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<title>「不動産コンサルタント」の長倉です</title>
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<description>不動産コンサルタント</description>
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<title>”父の命日”</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/71/d6/j/o0768050414575076601.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_768_504"></p><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:#FFFFFF;font-size:22px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;background-color:brown;"><tt class="wiki"></tt>”父の交通事故死”</td></tr></tbody></table><br><div class="quote">　３７年前、１９８２年５月１３日、父は、羽田空港の勤務先に向かうため、いつものように９時過<br><br>ぎに自宅を出た。母によりると､父はその日、前日に自分で買い求めた白いスニーカーを履いて自宅を出<br><br>たという。<br><br>　父が自分自身で使用するものを自ら購入することは珍しく、「珍しいことをするな」と母は思ったそう<br><br>だ。また、母もいつもとは違い、普段は見送らない父の後ろ姿を、視界から消えるまで見送ったという。<br><br><br>　父には<b>「今日は」</b>”ちよっと”特別な日だったのかも知れない。<br><br><br>　しかし、その３０分後、父は二度と帰らぬ人となった。<br><br>　その時、<b>父は５０歳、僕は２５歳だった。</b><br><br><br>　父が横断歩道を渡ろうとした時、首都高速道路から一般道へ入ってきた乗用車が突入し、父は空中に<br><br>２０ｍ舞い上がり死亡した。ほぼ即死の状態だった。<br><br>　父にはまったく過失がなく、加害者の当時２２歳の青年は、業務上過失致死傷の罪状で、禁固２年の刑<br><br>を受け交通刑務所に服役した。<br><br><br>　　今でも、父が死亡した一報が、僕の勤務先に入った時のことを鮮明に想い出す。<br><br>　事故当時、僕は建設会社に勤務しており、長野県八ヶ岳の工事現場で現場監督をしていた。<br><br><br>　昼前、祖母より悲痛な声で･･･<br><br><b>「連治！お父さんが死んじゃったんだよ･･･！お願いだから早く帰って来ておくれよ！!」</b><br><br>と電話が入った。<br><br>　祖母にとって自分自身の息子が、先にこの世から去ってしまったことの精神的な落胆は、計り知れない<br><br>ぐらい大きなものだったに違いない。　<br><br><br>　自宅へ戻ると、父は頭部の出血を止めるための包帯で、頭をぐるぐる巻きにされていた。<br><br>母は、僕の顔を見るなり<br><br><b>「連治･･･。人って簡単に死んじゃうんだね･･･｣</b><br><br>と寂しそうにポツリと言った。<br><br><br>　<b>『父は空中を舞っていた数秒間、いったい何を想っていたのか？』</b><br><br><br>　この事故により、僕は父を失い、母は夫を失い、祖母は息子を失い、そして加害者の青年は…。</div></div>
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<pubDate>Mon, 13 May 2019 03:26:00 +0900</pubDate>
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<title>”哲学者・梅原猛さんを偲んで”・「止まらない汽車に乗って」</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/59/c3/j/o1280085314575076582.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_1280_853"></p><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:22px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;background-color:green;"><tt class="wiki"></tt>『果てしない欲望の先にあるものは？幸せ？』</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:18px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;background-color:black;"><tt class="wiki"></tt>欲望という無限のエネルギーを素に、『止まらない車』を運転している。それが現在の私達？</td></tr></tbody></table><br><div class="quote">　近代ヨーロッパを支配した原理、<b>『歴史は進歩する』</b>。と。<br><br>　目覚しい技術革新のおかげで、私たちのまわりにある物質は、日々豊かになり、私たちの乗る飛行機や<br><br>鉄道は加速度的に速くなりました。また、近年、インターネットの発達により、世界中の情報が舜治に世<br><br>界中を飛び回り、私たちは時間という大きな壁を簡単に越えることが出来るようになりました。明治維新<br><br>以来、<b>『日本人は進歩の先には必ず、ばら色の世界がある』</b>と信じてきました。時代を振り返って<br><br>みて、果たして、それは、真実だったでしょうか？大きな疑問を抱くのは私だけでしょうか？</div></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:18px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;background-color:black;"><tt class="wiki"></tt>以下、紹介する文は、３７年前に発刊された、先日、他界した　哲学者・梅原猛さんの作品集からのエッセーです。</td></tr></tbody></table>　<br>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:22px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;background-color:red;"><tt class="wiki"></tt>「止まらない汽車」に乗って</td></tr></tbody></table><br><div class="quote">　テレビを見たら、「止まらない汽車に乗って」という歌を歌っていた。あなたと二人で汽車に乗っ<br><br>たら、その汽車は止まらない、どうしたらよいのかというような歌である。（中略）私は、これを聴いて<br><br>ふと思った。人類は、今、止まらない汽車に、だんだん加速度がついて、ものすごい勢いで驀進する汽車<br><br>に、乗っている乗客ではないか。人間は約三百年前、近代文明という汽車をこしらえた。その汽車を走ら<br><br>せ、それに人間が乗ったのは産業革命以来であろう。<br><br>　しかもその驀進する汽車は、ますます速くなり、今や、その汽車を止めるすべはない。しかもその驀進<br><br>する汽車は、どこえ行くのかよくわからない。もちろん最初は、人間は汽車の行方を知っていた。しか<br><br>し、汽車はブレーキが故障したのである。というより、そんな速い汽車に、ブレーキがついてゆけないの<br><br>である。かくて、近代文明という汽車は、いずこへゆくや、全くわからないのである。落語でいうよう<br><br>に、行方は汽車に訊いてくれというわけである。<br><br>　「止まらない汽車」、しかも、時々刻々に速度が増している汽車に乗っている客の不安、そういう不安<br><br>の中に、現在われわれはいる。しかしそういうわれわれが、その不安の正体について、正確に知っている<br><br>わけではない。多くの人は、まだ、古い時間表に信頼をおいている。この汽車の行く先は、桃色の科学技<br><br>術社会であると、十六世紀の思想家は考えた。こういうピンクの切符が、最近もまた未来論という名で発<br><br>表されたが、私はじっさいにその切符は通用しないのではないかと考える。「止まらない汽車」の行方は<br><br>誰も知ることが出来ない。（中略）かくして、戦後二十五年の、日本の産業のものすごい復興、発展ぶ<br><br>り。その復興、発展の程度だけ、日本の国土は汚れ、公害は発生した。たとえば、自動車。自動車は、日<br><br>本人にとって贅沢品の典型であった。（中略）しかし、車の氾濫は、多くの交通事故と、排気ガス公害を<br><br>引き起こす。交通事故の死者は、戦争の死傷者より大であるという。一年に何万という人が、車で生命を<br><br>落としている。車が悪い、自動車産業が悪いと人はいうが、しかし、どうして人はこんなに車に乗りたが<br><br>るのであろうか。われられの心の中には「止まらない汽車」があるのであろうか。その汽車は、もうわれ<br><br>われに車に乗らないことを不可能にさせている。われわれは、出来るだけ速い車に乗ろうとしている。そ<br><br>の速さへの欲求は、近代人の根本にある、どうにもならない業のようなものであろうか。</div></div><br><div class="wiki">＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝<br></div><br><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:18px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;background-color:black;"><tt class="wiki"></tt>進歩へ信仰は、破壊への信仰を生む。そして、加速度的に進歩する現代社会において、欲望というエネルギーをもとに、『止まらない車』を運転している私たち。</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:500px;color:#FFFFFF;font-size:18px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;background-color:black;"><tt class="wiki"></tt>『止まらない車』が止まるのは？精神が壊れた時？肉体が壊れた時？それとも、死ぬ時？</td></tr></tbody></table></div>
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2019 22:46:42 +0900</pubDate>
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<title>謹賀新年</title>
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<![CDATA[ <p class="img"></p><p align="center"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/b2/48/j/o0960064014575076555.jpg" alt="イメージ 1" width="560" border="0"></p><p></p><marquee><font size="+8" color="red">あけまして　おめでとうございます！！<font></font></font></marquee><br><br><font size="+3">旧年中は大変お世話になりました。</font><br><br><br><font size="+3">本年も宜しくお願い申し上げます。</font><br><br><br><font size="+3">皆様のご多幸をお祈りしております。</font>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2019 00:00:00 +0900</pubDate>
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<title>”人の能力”</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/e1/46/j/o1050076814575076528.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_1050_768"></p><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:20px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”人の能力”</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>《三つ子の魂、百まで》。人は３歳の頃に個性が表に現れ、それは一生変わらないと言います。 その個性の中には、当然のことながら天賦の才能も含まれますが、親がうまいこと才能に気付いてくれると良いのですが、残念ながら現実はそううまくは簡単には行きません・・・ </td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:blue;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>「２０代までに身につけていなくては、その後は厳しい？」</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">　仕事における勝ち負けは、２０代についているといわれます。確かに、創造力の限界も歴史上の偉人た<br></div><br><div class="wiki">ちが社会を変えるような発想や着想を得た年齢を考えると、このあたりが新しいものを生み出す創造力の<br></div><br><div class="wiki">限界になりそうです。つまりそれまでに勉強して知識を蓄えておかなくてはならない、ということです。<br></div><br><br><div class="wiki">　また、基礎学習力の限界や 物事の考え方やその後の学習能力も、この年齢までにどこまで基礎を固め<br></div><br><div class="wiki">たかに左右されそうです。 ＰＣでいえば、この年齢を境にＯＳの書き換えができなくなるようなもので<br></div><br><div class="wiki">しょうか。この年齢をすぎるとなかなか言葉遣いが直らないとか、考えろと言われても頭が回らないと<br></div><br><div class="wiki">か。せいぜい設定を変更できるぐらいで……。 となると、その後の人生を決める重大な転換期のように<br></div><br><div class="wiki">思います。<br></div><br><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:blue;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>力の差は３０代前半で。その差は簡単には縮まらない・・・</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">　そして、２０代に身に付けた基礎的なものを３０代前半で開花させる。この年代で能力を発揮できてい<br></div><br><div class="wiki">る人は将来ビジネスで成功する確率が非常に高いといわれます。確かに、ベンチャー企業を立ち上げる人<br></div><br><div class="wiki">達は、この年代までに起業しています。<br></div><br><br><div class="wiki">　また、起業せず組織に残った人もこの時期に必ず頭角を現し、人生の大きな起点は３０代前半といわ<br></div><br><div class="wiki">れます。そして、残念ながらこの時期までに身に付けたベースになるものはその後そんなに大きくならな<br></div><br><div class="wiki">いと言われています。ここからは、身に付けたものをを生かす知恵や経験などがその後の運命を分ける大<br></div><br><div class="wiki">きなポイントになります。しかし、新しい創造はできなくても既存の知識を組み合わせた創造は無数にあ<br></div><br><div class="wiki">りますから、頭を柔軟に働かせればまだまだ創造の余地はありそうです。 <br></div><br><div class="wiki">　 <br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:blue;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>４０代からは身に付いた能力をを如何に使うか・・・</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">　３０代半ばまでについてしまった差を簡単には埋めることは出来ないですが、しかしそこで諦めるわけ<br></div><br><div class="wiki">にはいきません。ここからは、身に付いたものを生かす知恵の差になります。優秀なビジネスマンの<br></div><br><div class="wiki">５０％程度しかベースになるものがなくても、経験や人脈を最大限に活用すれば活路は開けます。もし<br></div><br><div class="wiki">１００％のものを出し切っても、優秀なビジネスマンがその能力を生かし切ったらそれはあきらめるしか<br></div><br><div class="wiki">ありませんが・・・。<br></div><br><br><div class="wiki">　しかしその後優秀なビジネスマンでもそれを生かしきれない人も多くいます。よく世の中は学歴社会と<br></div><br><div class="wiki">言いますが、４０歳を過ぎると学歴よりも社会に出た後の経験の方が物を言うようになります。逆に高学歴にあぐらをかいて楽をしたばかりに、経験不足で何もできなくなった人が出てくるのもこの頃ですね。<br></div><br><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:blue;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>判断力(ピークは50歳前後)そして 指導力(ピークは60代) と、言われるが・・・</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">　各世代で最大限に発揮される能力ですが、当然のことながらその世代になれば無条件に高まるものでは<br></div><br><div class="wiki">ありません。例えば、６０代にピークが来る指導力も、周りの人たちがその人の実績や人となりを認める<br></div><br><div class="wiki">からこそ発揮されるもので、信用されない人に発揮できるものではありません。 　 <br></div><br><div class="wiki">　　 <br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>人には性格・容姿・体形・身体能力・生活習慣・選択した仕事・社会的立場など様々な要素に応じて、それぞれ体力・知力の限界があります。しかし知力は死ぬまでＯＫと言う人はたくさんいます。還暦を昨年むかえたわたしもまだまだ・・・(*^_^*)</td></tr></tbody></table></div>
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<pubDate>Fri, 28 Dec 2018 20:40:29 +0900</pubDate>
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<title>”孤独を生きる”</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/72/66/j/o1280085314575076509.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_1280_853"></p><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:20px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”孤独をしっかり自覚する  ”</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>　熱い、距離が近い人間関係は苦手だ。仏教の教えは、人間は本質的に孤独であると教えている。独りで生まれてきて、みんな独りで死んでいく。その孤独は本質的な孤独であって、どうしようもないもの。改変できっこない孤独を意味する。人間生まれるのも死ぬのも１人。だから１人でいることを楽しめないと人生が苦しくなる･･･。</td></tr><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>　程よい距離感を保ちながら”孤独を生きる”ことを心掛けている。だから、ヤマアラシのジレンマのエピソードが好き･･･。</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”『ヤマアラシのジレンマ』”</td></tr></tbody></table><br><div class="quote">　<b>ヤマアラシのジレンマ』とは、ﾄﾞｲﾂの哲学者、ｼｮｰﾍﾟﾝﾊｳｱｰ（1788～1860）による寓話。</b><br><br>　ある寒い冬の日、ヤマアラシたちが寄り添ってお互いに暖め合おうとしていた。でも、ヤマアラシには<br><br>トゲガある。抱き合うと、そのトゲガ痛い。だから、離れる。しかし離れると寒い。そこで近寄る。する<br><br>とトゲが邪魔になる。でも離れると寒いのでまた近づいて・・・。近づいたり離れたりを繰り返してい<br><br>た。そうしているうちにやまあらしたちは適度に暖め，適度にとげの痛みを我慢できる距離を見つけた<br><br>という話。</div></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　どんなに親しい友人でも近づきすぎると嫌なところが見えてくる。だからといって離れてしまうの<br><br>は寂しすぎる。適当な距離をいつも保っている人間関係はなれない人にはちょっと寂しい気がするかもし<br><br>れないが、時にはお互いのとげを感じながらも、ちょっと離れて見てみることが大事ではないか。最悪な<br><br>のは、自分もとげを持っているのに、相手のとげばかりが気になる人。我慢できる痛みはお互いに快適な<br><br>暖かさを感じさせてくれる、と理解したしたほうがいいのかもしれない。</div></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>孤独”に”生きるのではなく、孤独”を”生きる</td></tr></tbody></table><br><div class="quote">　孤独<b>「を生きる」</b>と、孤独に<b>「に生きる」</b>の違いが分かると人生観が大きく変わる。<br><br>　「孤独<b>”を”</b>生きる」ことを、出来ない？理解できない？組みが変わったせいなのか。家族に恵<br><br>まれ、職場の同僚に恵まれても、いつでも孤独なのが人間の本質だとおもうのだが･･･。孤立したって構<br><br>わないし、人に誘われるままになんでも行動を一緒にする必要もない。どうせ無理して人間関係を継続し<br><br>ても、楽しめるはずがない。ストレスガ溜まり、最悪の場合は「精神の病」にもなりかねない。誘いを断<br><br>ると、付き合いが悪い変な奴と思われるかもしてないが、断れないでストレスをため病気になる人のほう<br><br>が変な奴だと思う。確かに付き合いを断ると変人扱いされこともある。<br><br>例えば「あの人いい人だけど･･･ちょっと変わってるね」と･･･。<br><br>　でも、自分は自分らしく孤独”を”生きたい。</div></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　個人的には単独行動の方が遥かに好き。１人で読書したり、音楽を聴いたり、最高。スポーツジム<br><br>に行っても、挨拶以外ほとんど会話をしない。自分固有の時間、空間を大切にしたいから。夜の付き合い<br><br>も、殆どしない。でも、仕事には全く支障はない。しっかりとした軸を持って行動すれば、孤立する、孤<br><br>独を感じる、というようなことは無いのでは･･･。<br><br>　どこにいっても人は群れたがるもの。群れるタイプの人は正直、苦手。「いつも一緒」ということが友<br><br>達の定義なら自分には友達はいない。逆に群れない分、かえって人間関係は誰とでも円滑にやっていると<br><br>思う。付き合いは臨機応変。そして自然体が一番･･･。</div></div><br><div class="wiki">　<br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>　最後に、改めて以前紹介した、中国の処世哲学”菜根譚”から、人間関係”円満”の絶対鉄則を１つ。これを気を付けるだけで、人間関係のトラブルの９０％は回避できると思っている。</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:blue;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>　一、「人と人との関係は、次第に疎遠になるよりも、はじめから親密すぎない方がよい。」 </td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:14px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;font-family:;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>　人間関係ではあまり疎遠にならず、親密すぎず、一定の距離を保つことが大事だと思う。一定の距離を維持しておくと、人間関係に柔軟性を保つことができるし、話が合わない時には遠慮しても失礼にはならない。距離を保つことは冷淡さの表れではなく、相手の事情を理解し尊重すること。こうした、さっぱりした関係の方が品格のある付き合いができるのでは･･･。</td></tr></tbody></table></div>
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<pubDate>Wed, 12 Dec 2018 07:57:25 +0900</pubDate>
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<title>【寿命を定めて生きてみよう ３】～池内紀（ドイツ文学者）のエッセイより～</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/05/80/j/o0768050414575076494.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_768_504"></p><div class="wiki"><h2><a name="section-1"></a>【寿命を定めて生きてみよう　その３】</h2><b>～池内紀（ドイツ文学者）～</b><br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:12px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>以下、2007年1月15日掲載の記事を再掲載</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">今回の特集の最終回です。<br></div><br><div class="wiki"><b>『従容として待つ死』</b><br></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　難病の子供をもった母親がいた。医者の判断では十年の寿命だった。幸いにもそれより八年ながらえた。<br><br>「一年ごとに、いのちをいただいていたのですよ」<br><br>　母親はそんなふうにいった。そしてその子の思い出を語るとき、いつも目が潤んできた。幼いときも、<br><br>強情をはらない。ダダをこねない。誰ともついぞ喧嘩をしなかったそうだ。何もねだらない。他人のもの<br><br>を欲しがらない。何であれ目の前にあるもので満足した。じっと相手の目を見ながら、ゆっくりと話し<br><br>た。十歳のとき、八十歳の知恵者のように悟ったところがあった。</div></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　母親の記憶のなかで少々美化されていたとしても、よくわかる気がする。母と同じく子もまた、い<br><br>のちの限られていることを、それなりに知っていた。ともに寿命というものを感じとり、正確にに見てい<br><br>た。それはあやふやな、不確かなものではなく、正面から一歩ずつ近づいてきて、交わされた契約者のよ<br><br>うに約束を迫ってくる。もっとも条件がととのったときにようやく、ほんの少しいのちの延長が許され<br><br>る。限られた時間によって寿命を購うことができた。<br><br>　この母と子のように、寿命は自分で定めるのがいい。それは自分ひとりのいのちであって、誰に告げる<br><br>べきことでもない。自分だけが知っている。これまで生きてきた時間とのバランスにおいて、これからの<br><br>限りある時間を決めるわけだ。必要なら名前も変えて、数字にしておくと便利である。いのちのへりぐあ<br><br>いがよくわかる。</div></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　私の知人の父親は名前を「八十八」（やそや）という。知人の父親の父親が、わが子のの長寿を願<br><br>って八十八歳を名のらせた。そのせいか、名前にたがわず長寿である。<br><br>　ただ当人にいわせると、刻々と契約書の満期の日が近づくようで、多少とも気になるという。名前をこ<br><br>えてまで生きていいものかどうか。名前の年に姿を消すのが、当然の作法であるまいか。<br><br>　意味深い命名法にちがいない。死の執行までの地上における猶予期間であって、それをあらためて数字<br><br>にして身につける。このたびは自分が選びとった寿命だもの、これほどたしかなことはない。<br><br>　大型トラックが右折してきても安心だ。名前の時がくるまで事故にあったりしないはずだ。実際、たし<br><br>かないのちを知っていると、あわてないないか、事故にもあわないようである。<br><br>　少々からだが変調をきたしても、あわてて医者のところへ駆け込んだりしない。自分だけが知っている<br><br>名前の年がくるまで大事にはいたるまい。絶対の骨休めというものだ。「病は気から」というが、健康を<br><br>信じていると気の病も退散して、そのうち正常にもどる。<br><br>　むろん、入院など必要ない。そもそもうっかり病院に入ると、へんな輸血をされたりして、心ならずも<br><br>いのちを短縮するはめになる。<br><br>　貯金や財産も計画的に使っていける。限られた寿命のなかで銀行や郵便局に奉仕する理由はないから<br><br>だ。あとに遺産として残したとすると、あさましい争いが生じかねない。限られた時間に使うとなると、<br><br>おのずと秩序たつものである。区分された人生に必要経費を割りふればいいからだ。</div></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　さて定めの時がきた。自分だけ知っている寿命である。従容として”そのとき”を待つ。切腹する<br><br>前の武士のように、遺書をたしなめる。辞世の一つも作っておく。親しい人に別れを告げておいてもい<br><br>い。自分で定めた時が満ちて、めでたく一巻の終わり。永遠の眠りにつくはずだ。<br><br>　翌朝、いつもどおりに目が覚める。目覚めてどうするか。爽快なよみがえりであって、いまひとたびの<br><br>寿命が与えられた。ひとりでそっと復活祭をして、あらためて改名する。ちょっぴり数字がふえたぶん、<br><br>世界が多少ともちがって見えるのではなかろうか。<br><br>　　　　　　　　終わり</div></div><br><br><div class="wiki"><b>最後に</b><br></div><br><div class="wiki">　３回にわたり『寿命を定めて生きてみよう 』を読んでいただき有難うございました。現在、わたし<br></div><br><div class="wiki">は、自分の寿命を？？歳（内緒です(^_-)-☆）に定めています。そうすると、確かに？？歳まで死なない<br></div><br><div class="wiki">ような感じがしてきます。不思議です。<br></div><br><div class="wiki">　残り、後、？？年ですが、ましが、自分の人生を前向きに考えつつ、もし、それ以上長生きしたら、そ<br></div><br><div class="wiki">の後は”おまけ”の人生と考えれば、納得して死ねるかなと・・・。<br></div>
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<pubDate>Wed, 05 Dec 2018 17:44:25 +0900</pubDate>
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<title>【寿命を定めて生きてみよう 2】～池内紀（ドイツ文学者）のエッセイより～</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/25/dd/j/o0768050414575076480.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_768_504"></p><div class="wiki"><h2><a name="section-1"></a>【寿命を定めて生きてみよう　その２】</h2><b>～池内紀（ドイツ文学者）～</b><br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:12px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>以下、2007年1月12日掲載の記事を再掲載</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki"><b>『自分のみが知る寿命』</b><br></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　「死を考える」「死への準備」「死に対する心構え」････。しきりに雑誌が、こんな特集を組む。<br><br>テレビが長時間番組を製作する。高齢者社会が到来して、死はいたって身近なことになった。生きている<br><br>間にとどこおりなく死の支度をしておこう。－－いまや死について考えるのが、生きていることの条件す<br><br>らなった感じだ。<br><br>　しかし、実のところ、誰も死のことなど考えてはいないのだ。他人の死について、あるいは一般概念と<br><br>しての死については考えているかもしれない。しかし、自分の死は、きれいさっぱり棚上げしての話であ<br><br>る。<br><br>　太陽をみつめようとすると目がくらむ。とても一分と我慢できない。それと同じように自分の死を見つ<br><br>めるのは堪えられない。すぐに目をそらしてしまう。<br><br>　それというのも、死はいたってあやふやで、いいかげんで、予測がつかないものだからだ。誰にも、そ<br><br>れがいつ来るのかわからない。突然やってくるのか、忍び足で近づくのか、背後から襲いかかるのか、じ<br><br>りじりと前から迫ってくるのか、やにわに足をひっかけるのか、やみくもに突きとばすのか、もろ手でグ<br><br>イと抱きすくめるのか････。<br><br>　予測がつかないものであれば、それを考える手だても一定しない。真剣に考えるとなると、まさにその<br><br>さなかに襲いかかるのかもしれず、一分たりとも油断がならない。いっときも気が休まらない。死を考え<br><br>ながら、どうやって生きろというのだろう。それは言語矛盾そのものではないのか。<br><br>　死を考えていては一歩も外へ出られない。大型トラックは容赦なく右折してくるからだ。どうして明日<br><br>の計画が立てられるだろう。明日は何が起こるかわからず、自分がこの世にいないかもしれず、だからし<br><br>て人生の区分がつけられない。生きることに途方にくれる。もし絶えず死を考え、死への準備を怠らず、<br><br>きちんと死に対する心構えをするとなると、生きるのを中断するしかすべがない。<br><br>　　　                         つづく</div></div>
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<pubDate>Wed, 05 Dec 2018 17:41:09 +0900</pubDate>
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<title>【寿命を定めて生きてみよう 1】～池内紀（ドイツ文学者）のエッセイより～</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/41/ec/j/o0768050414575076461.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_768_504"></p><div class="wiki"><h2><a name="section-1"></a>【寿命を定めて生きてみよう　その１】</h2><b>～池内紀（ドイツ文学者）さんのエッセーより～</b><br>　<b>納得できない死</b>　<br></div><br><br><div class="wiki">　さて、皆さん、人間は野生動物だったら、<b>３０年以上生きられない</b>ことをご存知ですか？それよ<br></div><br><div class="wiki">り先の人生は、<b>文明や社会の力</b>のおかげで生き延びていることになります。<br></div><br><div class="wiki">　毎年のように「日本人の平均寿命がまた延びた」というようなニュースを耳にします。現在、<br></div><br><div class="wiki">男は８１歳、女は８７歳で、世界有数の長寿国です。<br></div><br><div class="wiki">　では、皆さんは、これを<b>長い思いますか？短いと思いますか？</b><br></div><br><div class="wiki">　そんな問いに答えてくれる名文があります。１９９９年の文芸春秋（１１号）に掲載された、ドイツ文<br></div><br><div class="wiki">学者　池内紀さんのエッセイです。<br></div><br><div class="wiki">　当時、この記事を読んで、なるほど、『寿命を定めて生きるというのも面白い、生きることの意味を真<br></div><br><div class="wiki">剣に考えてみよう』と思うきっかけになりました。今回から３回にわたり原文をそのままご紹介します。<br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:12px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>以下、2007年1月7日掲載の記事を再掲載</td></tr></tbody></table><br>=============================================================================================<br></div><br><div class="wiki"><b>『納得できない死』</b>　<br></div><br><div class="wiki"><div class="quote">　タバコを買いにいくといって出かけた。玄関で妻にいったそうだ。<br><br>「ついでにスーパーに寄って、新しい水筒を買ってこよう」<br><br>　下の子供の初めての遠足だ。「すぐにもどる」ともいった。買いたての自転車にまたがり、さっそうと<br><br>出ていった。<br><br>　二分後、通りを渡ろうとして、右折してきた大型トラックに巻きこまれた。後輪が若い父親の胸を、自<br><br>転車もろとも、かまぼこの板のようにぺっちゃんこにした。三十四歳だった。<br><br>　あきらかに不慮の事故である。思いがけない死であって、これから何十年かつづくはずの人生が突然、<br><br>絶ち切られた。親近者にとって以上に、当人がもっとも自分の死に納得できない。天に向かって怨みを吐<br><br>きつけたいほどである。<br><br>　先日、友人の母親が九十三歳でこの世を去った。多少とも足が弱っていたが、そのほかはいたって健康<br><br>で、死の前日、大福もちをペロリと二つ食べた。もともとアンコ物が大好物だった。三つ目に手をのばし<br><br>たが、さすがにやめた。<br><br>「明日の楽しみにとっときましょう」<br><br>　ひとりごとをいったのを家人が覚えている。<br><br>　その夜急に高熱が出て意識を失った。あわてて救急車を呼んで病院に運んだところ、診断は急性肺炎。<br><br>翌日の昼すぎに息を引きとった。<br><br>　おくやみを述べると友人がいった。<br><br>「寿命がきていたんだね」<br><br>　九十三歳の死は親近者にとって、またおそらく当人にとっても天寿というものだ。納得がいく。苦しむ<br><br>ことが少なかったぶん、むしろめでたい死とすらいえる。<br><br>　三十四歳のパパの死は、心ならずも寿命が途中で絶ち切られた。いたましい死である。いっぽう九十三<br><br>歳の老婆は天寿をまっとうしたケースにあたる。世の分類によれば、そういうことになる。<br><br>　しかし、はたしてそうだろうか。交通事故は日にごまんとあって、全国のどこかで、たえまなく死者が<br><br>出ている。その総計が日ごと発表されてもいる。とすると三十四歳のパパの死は、日常の中の無数の出来<br><br>事の一つであって、とりたてて例外ではない。たとえ親近者にとって、また当人にとって納得いかない、<br><br>すこぶる不自然な死であるかもしれないが、統計的にはごく自然なケースである。<br><br>　九十三歳まで生きたからといって、それは寿命であり、自然な死といえるのか。長寿ではあれ、九十三<br><br>歳は九十八歳よりも若い。また世の中には百歳を超えた人だって珍しくない。九十三の死は九十八とくら<br><br>べて、途中で絶ち切られており、親近者にはともかく、当人は少しも了解していないかもしれないのだ。<br><br>食べのこしの大福もちから未練げに手を引いたことからしても、当人の意識では翌日の死が思ってみなか<br><br>った。納得していない死にちがいない。不自然な死にあたる。<br><br>　　　　　　　つづく</div></div>
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<pubDate>Wed, 05 Dec 2018 17:39:26 +0900</pubDate>
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<title>「雨ニモマケズ」パロディ版</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/41/92/j/o1006102414575076443.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_1006_1024"></p><div class="wiki">”『雨ニモマケズ』の現代版”<br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:black;font-size:70px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”お久しぶりです。元気です！！”</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:red;font-size:25px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”最初に”</td></tr></tbody></table><br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:red;font-size:25px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”「雨ニモマケズ」　宮沢賢治”</td></tr></tbody></table><br></div><br><br><div class="wiki"><div class="quote"><b>雨ニモマケズ</b><br><br><b>風ニモマケズ</b><br><br><b>雪ニモ夏ノ暑サニモ　マケヌ</b><br><br><b>丈夫ナカラダヲモチ</b><br><br><b>欲ハナク</b><br><br><b>決シテイカラズ</b><br><br><b>イツモシズカニワラッテイル</b><br><br><b>一日ニ玄米四合ト</b><br><br><b>味噌ト少シノ野菜ヲタベ</b><br><br><b>アラユルコトヲ</b><br><br><b>ジブンヲカンジョウニ入レズ</b><br><br><b>ヨクミキキシワカリ</b><br><br><b>ソシテワスレズ</b><br><br><b>野原ノ松ノ林ノ蔭ノ</b><br><br><b>小サナ萱ブキノ小屋ニイテ</b><br><br><b>東ニ病気ノコドモアレバ</b><br><br><b>行ッテ看病シテヤリ</b><br><br><b>西ニツカレタ母アレバ</b><br><br><b>行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ</b><br><br><b>南ニ死ニソウナ人アレバ</b><br><br><b>行ッテコワガラナクテモイイトイイ</b><br><br><b>北ニケンカヤソショウガアレバ</b><br><br><b>ツマラナイカラヤメロトイイ</b><br><br><b>ヒデリノトキハナミダヲナガシ</b><br><br><b>サムサノナツハオロオロアルキ</b><br><br><b>ミンナニデクノボートヨバレ</b><br><br><b>ホメラレモセズ</b><br><br><b>クニモサレズ</b><br><br><b>ソウイウモノニ</b><br><br><b>ワタシハ</b><br><br><b>ナリタイ</b></div></div><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:red;font-size:25px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”さて、”</td></tr></tbody></table><br></div><br><div class="wiki">　ますます軟弱になる若者たちこんなパロディーをご存じでしょうか。宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の現<br></div><br><div class="wiki">代版です。<br></div><br><div class="wiki">　私はインターネット上で見かけたのですが、その説明によると、宮沢賢治の故郷である岩手県盛岡市の<br></div><br><div class="wiki">小児科医師・三浦義孝氏が、職業上たくさんの子供たちと接してきて、まさにその通りだと思い、学会で<br></div><br><div class="wiki">発表したものだそうです。<br></div><br><br><br><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:red;font-size:25px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”「雨ニモマケズ」現代版　作者不詳”</td></tr></tbody></table>　　　　　　　<br>　<br><div class="quote">　<b>雨ニモアテズ　風ニモアテズ</b><br><br>　<b>雪ニモ　夏ノ暑サニモアテズ</b><br><br>　<b>ブヨブヨノ体ニ　タクサン着コミ</b><br><br>　<b>意欲モナク　体力モナク</b><br><br>　<b>イツモブツブツ　不満ヲイッテイル</b><br><br>　<b>毎日塾ニ追ワレ　テレビニ吸イツイテ　遊バズ</b><br><br>　<b>朝カラ　アクビヲシ　集会ガアレバ　貧血ヲオコシ</b><br><br>　<b>アラユルコトヲ　自分ノタメダケ考エテカエリミズ</b><br><br>　<b>作業ハグズグズ　注意散漫スグニアキ　ソシテスグ忘レ</b><br><br>　<b>リッパナ家ノ　自分ノ部屋ニトジコモッテイテ</b><br><br>　<b>東ニ病人アレバ　医者ガ悪イトイイ</b><br><br>　<b>西ニ疲レタ母アレバ　養老院ニ行ケトイイ</b><br><br>　<b>南ニ死ニソウナ人アレバ　寿命ダトイイ</b><br><br>　<b>北ニケンカヤ訴訟（裁判）ガアレバ　ナガメテカカワラズ</b><br><br>　<b>日照リノトキハ　冷房ヲツケ</b><br><br>　<b>ミンナニ　勉強勉強トイワレ</b><br><br>　<b>叱ラレモセズ　コワイモノモシラズ</b><br><br>　<b>コンナ現代ッ子ニ　ダレガシタ</b></div></div><br><br><div class="wiki">　<br><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:red;font-size:25px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;background-color:white "><tt class="wiki"></tt>”どうですか。言い得て妙だと思いませんか。”</td></tr></tbody></table><br></div><br><br><br><br><br><br><div class="wiki">川崎の建設会社／ｙａｍａｎｅのシゴトはこちら⇒　<a href="http://www.yamane-koumuten.co.jp/index.html" target="_blank">http://www.yamane-koumuten.co.jp/index.html</a><br>　<br></div>
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<pubDate>Thu, 30 Aug 2018 21:07:52 +0900</pubDate>
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<title>”３月ですね”</title>
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<![CDATA[ <p class="img"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190904/19/nagakuraren1/d9/f0/j/o0768102414575076425.jpg" width="560" alt="イメージ 1" class="popup_img_2448_3264"></p><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:#FFFFFF;font-size:24px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;background-color:red "><tt class="wiki"></tt>さて　早いもので、もう３月！！</td></tr><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:#FFFFFF;font-size:24px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:left;background-color:red "><tt class="wiki"></tt>昨年、還暦を迎え、今は心と体をいたわりつつ　日々、丁寧にそして、大切に生きることを心がけています。</td></tr><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#ffffff" style="width:600px;color:#FFFFFF;font-size:24px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;background-color:red "><tt class="wiki"></tt>また、３日は　娘の２１回目の”ひな祭り”になります。　娘の無事の成長を祈りつつ　雛人形を飾りました。</td></tr></tbody></table><br></div><br><br><br><br><br><br><div class="wiki"><table class="wiki" cellpadding="3" cellspacing="2"><tbody><tr class="wiki"><td class="wiki" bgcolor="#FFF55D5" style="width:600px;height:100px;color:#000000;font-size:30px;font-weight:bold;writing-mode:lr-tb;text-align:center;font-family:&quot;HGP創英角ﾎﾟｯﾌﾟ体&quot;;word-spacing:530px;filter:alpha(opacity=150,finishOpacity=0,style=3)blur(direction=135,strength=3)" <tt="" '="" align="center" colspan="2">　　　長倉連治</td></tr></tbody></table><br></div><br><br><br><br><br><br><br><br><br><div class="wiki">川崎の建設会社／ｙａｍａｎｅのシゴトはこちら⇒　<a href="http://www.yamane-koumuten.co.jp/index.html" target="_blank">http://www.yamane-koumuten.co.jp/index.html</a><br></div>
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<pubDate>Thu, 01 Mar 2018 21:55:33 +0900</pubDate>
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