<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>鏡としてのブログを、私に。</title>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/zaizen0502/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>日々の出来事から、自分の考えや思いを徒然なるままに記載するブログ。読者不在を前提に、オナニー的に書き綴ります。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>no.41  平松愛理</title>
<description>
<![CDATA[ おそらく、自分が初めて好きになったアーティスト。<div>きっかけは、「ウッチャンナンチャンのやるならやらねば」という大好きだったＴＶ番組のエンディングテーマを彼女が歌っていたからだと思う。</div><div>その曲は、「素敵なルネッサンス」。</div><div>昨日、久しぶりに耳にした。</div><div><br></div><div>もう25年以上前(27年前？)の曲だけど、まったく色褪せずに、今も僕の心の琴線に触れまくる。</div><div>確かに曲調の一部に、バブルっぽさというか、「時代ダナー」と感じる箇所はあるが、やはり僕にとっては名曲だ。</div><div><br></div><div>彼女は後に、「部屋とYシャツと私」なんかの名曲を生み出し、最近ではネスカフェ・アンバサダーのＣＭ等で使われている「La la,Smile」なんかが有名だ。</div><div><br></div><div>彼女を好きになったのは、音楽もさることながら、顔が僕の好きだった(おそらく初恋)オルガン教室の先生に似ていたから。</div><div>最初は本人かと思った。平松愛理もピアノ弾くし。</div><div>そんな「優しいお姉さん」感も好きだったことを告白しておく。</div><div><br></div><div>よくよく考えると、僕のipodに入っている曲のほとんどが10年以上聞き続けている曲だ。</div><div>こう考えると、「俺もおっさんダナー」と思えてくるが、</div><div>①名曲は色褪せない</div><div>②自分の琴線(心のフックのありか)は変わらない</div><div>③最近の音楽に魅力を感じない</div><div>ことを踏まえると、やむを得ない。</div><div><br></div><div>このブログに漂着した方に、とりあえず聞いてほしい。</div><div><a href="https://youtu.be/dPNgz95wBcE">素敵なルネッサンス/平松愛理</a><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12324585895.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Nov 2017 07:42:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.40  今日は雨でも</title>
<description>
<![CDATA[ ７会社の中が、組織の中がゴタゴタしている。<div>誰の命令を聞けばいいのかが分からない。</div><div><br></div><div>ボス①は役員クラス。</div><div>ボス②は管理者(課長以上部長未満)クラス。</div><div>ただ、ボス②は社長や副社長に単独で説明に入ることもあり、頭は切れるが、ボス①への報連相が中途半端。</div><div>それゆえ、ボス②は「自分こそが社長のお考えを理解している。ボス①はそこを理解できていない。」と考えており、「ボス①の言うことは無視しろ」と平然と言ってくる。</div><div><br></div><div>ボス①は、頭も切れるし、心も大きい。</div><div>ただし、これは良いことでもあるのだが、かなり楽観主義(個人的には尊敬する点でもあるが、もう少し危機感を持った方が…と思うこともある。)。</div><div>それゆえ、社長等の危機感や認識を浅く認識してしまう傾向がある。</div><div>また、頭も切れるし、役員クラスなので、自分なりの経営観を持っており、社長等のそれと戦わせることもある。</div><div>ただ、現場の社員のことを思ってくれる気持ちはものすごく強く、そこは僕の好きなところだ。</div><div><br></div><div>そんな2人に挟まれて仕事をしていると、本当に残念な気分になる。</div><div>二人とも尊敬できる人だけに、残念。</div><div>どうしてもっとコミュニケーションが取れないのだろう？</div><div><br></div><div>過去にも同じような経験がある。</div><div>これも役員クラス同士だった。</div><div>そのときは、その人たちは公然と「僕はあの人が苦手だから僕からは言えない」とのたまっていた。</div><div>大の社会人が。会社の役員が。</div><div>馬鹿じゃないか。</div><div>そして、役員への説明と調整を部下に押し付ける。</div><div>当然、下からの調整の積み上げなので時間がかかる。</div><div>部下は苦しむ。</div><div><br></div><div>僕は絶対にこういう人になりたくない。</div><div>役員クラスになれなかったとしても。</div><div><br></div><div>部下を、現場の社員を守るために、死物狂いで働きたい。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12323749091.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Oct 2017 10:03:07 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.39  そんなに落ち込むな</title>
<description>
<![CDATA[ 部下が些細なミスをした。<div>少し周囲に迷惑がかかったけど、そんなに大きな問題ではない。</div><div>だけど、彼女は泣きそうなくらい落ち込んでた。</div><div><br></div><div>そんなに落ち込むな。</div><div>この先、もっと落ち込むことはある。</div><div>もっと自分の不甲斐なさに落胆することも必ずある。</div><div><br></div><div>「過去のすべての失敗と失態を経験と呼び直すためにある今日」</div><div>僕の好きな歌詞のひとつだ。</div><div>経験の半分は、失敗だ。</div><div>それを経験として糧にできるかどうかは、今から先の未来にかかっている。</div><div><br></div><div>この失敗を糧にしよう。</div><div>頭なら俺がいくらでも下げてやる。</div><div><br></div><div>頑張れ。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12322858152.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Oct 2017 23:59:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.38  民主主義</title>
<description>
<![CDATA[ すっかり忙しくなってしまい、なかなかブログで想いをアウトプットする時間的・気力的余裕がなく、更新できずにいる。<div>そうこうしている間に、世間では衆院選が終わり、超大型の台風21号(LAN)が駆け抜けていった。</div><div><br></div><div>今回の台風でも全国的に多くの被害が出てしまったようで、被害に遭われた方にはお見舞い申し上げたい。</div><div><br></div><div>さて、選挙が終わったので、政治的な発言は普段控えている(親からそういう風に叩き込まれた)自分の雑駁な感想を書こうと思う。</div><div><br></div><div>結論からすると、妥当な結果。</div><div>田原総一郎がキレていたらしいが、まさに野党がだらしなさ過ぎる。</div><div>ほとんどの国民は、余程の信者か、混乱大好きな人かでないと、今の野党に国政を任せられるとは思えないのではないか。</div><div>つまり、政権を握った際にこういう政策を、こういう理念の下、こういう根拠・ロジックで実行していきます、というビジョンがなく、ただただ安倍政権の批判に終始。</div><div>はっきり言って、国政選挙(しかも衆院選)の戦略が大間違い。端から政権を獲る気が無いようにしか思えない。</div><div>そもそも普段から「国民の信を問え」なんて勇ましく言っておきながら、いざ解散すると「大義がない」等とのたまうあたり、僕からすると自己矛盾にしか見えない。</div><div>結局、野党も自己都合なのだ。</div><div>アントニオ猪木氏の言葉を借りるならば、「リングに上がっているのになぜ油断しているんだ」ということなんだろう。</div><div><br></div><div>野党批判はそこそこに、次に腐っているのがマスコミだ。</div><div>政治的中立はどこへやら。</div><div>みんな自分の思いや(ひどいところでは)好き嫌いだけで語っている。</div><div>中庸の観点からロジカルに論じてくれるマスコミやジャーナリストの少ないこと。呆れる。</div><div>気に入らない選挙結果が出ると、「国民の真意を反映した結果ではない」と仰る。</div><div>じゃあ、何をどうしたら国民の真意を反映できるのか。選挙制度について真面目に論じてみてほしい。</div><div><br></div><div>はっきり言って今回の選挙結果は、だらしない野党とマスコミに嫌気の射した国民が消去法的に選んだ結果なのかもしれないが、でもその状況を作った主要因は、野党とマスコミそのものにあるということは、直視すべきだ。</div><div>そうしないと、あなたたちの望む未来にはなりませんよ。</div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12322336221.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Oct 2017 00:19:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.37  予感</title>
<description>
<![CDATA[ 土日はフットサルに興じている。<div>やっていて、又は見ていて「上手いなぁ」と思うプレイヤーは、得てして</div><div>①次のプレーの予測ができている</div><div>②「こうしてやろう」というアイデアの引出しが豊富で、スピーディーにどの引出しを開けるか決めている</div><div>③「こうなるんじゃないか」という予感が働いている</div><div><br></div><div>①と③は似ているようで実は微妙に違う。</div><div>①は期待値であって、③は経験と観察から出てくるものだ。</div><div>サッカー暦29年でそれなりに真面目にやって来たから分かる。それなりの根拠というか、確信を持って言える。</div><div><br></div><div>大きな違いは、①は期待値なだけあって、それに伴う動きが少ない。また、観察も疎かなので、敵がどこにいるか等が十分に把握できていないし、味方の動きも期待値ベース(こう動いていてくれよ)なので、味方とのズレも大きい。</div><div>③は観察に基づいているので、敵、味方、スペースまで十分に把握できている。その上で、ここに来る確率が高いという予測のもと、そのために動きを伴う。簡単に言うと、③は危機察知なのだと思う。だから、予感が働くと、動かざるを得ない。</div><div><br></div><div>そういう意味で、③は①の上位互換だが、③ができる人は①で動くことに躊躇いがあるので、相手の度肝を抜くようなプレーができない。</div><div>結局、①と③の両方ができないといけない。</div><div>そして、予測ができてもプレーが伴わないと意味がないので、②もやはり重要。基礎と引出しはしっかりと準備し、刃を研いでおく必要がある。</div><div><br></div><div>①～③を統合するものこそ、インテリジェンスなんだと思う。</div><div><br></div><div>これは仕事や私生活にも当てはまる。</div><div>希望的予測だけでもダメだし、希望的予測で素早く動くことも必要な時もある。</div><div>なんだかんだ人生うまくやっているようなやつほど、先を見通して考えている。</div><div>その差なんだと思う。</div><div>これは学歴や学校の勉強ができるかどうかではなく、どれだけ人生を戦略的に考えられるか、作戦を立てられるかということ。</div><div>学校では教えてくれない。</div><div><br></div><div>でも、牙は常に磨いておきたい。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12319670818.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Oct 2017 08:15:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.36  クセ</title>
<description>
<![CDATA[ 人間誰にでもクセがある。<div>クセを受け入れられるか、否か。</div><div>人間の度量だと思う。</div><div><br></div><div>僕は比較的度量の大きな人間だと自分のことを思っていたが、周囲の人間からするとそうでもないらしい。</div><div>ただ自分のクセがすごいので、大方の人間は受け入れることができるが、そもそもオープンな性格ではないからそう見えるようだ。</div><div>でも、みんなのことを、ちゃんと認めてるんだぜ。</div><div><br></div><div>部下にクセの強い人間が多い。</div><div>強弱で言うと、明らかに「強」の若者たちだ。</div><div>彼ら、彼女らと接するのが、時々恐いことがある。</div><div>クセが強い連中なだけに、思っていることもさぞやドラスティックで、自分はどう思われてるんだろう？と気になる。</div><div>常に刺激を求めているようで、でも、上司には壁になって守ってくれることを期待しているようだ。</div><div>彼らに僕はどう見えているんだろう？</div><div>てなことを日がな気にしている。</div><div><br></div><div>サッカーとかだと、感情のぶつかり合いで、思ったことはすぐ口にしてコミュニケーションが取れるのだが、社会人生活だとなかなかそうも行かない。</div><div>そういうことができるチームになるよう、フレンドリーな人間を装っているが、やはり人間の本性はなかなか隠せず、時々隠しているはずの闇の部分が垣間見えるらしい。</div><div>ハッと自分でも気づく時があるが、やはり部下もいろいろ思うことがあるんだろうなぁ。</div><div><br></div><div>先日、部下をつれて寿司を食いに行った。</div><div>そこで出てきた話の面白いこと。</div><div>改めてチームビルディングに人間性の把握は不可欠だと思い知った。</div><div>彼ら、彼女らが普段どんなことを考えているか、非常によくわかった。</div><div><br></div><div>そんな部下が、昨日、すごいことをやってのけた。</div><div>やっぱり、彼らは凄いや。</div><div>クセがあるやつは、考えていることが凄い。</div><div>彼らをうまくマネジメントすることが、僕の仕事。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12319403570.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Oct 2017 09:23:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.35  病院</title>
<description>
<![CDATA[ 子供の頃は、病院に行くのが好きではなかったが、病院に行っている＝自分達とはちょっと違う、非日常に生きている感じがして、「いいな～」と思っていた。<div><br></div><div>でも、実際に自分が病人となり、通院するようになると、気が重くて仕方がない。</div><div>ここでは自分自身が改めて「健康体ではありません」と認識させられる。</div><div>生きていく上で、いろんな枷がはめられる。</div><div>ため息ばかり。</div><div>笑顔になれることは少ない。</div><div>それが病院。</div><div><br></div><div>生きているという実感よりも、「生かされている」感覚が芽生える。</div><div>患者には今にも死にそうなご老人や、小学生くらいのまだ未来がある若者まで、幅広くいるが、生き生きとしている患者はほとんどいない。</div><div>まぁ、生き生きとしていたら病院なんて来る必要はほとんどないんだろうから、それはまぁ納得。</div><div><br></div><div>そんな雰囲気が医師や看護師にも伝播するのか、あるいは逆なのか、職員にも元気がない気がする。</div><div>もっと笑いのある、元気な病院に出会いたい。</div><div>楽しい病院。</div><div>ロビン・ウィリアムスの「パッチ・アダムス」のような。</div><div>「元気があれば何でもできる」と猪木張りの勢いで威勢を張る医師や看護師が居てもいいな。</div><div>もちろん、最低限の医療知識・技術は必要だが、病院って、生きる希望を与えてくれる場所であってほしい。</div><div><br></div><div>治療中、入院中、心に残る一言をくれるような、これからの人生の支えになるような言葉や体験がほしい。</div><div><br></div><div>医療に携わる方々には本当に尊敬の念が絶えないが、これだけはお願いしたい。</div><div>笑顔を振り撒いてくれ❗</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12318613572.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Oct 2017 12:23:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.34  環境</title>
<description>
<![CDATA[ 性善説と性悪説という二元論があるが、僕はどちらにも与しない。<div>生まれたときから善も悪もないだろうし、基本的に初対面の人を善人・悪人と決めつけてかかることも危険きわまりない。</div><div><br></div><div>サッカーを長くやって来たから分かるし、個サルでいろんな初対面の人とセッションしてきたから分かる。</div><div>合う人は合うし、合わない人は合わない。</div><div>それはやってみないと分からない。</div><div>合わない人とは、続けることで合うようになることもあるし、ずーっと合わないこともある。</div><div>最後まで合わない人は稀だが、確実にいて、それは価値観の違いなんだと思う。</div><div>価値観はその人が歩いてきた人生の中で、何を大切にするかということであり、個人の幸せを最高の価値に置く人もいれば、仲間との調和を大切にする人もいる。</div><div><br></div><div>それはそれでいい。価値観が合わないことはままある。</div><div>問題は、それを集団に押し付けたりする人がいることだ。</div><div>会社や組織のように、共通の価値観を追い求めることを目的としたチームであれば、その価値観を共有しようとする動きはいいが、</div><div>そうではないアンオフィシャルな組織でも押し付けてくる、強要する人がいて、そういう人とはウマが合いそうにない。</div><div>個人のハッピーを追及する人と、集団の中で他人のハッピーを、あるいは最大公約数のハッピーを自己のハッピーにできる人。</div><div>僕は、後者のような人を尊敬するし、そういう人と一緒にいたい。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12318011501.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Oct 2017 12:03:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.33  同じ道</title>
<description>
<![CDATA[ 辛いことがあっても、嬉しいことがあっても、特別な日でも、そうでなくても。<div>世の中は私たち一人一人に特別なものではない。</div><div>大人になって、社会人になって、認知できる世界が広がれば広がるほどそうだ。</div><div><br></div><div>僕の好きな言葉に、「泣いて歩いても、笑って歩いても、同じ道」というものがある。</div><div><br></div><div>僕のために世界がカスタマイズされないのであれば、僕の世界観をカスタマイズすれば良い。</div><div>辛いこともあるだろうが、泣きたいこともあるだろうが、同じ道を行くなら、笑って歩いた方が良いに決まってる。</div><div><br></div><div>そんなことを思い出し、ふと自分に言い聞かせる。</div><div>笑って歩けよ。</div><div><br></div><div>先日、癌患者のテレビを見た。</div><div>いつか死ぬのが分かっているのは誰でも一緒。</div><div>僕らだって、この次の瞬間に交通事故で死ぬかもしれない。</div><div>そんなリスクの中で生きている。</div><div>でも、癌患者には、「生きられても○年(短いと○か月)」というカレンダーが突き付けられる。</div><div>我々と違うのは、先が明確だということで、このカレンダーは多少のズレこそあれ、大きく動くことはほぼ稀だ。</div><div><br></div><div>そんな宣告を受けても、テレビで見た人たちは、できるだけ日常生活を続けようとしていて、自分達と同じ境遇の人達の社会復帰(継続)を支援し、その受け入れを社会に求める活動をしている。</div><div>もちろん、すべての癌が即、死に直結するわけではないし、治る癌もある。</div><div><br></div><div>僕が同じ境遇になったとき、僕はどうするだろうか？</div><div>あの人達のように、自分に今できることを精一杯やろうとするだろうか？</div><div>自分のことだけ考えて、悲劇のヒーロー気取りで、悲しみに明け暮れないだろうか？</div><div>彼らは、少なくとも僕には、ものすごく強く見える。</div><div><br></div><div>癌という事実、余命という事実が「同じ道」なら、それでも笑っていたい。</div><div>それだけ、強くなりたい。</div><div><br></div><div>いつか死ぬということが、人類、生命共通の「同じ道」なんだ。</div><div>どれだけ笑えたかが、命の価値だと思う。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12317764396.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Oct 2017 16:25:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>no.32  忙しい日々</title>
<description>
<![CDATA[ この2週間は忙しかった。<div>先週はまったくブログの更新が出来なかった。</div><div><br></div><div>忙しい日々は、雑念を忘れさせてくれる。</div><div>それもこれも、良い環境で、ほどよい程度に忙しいからで、これが劣悪な環境下で、さらに激務であったなら、僕はもう廃人になるしかない。</div><div>これは雑念を「忘れさせてくれる」のではなく、「考えさせてくれない」状態で、天と地ほどの違いがある。</div><div><br></div><div>一時期、「考えさせてくれない」状況に置かれたことがある。</div><div>一時期というか、それが結構な多頻度で発生するのが問題だが。</div><div>そんな時はかなり気持ちが沈む。</div><div>何に対してか。</div><div><br></div><div>そういう状況下に至った課題そのものというより、巻き込まれた(あるいは巻き込んでしまった)自分の罪深さに対して。そして何より、そんなときに笑えなくなる自分の余裕の無さに対して。</div><div><br></div><div>そう考えると、雑念というものが悪者には思えなくなる。</div><div>むしろ、心に余裕を与えてくれる材料なのでは。</div><div>集中力を欠けさせさえしなければ、雑念こそが、心の逃げ道を作ってくれるんだろう。</div><div><br></div><div>雑念、万歳。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/zaizen0502/entry-12317681198.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Oct 2017 08:26:18 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
