きが起こり早速苗さんに報告</p><br><p>すると、やっと当たり前の事に気付きましたね！これからますます人に見えない</p><p>ものが見えるようになったり判ったりするからね！とのこと何と凄い人！！！！</p><p>あれから５年今はこの意味で残りの人生をかけて真っ直ぐに進むのみです。</p><br><p>今日はこのへんで　合掌　ミクシイは仏画師ゆうてんまで</p><br><br>
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<pubDate>Tue, 07 Sep 2010 10:18:45 +0900</pubDate>
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<title>人生のどん底からの這い上がり</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100825/09/yuutenmori/d6/a8/j/o0240032010712372504.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100825/09/yuutenmori/d6/a8/j/t02200293_0240032010712372504.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><br><p>半生をかけた会社の倒産。離婚一家離散友の裏切り一文無しと全く掛値無しの</p><p>人生のどん底にまっ逆さまに落ちてゆきました。１８億の負債を抱えてこれでは</p><p>死ぬしか無いのかと言うところまで追い詰められたものです。</p><br><p>過去の栄光と余りにも違う自分の境遇でしたが、元々裸一貫で世界を回りゼロ</p><p>からのスタートには慣れております。只違うのは６０歳を越えて持病もあり体力</p><p>と健康が決定的に違っておりました。</p><br><p>世界３６ケ国を放浪して帰国したのが一度目の人生の岐路とすれば、これは</p><p>間違いなく二度目の人生の岐路でした。人間どん底になると殆どの人が顔を</p><p>そむけてゆくようになります。友であれ縁者であれそれは見事なものです。</p><br><p>係わり合いを恐れての事でしょうがほんの一握りの人間しかまともには付き合わ</p><p>なくなります。年賀状の返事までなくなりまるで犯罪者にでもなった気分でした。</p><p>一番こたえたのは実の妹の最悪の裏切りでした。</p><br><p>倒産の話が出た時に妹から連絡があり親の残した実家の名義を負債から逃れ</p><p>る為に一時的に妹の名義にしたいと言うのです。よく気がついてくれたと感謝</p><p>したのですが、まさかこれが罠だったとは。</p><br><p>後日１８億の負債問題が解決して借金０となったので元に戻そうかと言う話に</p><p>なったところ、これは私のものよが始まってしまいました。よくある話ですが</p><p>お金で人は豹変します。身を寄せていた実家も追い出されてしまいました。</p><br><p>あまりの事に弁護士に相談したら当然家は取り返せるが負債逃れにした事な</p><p>ので１８億の負債が生きてきてやぶ蛇になるとのことで裁判はお止めなさいと</p><p>言われました。誰かに知恵をつけられた上での確信犯だったのです。</p><br><p>事業の失敗や裏切りは戦いに敗れたようなものでなんの悔いも有りませんが</p><p>金のためとは言え身内の裏切りは本当にこたえました。しばらくは夜中に夢を</p><p>見てくそっ！こんな卑怯な真似をしやがって！と飛び起きるほどの怒りでした</p><br><p>会社。家庭、金、友人、実家まで本当に全てを失い茫然自失となり友人の世話</p><p>で住まいを確保して仕事を探しましたが見事に何も無いのです。好きな絵を描</p><p>いて個展をやったりして細々と暮らして居た時のことです。</p><br><p>突然それはやってきました。自分の内側に仏か神か強烈な光が現れて至福の</p><p>意識に包まれてしまったのです。永い間求め続けていた神がなんと自分の中</p><p>に居た事に初めて気付いた瞬間でした。あれから５年いまだに続いています。</p><br><p>結局４０数年瞑想したり聖地を訪ねたりしても得られ無かったものが無理やり</p><p>執着するものを奪われたことにより、真逆の自分の内側にあった最高の宝に</p><p>気が付く幸運に恵まれたのです。人生何が幸いするか判らないものです。</p><p>　　　　　　　　</p><p>今日はこのへんで　　　ミクシーは仏画師ゆうてん　まで</p><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 31 Aug 2010 16:53:01 +0900</pubDate>
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<title>そして奇跡は続いた</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100817/17/yuutenmori/f0/c9/j/o0240032010698733645.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100817/17/yuutenmori/f0/c9/j/t02200293_0240032010698733645.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>そして奇跡は続き町田本店がオープンした</p><br><p>続いて東京町田駅前で２号店の話が来て大成功に沸く旭店を見学したりして</p><p>話が進みました。初めに１号店の旭店と同じ条件であれば出店しますと言い</p><p>条件のつめに入る時に実は只でしたと言う話を切り出しました。先方は驚き</p><br><p>当然の事ながらふりだしに戻り一旦流れました。ところが奇跡は２度起こり</p><p>今度は１０億円相当の保証金免除となり本社機能までここに移し腰をすえて</p><p>事業展開をはかることになりました。あまりに続く奇跡の連続に自分でも</p><br><p>ほっぺたをつねる思いでオーナーを始めとする神の様な方々にひたすら</p><p>感謝し手を合わせる毎日でした。たんぼしかないど田舎を這いずり回って</p><p>セールスし実績をあげた新人達も今や一騎当千の強者に成長していました。</p><br><p>社長夢の様です隣に家があります！町田は旭の２万７千人に対して商圏</p><p>人口で１５０万人のマーケットだったのです。隣の家まで苦労して歩いて</p><p>いた彼らにしてみれば本当に夢のような話でした。あっと言うまに５千人の</p><br><p>会員を募集してしまいビッグバンスポーツクラブチェーンの礎を築いてくれた</p><p>ものです。つぎの店からはさすがにただなどと言う無茶はしなくてもよくなり</p><p>郡山、銚子、旭、神田、三軒茶屋、町田本店、小田原、小倉などなど８ケ所</p><br><p>のチェーン展開を行い売り上げ１８億で業界１００社中２０位もう一息で株式</p><p>の店頭登録可能と言うところまできて倒産しました。後でいろいろ取りざた</p><p>されて原因は資金繰りの失敗だとされております。</p><br><p>実際には信頼してまかせた社長が夜逃げして経営放棄したことによるもの</p><p>だったことを明記しておきます。当時無理がたたって療養中だった私にとって</p><p>寝耳に水の出来事でした。こんな卑怯な事をする人間と見抜けなかった私</p><p>の責任です。今日はこのへんで　ミクシー日記は仏画師ゆうてんまで。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10629477869.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 09:27:22 +0900</pubDate>
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<title>そして奇跡は起こった</title>
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<![CDATA[ <p>千葉県旭市は人口３７０００人の町で太平洋に面しており、人口密集度も低く、</p><p>とても都市型の大型スポーツクラブの成立するような立地ではありません。</p><p>係数的にはやっとスイミングクラブが１ケ所成立するぐらいのマーケットです。</p><br><p>それも既にスイミングスクールが進出しておりこれ以上は無理だったのです。</p><p>極めて特殊なやり方であれば可能性は残されていなくもないこと。ただ前例</p><p>の無い事なので誰も保障は出来ない事などをオーナーの花澤社長に話を</p><br><p>しました。花澤社長は広い視野で物事を観る極めてスケールの大きい経営者</p><p>でした。機能として必要なものだから作りたい。マーケットは後でついてくる！</p><p>と言い、我々専門家には及びもつかない腹に響く言葉で一刀両断されたもの</p><p>です。</p><br><p>ところが今度は私の方に決定的に話にならないことがありました。いくら技術</p><p>的に針のすきまを通すほどの可能性があったとしてもお金が無かったの</p><p>です。つまり常識的には数億単位の保証金が必要で丸紅と別れてとても</p><br><p>そんな大金の資金調達など想像もつかない今の自分にはどだい無理な話</p><p>だったのです。いくらなんでもこれは決定的でした。正直に話をし説明して</p><p>納得して頂きました。それでは仕方がありませんねと別れたのですが。</p><br><p>次の日電話がありもう一度きてくれないかとの事。その話はこうでした</p><p>事業は金だけでやるものでは無い最も重要なのは人と情熱だと思う。君は</p><p>気に入ったし必ずやってくれると思う。保証金は無しでいいからやってくれ！</p><br><p>思わず耳を疑うような奇跡が起こった瞬間でした。なんと５億円の建設費</p><p>相当分の保証金が要らないと言われたのですから。その代わりに後で</p><p>払えるようになってから年賦で払いなさいとのこと。思わず覚悟を決めました</p><br><p>今が一世一代の時と言うものいま命を懸けないで何時賭けると奮い上がり</p><p>ました。パルスポーツ等など運営受託店で細々と命を繋ぎいわば人の褌で</p><p>相撲をとっていたのが自分の直営店を持つメジャーの仲間入りが出来る</p><br><p>のです。チラシを持って周りの農村を一軒一軒喚いて廻りました。今日は！</p><p>こんどそこにスポーツクラブが出来ますので宜しくお願いします！恥も外聞</p><p>も何のテクニックも無い気合だけのセールスでした。２７０００人ですから</p><br><p>すぐ終わります２回３回めからは怒られ始めます、声だけ掛けて逃げて来い</p><p>と指示を出しました。何故なら継続は力なりでこちらがめげてしまって継続</p><p>出来ないのを最も恐れたからです。良くしたもので５回目くらいからだんだん</p><br><p>味方になってくれるのを知っていたからです。ここからが本当の勝負でした</p><p>こうやって損益分岐点１２００人に対してオープン前に３０００人を集めると</p><p>いう離れ技を演じ過疎地でのギネスものの大成功をおさめたのです。</p><br><p>勿論初年度から黒字で大恩人の花澤社長に保証金を完済したことは言う迄</p><p>もありません。この事情を知らない心無い人間があの年賦の支払いが経営</p><p>を圧迫したなどとありもしないでっちあげを言われたことがありますが断じて</p><p>そのようなことはありません。ここで断言しておきます。今日はこのへんで。</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10622365290.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Aug 2010 17:45:18 +0900</pubDate>
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<title>一気に多店舗展開をめざす。</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100810/07/yuutenmori/ce/06/j/o0240032010685130228.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100810/07/yuutenmori/ce/06/j/t02200293_0240032010685130228.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>東京の三軒茶屋に大成建設とのジョイントベンチャーでパルスポーツ三軒茶屋を</p><p>オープンしましたが、ここもオープン前から会員を締め切るという大盛況ででした。</p><p>この国始まって以来の奇跡を続ける事になりました。このクラブは当時日本に</p><br><p>おける小型総合スポーツクラブの典型になったといわれ、ジム、スタジオを中心に</p><p>コンパクトにまとめられその後のフィットネスクラブ作りのひとつのスタンダードに</p><p>なったと言われております。やはり商品力に加えて価格破壊の力は圧倒的でした</p><br><p>入会金７千円月会費７千円利用料金０でジム、エアロビクス、ジャズダンス、ヨガ、</p><p>その他使い放題と言う今でこそ当たり前になっていますが当時としては画期的な</p><p>システムでした。数十万の入会金に月会費高い利用料金が常識の時代でした。</p><br><p>このクラブは丸紅と袂を分かち更に二度目の独立を果たしたビッグバンスポーツ</p><p>にとって記念すべき１号店となったことでも意義深いものでした。</p><p>このあと次々に時流に乗って店舗展開を続けてゆくことになりました。</p><br><p>それまでのクラブは施設の収容能力から割り出して会員数を決めて、入会金で</p><p>投下資本を回収して、月会費と利用料金を運営費ランニングコストにあてる考え</p><p>が一般的で、たまに利用するリゾート型ゴルフ場型のシステムが常識でした。</p><br><p>我々が画期的だったのはこの考え方を逆転してまず一般の主婦サラリーマンが</p><p>気軽に入れる料金システムつまり安い入会金少し高めの月会費ただし一回ごと</p><p>の利用料金をとらないので日常使う人には圧倒的に有利な手法の確立でした。</p><br><p>やがてあるとき私の友人から千葉県旭市に呼ばれ大新産業の花澤社長に紹介</p><p>されたことがありました。すでにサンモールという大型のショッピングセンターを</p><p>経営しておられて、機能としてスポーツクラブが必要だから出店してくれないか</p><br><p>という有り難い話だったのです。今日はこのへんで。HPはネット検索　森遊天</p><p>ミクシーは仏画師ゆうてんまで</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10615255201.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Aug 2010 07:53:30 +0900</pubDate>
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<title>そしてついに独立ビッグバンスポーツクラブの誕生</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100801/16/yuutenmori/50/00/j/o0240032010669692473.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100801/16/yuutenmori/50/00/j/t02200293_0240032010669692473.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>そしてついに独立ビッグバンスポーツの誕生</p><br><p>１０年勤めたドウスポーツプラザをやめて新たにビッグバンスポーツ株式会社を設立しました。</p><br><p>場所は東銀座の新橋演舞場の裏のワンルームマンションの１室に机と椅子と目標１００店５００億</p><br><p>と大ぼらをしるした張り紙のみと言うあまりにもみすぼらしいスタートでした。</p><br><p>マイホームを叩き売って作った資本金で全くのゼロからの出発だったのです。今や当時を知る者</p><br><p>は誰もおりません。１年後には商社の丸紅と組んで東京大田区の洗足池で直営の第１号店を開設</p><br><p>するという幸運にも恵まれ順風万帆のスタートになりました。特に洗足池の１号店は価格破壊を行い</p><br><p>当時の常識を覆す料金帯を実現し大型の総合スポーツクラブとしては業界に革命を起こしました。</p><br><p>日経新聞を始めレジャー産業等々のマスコミにも騒がれ現在のフィットネスクラブブームの火付け</p><br><p>役の一人であったと自負しております。現に２０００人の会員募集目標に対してオープン前にこれを</p><br><p>成し遂げたばかりか４００人ものウエイテイングを出したのです。勿論日本で初めてのことでした。</p><br><p>これを見て日本中にスポーツクラブブームが巻き起こりバブルの波にも乗って一斉に現在のような</p><br><p>総合クラブの形態が広がってゆきました。要するにドウスポーツプラザのノウハウとアメリカの先進</p><br><p>地帯のクラブ情報更には丸紅の信用力がものを言ったのです。文字どおりのビッグバン爆発でした。</p><br><p>次々に新しい店をオープンしてゆく忙しい日々が続きました。　今日はこのへんで</p><br><p>HPはネット検索　森遊天　　　　　ミクシーにもどうぞ　仏画師森遊天まで</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10607158747.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Aug 2010 16:24:15 +0900</pubDate>
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<title>ドウスポーツプラザの企画開発課長として</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100728/08/yuutenmori/13/2c/j/o0240032010662387997.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100728/08/yuutenmori/13/2c/j/t02200293_0240032010662387997.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>毎年１０億の赤字を出し５年間の地獄を経験し多くの人々の犠牲と５０億もの</p><p>授業料を製糖本体からの支援を受けなんとか危機を脱する事が出来ました。</p><p>気がつけばいつの間にか企画開発の責任者として新規事業企画立案実行</p><br><p>する立場に抜擢されておりました。６年めから黒字転換して１０年めに至る迄</p><p>総投資額２００億といわれるドウスポーツプラザチェーンの立ち上げから挫折</p><p>成功に至るまでの１０年間を最前線でつぶさに見させて頂いた経験は貴重</p><br><p>でした。殆どあり得べからざる幸運としか言いようがありません。眠さをこらえ</p><p>る為水を被って必死に勉強したことも思い出です。それほど見事に何も知らな</p><p>い稚拙な自分でした。恐怖の早朝会議の為に無理やり自分を鍛え上げました</p><br><p>それでも足りずに前の晩から座禅を組み（よしいつでも死んでやる）と覚悟を</p><p>定めて会議に臨んだものです。話せば止まらないほどの数々の事がありまし</p><p>た。いずれにしてもこのころの経験が私の人生の宝になった事は間違いあり</p><br><p>ません。そして新規事業としてその培ったノウハウを販売する仕事に取り組ん</p><p>だ事がその後の私の人生を決定ずけることになっていったのです。</p><p>最大の学びは森永会長の教え事業は胆力でやるものしかも観察力が全てを</p><p>決めるという事でした。</p><br><p>森永社長からはアイデア独創力の重要性つまり差別化戦略の重要性を教え</p><p>て頂きました。今は故人となられて会社自体も人手に渡りましたがつわもの</p><p>共が夢のあと、この二人は私にとって真に人生の師であったと思います。</p><br><p>一番言いたかった事はこの二人が居なかったら日本のフィットネスビジネスは</p><p>今の発展は無く少なくとも何年も遅れていたであろうと言う事です。この事だけ</p><p>はスポーツビジネス業界の隠された事実であり歴史であることを一人でもいい</p><br><p>覚えておいて頂きたいと切に願うものです。実はこの後私は脱サラして自分で</p><p>事業を立ち上げることになり、ドウスポ－ツプラザにとっては商売敵となってしま</p><p>う言わば裏切り者です。とてもこんな事は言えた義理ではないのですが厳然</p><br><p>たる事実は事実として真実を敢えて申し述べたいと思います。今日はこの辺で</p><p>HPはネット検索で　森遊天</p>
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<link>https://ameblo.jp/yuutenmori/entry-10603115732.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jul 2010 08:50:51 +0900</pubDate>
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<title>ラジオ叩きはやめようぜを合言葉に</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100713/19/yuutenmori/43/7a/j/o0240032010637777070.jpg"><img border="0" alt="yuutenのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100713/19/yuutenmori/43/7a/j/t02200293_0240032010637777070.jpg" width="220" height="293"></a><br></p><p>その頃私の上司で話の解る人がおりました。その人が口癖の様にいつも言っていた</p><p>のが（ラジオたたきはやめようぜ）と言う一言でした。今の人には何の事かさっぱり</p><p>解らないいわば死語ですが当時はみな大真面目でうなずいたものです。</p><br><p>ラジオが故障して音が出なくなったらひっぱたいてみると治る事もあると言う戦中</p><p>戦後の世代にしか通じない古臭いギャグみたいな話です。つまりその場しのぎの</p><p>一時的な対応ではなくちゃんと長期戦略を立てて基本を積み上げていく事で問題</p><br><p>解決を図ろうとすると言う意味です。いわば当たり前のことですがあの修羅場の中で</p><p>浮き足立ち更に怖い怖い早朝会議でのやりとりを考えるととても勇気の要る事でした</p><p>語り尽くせぬ様々なドラマが目の前で展開しやってはいけない失敗を一とおり経験し</p><br><p>思い切りきつい目に会い会いました。その一つ一つの失敗は今ではいわば常識と</p><p>なり総合スポーツクラブでは当たり前のことですが、前人未踏の当時は失敗して</p><p>法外な授業料を払わないと解らないことだらけです。宝石のようなノウハウを積み重ね</p><br><p>夥しい犠牲を払いました。その一例を挙げると会員の構成比で見ると当時は今とは</p><p>逆で男性の数が多く女性が少なかったのでロッカーの比率も当然その様に配置した</p><p>ものです。ところがあにはからんやフタをあけてみると利用比は圧倒的に女性の方が</p><br><p>多い為ピーク時には大混乱となりました。改装すると水場をいじくると莫大なお金が</p><p>かかり数億単位で文字どおり泡と消えてゆきました。４５０トンもの水を温めるプール</p><p>はコストが莫大です。夜につかう会員の為に昼間の時間帯遊ばせるのはいけないと</p><br><p>子供のスイミングスクールを始めたところ大成功しました。ところが当時は初めて</p><p>の事とて入り口が同じで大混乱となったものです。大人の会員の前で子供が走り</p><p>まわりわめきオムツ換えまで始まっては会員制クラブもへったくれもありません。</p><br><p>くりかえしますがそれまではスイミングスクール専用のプールはあっても大人のクラブ</p><p>に併設したものは類例がなかったのです。こちらも莫大な授業料をつぎ込みました。</p><p>こんなことはさすがに最近見かけなくなりましたが。今でも時々４０年前と同じ失敗を</p><br><p>くりかえしているところがあるのにはびっくりさせられます。ひとつひとつあげればきりが</p><p>ありませんが、このようにして日本で初めての巨大総合スポーツクラブが誕生してゆき</p><p>ました。漫才のようなラジオタタキはやめようぜは熱き青春の１ページの言葉でした。</p><br><p>今日はこのへんで　　HPはネット検索で　森遊天</p>
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<pubDate>Wed, 21 Jul 2010 08:57:01 +0900</pubDate>
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