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<title>zinzoningen24のブログ</title>
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<description>腎炎患者の心の整理</description>
<language>ja</language>
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<title>母の事</title>
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<![CDATA[ そして家族の話に戻る。<br><br>お母ちゃんは良く笑うから周りでは人気があると思う。身内からすれば天然で少しずれてたりするのでイライラすることがたまにある。別居のこともわすれちゃいないからな。<br><br>でもそんなことも忘れてしまいそうになるのがやっぱりその優しさと家事を完璧にこなす主婦力。本当に恐るべし。もちろん尊敬もしてる。だてにとしくってないなっておもう。<br><br>運動音痴なくせに再度テニスを始めた。ケガだけは気をつけてお父ちゃんと一緒に長生きしてください。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11587297871.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2013 11:39:59 +0900</pubDate>
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<title>万波誠医師</title>
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<![CDATA[ 突然ですが今日は会社の健康診断。<br>そこのお医者さんに万波誠医師のことは良くも悪くも知るべきだと教えられネットで調べることに。<br><br>するとまぁあれやこれやバッシングやら称賛やら初めて知る人間にとってはもう大混乱。ネットの膨大な情報にうんざり。その中からしっかりと自分の目で判断しなければならないと改めて痛感。<br><br>よくわからない中、腎移植に賛成も反対もないのだが、病気でもない人があぁだこうだとバッシング、そして否定論を断言してしまう世の中のマスコミに驚きだ。<br><br>その人の気持ちになって考えなさい。<br>小さい頃良く言われたものだ。そんな事を純粋に一点の曇りなく相手のことを考えた結果のこのバッシングならこの世界は終わってる。<br>どうせ他人事。人の気持ちになんてなれてないんだ。<br>もしなってると言えるなら片方の腎臓を提供できるはずだろう。<br><br>と、まぁ言いすぎた感もあるがどちらにしろこの答えのなかなかでない問題にたくさんの方がチャレンジしてくれるとありがたい。<br><br>そうおもうと自分の中で腎移植についてもっと知りたくなった。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11584922987.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Aug 2013 15:19:15 +0900</pubDate>
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<title>父の事</title>
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<![CDATA[ 家族とのことも忘れちゃいけないね。<br><br>うちのお父ちゃんは基本的には弱い。根が優しいのもあるけどお母ちゃんの方が強い。でもやっぱり凄いなって思う瞬間だったりがある。<br>当たり前の事かもしれないけど中学で経験した大地震の時はものすごく頼りになったし、お母ちゃんと別居のことで喧嘩してたときはお父ちゃんじゃなくやっぱり男だった。<br>今はもうおじいちゃんで先が心配だけど還暦で引退した仕事も再度始めたし精神的にはまだまだ若いのでやりたいことやってもらうのが一番だなって思う。<br>そんときはお母ちゃんがお金の管理しないといけないな。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11584751630.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Aug 2013 09:41:12 +0900</pubDate>
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<title>今</title>
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<![CDATA[ それから仕事はいまも変わってない。異動があったものの同じ会社で働いてる。新しい彼女もできた。その彼女とは結婚しようと思うくらいの人間的にもちゃんとした女の子だ。<br>この子に出会えたおかけで今がある。言い過ぎに聞こえるかもしれないけど説明すると<br><br>彼女にちゃんとしたところをみてもらいたいから病院にも行き始めた。この頃で確かクレアチニンは3.0くらいだったかなぁーここでも腎生検の話になって今度は逃げまいと、ただし何かあったら困るから手術する前には彼女に告白しようと決めて告白した。そして彼女の返事はすぐには聞けず3ヶ月以上待った。彼女的には僕の事を知らないから知ってから判断したいと。病気があったから告白できたし知られるならちゃんとしたいというのもあって今尚病院に通い続けている。<br>彼女とはもう3年目。でも体調は良くはなくてクレアチンは6.48と上昇をつづけている。家族、彼女、そしてもちろん自分自身みんなで頑張ってこれ以上あげまいと頑張って生活している。<br>大いなる反省と共に。<br><br>長くなったがこれが今の私だ。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11584500377.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Aug 2013 09:01:37 +0900</pubDate>
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<title>転職の時</title>
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<![CDATA[ ある程度レンタルビデオで働いてたらやっぱりレンタルじゃなくてCDやDVDの販売に行きたくなって仕事をCDショップの店員に変えた。そこは遅くとも23時には仕事を終えれるところだったので体的にもまだましだったはずだ。<br>そこでまた好きな人ができる。三人目の彼女。ちゃんと二人目の彼女と別れてからね。一人暮らしの女の子だったので彼女のうちに転がり込んだ。でもやっぱりまだ若い二人、うまくいくはずもなく頑張ったけど2年足らずで別れた。その間に忘れられない事があった。<br><br>それは逃避。<br>仕事を変えて保険もあったので久々に腎臓検診に行って来た。<br>数値の事は良く覚えてないけどお医者さんの話をはいはいと聞いているうちに腎臓の細胞を取る検査、腎生検の話になってた。<br>それで手術で何か事故があっても責任を請求しませんみたいな書類渡されて。その時初めて自分の死を真面目に考えて（考え過ぎだったけど）久々行った病院にそんな事いきなり言われてそれからまた…逃げた。<br>病院は遠い。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11582868220.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 11:33:11 +0900</pubDate>
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<title>フリーターの時</title>
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<![CDATA[ 仕事を見つけた。それはレンタルビデオの店員。いろいろ仕事はしてみたけどここに落ち着いた。<br>いま思えば仕事の時間帯よくなかったなぁー近所とはいえ17時から深夜2時の仕事は腎臓患者からしたら地獄だ。この時は病院に行ってなかったし自分が腎臓が悪いなんて忘れてた…と思う。たぶんね。保険がないーとかいいながら逃げてた可能性もあるけど。<br>そこで頑張ってたから社員にもなれたし自分でもまぁまぁ仕事はできてたと思う。<br>ここで二人目の彼女ができた。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11582867293.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jul 2013 11:29:35 +0900</pubDate>
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<title>専門学校の時</title>
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<![CDATA[ 専門学校。場所はうちから遠かった。いくのが大変だった。この時から病院にはいかなくなっていたと思う。夢追いかけるのに必死…ってのもあったけど実際行ったのは一年だったからそれは嘘の理由。結局は面倒だったってのが一番じゃないかな。初めての彼女の振り回されたのもこの頃。奇抜な服装がダサいって出会ってすぐ解散になったデートもあった。それでも長く付き合ったのはなんでだろう。初めてだからそんなもんだろうって思ってた？別れることが悪いことって思ってたから無理してたのかな。やっぱしつづかなかったけど。彼女彼女で病院いくのが面倒になってたかもね。<br><br>そして専門の二年目はいかなかった。<br>兄の鍼や整体の学校の学費がとんでも高くてその入学と俺の進学がかぶった。両方の学費は払えないのはわかってたし専門に入って気づいたけど専門出ても仕事なんてないのは目に見えてた。兄の学校は現実味があったから僕はあっさり身を引いた。そしてフリーターになって保険もなくさらに病院から遠ざかって行った。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11580910307.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Jul 2013 09:14:27 +0900</pubDate>
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<title>高校の時</title>
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<![CDATA[ 高校になってもサッカー三昧でした。いや、途中からそうでもなかったな。視力が悪く視野が狭かったためサッカーのミニゲームだけは鬼うまかった自信がある。現に当時のキャプテンにミニゲームの鬼っていうあだ名がつけられていたし。なんでコンタクト買わなかったんだろう。仲良かった近所の同級生にも勧められてたのにな。<br>そんな悩みも吹き飛ぶ悩みが。なんとこの頃お母ちゃんが別居。<br><br>理由はお母ちゃんにあったからお父ちゃん、姉、兄と一緒にうちに残った。この時家の前で夫婦喧嘩とか家で泣いてるお母ちゃんとかいろいろ大変だった。結局は一年もしないで帰って来てくれたから良かったもののお金にルーズなお父ちゃんがくれる毎日の昼飯代1000円のおかけで好きなもんばっかり食べてた。<br><br>そのせいかはわからないけと高二のおわりでまた病気の再発。ほとんど高3だったなぁーそこから病気という理由をつけたサッカー部幽霊部員。たぶん病気が治っていてもサッカーもうやってなかったと思う。プロになりたい覚悟は環境や自分自身で次第に自信喪失になり夢はただの夢になってた。<br>でも実はサッカーが出来ない間はバンドしてた。<br><br>バンドで有名になるってのが夢になったからサッカーの夢がなくなった？いやそんなちゃんとしてなかった。ただただサッカー選手になる自信がなくなっただけだ。<br>そのバンドの夢にすがるように音楽の専門学校に行くこととなる。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11580304469.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jul 2013 09:24:45 +0900</pubDate>
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<title>中学の時</title>
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<![CDATA[ 中学になってもサッカー選手になりたい僕はサッカー部がなかったので少し遠くのクラブチームに行ってた。いろんな地区からうまいやつがたくさんきていて小学校の時レギュラーだった僕は一軍と二軍を行ったり来たり。そんな頑張りどきに病気が悪くなった。<br>生活は変えてなかったし辛いものを控えてくださいって言われても塩分のことなのにカレーやわさびが体に良くない？って本気で思ってたし青年期になるにつれて夜更かしが多くなってそりゃ悪くなるわけだ。<br>半年休んだ挙句一軍で試合することはなかった。休んでいる間、二軍のマネージャー兼コーチをして欲しいなんて話もあったなぁーもちろん断ったけど。<br><br>いま思えばあの時病気とどう対面していただろう。この体を産んでくれた両親に対して怒りなんてまったくなかったし自業自得なんてことも思ってなかったはずだ。<br>正直忘れた。<br>だからこういう日記やブログを記す必要があるのだ。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11579610557.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jul 2013 09:17:22 +0900</pubDate>
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<title>小学校の時</title>
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<![CDATA[ 小学生の生い立ち<br><br>腎臓という名前を知った、病気に始めて気付いたのは小学校の時。（でもこの時から専門出るまでは一生付き合っていくものとは思ってなかった）<br><br>小3の時におしっこに以上があって再検査になった。初めはおしっこで何がわかるんやろ？変なのーって真面目に聞く気すらなかった。おかげでカナヅチな僕はプールを休むことができたし病気様様って感じ？まぁ小3ならばそんなもんだろう。そして再検査結果も何故かなにも問題なかった。<br><br>そして小5の時にまた尿検査でひっかかった。その時は大好きなサッカーまで休まされて子供ながらだいぶショックだった。病気がわかってから始めての練習の日、夜間解放っていう中学のグラウンド借りての夜の練習の日だった。休むのが嫌で泣きじゃくってグラウンドに行けなくてお母ちゃんに行ってもらってコーチに当分の間練習には来れませんって伝えてもらったのを覚えてる。<br>僕が若くて頭の回転が早い分、天然でたまにイラってするお母ちゃんはいつだって優しいお母ちゃんだ。<br>この頃、学校ではドラゴンボールが流行っていた為<br>人造人間にかけて腎臓人間って呼ばれてたのを思い出した。
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<link>https://ameblo.jp/zinzoningen24/entry-11579054819.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Jul 2013 11:35:16 +0900</pubDate>
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