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<title>仙人掌(ｻﾎﾞﾃﾝ)のブログ</title>
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<title>★歌手復帰への経緯について…</title>
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<![CDATA[ 私が入院して約４ヶ月になりますが、私にとり、この入院期間は歌手復帰を前提とした一つの準備期間なのです。従って、退院後は本気で歌手復帰を目指すつもりでいます。<br><br>私の場合、年齢的には高齢ですが、それでも尚、歌手復帰を目指すのにはそれなりの理由があるからです。それを下記にまとめて書いてみます。/自己紹介的な内容は初めてのことですが、主だった内容だけを書く予定でいます。但し、それでも長文になりますので覚悟して下さい…<br><br>私は12歳(中学１年に入学して２日後)の時に、学校で頸椎を打撲して内出血の損傷を負い、その数時間後には全身麻痺に遭(ｱ)いました。当時の医学では、脊髄内出血の手術はアメリカや日本でも不可能だったのです。<br><br>全身麻痺の状態は約３ヶ月間程でしたが、両足に舗装具を着けて松葉杖で歩けるようになるまでには約２年程掛かっています。それから、重度な障害を背負った児童の義務教育面では当時でも現在でも同じですが、国や県の併設による「児童療養病院と児童養護学校」の施設に入居することなのです。詰まり、病院で治療を受けながら義務教育課程を卒業して且つ、高等部課程も卒業出来ると云う併用施設なのです。が、私も上記の経緯に従って高校を卒業しています。併用施設には約６年間入居していました。<br><br>私は併用施設に入居していた時から、「身体が不自由であっても、人前で堂々と歌を歌う歌手になってやる」と云う、強固な意志を抱いていたのです。<br><br>経緯的な詳細は省きますが、併用施設を出て凡(ｵﾖ)そ５年後の昭和48年２月、東京大学付属病院(東大病院)に長期入院をして多回数の手術を受けたのです。私にとり、東大病院での多回数の手術はプロ歌手を目指す為の決意そのものだったのです。<br><br>頸椎損傷による私の後遺症は四肢麻痺と云って、両足首と両手首から先に麻痺が残るものだったのです。従って、東大病院での手術は両足首と両手首の改造的な内容の手術でした。<br><br>両足首の関節半固定手術は、松葉杖を突いていても足首の筋力が疲れると、道路の舗装面や廊下等の床面に足指が引っ掛かって、いつも転倒していたのでそれを防ぐ為でした。又、両手首から指にかけての手術は、金属性のクラッチ(杖/エルボークラッチ)を使用する為に、クラッチの柄を握る為の手術でした。それに、マイクを指で握る為の手術でもあったのです。<br><br>東大病院に入院した頃、担当医に「何故これだけの手術を望むのか」と聞かれたことがあります。私は勿論、「プロの歌手になる為です」と即答しましたが、その直後に担当医が険しい顔で次のように云ったのです。「身体が不自由であってもプロ歌手を目指すのは構わないが、野村君は頸椎損傷で一度全身麻痺になっているよね。一度全身麻痺になると歌が思うように歌えないだろうから、プロ歌手は諦めなさい」<br>担当医とのこの会話は今でも鮮明に覚えています。/この時の担当医の言葉が現在の私を物語っているのです。徐々に説明して行きます…<br><br>東大病院には約１年程入院していましたが、退院後から凡そ２年後には一流レコード会社CBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンターテイメント)からデビューすることが出来ました。即ち、私の目的が叶ったのです。/私はこの記事を書きながら止めどなく涙が溢れていますが、それ程に辛い辛い日々との闘いで叶ったデビューなのです…<br><br>ソニーレコード会社との最終契約(ソニーとは２度契約をしてます)が切れるまでの約20年近くは、コンサートを中心にして歌手活動を続けていました。/デビュー曲「北の流浪」はトラック野郎・男一匹桃次郎の挿入歌になり、コンサートでは菅原文太さんに大変お世話になりました…<br><br>上記、担当医が指摘した会話に戻りますが、担当医が指摘した内容が脳裏を掠(ｶｽ)めるようになったのは、デビューを果たして２年目頃からでした。それ以来、複式呼吸の運動法を考案して毎日続けるようになったのです。デビュー10年目頃には５㎏の鉄アレーを用いた運動法を始めました。が、ソニーを辞めるのと同時にプロ歌手を止めた後も、複式呼吸の運動は毎日続けたのです。そして、現在も尚、毎日続けています。<br><br>上記の経緯で、毎日続けた複式呼吸の運動年数は今年で36年目を迎えました。この継続36年の中で、自分自身が満足の行く「歌」が歌えるようになったのは２年前の頃のことです。詰まり、満足の行く「歌」がやっと歌えるようになった手応えへの喜びを、初めて実感出来たのが２年前頃のことなのです。<br><br>ここからの記述は、私自身の能力的な面が関係するので、能力的な一面を公然的に書きますが、決して偽りではありませんので何卒ご理解下さい。<br><br>私が云う能力的とは特質な能力を指しているのですが、「能力」性と云うのは超能力のような特質な能力であっても、一般的な「能力」性であっても、能力としての本源は全て「集中力」なのです。従って、集中力としての能力は誰にでも存在するものなので決して特別な能力ではないのです。が、能力そのものが特質であるか否かは、その人間に備わっている集中力の度合いによって異なっているだけなのです。詰まり、集中力の度合いが高い程「特質な能力」へと、能力としての性質が変化を遂げるだけのことなのです。<br><br>私の集中力は子供の頃から、度を超して半端なものではありませんでした。頸椎損傷後も不自由な手で瓦を８枚割って見せたこともありました。この時は上記/併用施設に入居する以前でしたので、頸椎損傷の事故から約２年後ぐらいのことで手の不自由さは最盛期の頃でした。/現在に至るまで、私の能力的な一面は公然的に多くの人達が目に触れています…<br><br>それから、私の研究に対する追究心は併用施設に居た頃から始まっていますが、研究の元となる発見や大発見は総て特質な能力によるものです。通常の研究者なら、一つの研究題材に時間を費やして究明に至るのですが、私の場合は始めに究明結果が能力的に解ってしまうので、その後に「どうしてそうなるのか」と云うことを確かめるだけなのです。従って、一同に５種～６種の研究が可能になるのです。<br><br>ここからは、歌手復帰への内容に戻ります。<br>私自身、初めて「歌が歌えた」と実感した後に気付いたのですが、私が集中(集中力)して歌うと歌っている歌手に声が自然と似てしまうのです。勿論、モノマネの練習などは一度もしたことがありません。<br>この現象については２年前が初めての体験で、現役で歌手をしていた頃には一度もなかったことです。この理由については、当時と現在を比較して顧みると単純明解なことなのです。詰まり、現役時代は頸椎損傷の後遺症によって複式呼吸が未発達の状態だった為に、能力としての集中力が作用するまでには至らなかったのが理由です。即ち、「能力の性質」として、能力が作用する基盤が確りと確立してないと、如何なる能力であっても活かすまでには至らないのです。<br><br>次は、歌の選曲について書いてみます。<br>歌の選曲としては常々、子供の頃の思い出の歌手や、好きな歌手や、好きな曲を歌っている歌手や、心打たれるような歌詞を歌っている歌手や、青春時代の思い出の歌手等の歌を歌っているのです。即ち、自分の心に繋がる歌手の曲だけを歌って来たのです。/ 後に歌って来た歌手の一覧を、下記に記述します…<br><br>歌唱への実感を掴(ﾂｶ)んだ後に、集中力による歌い方をいろいろと試して見たのですが、集中力が入り易いのは上記のように自分の心に繋がる歌手の曲でした。従って、下記に記述する歌手の皆さんに対しては特にソックリさんです。どれくらいのソックリさんかは後のお楽しみにして頂きます。あくまでも本人ではないので、70%ぐらい似ていればソックリさんの域だと思います。<br><br>それから、私は真実、モノマネで歌うのではないので、集中力で歌うと、その歌手の曲をソックリさん状態で何十曲でも継続して歌えるのです。<br><br>歌う歌手の一覧<br><br>石原裕次郎<br>渡哲也<br>小林旭<br>三橋美智也<br>守屋浩<br>美空ひばり<br>北島三郎<br>森進一<br>舟木一夫<br>西郷輝彦<br>橋幸夫<br>加山雄三<br>黒木憲<br>にしきのあきら<br>三善英史<br>久保浩<br>三田明<br>ロス・プリモス<br>(黒沢明)<br><br>以上です。<br><br>選曲の内訳<br>/子供の頃の思い出歌手<br>石原裕次郎<br>三橋美智也<br>小林旭<br>美空ひばり<br>守屋浩<br><br>/好きな歌手<br>石原裕次郎<br>渡哲也<br>三橋美智也<br><br>/青春時代の思い出歌手<br>舟木一夫<br>西郷輝彦<br>橋幸夫<br>加山雄三<br>三田明<br>久保浩<br>ロス・プリモス(黒沢明)<br><br>/20才の時の思い出歌手<br>にしきのあきら<br><br>/好きな曲のある歌手<br>森進一<br>黒木憲<br>三善英史<br><br>/心打つ歌詞を歌う歌手<br>北島三郎<br><br>以上です。<br><br>私の歌手復帰は、ヒット曲を出そうと云うようなものではありません。カラオケ同好会の方々に好かれるような地道な活動を通して、行く行くはコンサート中心の歌手活動にしたいと思っています。詰まり、他の歌手には出来ないコンサートを継続して行きたいと思っています。<br><br>◆最後に長い一言<br>私は併用施設に入居していた経緯もあって、多くの障害者の方々や、又は多くの人達にどうしてもアピールしたいことがあるのです。その内容を下記に書いてみます。<br><br>僭越ながら書きますが、私に限らず人間にとって最も重要なことは、特質な能力の有無ではなく、あくまでも、人間として如何(ｲｶ)に強固な意志を抱くことが出来るか否かなのです。/それを簡単に説明します…<br><br>人間の場合は特にですが、生きている限り「命の波動性(周波数的要素)」を活用することが出来るのです。そして、「命の波動性」と「心の波動性(周波数的要素)」は一体化しているものです。従って、「心で強固な意志を抱いて努力を積み重ねれば」、目的は必ず叶うことになっているのです。ですから、人間である以上多くの方々は勿論のこと機能障害にある方々であっても、強固な意志を抱いて諦めずに頑張って頂ければ必ず目的は叶うのです。そのことを伝えたいのです。<br><br>以下のことは、論説文の続きで書く内容の一説なのですが、「目的を叶える」内容に関係することなので、簡単に書いてみます。<br><br>「欲望」と云う「欲望」は総て、目的へ向かう為の努力を省いたものなのです。詰まり、努力をしないで楽(知能による計画性)をして得ようとする波動性(周波数的要素)なのです。従って、お金を欲しても、物を欲しても、何を欲しても、コツコツと努力を積み重ねて得るのなら、それ等を「欲望」とは云わないのです。それ等総ては「目的を叶える為の道程」と云うことになるのです。<br><br>そもそも「欲望」の波動性は、大自然(自然界)の自然科学に基づく摂理的な真理の一つで、「欲望」の未来は総てにおいて「正しく成立しない」波動性(周波数的要素)なのです。その根源的な理由を延べると、悪の概念がない大自然に対して「欲望」は悪を発生させる波動性だからなのです。<br><br>更なる摂理的な真理を単純明解に説明します。例えば、どんなに大きな四角形であっても三角形であっても、どんなに小さな四角形であっても三角形であっても、内角の和は変わりません。大小に係(ｶｶ)わらず四角形の内角の和は360度であり、大小に係わらず三角形の内角の和は180度です。即ち、「欲望」もそれと同じく欲望の大小に係わらず総ての欲望はあくまでも欲望なのです。詰まり、欲望は欲望でしかないのです。仮に「欲望」が摂理的な真理として正しく成立するものであったなら、今日に至るまでに世界は疎(ｵﾛ)か地球そのものが滅亡していた筈なのです。<br><br>世界の犯罪の95%以上は「欲望」の波動性によるものです。<br><br>「欲望」の波動性による未来創造に関しては、多くの人達が実際に体験をしたり又は、第三者の成れの果てを目の当たりにしていると思うのですが、「欲望」の波動性によって創造される未来は総て、欲望を抱いた時の思惑とは正反対の結果となって現れるのです。これが「正しく成立しない」と云う摂理的な真理なのです。<br><br>結論として、「欲望の波動性」から逃れるには、努力を積み重ねる強固な意志を抱く以外にはないのです。<br><br>▲摂理的な真理に基づいて、｢良心の波動性｣が担っている未来創造については、継続中の論説文で記述します。<br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 14 Sep 2016 04:11:46 +0900</pubDate>
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<title>★ブログ閉鎖の開始…</title>
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<![CDATA[ 現在も未だ入院中ですが、日中は日々ベッド上で、ケータイを駆使して、物件探しとビジネス系のホテルを探しています。従って、入院中であっても一転して多忙な時間を費やしていますので、大変恐縮ではございますが、明日(９月12日)からブログの閉鎖に入らせて頂きます。何卒、ご理解下さいますようお願い申し上げます。<br>
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12198976037.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 18:29:17 +0900</pubDate>
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<title>★ブログの閉鎖について…</title>
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<![CDATA[ これからの私は、想像を絶する程の大変な日々が続くものと思います。手始めに、退院直後は単身で川口へ出向いて住居を探しながら、傷の治療を自分でしなければならないのです。そして、それ等の動きと共に歌手復帰へと前進しなければならないからです。<br><br>従って、以上の内容から暫くの間(時間的には未定)、ブログを閉鎖することに致しますので。何卒ご理解下さいますようお願い申し上げます。<br><br>とは云え、ブログ閉鎖後も「歌手復帰を目指す理由」と「論説文の継続(２)以降」に就きましては、投稿させて頂く予定でおります。但し、後者の方は相当な時間を要すると思いますので、何卒ご了承下さい。<br><br>この度はいろいろとご迷惑をお掛けしましたが、結果的には、私にとって、真実のペタ友を目の当たりにすることが出来ました。従って、ブログの閉鎖後においても下記５名様のペタ友に対しましては、私の方から毎日ペタをさせて頂きますので、私へのペタ返しに対しては何卒お気遣いなさらないようにお願い致します。<br><br>ペタ友の５名様<br><br>/射楽彩さん<br>/紀之介さん<br>/yukaさん<br>/電子部品在庫整理さん<br>/「足立区北千住和風ダイニングなつ屋」さん<br><br>以上の５名様です。<br><br>ブログ閉鎖の終了後には、以前と変わらぬお付き合いをお願い申し上げます。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 10 Sep 2016 08:47:15 +0900</pubDate>
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<title>★退院日と、退院後の事情について…</title>
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<![CDATA[ ◆急遽のことなのですが、事情があって、９月９日(金曜日)に退院することになりました。<br><br>住居探しの方は、手を尽くして、多くの方々にお願いをして未だ数日しか経っておりませんので見つかってはいませんが、退院当日はタクシーで川口に戻るつもりでいます。<br><br>その際は川口市内か、近隣市内のウィークリーマンションにでも泊まりながら、自身でも住居を探す予定でおります。従って、９月９日からは大変な日々が続くものと肝に銘じつつ、覚悟を決めた次第です。<br><br>簡単ではございますが、退院日とその後の予定を書かせて頂きました。<br><br>今後も何卒、何卒、宜しくお願い致します。<br><br>投稿後の追記<br>退院が９月11日(日曜日)になりました。日曜日なら高速道路が空いているからです。<br><br>投稿後の追記<br>上記の追記後、今月11日は日曜日の為に病院事務が休みで退院出来ないと知らされました。従って、翌日の９月12日(月曜日)に退院することになりました。<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 01 Sep 2016 19:46:29 +0900</pubDate>
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<title>★「命の波動性」と、「心の波動性」との関連性について(１)…</title>
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<![CDATA[ ◆現在は入院中ですので、大分以前(約27年前)に書き上げた論説文は手元にありませんが、私の脳はそれ等の論説文が手元にあるが如く記憶しておりますので、それ等の論説的内容をブログ用に短文化して、投稿させて頂きます。<br><br>論説的内容/序文<br>原稿用紙で云えば、五百枚以上に及ぶ論説文をどのようにしたら短文化が可能か、いろいろと推敲を重ねてみましたが、下記の内容から書いてみたいと思います。<br><br>本文<br>肉体は死後腐敗して消滅しますが、命(生命体)としての波動性は周波数的要素で成り立っている為に、唯一的な理由を除く以外は消滅しないのです。/唯一的な理由については後に説明します…<br><br>上記内容を生物学的な一面から、人間(ﾋﾄ)等の動物に例えて簡単に説明します。<br>雄と雌の生殖細胞(精子と卵子)が結合した時点で、先ず始めに、命(生命体)としての波動性(周波数的要素)が誕生します。その後、子宮内に着床してから、それぞれに分化した細胞分裂が始まって生体が造られて行くのです。<br>ここで重要なのは、生体以前に命(生命体)としての波動性が誕生すると云うことなのです。が、命としての波動性(周波数的要素)には、命と「同一波動性」として幾つかの周波数的要素が一体化しているのです。それを下記において説明します。<br><br>「命」の波動性が誕生するのと同時に、「心」の波動性が誕生したことになるのです。詰まり、命の波動性と心の波動性は同一の周波数的要素から成り立っているのです。先ず、生命体(命)としての波動性から説明すると、生命体(命)としての波動性には大自然の摂理に基づいた「本能」を機能化する周波数的要素が同一的に一体化しているのです。詰まり、大自然の生命体は総て、本能性を無くして生命体(命)とは云わないのです。この内容を解り易く述べると、命の波動性が誕生した後に造られる脳の機能(生体機能)では、本能性を変化させることも消却させることも出来ません。即ち、「本能」はあくまでも生命体(命)としての波動性によって機能化しているものなのです。それに、本能性を機能化する生命体(命)としての波動性には、大自然の中の生命体である証しとして同一的に一体化する周波数的要素(波動性)が存在するのです。それが、人間で云う「良心」と云う波動性なのです。以前の投<br>稿文でも書きましたが、「良心」とは、悪の概念が無い大自然の生命体(命)が形成している波動性空間と同一の周波数的要素なのです」、即ち、「良心」も又、命の波動性と同一の周波数的要素として一体化しているものです。<br><br>次は、「命の波動性」と同一の周波数的要素から成る「心の波動性」について説明します。/再度、良心についての説明も加わります…<br>命としての波動性(周波数的要素)には、心的作用を伴う「心の波動性」が２種類存在するのです。詰まり、心が２つ存在するのです。が、一つは本能性が伴う先天性の良心(大自然の生命体としての波動性)と、もう一つは生体(肉体)が形成された幼児期(満１才から小学生に就学するまでの子供)からの生活環境や、周囲の環境(社会的環境)によって後天的に形成される「後天性の形化する心の波動性」です。詰まり、私達の日常における心のことです。<br><br>以上のように、「命の波動性」の中には２種類の「心の波動性」が一対するように一体化しているのですが、それには摂理的な理由が存在するのです。それを、下記において説明します。<br><br>「後天性の形化する心の波動性」は生体の成長と共に、生体と一対性を示す心的作用の「心の波動性」なのです。が、この「後天性の形化する心の波動性」も又、本能性が伴う「先天性の良心の波動性」と一対性を成して存在しているものなのです。従って、「後天性の心の波動性」は本来、良心の本能性に基づく心的な抑制機能によって管理化されているものなのです。/抑制機能による管理性については後に記述します…<br><br>この辺で、冒頭部の内容を再認識して頂く為の記述をします。<br>生命体としての死は通常、生体としての心臓が完全停止した時点で命の終焉となる訳ですが、しかし、これはあくまでも生物学や医学的な見解であって、厳格な命の終焉は生体(肉体)の死にあるのではなく、命としての波動性(周波数的要素)が大気上において散在するかのように完全消滅することなのです。が、ここからは「命の完全消滅」についての内容を、上記/２種類の「心の波動性」を通して説明することにします。<br>先ず、「命の完全消滅」に至る経緯は２種類の「心の波動性」によるものなので、２つの心の関係をある程度詳細に書いてみます。<br><br>以前に投稿したブログの中でも再三書いていますが、「大自然の生命体の波動性」には本来「悪の概念」が存在しません。では何故、大自然の生物の中で「万物の霊長」と称される人間だけに意図的な「悪」が存在するのかと云うと、その大元となる根源的な理由は唯一的なもので、たった一つの根源的な理由からのみ人間の悪が発生しているのです。<br>それを簡単に説明すると、先ず、根源的な理由の発端は知能を進化させたことから始まるのです。が、しかし、「知能」からだけでは「悪」は生じません。知能は生体としての大脳によって機能化されているものですが、そこに「後天性の心の波動性」である「欲望の波動性」が一体化して始めて悪が発生するのです。が、この際の欲望は本能としての欲求域とは異次元的な「欲望域」を示すことになるのです。「欲望域」とは尽きることがなく無限的に続く欲望(思考性欲望)のことです。そして、欲望に伴う思考性は総て「謀略・陰謀・画策・打算等」の計画的な思考に基づいています。<br>以上の内容で最も重要なことは、生体としての大脳による知能性だけでは、「悪」は起動しないと云うことです。「悪」の起動性はあくまでも「心の波動性(周波数的要素)/この場合は欲望の波動性」が一体化して始めて起動化するのです。一例を挙げて喩(ﾀﾄ)えると、自動車本体は生体としての知能性に当たり、自動車を動かすガソリン等のエネルギー体は「心の波動性(周波数的要素)」に相当するのです。詰まり、本質的で且つ本源的なエネルギー源は命としての波動性(周波数的要素)から成り、それと同時に「命の波動性」と一対性にある「心の波動性」から成っているのです。<br>生体としてのエネルギー源は栄養素ですが、生体を行動化するエネルギー源となると、これも又、「命の波動性と心の波動性」によるものなのです。その場合、生体としての「脳」は唯単に「心の波動性」の「意志決定・意思決定」による指示を受けて、行動を機能化しているものなのです。即ち、生体と波動性の関係は、「命の波動性」と「心の波動性」が生体よりも先に誕生している為に、常に波動性の方が「優先的順位」性を以(ﾓｯ)て生体を起動化させて尚且つ、生体に多大な影響を与えることになるのです。<br>では「優先的順位」性が及ぼす影響について、一例を挙げてみます。<br>例えば、多くの人達は目で物を見る時、目の機能によって像を捕らえて、それを瞬時に脳機能が認識して像が見れると云う通常概念で捉(ﾄﾗ)えていると思うのですが、実は、目と脳の機能的な通常概念以前に、その人間の「心の波動性」で物を見ているのです。詰まり、後天的に形化した「心の波動性」の「善い心・悪い心」の波動性で物を見ていることになるのです。従って、「善い心の波動性」の場合は優先的順位性においても何の影響もないのですが、「悪い心の波動性」の場合は優先的順位性で脳機能よりも速く起動しているので、脳全体とその機能性が総て「悪い心の波動性」によって染色化されるのです。詰まり、悪い心で染色された脳全体の機能性は「悪い心の波動性」に基づいて機能化するようになるのです。従って、脳部以外の組織体も総て不自然な機能を始めるようになり、多くの生体組織に不具合が生じることになるのです。詰まり、悪の概念に基づく「悪い心の波動性」そのものは、大自然にあっては不自然な波動性になるので、生体の組織体全体に不具合的な悪い影響を及ぼすことになるのです。<br><br>いつの間にか、残りの文字数が僅かになりましたので、ここからは書き残した内容を結論的な書き方で締め括りたいと思います。尚、その途中で文字数が無くなった場合は、継続(２)の冒頭から書くように致します。何卒ご了承下さい…<br><br>「生体の知能」と「欲望の波動性」が一体化すると、必然性において「悪」が発生する為に、「良心の波動性」が本能性として備わっているのです。従って、悪が実行された後、良心は多くの場合、悪の行為に対する反省や回顧を促して、悪の再行為を阻止しようと傷心的な心を抱かせます。又、殺人を犯した場合は殺人者に対して、殺人の再行為を阻止する為に亡霊のような幻覚と共に恐怖心を与えます。このように「良心の波動性」は本能性に基づいて、「悪の行為」の直後に抑制機能を果たしているのです。即ち、これ等の内容に基づく抑制機能が、「後天性の形化する心の波動性」に対する管理性なのです。<br><br>最後に、「死の終焉」に対する結論的な内容を書いて締め括ります。<br>知能と欲望の一体化から成る上記「欲望域」は、始めから欲望域に陥るのではありません。そこに至るまでには本能性に基づく良心の抑制機能を数限りなく無視した結果なのです。詰まり、「良心の波動性」を無視した人間の波動性(周波数的要素)は大自然に還(ｶｴ)れなくなるのです。従って、それ等「人間の命の波動性(周波数的要素)」は大気上にて散在した後、消却するのです。これが真の「死の終焉」でり、「命の完全消滅」なのです。<br><br>悪い心の人間は即ち、命そのものが悪いことになるのです。従って、「悪い心の波動性」を形化した人間の命は永久性を失うことになるのです。<br><br>※当論説的内容は、世界の学者(有識者)等が未だ解明に及んでいない究明内容です。が、遠い遠い未来においては必然的に解明される内容です。従って、現時点において理解不能と判断された方は躊躇なく読むのを回避して下さい。宜しくお願い致します…<br><br>/後天性の「形化する心」の形化とは、善悪の様々な「心の波動性」の形成を基本的に指していますが、大別すると、「善い心の波動性」か「悪い心の波動性」いずれかに形成(形化)することを指しています…<br><br>/知能を進化させた人間に、「良心」と云う心的本能が「命(生命体)の波動性」の中に存在していなければ、後天的に形成された「心の波動性」だけでは法や秩序の社会性もなく、欲望に支配されるだけの殺戮(ｻﾂﾘｸ)動物になっていた筈です。詰まり、平和の礎(ｲｼｽﾞｴ)となる法や秩序の人間社会は、「良心の波動性」に基づく叡知(ｴｲﾁ)が創り出しているものなのです。叡知とは、悪の概念がない「良心の波動性」に基づいて鍛練された、「善い心の波動性」と知能が一体化したものです。<br>現在の世でも未(ｲﾏ)だ、「欲望域」による戦争は絶えませんが、それでも、世界の大半はそれなりの平和で覆われています。が、上記内容の通り、世界平和も又、「良心の波動性」が築き上げているものです。即ち、大自然の生命体としての波動性が創り上げているものなのです。<br><br>▲全記述において、()「」が多いのは短文化を図る為の推敲によるものなので、何卒ご了承下さい。<br><br>▲継続(２)では、当回(１)の続きと「欲望の波動性」そのものの説明や、波動性の周波数的要素などについて書く予定です。<br><br>▼｢お願い事｣の件については、９月12日に削除しました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12194450487.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Aug 2016 12:31:57 +0900</pubDate>
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<title>★ブログ用の執筆状況について…</title>
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<![CDATA[ ◆現在手掛けている投稿文は、十代の頃より凡(ｵﾖ)そ三十年程の歳月を掛けてまとめた「命の波動性」と、「心の波動性」との関連性についてです。<br><br>内容的にはタイトル通り、波動性(周波数的要素)に対する究明内容です。が、記述内容としては、大自然の「生命体の波動性」を本質とした人間の「心の波動性」について書いてます。<br><br>推敲的には短文化を視野に入れて書き始めたのですが、それでも長文になってしまいます。詰まり、短文化の路線を崩さなくても長文になってしまうと云うことなのです。何しろ、当論説文は原稿用紙なら五百枚以上にも及ぶ大研究の末の究明内容ですので、短文化を心掛けていても省略や割愛が不可能な内容に遭遇すると、それ等を書く必然性において長文化してしまうのです。従って、この件に就きましては何卒、ご了承下さい。<br><br>以上のような事情から当論説文は、(1)(2)(3)…と分けて且つ、順次継続して投稿させて頂きますので、何卒宜しくお願い致します。<br><br>当回(1)は時間を要しましたが、今月末頃には投稿させて頂く予定です。<br><br>それから、数日前まで幾つかの内容を記事的に並行して書いて来ましたので、上記/論説文の継続投稿の合間に、それ等の記事的内容も並行して投稿する予定ですので、前以(ﾓｯ)てお知らせしておきます。<br><br>今後も何卒、宜しくお願い申し上げます。
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12192873496.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Aug 2016 05:33:38 +0900</pubDate>
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<title>★「乳酸菌炭酸飲料水」の完結編として…</title>
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<![CDATA[ ◆当投稿内容は、「乳酸菌炭酸飲料水」の締め括りとして、以前から予定に組み込まれていた意図的な完結編なのです。詰まり、当内容が「乳酸菌炭酸飲料水」に関する正真正銘の完結編になります。<br><br>完結編<br>私の願望ですが、ペタ友を始めとするブログを通して現在でも尚、２～３人の方々にだけでも「乳酸菌炭酸飲料水」を愛飲していて欲しいものです。<br><br>もし仮に、僅か１人の方が愛飲されていたとするなら、間違いなくその方は健康体を手中にされている筈です。それくらい確実的な「乳酸菌炭酸飲料水」なのです。<br><br>/ここから、完結編としての本文に入ります。<br><br>「乳酸菌炭酸飲料水」による実際的な「健康体」は、下記の内容に基づいて形成されて行くのです。<br><br>先ず、完結編の本題として、以前に投稿した「乳酸菌炭酸飲料水」による効力性の中で、例えば、便秘症の方が当飲料水を500㏄程度飲むことで、便秘症が改善される旨の内容を書きましたが、実は、その主旨的な内容には続きがあったのです。続きの内容は次の通りです。<br><br>便秘症の方が500㏄を飲んで便通が改善されたとしてもその後において、以前の便秘症に戻ってしまうと云う現実的な経緯のことなのです。が、当時の私は既に、これ等の経緯を幾つかの実験的結果から知っていたのです。しかしながら、当時において、これ等の実験的結果を記述していたなら、おそらく、「乳酸菌炭酸飲料水」はその程度の健康飲料水なのかと、判断されてしまうのを考慮して記述を避けたのです。<br><br>「乳酸菌炭酸飲料水」の記事を投稿して丁度１年が経ちましたが、１年後の完結編として、ここからは最も重要な内容を書かせて頂きます。<br><br>当飲料水の本質的な健康効力と効果は、むしろ、「/便秘症の改善後において、当飲料水200㏄～500㏄を数回に渡って飲用した後、再び便秘の症状に戻った時点から、その人の体質に合った本質的な効力性が発揮されて行くのです/」<br><br>上記/内容を説明すると、再び便秘の症状に戻ったのは決して、乳酸菌の効力性を失ったからではないのです。詰まり、乳酸菌を主体とした酵母菌やその他の栄養素が、体内の隅々(多くの組織体)まで浸透して尚且つ、行き渡るようになったからなのです。詰まり、始まりは直接的な効力性として、小腸から大腸にかけて便通と云う具体的な効力性が現れただけなのです。即ち、便秘症の大腸は通常、バクテリア(細菌)等の悪玉菌によって巣窟が形成されています。従って、当飲料水を飲用することによって便通が改善された後、継続して飲用した強力な乳酸菌等が大腸内の環境を大改善し、更にその後、大腸から余裕的に解放された強力な乳酸菌等が、体内の各組織体に浸透して行き渡ることになるのです。<br><br>上記内容で最も重要なのは、大腸内の環境を大改善した後に、継続して飲用した強力な乳酸菌等が大腸以外の各組織体に向かって進行して尚且つ、体内の隅々から健康体を築き始めることなのです。従って、再び便秘の状態に戻ったとしても、便秘症時の大腸内環境とは一変しているので全く問題はありません。詰まり、一変した後の便秘状態から、便秘による免疫低下等の不具合が生じることはありません。即ち、一変後の便秘状態から、健康維持に対しての恒常性が崩れることはありませんので、安心して頂きたいと思います。<br><br>肝心な要点としてまとめると、大腸内環境が良い方向へ一変する時の再度の便秘こそが、健康体が築かれる始まりなのです。私自身は「再度の便秘」状態を一つの兆候として捉えています。詰まり、健康体が築かれる証しのように捉えているのです。<br><br>ここまでの内容を踏まえた上で、現在の自分自身を顧みたいと思います。<br>私は現在入院中ですが、体内における病気で入院したのではありません。外傷による「傷」が原因で入院してるのですが、入院した際に受けた血液検査、尿の検査他、数々の検査結果は全て正常値を示したのです。詰まり、健康体そのものが立証されたのです。が、この健康体は全て「乳酸菌炭酸飲料水」及び「強力乳酸菌」のお陰と自負しています。<br><br>/私自身、歌手時代から便秘が通常生活でしたが、現在も同様に便秘が日常生活の一部になっています…<br><br>/入院中ながら、入院中に作った「乳酸菌炭酸飲料水」を毎日愛飲しています。私が毎日飲む量は200㏄前後です…<br><br>/完結編の締め括りとして<br>「健康体の始まり」についての内容は、ある意味においては医師が語るよりも真実性があると自負しています。その「ある意味」とは、当研究に関しては数十年に渡っての大研究だったからです。医師とは云えども、これだけの長期研究は殆ど不可能だからです。況(ﾏ)してや、当研究の完成後は私自身が被験者となって多くの実験を積み重ねて来たのです。従って、今後においては是非とも私を信じて当飲料水を愛飲して欲しいものです。そして、是非とも健康体を築いて頂きたいと思います。<br><br>仮にですが、もし飲用されていた方の中で、再度の便秘に戻られた時点で飲用を止められた方に対しては、残念ながら、それだけのご縁であったかと思うのですが、しかし、一度「縁」に触れた方は前向きな意志によって、復縁することも可能ですのでもう一度飲用して頂きたいと思います。<br><br>最後に一言<br>誰でも脳裏の中では、健康体が一番であることは承知の上なのですが、実際には病気になられて初めて身につまされるものなのです。このように、健康体そのものは現実離れをした一面がありますが、しかし、健康体は「幸福」の一部であることを忘れないで頂きたいと思います。とは云え、現世の中で「幸福」こそ手中にし難いものはありません。だからこそ、健康体を築くところから「幸福」に近づいてみるのはいかがでしょうか…<br><br>健康体そして「幸福」、これは決して非現実的なものではなく、現実的なものであることを心に深く受けとめて下さい。<br><br>▲「便秘症改善の上記経緯」は、あくまでも一例でしかありません。体内における他の不具合でも、本文と同等な内容で健康体が築かれます。
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12185954796.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jul 2016 18:28:22 +0900</pubDate>
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<title>★投稿文に関する近況について…</title>
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<![CDATA[ ◆現在書いている投稿文は、「乳酸菌炭酸飲料水」の完結編です。この完結編は、丁度１年前に投稿を済ませた「強力乳酸菌」に対する完結編なのですが、当完結編は当時から予定していたものなのです。従って、投稿を予定している幾つかの投稿文の中では、最も早く投稿することになると思います。思っていたよりも長文になりますが、後５日前後で投稿出来るかと思います。<br><br>その他の投稿文についても、少しずつ平行して書いていますので、時間は掛かりますが、順々に投稿させて頂きます。<br><br>入院中には全投稿を済ませたいと思っています。何卒、宜しくお願い致します。<br>
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12185364426.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Jul 2016 20:29:05 +0900</pubDate>
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<title>★再度、近況報告です…</title>
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<![CDATA[ ◆再度の近況報告ですが、何卒、呆れることなく、お付き合い下さいますようお願い申し上げます。<br><br>私は今も尚、未(ｲﾏ)だ入院中です。今月の11日に埼玉の病院から横浜の病院へと転院しました。が、この転院は病状が悪化してのことではなく、各病院がそれぞれに担っている入院体制の違いからなのです。<br><br>詰まり、救急病院の入院体制は２週間～３週間が限度で、それに対し、療養病院は何ヵ月間でも入院可能なのです。私が居た埼玉の病院は救急病院で、現在入院中の横浜の病院は療養病院なのです。<br><br>私自身は、来月の中旬頃には退院したいと考えていますが、退院の決定権はあくまでも医師によるものなので何とも云えませんが…<br><br>実際のところ入院生活とは至極退屈なもので、日々頭の中だけで研究を続けています。が、それでも尚、時間が余りますので、幾つかの投稿文(記事)を書く予定でいます。当病院は前の病院よりもケータイ使用が煩(ｳﾙｻ)くないので、投稿文の作成が可能だと思います。頑張ってみます…<br><br>ペタ返しに就きましては、入院前のような時間帯での自由さはありませんが、深夜及び明け方のペタ返しに限りましては、一度目が覚めた時点で行っていますので何卒ご了承下さい。/病院は午後９時消灯ですので悪しからずご免なさい…<br><br>退院後は遣ることが沢山ありますので、とにかく一生懸命に頑張ります。<br><br>これからも、何卒宜しくお願い致します。
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12181413372.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jul 2016 12:19:24 +0900</pubDate>
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<title>★後輩に贈る誕生日メッセージ…</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音符" class="m">歌手としての後輩<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音符" class="m">「杜このみ」さんに贈る<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音符" class="m">誕生日メッセージ<img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音符" class="m"><br><br>誕生日には、沢山のメッセージやコメントが届くと思いますので、私の場合は、私のブログからメッセージを贈ります。<br><br>メッセージ<br>ご無沙汰しています。<br>ブログはいつも拝見しています。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" alt="音符" class="m">誕生日を心からお祝い申し上げます。<br><br>今年の誕生日を機に、大きく大きく飛躍して下さい。<br><br>奢(ｵｺﾞ)ることなく<br>驕(ｵｺﾞ)ることなく<br>初心を忘れずに<br>頑張って下さい<br><br>応援しています。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/zktoznk/entry-12176024925.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 23:01:00 +0900</pubDate>
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