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<title>Purpose Of Life</title>
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<description>初めまして。１８歳のクリスチャンです。高校２年の時に中退し、その後アメリカに１年留学後、帰国。今夏休みです笑Twitterやってます。@Luka002F</description>
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<title>「犠牲」について【２】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。もう８月も終わりですね。。<br>暑い夏もようやく残暑になりかけてますね。<br><br>さて、今回も「犠牲」についてお話していきます。<br><br><strong>持っているものすべてを喜んで主にささげなければならない</strong><br><br>人々が進んで犠牲を払うのはどうしてでしょうか。<br><br>使徒パウロは，わたしたちが「神に喜ばれる，生きた，聖なる供え物」になるべきであると述べています。<br><br>わたしたちが生きた供え物になるのであれば，地上に神の王国を打ち立て，シオンを起こすために，自分の持っているものすべてを末日聖徒イエス・キリスト教会に喜んでささげられるようでなければなりません。<br><br>若くて裕福な役人が救い主にこう尋ねました。<br><br>「何をしたら永遠の生命が受けられましょうか。」<br><br>イエスは答えて言われました。<br><br>「いましめはあなたの知っているとおりである，『姦かん淫いんするな，殺すな，盗むな，偽証を立てるな，父と母とを敬え。』」<br><br>するとその裕福な青年は言いました。<br><br>「それらのことはみな，小さい時から守っております。」<br><br>イエスはこれを聞いて言われました。<br><br>「あなたのする事がまだ一つ残っている。持っているものをみな売り払って，貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば，天に宝を持つようになろう。そして，わたしに従ってきなさい。」<br><br>青年はこの言葉を聞いて悲しみました。大金持ちで，富に心を奪われていたからです。<br><br>この若い役人は善人でしたが，イエスから求められたときに進んでこの世の財産をささげようとはしませんでした。これに反して，主の弟子であるペテロとアンデレは，神の王国のために喜んですべてを犠牲にしました。<br><br>イエスが「わたしについてきなさい」と言われると，「彼らはすぐに網を捨てて，イエスに従った」のです（マタイ4：19－20）。<br><br>この弟子たちのように，わたしたちは日々の働きを犠牲として主にささげることができます。「御心が成りますように」と言うことができます。アブラハムもそうした一人です。<br><br>アブラハムはキリストが誕生される以前，まだ犠牲と燔祭が要求された時代に地上に住んでいました。主はアブラハムの信仰を試すために，息子イサクを犠牲としてささげるように命じられました。<br><br>イサクはアブラハムとサラの間の一人息子でした。イサクを犠牲としてささげるようにという命令は，アブラハムにとって堪え難いことでした。<br><br>それにもかかわらず，アブラハムとイサクは長い道のりを旅し，モリヤの山へ行きました。そこが燔祭をささげる場所でした。二人は3日間旅しました。<br><br>このときのアブラハムの心情と苦しみを想像できるでしょうか。息子を犠牲として主にささげなければならないのです。モリヤの山に到着したとき，イサクはたきぎを背負い，アブラハムは火と刃物を持って，祭壇を築く場所に行きました。<br><br>イサクは言いました。「父よ。……火とたきぎとはありますが，燔祭の小羊はどこにありますか。」<br><br>アブラハムは答えて言いました。「子よ，神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう。」<br><br>そしてアブラハムは祭壇を築いてその上にたきぎを並べると，イサクを縛ってたきぎの上に乗せました。アブラハムは刃物を取ってイサクを殺そうとしました。<br><br>その瞬間，主の使いが彼を呼んで言いました。<br><br>「アブラハムよ，……わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子，あなたのひとり子をさえ，わたしのために惜しまないので，あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った。」<br><br>もはや息子を犠牲にする必要のないことを知ったとき，アブラハムはどんなにかうれしかったことでしょう。しかしながら，アブラハムの主への愛は，主に求められたすべてのことを進んで行うほど深いものでした。<br><br>あなたが知っている人々の生涯から，これまでにどのような犠牲の模範を見てきましたか。先祖の生涯や，初期の教会員の生涯，聖文に登場する人々の生涯から，どのような犠牲の模範を目にしてきましたか。これらの模範から，どのようなことを学んできましたか。<br><br>私たちもアブラハムのように全てを「犠牲」にしなければなりません。いつも主を思い自らを捧げるならば神様は天においてたくさんの宝を用意してくださっていることを知っています。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12065181608.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Aug 2015 09:08:34 +0900</pubDate>
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<title>「犠牲」について【１】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。<br>今日はもう土曜日ですね。曜日感覚が少しおかしくなって来ました。。<br><br>さて、今回は「犠牲」についてお話したいと思います。<br><br><strong>犠牲の意味</strong><br><br>犠牲とは，神の業を推し進めるために，時間やこの世の財産，労力など，主が求められるものは何であろうと主にささげることです。主は次のように命じられました。<br><br>「まず神の国と神の義とを求めなさい。」（マタイ6：33）喜んで犠牲をささげるかどうかが，神に対する献身の度合いを示します。人はその生活において，神のことを第一に行うか否かを常に試されています。<br><br>主から求められるとき，見返りを期待せずに犠牲をささげることが大切なのはなぜでしょうか。<br><br><strong>昔，犠牲の律法が実施されていた</strong><br><br>昔，主の聖約の民が執り行っていた犠牲には，どのような意味があったのでしょうか。<br><br>アダムとエバの時代からイエス・キリストの時代まで，主の民は犠牲の律法を守ってきました。民は群れの初子を犠牲としてささげるように命じられていました。<br><br>こうした動物は完全で傷のないものでなければなりません。この儀式は，天の御父の長子であるイエス・キリストの降誕を思い出させるために与えられました。<br><br>イエスはあらゆる点において完全であり，人類の罪のために自らを犠牲としてささげられるのです。（モーセ5：5－8参照）<br><br>イエスは事実この世においでになり，あらかじめ知らされていたとおりに自らを犠牲としてささげられました。イエスの犠牲により，すべての人は復活して肉体の死から救われ，イエス・キリストを信じる信仰により自分の罪から救われるようになったのです（本書第12章参照）。<br><br>キリストの贖いの犠牲は血を流す犠牲の終わりを告げるものでした。そのような外形的な犠牲に取って代わったのが聖餐の儀式です。<br><br>聖餐の儀式は，救い主の偉大な犠牲を思い起こすために与えられました。わたしたちは度々聖餐を受ける必要があります。象徴としての聖餐のパンと水は，傷ついた救い主の体とわたしたちのために流された血とを思い出させてくれます。<br><br>贖罪が最後の大いなる犠牲と考えられているのはどうしてでしょうか。<br><br><strong>わたしたちは今日こんにちも犠牲を払わなければならない</strong><br><br>今日のわたしたちは，どのように犠牲の律法を守っているでしょうか。<br><br>血を流す犠牲は終わりを告げましたが，主は現在もわたしたちに犠牲をささげるよう望んでおられます。しかし，今日主が求められる犠牲は古代のそれとは異なっています。主は次のように言われました。<br><br>「あなたがたは，もはや血を流すことをわたしへのささげ物としてはならない。あなたがたの……燔祭は取りやめなさい。……あなたがたは打ち砕かれた心と悔いる霊を，犠牲としてわたしにささげなさい。」（3ニーファイ9：19－20<br><br>「打ち砕かれた心と悔いる霊」とは，自分の罪を深く悲しみ，敬虔になって罪を悔い改めることです。<br><br>犠牲はとても大事ですね。私は犠牲とはより良いもののために良いものを諦めることだと思います。<br>神様を第一に時間と心を捧げましょう！(^^)<br>
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12064437318.html</link>
<pubDate>Sat, 22 Aug 2015 08:10:51 +0900</pubDate>
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<title>「福千年」【３】</title>
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<![CDATA[ こんばんは。今日は図書館に行って帰る途中で本屋さんに寄って「英検出る順パス単」の英検１級本を買っちゃいました！笑<br>１０月？１１月の英検に向けて奮闘中です！！！このブログとは全く関係ないですが頑張ります。。<br><br>さて、今回も「福千年」について話していこうと思います。<br><br><strong>死がない</strong><br><br>福千年の間，今わたしたちが知っているような死はありません。人は年老いても，死ぬこともなければ，埋葬されることもありません。死すべき状態から不死不滅の状態へ「一瞬のうちに」変えられるのです。<br><br><strong>すべてが明らかにされる</strong><br><br>真理にはまだ明らかにされていないものがありますが，それも福千年の間に明らかにされるでしょう。主は次のように告げられました。<br><br>「主はすべてのことを明らかにする。すなわち，過ぎ去ったこと，だれも知らなかった隠されていたこと，地球が造られた方法とその目的と行く末など地球に関すること，最も貴いこと，上にあること，下にあること，地中や地上や天にあることを。」（教義と聖約101：32－34）<br><br>個人的にこれはとてもとても気になりますね！<br><br><strong>福千年におけるそのほかの活動</strong><br><br>生活はほとんど今と変わりんませんが，ただすべてが義のうちに行われるようになります。人は飲食をし，衣服を着ます。種をまいて作物を収穫し，家を建てます。<br><br>福千年の間の状態について，あなたはどのように考え，感じていますか。<br><br><strong>福千年に続く最後の戦い</strong><br><br>地球は最終的にどうなりますか。<br><br>1,000年の最後に，サタンはわずかの間だけ解放されます。天の御父から離れて行く人もいます。サタンは自分の軍勢を集め，ミカエル（アダム）は天軍を集めて戦うでしょう。<br><br>この激しい争いの結果，サタンとサタンに従う者たちは永遠に追い出されます。そして地球は日の栄えの王国に変わるでしょう。<br><br>想像を絶する計画ですね。最終的にはこの地球上が天国になるということです。<br>神様の業は偉大ですね。それではおやすみなさい。
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12064316725.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2015 21:28:31 +0900</pubDate>
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<title>「福千年」【２】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。今日は私の地域は雨みたいです。<br>雨だとあまり気分が上がらないです。。なぜか笑<br><br>さて、今回も「福千年」について話していきます。<br><br><strong>福千年の間に行われる教会の業</strong><br><br>福千年の間に行われる二つの偉大な業は何ですか。<br><br>福千年の間に教会員のなすべき重要な業は二つあります。神殿活動と伝道活動がそれです。神殿活動は，昇栄を得るために必要な儀式を意味します。<br><br>バプテスマ，聖霊の賜物を授けるための按手，および神殿の儀式すなわちエンダウメント，神殿結婚，家族の結び固めといった儀式です。<br><br>この儀式を受けずに世を去った多くの死者のために，地上にいる人は代理として儀式を受けなければなりません。この業は現在主の神殿において行われていますが，福千年が始まるまでに膨大な数の儀式を終えることはできません。<br><br>そのため，福千年の間に完了するでしょう。復活した人の助けを得て，亡くなった先祖に関して調べる中で生じた誤りを正し，記録を完成するのに必要な情報を見つけることができるでしょう。<br><br>福千年におけるもう一つの重要な業は伝道です。福音は大きな力をもってすべての人に宣べ伝えられます。最終的には，福音の第一の原則を教える必要はなくなります。<br><br>「彼らが小より大に至るまで皆，わたしを知るようになるからであると主は言われる」からです。（エレミヤ31：34）<br><br>福千年での業のために，わたしたちは今，どんな備えができるでしょうか。<br><br><strong>福千年の状態</strong><br><br>福千年の間の生活は，現在の地上の生活とどのような点で異なるでしょうか。<br><br>預言者ジョセフ・スミスは，福千年の間に「地球は更新されて楽園の栄光を受ける」と教えました（信仰箇条1：10）。<br><br><strong>サタンは縛られる</strong><br><br>福千年の間サタンは縛られ，このときに生きている人を誘惑する力を失います<br><br>「その子孫は罪のないまま成長して救いを得るであろう。」（教義と聖約45：58）<br><br>「また，〔主〕の民の義のために，サタンはまったく力を持たず，長い年月にわたって解き放されることはありません。民が義のうちに住み，イスラエルの聖者が統治されるので，サタンは彼らの心を支配する力を持たないからです。」（1ニーファイ22：26）<br><br><strong>地上における平和</strong><br><br>福千年の間，戦争はありません。人は平安と調和のうちに生活します。かつて戦争に使用されたものが，有益な目的で使われるようになります。<br><br>「彼らはそのつるぎを打ちかえて，すきとし，そのやりを打ちかえて，かまとし，国は国にむかって，つるぎをあげず，彼らはもはや戦いのことを学ばない。」<br><br><strong>義にかなった統治</strong><br><br>ジョン・テーラー大管長は次のように教えています。<br><br>「主が全地の王となり，全人類が文字どおり主の統治下に入ります。そして，天の下にあるもろもろの国は主の権威を認め，主の笏に身をかがめざるを得なくなるのです。<br><br>義にかなって主に仕える人々は，神やイエスとの交わりを持ち，天使の導きを受け，そして，過去，現在，未来のことについて知ることになります。<br><br>一方，ほかの人々は，主の律法に対して完全な意味では従順ではないかもしれませんし，また，主の聖約の中で完全な意味で教えを受けることもないかもしれません。しかしながら，そういう人々も主の統治の下には完全に入ることになります。<br><br>それは，地上で主が主権を持っておられるからです。主は御自分の律法を施行し，世の国々にその律法を遵守するようお命じになりますが，これは律法上からも，主の権利です。」<br><br>福千年は幸福に満ち溢れていますね。戦争や争いがなくサタンが縛られるので神様を第一とした主の国が出来上がります。<br><br>とても楽しみです。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12064091115.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2015 08:37:47 +0900</pubDate>
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<title>「福千年」【１】</title>
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<![CDATA[ こんにちは。昨日は東京の六本木ヒルズの近くに用事があったので行ってきました。<br>東京は綺麗ですね笑<br><br>さて、今回は「福千年」について話していこうと思います。<br><br>まず、福千年とは何でしょう？？<br><br>福千年とは1,000年の期間です。教会で「福千年」と言うときには，救い主の再臨に続く1,000年間のことを指します。<br><br>福千年の間，「キリストが自ら地上を統治され」ます（信仰箇条1：10）。<br><br>福千年の間，地上に正義と平和が訪れます。主は次のような啓示を与えられました。<br><br>「その日，人の敵意，もろもろの生き物の敵意，すなわちすべての肉なるものの敵意が，わたしの前からなくなる。」<br><br>サタンは「縛られて，人の子らの心の中に決して場所を得られ」なくなります。<br><br>福千年の間，地上に住むすべての人々は善良で正しい人々です。しかし，まだ完全な福音を受け入れていない人々が大勢います。そのために，教会員が伝道の業に携わります。<br><br>福千年には，教会員は神殿活動にも携わります。聖徒たちは引き続き神殿を建設し，亡くなった親族に代わって儀式を受けます。啓示に導かれ，アダムとエバにさかのぼるまで先祖の記録を作成します。<br><br>完全な正義と平和がこの1,000年間が終わるまで続きます。福千年が終わると，サタンが「しばしの間解放されて，自分の軍勢を集め」ます。<br><br>サタンの軍勢がミカエル，すなわちアダムに率いられた天の衆群に対して戦いを挑みます。サタンとその使いたちは敗北し，永遠に投げ出されます。<br><br><strong>福千年の間，地上にいる人</strong><br><br>福千年の間，地上にいるのはどんな人でしょうか。<br><br>イエス・キリストの再臨と同時に，全地に平和と愛と喜びの1,000年間が始まります。この1,000年間を福千年と呼びます。聖文や預言者の言葉から，福千年に地上で生活するときはどのような状態であるかについて，理解を深めることができます。<br><br>福千年の間も死すべき体を持つ人が地上で生活し，現在のように子供をもうけるでしょう。ジョセフ・スミスは，不死不滅の体を持つ人が度々地上を訪れると述べています。<br><br>この復活した人たちは，統治やほかの業を手助けするでしょう。<br><br>人にはなお選択の自由があるため，多くがしばらくの間それぞれの宗教や思想を持ち続ける自由があります。しかしついには，すべての人がイエス・キリストは救い主であられると告白するでしょう。<br><br>福千年の間，イエスは「自ら地上を統治され」ます。ジョセフ・スミスは次のように説明しています。「イエスは……聖徒たちを統治し，……降くだって来て指示をお授けになるでしょう。」<br><br>福千年の間は地球上が幸福に満たされて誘惑が一切ありません。そんな時代に生まれたら幸せですね！笑　<br><br>皆さんも神様が再臨されるときのために常に準備しておきましょう(^^)<br>
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12063813863.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Aug 2015 10:44:58 +0900</pubDate>
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<title>「永遠の結婚」について【４】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。今日も晴れ晴れとした気分で朝を迎えることが出来ました。<br><br>さて、今日も「永遠の結婚」について私たちの教会の教えを分かち合っていきたと思います。<br><br><strong>永遠の結婚の準備をする</strong><br><br>青少年が永遠の結婚に備えられるように，どのような助けができるでしょうか。<br><br>スペンサー・W・キンボール大管長は次のように教えています。<br><br>「結婚はあらゆる決断の中で恐らく最も大切なものであり，最も広範囲に影響を及ぼすものです。なぜなら，結婚は目先の幸福だけでなく，永遠の喜びにつながっているからです。<br><br>結婚は当事者である二人だけでなく，その家族や，特に二人に生まれてくる子供たち，さらに子供たちの子供たちへと，多くの世代にわたって影響を及ぼします。<br><br>生涯と永遠にわたって伴侶となる人を選ぶときには，当然のことながら細心の注意を払って計画し，考え，祈り，断食して，あらゆる決断の中でも，この決断は決して間違うことのないようにしなければなりません。」<br><br>永遠の結婚をすることはすべての末日聖徒の目標です。すでに民法により結婚している人にとっても，この目標は同じです。永遠の結婚に備えるために，真剣に考え，また祈る必要があります。<br><br>神殿に参入する許可が得られるのは，義にかなう生活をしている教会員だけです。ある日突然に神殿で結婚したいと思い立ち，その日のうちに神殿に参入して式を挙げることはできません。まず，ある条件を満たさなければなりません。<br><br>神殿に参入するためには，少なくとも1年間，教会員として活発に，ふさわしい生活を送らなければなりません。男性はメルキゼデク神権者でなければなりません。<br><br>支部会長あるいはビショップから面接を受け，ふさわしいと認められたら，神殿推薦状が発行されます。ふさわしくないと判断された場合は，ビショップまたは支部会長の助言を受け，ふさわしい状態で神殿に参入できるよう目標を立てます。<br><br>ビショップあるいは支部会長から推薦状を受け取った後，ステーク会長か伝道部会長の面接を受けます。神殿推薦状を受けるための面接では次のようなことを質問されます。<br><br>1． 永遠の父なる神とその御子イエス・キリストと聖霊に対して，信仰と証を持っているか。回復された福音に対して，確固とした証があるか。<br><br>2． 末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長を預言者，聖見者，啓示者として支持しているか。また大管長がすべての神権の鍵を行使する権限を託された地上で唯一の人であることを認めているか。<br><br>3． 純潔の律法を守っているか。<br><br>4． 什分の一を完全に納めているか。<br><br>5． 知恵の言葉を守っているか。<br><br>6． ほかの人と正直に交際しているか。<br><br>7． 交わした聖約を守り，聖餐会や神権会などの集会に出席し，福音に定められた律法や戒めを守る努力をしているか。<br><br>神殿推薦状の発行を求める人は，神殿に参入することが神聖な特権であることを心に留めていなければなりません。神殿参入は重大なことであり，軽々しく考えるべきではありません。<br><br>神殿で交わすすべての聖約に従うよう，熱心に努めなければなりません。主は，わたしたちが真実で忠実であるならば，昇栄に入るであろうと言われました。<br><br>天の御父のようになるのです。神殿結婚はいかなる犠牲をも払う価値があります。それは計り知れない永遠の祝福を得る道です。<br><br>若人が神殿で結婚するという目標を持てるように，どのような働きかけができるでしょうか。若人が神殿結婚に備えられるように，どのような助けができるでしょうか。<br><br>私たちは常に神殿に入れるような状態に備えとくべきですね！心も体も清くありましょう。(^^)
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12063352532.html</link>
<pubDate>Wed, 19 Aug 2015 07:57:39 +0900</pubDate>
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<title>「永遠の結婚」について【３】</title>
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<![CDATA[ こんばんは。今日はやはり本を読むだけで一日が終わりました笑<br>明日は東京にお出かけに行こうと思います。<br><br>さて、今回も「永遠の結婚」について話していきます。<br><br><strong>永遠の結婚から生まれる恵み</strong><br><br><br>永遠の結婚によって，この世と永遠においてどのような祝福があるでしょうか。<br><br><br><br>末日聖徒であるわたしたちは，ただこのつかの間だけでなく永遠の見地に立って生きています。しかしながら，永遠の結婚をしていることによる祝福を，この世でも享受することができます。次のような祝福が挙げられます。<br><br><br><br>1． 結婚が永遠に続くものであることを知る。死が二人を分かつのは一時のことであり，自らの不従順以外に二人を永遠に分かつものは何もない。このことを知っている夫婦は，結婚生活が幸福でうまくいくよういっそう努力するようになる。<br><br><br><br>2． 家族関係が永遠に続くことを知る。このことを知っていれば，子供を教え育てるのに注意深くなる。また，子供に対してもっと忍耐強くなり，愛も深まる。その結果，さらに幸福な家庭を築くことができる。<br><br><br><br>3． 神の定められた方法で結婚したので，ふさわしくあるかぎり，結婚生活に御霊が注がれる資格がある。<br><br><br><br>また，永遠にわたって享受できる祝福には次のような事柄が含まれます。<br><br><br><br>1． 神の日の栄えの王国で最高の階級に住む。<br><br><br><br>2． 神と同じように高く上げられ，満ちみちる喜びを受ける。<br><br><br><br>永遠の見地に立つと，結婚や家族に対する気持ちはどのように変わってくるでしょうか。<br><br><br>神殿結婚での恵みはとても多いですね。死後、神様とともに住むために「永遠の結婚」は必須ですね。<br>皆さんも神殿結婚をしましょう！(^^)
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12063150750.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Aug 2015 17:32:34 +0900</pubDate>
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<title>「永遠の結婚」について【２】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。最近はお盆で忙しくブログが更新できませんでした。。。<br>また、今日から頑張っていこうと思います。<br><br>さて、今日のテーマも「永遠の結婚」です。<br><br><strong>永遠の結婚は，神殿で正しい権能によって執行されなければならない</strong><br><br>神殿で正しい権能によって執行しなければ結婚が永遠のものとならないのはなぜでしょうか。<br><br>永遠の結婚は結び固めの力を有する人が執行しなければなりません。<br>主は次のように約束されました。<br><br>「もしある男が……新しくかつ永遠の聖約によって妻をめとり，そしてそれが，……油注がれた者によって……彼らに結び固められ〔る〕ならば，また……〔彼ら〕が〔主〕の聖約の中にとどま……れば，……彼らがこの世の外に去るときにも完全に効力があるであろう。」（教義と聖約132：19）<br><br><br><br>永遠の結婚は正しい神権の権能によるだけでなく，主の聖なる神殿の中で執行されなければなりません。この神聖な儀式は，神殿でのみ執行することができます。<br><br><br><br>神殿において，末日聖徒の男女は，すでに神殿のエンダウメントを受けている家族や友人の立ち会いのもと聖壇にひざまずき，神の前で結婚の聖約を交わします。二人はこの世においても永遠にわたっても夫婦であると宣言されます。<br><br>この儀式は，神の聖なる神権を持ち，この神聖な儀式を執行する権能を与えられた人により行われます。この人は主の導きの下に儀式を執行し，昇栄にかかわる祝福を夫婦に約束します。<br><br>また，この祝福を得るために行うべきことを教え，すべての祝福は神の律法に従順であることにかかっていることを告げます。<br><br><br><br>神殿で神権によって執行されるのでなければ，それ以外のどのような権限による結婚も，この世だけのものです。死後夫婦のきずなは断たれ，子供とのつながりを求めることもできません。永遠の結婚によって，この世を去った後も家族のままでいる機会が与えられます。<br><br>神殿結婚でした契約は死後のあとも適用されます。つまり神殿結婚とは「永遠の結婚」ということです。神様の下で一緒に過ごしたいですね。
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<link>https://ameblo.jp/zious/entry-12063039234.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Aug 2015 10:51:20 +0900</pubDate>
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<title>「永遠の結婚」について【１】</title>
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<![CDATA[ こんばんは。今日は一日中家族と買い物に行っていました。お盆で兄弟が帰ってきてます笑<br>この後はゆっくり過ごすつもりです。。<br><br>さて、今回は「永遠の結婚」について話していきたいと思います。<br><br><strong>結婚は神によって定められた</strong><br><br>男女の間の結婚は神の計画に不可欠な要素です。主は次のように言われました。<br><br>「だれでも結婚を禁じる者は，神から聖任されていない。結婚は人のために神によって定められているからである。」（教義と聖約49：15）<br><br>創世の初めから結婚は福音の律法でした。結婚はただこの死すべき世だけでなく，永遠に続くよう計画されています。<br><br>アダムとエバはこの世に死がもたらされる前に神によって結婚していました。二人は永遠の結婚をしていたのです。アダムとエバはこの永遠の結婚の律法を子供たちと後に続く子孫に教えました。<br><br>ところが時が過ぎ，人間の心に邪悪が生じてくると，この神聖な儀式を執行する権能が地上から取り去られてしまいました。しかし福音の回復に伴って，永遠の結婚が地上に回復されたのです。<br><br>男女の間の結婚が神によって定められたものであると知ることは，なぜ大切なのでしょうか。<br><br><strong>昇栄に欠かせない永遠の結婚</strong><br><br>結婚に関する主の教義はどのようなものですか。それは世の考え方とどのように異なっていますか。<br><br>世の多くの人は，結婚は単なる社会の慣習であって，男性と女性が同居するための法的な契約にすぎないと考えています。しかし，末日聖徒にとって結婚はそれ以上のものです。<br><br>昇栄は，他の原則や儀式，すなわち，信仰，悔い改め，バプテスマ，聖霊の賜物を受けることなどとともに，結婚にかかっています。<br><br>末日聖徒は，結婚が男女の間に存在し得る最も神聖な関係であると信じています。この神聖な関係がこの世において，また永遠にわたって，わたしたちの幸福に影響を及ぼすのです。<br><br>天の御父はわたしたちが御父のようになれるよう，永遠の結婚の律法を与えてくださいました。主は次のように言われました。<br><br>「日の栄えの栄光には，三つの天，すなわち三つの階級がある。<br><br>その最高の階級を得るためには，人はこの神権の位（すなわち，結婚の新しくかつ永遠の聖約）に入らなければならない。<br><br>そうしなければ，その人はそれを得ることができない。」（教義と聖約131：1－3）<br><br>結婚はとても重要です。さらに私達の教会では命が尽きるまでの結婚ではなく死後も続く永遠の結婚を誓います。皆さんも最高の伴侶を見つけてください！<br>
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<pubDate>Fri, 14 Aug 2015 17:28:44 +0900</pubDate>
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<title>「才能」について【２】</title>
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<![CDATA[ おはようございます。今日は特に何もないです。<br>家でゆっくり過ごしたいと思います笑<br><br>さて、今日も「才能」を伸ばすことについて分かち合っていきたと思います。<br><br><strong>弱さがあっても才能を伸ばせる</strong><br><br>弱さがあっても才能を伸ばすにはどうしたらいいでしょうか。<br><br>人は死すべき，堕落した状態にあるため，弱さがあります。主の助けによって，弱さや堕落した性質は克服することができます。<br><br>ベートーベンは耳が聞こえなくなってから名曲を作りました。エノクは口が重かったのですが，それを克服して力強い教師になりました。<br><br><br><br>有名な運動選手の中には，体の障がいに打ち勝って才能を伸ばすことに成功した人がいます。シェリー・マンはその好例です。<br><br>「シェリーは5歳のとき，小児まひにかかりました。……両親は毎日，シェリーをプールに連れて行き，再び腕を動かそうと努力する娘が，水の力で何とか腕を持ち上げられるようになることを願っていました。<br><br>自力で水から腕を上げることができたとき，シェリーは大声を上げて喜びました。次の目標はプールを横に泳ぎ切ることでした。<br><br>次いで縦を泳ぐこと，そして縦を何回も往復することでした。来る日も来る日も努力し，泳ぎ続け，忍耐の連続でした。<br><br>そしてついに，泳法の中でも最も難しい種目の一つ，バタフライで〔オリンピックの〕金メダルに輝いたのです。」<br><br><br><br>ヒーバー・J・グラントは多くの弱さを克服し，才能に変えました。グラント大管長は次の言葉を座右の銘としていました。<br><br>「あきらめずに努力すれば何でも簡単にできるようになります。それは，その物事の性質に変化があったのではなく，わたしたちの力が増したからです。」<br><br><br><br><strong>賢明に才能を用いるときに主は祝福してくださる</strong><br><br>ジョセフ・F・スミス大管長は次のように語りました。<br><br>「神のすべての息子，娘は，何らかの才能を授かっており，各個人はそれを賢明に用いたか否かを将来細かく報告することになります。」<br><br>才能は一種の管理人の職（神の王国における責任）です。タラントのたとえは，管理人の職をよく務める人にはさらに大きな責任が与えられることを告げています。<br><br>もしよく務めなければ，与えられた管理人の職も結局は取り去られるでしょう。<br><br><br><br>また聖文には，人は自分の行いに従って裁かれると記されています。才能を伸ばし，人のために用いるならば，良い働きができます。<br><br><br><br>主はわたしたちが才能を賢明に用いるときに喜ばれます。人を益するため，また地上に神の王国を建設するために才能を用いるならば，主はわたしたちを祝福してくださいます。<br><br>その祝福の一つは，地上の兄弟姉妹に仕えることから得られる喜びと愛です。また，自制心が養われます。これはすべて，再び天の御父とともに住むにふさわしくなろうとするならば必要なものです。<br><br><br><br>才能を賢明に用いた結果，その才能をさらに豊かに伸ばした人の例として，どのような人がいますか。<br><br>才能は神様から与えられたものなので有効にそしてこの世のために貢献できるように使いたいですね。僕の才能はスポーツをすることです！笑<br><br>何かしらの形で奉仕できたら幸せだと思います。是非皆さんも自分にしかない特別な才能を伸ばしてください。
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<pubDate>Wed, 12 Aug 2015 10:38:42 +0900</pubDate>
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